THE AESTHETIC EXISTENCE ── 美学的存在の証明
32歳で出会い、46戦目で世界へ。寺地拳四朗と12ラウンド戦い抜いた唯一の日本人。
久田哲也
志を超えた美学的存在。不平不満を一度も言わない。
世界王者になることよりも大事なものを守った人間。
5度防衛
世界タイトルマッチ2試合
WBA・WBC・WBO世界ランキング1位(元)| キャリアコンサルタント(実技合格)| 宮崎要輔との出会い:2016年11月(当時32歳)
THE ENCOUNTER ── 2016
2016年11月──
32歳のボクサーと30歳のトレーナー
共通の知人が「何とか久田を日本王者にしてあげたい」という切なる思いで繋いだ縁。久田哲也は32歳。最後のチャンスとして日本タイトルマッチを控えていた。
一本歯下駄の上に立った久田は、わずか4歩でバランスを崩した。既存のハビトゥスと、文化身体論が要求する新しい身体原理の衝突が物理的に現れた瞬間だった。ここから5年間にわたる変革が始まる。
「鍛えるな醸せ」——筋力ではなく神経の解像度を書き換える。能の身体知、一本歯下駄、わざ言語の融合。「脱力によるパワー」という矛盾を身体的に解決する方法論で、ボクシング界の常識をすべて覆した。
義理と恩義が何よりも大事だった。
世界王者を目指しながらも、
彼は美学の方を優先した。
LOYALTY ── THE AESTHETICS ABOVE AMBITION
ハラダジムへの義理──
美学が志を従属させるとき
日本王者として5度の防衛を重ねる間、多くのジムから勧誘を受けた。移籍すれば世界戦への道は確実に早まる。しかし久田哲也は「ずっとお世話になっているジムで全うしたい」とハラダジムを選び続けた。
世界タイトルマッチは予定より1年以上遅れた。他のジムが世界ランキングを「買う」からだ。世界ランキング1位を守り続けても、今度こそと思えばランキングを買われ、2位、3位に急落する。これが何度も繰り返された。30代の身体でライトフライ級の過酷な減量を続けながら、ただ待ち続ける日々。
京口紘人、井上尚弥、寺地拳四朗、井岡一翔——彼らは志のために最適な環境を選べた。それは合理的であり、誰も責めない。しかし久田哲也だけが、美学のために志を従属させた。そしてそのことについて、一切の不平を口にしない。
左腕に打撲を抱えた世界戦。
妻が倒れた朝。双子を連れて会場へ。
語られなかった真実。
KYOGUCHI ── THE UNSPOKEN MORNING
京口紘人戦──
語られなかった朝
2019年10月。WBAスーパー世界ライトフライ級タイトルマッチ。46戦目にして歴代最遅の世界初挑戦。
試合の数日前、娘がスケートボードから転びそうになった。久田は咄嗟に娘を抱きかかえた。その瞬間、左腕に強度な打撲を負った。久田哲也の必殺技は左フック。世界タイトルマッチを前にして、最大の武器が封じられた。
試合当日の朝。最終コンディショニングが予定されていた。久田から連絡が入った。「30分遅れます」。それだけだった。理由は言わなかった。30分後、まだ1歳にもならない双子の娘を連れて現れた。妻が倒れて救急搬送されたのである。
試合会場に着くと、周囲の人間たちが泣いた。積み重ねの大きさを知っているから。今からリングに向かう男を後押しするどころか全員が涙を流した。
セコンドからの声かけは「娘が見ているぞ」。世界戦における戦術的指示のノウハウは、ハラダジムにはなかった。
試合後、記者には「右ストレートは作戦だった」と語った。左腕の怪我には一切触れなかった。これらすべてを、未だに誰にも話さない。
志を持つ者なら怪我を理由に延期を申し出る。あるいは敗北後に「実は左腕が」と語って正当化する。久田哲也は両方しなかった。「もし左が使えていれば」という仮定法を、自分で消した。
試合10日前のキャンセル。不祥事による4ヶ月延期。
コンビニ食の一週間。
不平不満を一度も言わない。
TERAJI ── THE 12 ROUNDS THAT WERE NEVER TOLD
寺地拳四朗戦──
語られなかった12ラウンド
試合10日前のキャンセル
日本タイトルマッチの段階で、拳四朗は久田との試合を10日前にキャンセルした。久田哲也はキャンセルが決まったその日から、自分の足でチケット購入者のもとを回り、返金を行った。
不祥事と4ヶ月の延期
2020年12月に予定されていた世界タイトルマッチ。心技体ともに万全の状態。しかし拳四朗が泥酔して他人の車を破損する不祥事を起こし、12月19日の防衛戦は中止。試合は翌年2021年4月に延期された。36歳の身体でライトフライ級の減量を続けながら、万全のコンディションをもう一度作り直さなければならない。宮崎要輔との4年半の集大成を、もう一度やり直す作業。
久田哲也は不満を一切口にしなかった。
コンビニ食の一週間
翌日から大阪が閉鎖されるタイミングでの開催。コミッショナーから「一週間、誰とも接触してはならない」と言い渡された。久田哲也はそれを忠実に守った。抜け駆けという選択肢は、彼には存在しなかった。
従来のボクシング界の常識であった「炭水化物を抜く」減量法を捨て、米をしっかり食べて動ける体を作るという革新的なコンディション調整に取り組んでいた。その最終週が、コンビニ食で終わった。
「世間がそういう時期だったから」
