Four Giants and the Solar Plexus

鳩尾の系譜

誰が衝動の座に気づいたか。
誰が近くまで来たが届かなかったか。
そして誰が翻訳しなかったか。

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Section 01 ── Four Giants

四人の巨人──鳩尾の衝動の四つの面

四人の思想家が、鳩尾の衝動の異なる側面を記述していた。ダンカンは場所を。ドゥルーズは経路を。ベルクソンは時間を。大森は空間を。四人が記述したものは、すべて一つの出来事の四つの面だった。

鳩尾 SOLAR PLEXUS ダンカン 場所 ドゥルーズ 経路 ベルクソン 時間 大森荘蔵 空間

Constellation of Four Giants ── Four Aspects of One Event

Section 02 ── Isadora Duncan

イサドラ・ダンカン
──鳩尾の発見者

イサドラ・ダンカン
1877 – 1927

Location of Solar Plexus ── 鳩尾の場所を指し示した

歴史上、鳩尾を最も正確に特定した人間。スタジオで何時間も静止し、solar plexusを覆い、「あらゆる運動の中心的な泉を発見した」と記した。バレエが運動の起点を脊柱下部に置いたのに対し、ダンカンは鳩尾を運動のすべての源泉として位置づけた。

最晩年のエッセイで鳩尾を「魂の地上の住処(temporal home of the soul)」と呼んだ。ベルクソンのエラン・ヴィタルより4年早い1903年に、身体で同じ場所に到達していた。フィルム撮影を拒否し、弟子から弟子へ身体から身体への直接伝承のみを残した。百年後の今も途切れていない。

限界:「魂」への翻訳。鳩尾から湧くものを「魂の霊的表現」と呼んだ瞬間、ロマン主義的語彙に回収された。天才の側から語った。装置はダンカン個人のカリスマに依存し、ダンカンの死後に機能しなくなった。

宮崎との決定的差異:ダンカンは天才の側から鳩尾を語った。宮崎は「誰もが」の側から鳩尾を語る。ダンカンは「魂」に翻訳した。宮崎は翻訳しない。衝動を衝動と呼ぶ。GETTAというカリスマに依存しない装置を持つ。

Section 03 ── Gilles Deleuze

ジル・ドゥルーズ
1925 – 1995

Pathway of Transfer ── 転移の経路を記述した

ベーコン論で「大脳を迂回し神経系に直接作用する力」を記述。衝動の転移構造──ベーコンの鳩尾から湧いたものがキャンバスに宿り、鑑賞者の神経系に直接到達する──を最も正確に描いた。

限界:芸術論への限定。園庭にもスポーツにも教育にも適用しなかった。身体の現場を持たなかった。鳩尾という座を特定していない。

宮崎との決定的差異:ドゥルーズはベーコンの絵画に衝動の転移を見た。宮崎は園庭に、リングに、GETTAの上に、同じ構造を見た。芸術に限定せず、社会全体に開いた。

Section 04 ── Henri Bergson

アンリ・ベルクソン
1859 – 1941

Temporal Structure ── 転移の時間構造を記述した

エラン・ヴィタル(生命の飛躍)=衝動の哲学的記述。「知性では生命は捉えられない」は衝動と探求の転倒の先駆。純粋持続の概念は転移する文化資本の時間構造──蓄積(量の増加)ではなく持続(質の変容)──を提供した。

限界:座がない。装置がない。エラン・ヴィタルはどこから湧くのかを特定していない。「生命一般」としか言えなかった。方法が「直観」──GETTAのような物理的装置がない。ダンカンより4年遅い到達。

宮崎との決定的差異:ベルクソンは衝動を「生命の飛躍」に翻訳した。宮崎は翻訳しない。ベルクソンには座(鳩尾)も装置(GETTA)もなかった。

Section 05 ── Shōzō Ōmori

大森荘蔵
1921 – 1997

Spatial Structure ── 転移の空間構造を記述した

立ち現れ一元論で表象と直接経験を区別した。過去は「記憶として想起される」のではなく「今ここに立ち現れる」。転移する文化資本の空間的構造──コピーではなくもう一つの発生──を哲学的に確定した。

