アスリート、GETTAインストラクターの可能性
ワークショップ初期段階における自己開示がチームの心理的基盤を構築するメカニズムの理論的・実践的分析
合同会社GETTAプランニング
エグゼクティブサマリー
本稿は、GETTAプランニングとともに歩むアスリートやGETTAインストラクターがファシリテーターになればチーム形成の初期段階で実施される「好きな本の紹介」「好きな曲の紹介」という2つの自己開示活動が、単なるアイスブレイクを超え、ハイパフォーマンス・チームの基盤となる「心理的基盤の設計」として機能することを、理論的・実践的に論証するものです。
今回は、私、宮崎要輔の実際のワークショップにおける学生参加者10名とファシリテーターである私のやりとりを詳細に記録したデータを分析対象としました。分析の理論的枠組みとして、心理的安全性理論、ジョハリの窓モデル、社会的浸透理論、ナラティブ・アプローチという4つの主要な心理学理論を統合的に援用しました。
第1部:問題提起と理論的背景
第1章 研究の背景と目的
1.1 現代社会における「指示待ち人材」の問題
現代の教育現場、企業組織、スポーツチームにおいて、「指示待ち」の姿勢が蔓延しています。多くの人々は、自らの考えや提案を表明することを躊躇し、上位者や専門家の指示を待つことで安全を確保しようとします。
この傾向は、変化の激しい現代社会において深刻な問題をもたらします。イノベーションは「提案」から生まれ、組織の成長は「自律的な協力」によって実現されます。しかし、指示待ちの姿勢では、これらを達成することは不可能です。
なぜ人々は「提案」できないのか?
多くの人は「自分には提案できる資本がない」と思い込んでいます。実際には、誰もが豊かな知的資本と情動的資本を持っているにもかかわらず、それを認識し、開示し、他者と共有する方法を知らないのです。
1.2 従来のアイスブレイクの限界
チーム形成の初期段階では、「アイスブレイク」と呼ばれる活動が広く実施されています。しかし、従来のアイスブレイクは、以下のような限界を抱えています:
- 表層的情報の交換に留まる:名前、出身地、趣味といった表層的な情報だけでは、その人の「価値観」や「人生のテーマ」は見えてきません
- 心理的安全性の構築に寄与しない:軽い雑談では、「この人には弱みを見せても良い」という信頼関係は生まれません
- 自律的協力の基盤を形成しない:互いの「強み」と「弱み」を理解していなければ、自然と補い合う関係性は築けません
1.3 本稿の目的と独自性
本稿の目的は、以下の3点です:
第2章 理論的枠組み
本稿では、4つの主要な心理学理論を統合的に援用します。
2.1 心理的安全性
心理的安全性とは、「チームメンバーが対人リスクを取っても安全であると信じられる状態」を指します(Edmondson, 1999)。心理的に安全なチームでは、メンバーは以下の行動を恐れずに実行できます:
- 質問をする
- 間違いを認める
- 新しいアイデアを提案する
- 弱みや不確実性を開示する
Googleの研究成果
Googleが実施した大規模研究「プロジェクト・アリストテレス」は、ハイパフォーマンス・チームの最も重要な要素が心理的安全性であることを実証しました(Google, 2015)。
2.2 ジョハリの窓
Luft & Ingham(1955)が提唱したジョハリの窓モデルは、自己認識を4つの領域に分類します:
効果的なチームビルディングには、「開放の窓」を拡大することが重要です。これには2つのアプローチがあります:
- 自己開示:「秘密の窓」を「開放の窓」へ移す
- フィードバック:「盲点の窓」を「開放の窓」へ移す
2.3 社会的浸透理論
Altman & Taylor(1973)の社会的浸透理論は、人間関係が表層から深層へと段階的に発展することを説明します。関係性の発展には以下の4段階があります:
重要な発見
通常、第1段階から第3段階への移行には相当の時間を要します。しかし、適切に設計された自己開示活動によって、このプロセスを劇的に加速できる可能性があります。
2.4 ナラティブ・アプローチ
White & Epston(1990)が提唱したナラティブ・アプローチは、個人の「物語(Narrative)」に焦点を当てる手法です。
これにより、チームのコミュニケーション様式が「議論(Debate)」から「対話と受容(Dialogue & Acceptance)」へと転換します。議論では勝者と敗者が生まれますが、対話では相互理解が深まります。
第2部:実践事例の詳細分析
第3章 方法
3.1 研究対象と背景