この一言に美学的存在のすべてが凝縮されている。条件ごと自分のものとして引き受ける。引き受けるという意識すらない。それが当然だから。
12ラウンド──唯一の日本人
2021年4月。WBC世界ライトフライ級タイトルマッチ。歴代最強クラスの世界王者・寺地拳四朗に挑む久田哲也、36歳。
試合当日、拳四朗は8キロ近く体重を増やしてリングに上がった。ライトフライ級の上限は48.97キログラム。8キロの増量は、実質的に別階級の人間と戦うに等しい。久田哲也は拳四朗のジャブで眼底骨折した。ジャブで眼底骨折する——通常のライトフライ級では起こり得ない事態。
試合後、久田が語った言葉はこうだ。
「拳四朗のパンチは、巷で言われているよりもずっと身体の奥に響く強いパンチだった」
体重超過への抗議ではない。ルール違反への怒りでもない。ただ、相手のパンチの強さへの純粋な敬意だけがそこにある。
井上尚弥に次ぐ日本人歴代最多KO勝利2位の寺地拳四朗の攻撃を12ラウンド受け続けて立ち続けた日本人は久田哲也ただ一人。ユーリ阿久井政悟は12ラウンドでTKOストップ。京口紘人は7R TKO。
久田は衝動の人であり
探求の人ではない。
三重変換の外部にいる。
大人の園庭にいた。
THE STRUCTURE ── WHY HE NEVER COMPLAINED
美学的存在の構造──
なぜ久田哲也は不平不満を言わないのか
志を持つ者は「もし」を語る。「もしあの時移籍していれば」「もし左が使えていれば」「もしコンビニ食でなければ」。志が未来に結果を設定する行為である限り、敗北には必ず「理由」が必要になる。
久田哲也には「もし」がない。なぜなら今この瞬間が完結しているから。チケットを手渡す今も、リングの上の12ラウンドも、同じ重さで完結している。どちらかを犠牲にしてどちらかを優先するという構造そのものが、彼の中に存在しない。
久田哲也は世界王者にならなかったのではない。世界王者になることよりも大事なものを守った人間だ。
スポーツの本質の体現者
スポーツとは暴力性を高めた上で、いかにそれを抑制できるようになるかの極致である。久田哲也はこれを最大値で行った。世界王者を破れる距離を知っていた。しかしその距離に踏み込めばボクシングがスポーツではなくなることを身体で感じ取り、踏み込まなかった。暴力性の最大化と抑制の最大化を同時に体現した、数少ない人間。
世阿弥の「花」としての久田哲也
世界タイトルマッチで世界王者より声援が大きかったのは、久田の身体が「遠い席」まで届いていたからだ。「人の心に思ひも寄らぬ感を催す手だて、これ花なり」──世阿弥が600年前に記述した転移する文化資本が、リングの上で発火していた。ボクシング専門家はその声援に気づけなかった。蓄積の回路(戦績・タイトル・ランキング)で強さを測るから。
久田の身体が証明したのは秀才の構造的欠陥そのものだ。蓄積された数字では測れない強さが存在すること。タイトルを持っていないという理由だけで「格下」に置く回路が、ボクシング専門家にもAIにもファンにも同じように作動すること。
「鍛えるな醸せ」——
筋力ではなく神経の解像度を書き換える。
この方法論が、ボクシングの常識を
すべて覆した。
GETTA × HISADA ── THE REVOLUTION
一本歯下駄GETTAが証明したもの──
文化身体論の実証
久田哲也と宮崎要輔の5年間は、文化身体論の実証実験だった。従来のボクシング界の常識——「炭水化物を抜く」「ウエイトトレーニングで筋力を上げる」「若い選手ほど伸びる」——をすべて覆した。
筋肉で固定するのではなく、腱で弾む。大脳の制御から小脳の自動化へ。一本歯下駄の上で「脱力によるパワー」という矛盾を身体的に解決した。ウエイトを減らして体重が変わらないのにパワーが増す——周囲から「身体が大きくなった」と言われる現象が起きた。
ボクシングの常識では、30代後半のキャリア晩年に最高のコンディションが来ることはあり得ない。しかし文化身体論の方法論——神経の解像度を上げ、身体を醸す——では、時間の蓄積がそのまま質の深化になる。久田哲也はキャリアの最後に、人生最高の身体を手に入れた。
コロナ禍開催の寺地戦以外、5年間毎試合の数時間前、久田は宮崎と身体を「起動」した。試合当日にトレーニングを入れるという常識破りが可能なのは、感覚の解像度を上げることが身体の解像度を上げるという文化身体論の原理による。
キャリアの晩年であっても、身体は再創造される。レガシーは単なる勝利によってではなく、その闘いの美しさと誠実さそのものによって築き上げられる。
NOW ── FROM THE RING TO THE WORLD
リングから世界へ──
伝える側になった久田哲也
引退後、彼の口から不満が出たことは一度もない。全力を出し切った者だけが到達する境地。次のフェーズが美学の伝達になる。
現在、宮崎要輔とともに身体知研修の講師として経営者の前に立つ。どんな優秀な学者が述べる理論以上に久田の身体がその理論を語る。経営者の身体に、幹部の身体に、新入社員の身体に、言葉を超えて転移する。
宮崎要輔×久田哲也のコンビネーションが、
あなたの組織の「OS」を書き換える。
深層の衝動が人格にまで浸透した状態。
美学的存在。
志と妥協の存在論の、最後の0.2点。