限界:知覚論の中に留まった。一人の人間の知覚経験の記述として閉じている。鳩尾から鳩尾への転移という社会的射程を持たなかった。

宮崎との決定的差異:大森は知覚を「立ち現れ」として記述した。宮崎は衝動の転移を「立ち現れ」として記述した。個人の知覚に閉じず、鳩尾から鳩尾への転移として社会に開いた。

四人とも衝動を
別の語彙に翻訳した。

宮崎要輔は翻訳しない。
衝動を衝動のまま記述し、
GETTAという装置を持つ。

Section 06 ── Near the Solar Plexus

鳩尾の近くまで来たが、
届かなかった思想家たち

ニーチェ

Will to Power / Übermensch

「力への意志」=鳩尾から湧くものの哲学的記述。「身体こそが大いなる理性」。西洋哲学史上、最も鳩尾に近い場所から書いた。

なぜ届かなかったか──鳩尾という座を特定していない。怒りがある。「ハンマーで哲学する」は近代の言語。装置がない。

メルロ=ポンティ

Body Schema / Perception

「身体図式」「身体主体」で身体を哲学の中心に据えた。身体文化論の学術的前提を提供。身体を扱った哲学者としては最高峰。

なぜ届かなかったか──身体を大脳の言語で最も精緻に「記述」した。身体の中から語ったのではなく、外から覗いている。「身体性が大切」と言った秀才の最高峰。

市川浩

Mi / Interbody

「身」の概念──精神と身体の両義性。「身体は文化を内蔵する」。間身体性の概念は転移の現象学的記述に接近。修士論文の骨格を提供。

なぜ届かなかったか──衝動の座としての鳩尾、転移の回路は記述していない。「沈殿」を先取りしたが、思想体系の中心にはなっていない。

齋藤孝

Mizoochi / Physical Culture

「日本の身体文化の中で重要なポイントであるのが『みぞおち』の柔らかさ」──鳩尾を姿勢論の一要素として記述。身体文化論の重要な先行研究。

なぜ届かなかったか──鳩尾を姿勢・身体技法の一要素に留めた。衝動の座、思想体系の中心としては位置づけていない。

國分功一郎

Middle Voice

中動態──「する」でも「される」でもない第三の態。「型が身につく」=中動態的事態。転移の文法を提供した。

なぜ届かなかったか──言語哲学に留まる。中動態が身体のどこで起きるかは問うていない。鳩尾という座を持たない。

Section 07 ── Miyazaki’s Position

翻訳しない。装置を持つ。

四人の巨人 宮崎要輔
鳩尾の命名 solar plexus=魂 / エラン・ヴィタル / 感覚の論理 / 立ち現れ 鳩尾=衝動の座。翻訳しない
語彙 魂、生命の飛躍、力、直接経験 → 哲学語彙 衝動、鳩尾、もう一回やりたい → 日常語
方向 天才の側から / 芸術の中から / 哲学から 「誰もが」の側から
装置 なし / カリスマ依存 / 直観 GETTA(誰でも一人で使える物理的装置)
社会理論 舞踊哲学 / 芸術論 / 生命哲学 / 知覚論 転移する文化資本(ブルデュー批判 → 社会全体)
スケール 巨大な力 / 芸術作品 / 概念 / 知覚 スケールしないことに本質を見る
身体の現場 ダンカンのみ(自らの踊り) 112人のJリーガー / 45人のプロ野球選手 / 世界タイトルマッチ / 園庭 / 230名のインストラクター

四人の巨人が気づいていたものを、翻訳せずに、装置とともに、現場から記述している。鳩尾から湧くものを鳩尾から湧くものとして、園庭の走りを園庭の走りとして、久田のリングを久田のリングとして。概念に翻訳しない。崇高にしない。だから届く。すべての人間の鳩尾に。

鳩尾は読んで理解するものではない。
足裏から再発火させるもの。

足裏で確かめる

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