本稿の対象は、2025年に実施された学生向けプロジェクト型ワークショップです。参加者は大学生10名(年齢18-22歳)で、ファシリテーターは筆者(合同会社GETTAプランニング代表社員・一本歯下駄GETTA開発者)が務めました。
3.2 ファシリテーターの設計意図
この発言を初期段階で学生に共有することは、筆者が目指したのが単なる「仲良しグループ」の形成ではなく、「資本の持ち寄り」による「提案型プロジェクトチーム」の構築であったことが明らかです。
3.3 実施した2つの活動
各自2分程度で好きな本を紹介
目的:知的・哲学的ポジションを取る訓練
効果:価値観や世界観の可視化
各自1-2分程度で好きな曲を紹介
目的:人生のテーマや大事にしていることの可視化
効果:情動的な繋がりの形成
第4章 活動①「好きな本」の分析:偏愛が信頼を構築するメカニズム
4.1 「本」という媒体の心理的機能:安全な自己開示装置
ジョハリの窓理論において、自己開示とは「秘密の窓」(自分だけが知る領域)を「開放の窓」(自分も他者も知る領域)へと移す行為です。しかし、自身の価値観、哲学、あるいは弱みといった「秘密の窓」の核心的な情報を開示する行為は、通常、他者からの評価や拒絶を恐れる心理的抵抗やリスクを伴います。
「本」の代理機能
「好きな本」という媒体が、このリスクを回避するための完璧な「代理(Proxy)」として機能します。参加者は、「私は自己主張を重視する人間だ」と直接的に開示する代わりに、「『夜と霧』の『いい人は帰ってこなかった』という一節に感銘を受けた」と語ることができます。
4.2 実践事例の詳細分析
事例1:学生A『夜と霧』— 自己主張の戦略的価値
この学生は、極限状態における人間の生存戦略を通じて、「自己主張」の重要性という価値観を表明しています。これは以下の3つの層を含みます:
- 倫理的葛藤:「いい人」であることと「生き残ること」の矛盾
- 行動規範:集団の和を重んじる日本的価値観への疑問
- 生存戦略:自己主張を「善悪」ではなく「生存に必要な技能」として捉える視点
ファシリテーターの介入
田中選手、スペイン挑戦時の例をあげました。パフォーマンスが高いのになかなかスタメンになれない時期を突破したのが、存在感を示す自己表現でした。長友佑都選手は技術的には突出していないと言われますが、海外でずっと活躍できているのは、長友力と呼ばれるほどの自己主張ができているからです。このように、スポーツの世界でも、自分を出していく、自分の主張を時には、オーバーリアクションも含めて前面に出していくことの重要性を共有しました。
この介入には3つの重要な機能があります:
事例2:学生C『アーモンド』— 脆弱性の開示と心理的安全性の醸成
この学生は、「私自身結構ルッキズムを気にしてしまう」と、自らの「弱み(脆弱性)」を開示しました。この開示は、チームの心理的安全性の醸成において、極めて重要な「点火」の役割を果たします。
事例3:学生F『あるヤクザの生涯』— 他者視点の重要性とリーダーシップ論
この学生は2つの行動規範を提示しています:
- 他者視点の重要性(「相手の窓から外を見る」)
- 熟慮と静謐さの価値(「静かに物事を決める」)
4.3 全参加者の開示内容の統合分析
| 参加者 | 書籍 | 刺さったポイント | 顕在化した知的資本 |
|---|---|---|---|
| 学生A | 『夜と霧』 | 「いい人は帰ってこなかった」自己主張の重要性 | 自己主張の戦略的価値(生存論) |
| 学生B | 『犯人のいない殺人の夜』 | 人間の欲望で生まれた殺人、教師として手助けしたい | 人間の欲望へのリアリズムと教育的関心 |
| 学生C | 『アーモンド』 | 「ルッキズムを気にしてしまう」 | 社会的バイアスへの批評的視点と自戒 |
| 学生D | 『愛すること』(フロム) | 愛が消費される文化、愛は与えるもの | 消費社会への批評的視点 |
| 学生E | 『ケーキの切れない非行少年たち』 | 認知が歪んでいる、善悪の区別がつかない | 「認知の歪み」という分析フレームワーク |
| 学生F | 『あるヤクザの生涯』 | 「相手の窓から外を見なさい」 | 他者視点の重要性(リーダーシップ論) |
| 学生G | 『モナリザはなぜ名画なのか?』 | 理解できないから読んでみた | 未知への知的好奇心(学習動機) |
| 学生H | 『ラプラスの魔女』 | 本の世界の幅を楽しむ、頭の中で思い浮かべる | 世界観への没入・想像力 |
| 学生I | 『だから、僕は練習する』 | 20年間プロでやれた理由は準備 | 「準備」の哲学(プロセス重視) |
| 学生J | 『レジリエンス 負けない力』 | 批判をスルーして自分を貫く | スルー力(レジリエンス) |
第5章 活動②「好きな曲」の分析:人生のテーマを浮き彫りにする「ナラティブ」の力
5.1 「曲」が持つ、感情と文脈の物語化機能
第1部(本)が知的・哲学的な自己開示であったのに対し、第2部(曲)は感情的・文脈的な自己開示です。ここで機能するのが「ナラティブ・アプローチ」です。
ナラティブの力
「好きな曲」は、それ自体が「感情」のメタファーです。参加者に個人的な物語(文脈)を付与することを促します。この活動の決定的な効果は、コミュニケーション様式の転換にあります。個人の経験(ナラティブ)に対しては、反論は不可能であり、「受容」しかありません。
5.2 実践事例の詳細分析
事例6:学生(SHISHAMO『明日も』)— 葛藤の克服(レジリエンス)の物語
この学生は、「中学受験」という困難な状況下で、周囲との価値観の不一致に直面しながらも、音楽によって「前向き」な姿勢を維持したという、レジリエンス(回復力・適応力)のプロセスを開示しています。
事例7:学生(Big Umi『ライブ』)— 失敗からの回復(コーピング)の物語
この学生は、野球における「失敗」という具体的な経験と、それに対する「コーピング(対処)」の方法を開示しています。重要なのは、彼が「失敗が多いスポーツ」と客観的に認識し、失敗を個人的な欠点ではなく「スポーツの性質」として捉えている点です。
5.3 全参加者の開示内容の統合分析
| 参加者 | 楽曲 | 関連する原体験・エピソード | 顕在化した情動的資本 |
|---|---|---|---|
| 学生 | SHISHAMO『明日も』 | 中学受験のとき、周りが勉強しない中で | ストレス下での自己激励、ポジティブ志向 |
| 学生 | Big Umi『ライブ』 | 野球で失敗して落ち込んだとき | 失敗からの回復プロセス |
| 学生 | ラッキーキリマンジャロ『必ずこう』 | ビートボックスが好き、エモい曲が好き | 感覚的プリファレンス(ビート・エモさの重視) |
| 学生 | SUPER BEAVER『らしさ』 | 最近の世の中の同調圧力 | 同調圧力への内省、アイデンティティの探求 |
| 学生 | レミオロメン『粉雪』 | カラオケでストレス発散、でかい声出せる | 情動解放(カタルシス)の様式 |
| 学生 | BOOWY『16』 | 群馬から上京して成り上がる、反骨精神 | 反骨精神と成り上がり(アイデンティティ) |
| 学生 | B’z『今宵月の見える丘に』 | 親が好きで影響を受けた | 世代的・文化的背景(親からの継承) |
| 学生 | L’Arc-en-Ciel『HEAVEN’S DRIVE』 | 車の運転中にテンション上げる | 高揚感のトリガー(運転と音楽の結合) |
5.4 活動②のまとめ:「本」と「曲」の機能的補完
2つのアクティビティは、相互に補完的な機能を持ちます。
第3部:理論的考察と実践への示唆
第6章 統合的考察:「偏愛」と「ナラティブ」が「自律的な協力体制」を生み出すまで
6.1 「本(哲学)」と「曲(感情)」の掛け合わせによる多次元的理解
最も強力な洞察は、第1部(本)と第2部(曲)のデータを掛け合わせたときに生まれます。これにより、参加者の多次元的な人物プロファイルが明らかになります。
ダイナミック・レンジの理解
例:学生F(『あるヤクザの生涯』とBOOWY『16』)
本:「静かに物事を決める」(熟慮・傾聴の側面)
曲:「反骨精神」「成り上がる」(行動・挑戦の側面)
これは「矛盾」ではありません。これは一人の人間が持つ「ダイナミック・レンジ(動的範囲)」の開示です。彼は、静かな熟慮と燃えるような野心を併せ持つリーダー像を提示しました。
6.2 「自律的な協力体制」の萌芽
「ジョハリの窓」の実践は、メンバーが「互いの強みや弱みを把握し、自然と補い合える関係性」を築き、「自律的な協力体制」を生み出します。この2つの活動は、まさにこの「自律的な協力体制」の青写真を完成させました。
自律的協力の具体例
- 学生A(『夜と霧』)が「自己主張」しすぎた時、学生F(『あるヤクザの生涯』)が「相手の窓」から見るように補完できる
- チームが「ルッキズム」のような表面的な議論に陥った時、学生C(『アーモンド』)がその危険性を指摘し、学生E(『ケーキの切れない非行少年たち』)が「認知の歪み」という本質的な議論に引き戻せる
- チームが「失敗」して落ち込んだ時、Big Umi『ライブ』の学生が自身の経験をナラティブとして語り、SHISHAMO『明日も』の学生がポジティブなエネルギーを注入できる
6.3 ファシリテーターの役割:承認と意味の増幅
ファシリテーター(筆者)は、各発表に対して受動的に聞くだけでなく、即座に、かつ高い視座からのフィードバックを与えています。
第7章 「指示待ち」から「提案者」への変容メカニズム
7.1 提案の構造:内的資本 × 外部専門知 = 新たな価値
「提案」とは、本質的に以下の構造を持ちます:
7.2 「指示待ち」の心理的メカニズム
「指示待ち」とは、自らに「①内的資本」がないと認識しているか、あるいは「②外部専門知」との接続方法を知らない状態です。
思い込みの打破
- 「好きな本」の開示により、自分にも「視点(内的資本)」があることを自覚させる
- ファシリテーターの「意味の増幅」により、自分の視点が「専門知」と結びつくことを体験させる
- 「完璧な答え」ではなく「自分なりの視点 × 専門知」が提案になることを学習させる
7.3 スポーツトレーニングにおける応用:GETTAと提案力
一本歯下駄GETTAを用いたトレーニングにおいても、単に指示されたメニューをこなすのではなく、以下のプロセスが重要です:
第8章 実践への示唆:あらゆるチームに応用可能な普遍的手法
8.1 適用可能な場面
本稿で実証された「本」と「曲」を用いたファシリテーション手法は、以下のあらゆる場面に応用可能です:
- プロジェクト型学習の初回授業
- ゼミの新メンバー歓迎会
- 部活動やサークルの新シーズン開始時
- 新規プロジェクトチームのキックオフ
- 部署横断チームの形成
- 管理職研修(リーダーシップ開発)
- 新シーズン開始時のチームビルディング
- 新メンバー加入時の統合プロセス
- 指導者養成プログラム
- 住民参加型ワークショップ
- 協働プロジェクトの立ち上げ
- NPO・ボランティア団体の組織づくり
8.2 実施にあたっての重要ポイント
第9章 結論
9.1 本稿の主要な発見
本稿は、「好きな本」と「好きな曲」の紹介という2つのシンプルな活動が、以下のメカニズムを通じて、チームの心理的安全性を醸成し、自律的協力体制を構築することを理論的・実践的に論証しました:
9.2 理論的貢献
本稿は、既存の4つの心理学理論(心理的安全性理論、ジョハリの窓、社会的浸透理論、ナラティブ・アプローチ)を統合し、自己開示活動の効果を包括的に説明する新たなフレームワークを提示しました。
9.3 実践的貢献
本稿は、教育現場、企業組織、スポーツチーム、地域コミュニティなど、あらゆるチームビルディング場面で即座に応用可能な具体的手法を提供しました。
9.4 本稿の限界
- 単一事例研究であり、一般化可能性には慎重であるべき
- 参加者が日本の大学生に限定されており、他の年齢層や文化圏での効果は未検証
- 長期的効果(活動後数ヶ月から数年)の追跡調査が未実施
- 定量的測定(心理的安全性尺度、チームパフォーマンス指標など)との組み合わせが不足
9.5 今後の研究課題
今後の研究課題として、以下が挙げられます:
- 多様な集団における効果検証(年齢層、文化圏、職種など)
- 長期的効果の追跡調査
- 定量的研究との統合
- ファシリテーション技術の標準化
- 神経科学的アプローチ
9.6 最終提言:すべてのチームメンバーが「提案できる資本」を持っている
本稿を通じて、筆者が最も強調したいのは、以下の信念です:
すべてのチームメンバーは、既に「提案できる資本」を豊かに持っています。ファシリテーターの役割は、その資本を「引き出し」「承認し」「結びつける」ことに尽きます。その際に、身体化された文化資本を内包するアスリートは本稿での筆者の役割を十分にできると考えられます。また一本歯下駄GETTAインストラクターとして学び、実践するメンバーは言語と身体知を結び付け、言語化する学びを続けており、こうしたファシリテーション能力を備えています。
「指示待ち」は、個人の能力の問題ではなく、環境設計の問題です。適切に設計されたチームビルディング活動によって、誰もが「提案者」になれるます。その環境を設計できるのがGETTAプランニングとともに歩むアスリートであり、一本歯下駄GETTAインストラクターなのです。
引用文献
宮崎要輔(みやざき・ようすけ)
一本歯下駄GETTA開発者 / スポーツトレーナー
伝統的な日本の身体文化と最新のスポーツ科学を融合させた一本歯下駄GETTAトレーニングシステムを開発。全国のアスリート、指導者に向けてトレーニング指導を行う傍ら、「指示待ちから提案者へ」をテーマに、教育現場、企業組織、スポーツチームでのワークショップを多数実施。
ワークショップ成果物
本ワークショップ実施後、その日のうちに学生たちが5人一組の2グループに分かれて取り組んだ、京都町家の課題リサーチの成果をご覧いただけます。この素早い実践は、心理的安全性と自律的協力体制が即座に機能したことを示しています。