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Master’s Thesis ── Full Text
文化身体論の構築に向けての一考察
──伝承的身体の再現性に着目して
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Introduction
序論
1.緒言
元来、日本の文化にはさまざまな「型」があった。
「型」の研究を行う大庭良介は以下に述べる。
「日本における古武道では、ほぼすべての流派に独自の型とその組み合わせである型体系が存在し、修行者は型を通じて稽古を重ねる」
(大庭, 2021:16)
日本における古武道では、ほぼすべての流派に「型」が存在していることを論じている。さらに、評論家であり、伝統文化における技術の伝承についての研究家でもあった安田武は、日本文化のなかに存在した「間」と「型」が、日本の日常に薄れつつあることを指摘している(安田武, 1984:50)。この日本の日常に薄れつつある「間」や「型」であるが、大庭は「型」について、下記のように論じる。
「『型』は、武道では決められた一連の動作から構成され、それぞれの武道の核心となる技・業を伝える教範である。伝統的な芸能や医学にも見られる叡智の表現と伝達の方法であり、東洋に特徴的な事物へのアプローチといってもよい」
(大庭, 2021:3)
このように「型」が叡智の表現と伝達の方法であるとすれば、身体運動におけるトレーニングやトレーニングメニューといった同じ「形」の動きでも生じる個人差、固有性の差は、素質や才能と考えられてきたものとは別に、「型」によって証明できるとも言えるのではないだろうか。
教育哲学者の生田久美子(1987)は、伝統芸能の学習者の動きの習得度合いにおいて、一見同じような動きにおいても「形」と「型」の違いがあることを論じている。さらに生田は、「型」には「間」が存在しているとも論じ、この「型」と「間」への考察についてマルセル・モースの身体技法の中核概念である「ハビトス」の概念を用いて、身体運動を解剖学的、生理学的な観点を超えて、心理学的、社会学的考察の必要性があることを指摘している(生田, 1987:25)。
※生田久美子(1987)は、社会学者マルセル・モースのハビトス概念(Mauss, 1976:127-128)をハビトスと表記した。本論考でも、モースのハビトス概念をハビトスと表記する。モースによると、ハビトスとは単なる動作の記述ではない。威光模倣について、モースは、威光ということの概念の中に社会的要素があり、模倣行為の中にすべての心理学的要素と生物学的要素が見出されると論じる。なお、後述の社会学者ピエール・ブルデューのハビトゥス概念についてはハビトゥスと表記する。
この「形」と「型」の違い、「間」の存在する「型」というのは、生田の論じた伝統芸能や武術、武道の世界だけのことではない。例えば、野球の素振りにおいても「形」の素振りと「型」の素振りが存在しているという仮説である。生田に従う「形真似でしかない型なしのハビトスの傾向性の素振り」と「型と間のあるハビトスの傾向性の素振り」の違いが、同じトレーニングの反復であっても大きな違いを生んでいるのではないかという可能性である。能楽を室町時代に大成させた能楽師の世阿弥や日本舞踊井上流3世の井上八千代(片山春子)がそうであったように、「間」と「型」がある動きには、抑制の美しさが存在し、見るものを魅了する。小さな動きの中にも奥行きのある動きがそこには存在する。身体文化、身体技法への取り組みは、この「間」と「型」への取り組みとも言えよう。
現代の生活の中で薄れている「間」や「型」を身体や動きの中に組み込む、すなわち、伝統的な身体文化、身体技法を再現性あるものにすることは、人々の生活に根づいた文化として、現代の身体文化・身体技法以上の可能性を持つのではないだろうか。
2.本研究の射程
本研究では、文化身体論の構築において、能楽のように身体文化が伝承的保存をされている伝統芸能、足半(あしなか)や一本歯下駄、尺八のように身体文化が機能的保存をされている道具に着目し、これらに保存されている身体性との相互作用によって表象される身体を、文化身体論という新たな枠組みで構築していくことを目的とする。すなわち、本研究が目指すところは、これまでの身体文化論研究のように、数百年前の日本人の歩き方といった身体文化、ならびに身体技法の形式(形)への着目に留めることではない。伝承、そして、道具に内在する文化がどのように身体との関係の中にあるかを分析し、再現性ある実践の足がかりとするものである。
3.身体文化論の視座と系譜
身体文化論を代表する研究の中で、身体と道具、文化について論じているものが、哲学者であり身体論者である市川浩による『精神としての身体』(1992)『「身」の構造』(1993)である。市川は、精神と身体とは同じシステムの両面を成し、両義的であるため、その両義性を表すことばとして「身」を用いた。市川の「身」の捉え方は、身体と道具、文化が如何にして互いに作用していくのかを考える上でおさえておきたい内容である。
「『身』は単なる身体でもなければ、精神でもなく、しかし時としてそれらに接近する精神である身体、あるいは身体である精神としての「実在」を意味するのである」
(市川, 1993:8)
市川の「身」の特徴は、身体と精神とを区別しないだけではなく、両者がシステムを成すものと認定しているところである。身体と精神が独立しているのではなく、互いに生成・消滅を繰り返す自己組織システム論の考え方である。この「身」の概念は、道具を使う際の体感などの「感覚」といった不透明性のあるものを捉え、身体パフォーマンスの向上に繋げていける可能性を持つ。
「ピアノを弾く人は、ピアノの鍵盤を身体図式のうちに組み込み、ピアノ曲の解釈の歴史、演奏法の伝統をも潜在的な身の統合のうちに包みこんでいます。身は解剖学的構造をもった生理的身体であると同時に、文化や歴史をそのうちに沈殿させ、身の構造として構造化した文化的・歴史的身体にほかなりません。つまり身体は文化を内蔵するのです」
(市川, 1993:59)
ここで市川は、身体は皮膚の内側で完結するものではなく、皮膚の外まで拡がり、文化や歴史をはじめとした世界の事物と入り交り拡大していくものであると説明する。道具を使う際、身体は道具を「身」のうちに入れることでそれまで自身の「身」の中で沈澱された文化とかけ合わせて自己組織システムを進めていく。それと同時に道具の中にも身体としての認識を拡げていき、道具を身体化していく。
市川と同様に身体と道具の関連性に着目したのは、日本の修行・芸道の身体技法を研究する矢田部英正(2011)である。矢田部は、身体技法がかかわる日常動作と道具、住居をはじめとする物質文化と身体の関連に目を向けた。矢田部は履物と歩行様式、和装と身構えといった関連性からくる身体技法の大半が、履物や服飾の変化も含めた西洋化によって、すでに日本人の日常から失われていると論じている。
市川、矢田部が身体と道具の関連性に着目したのに対して、教育哲学者である生田久美子は、伝統芸能における技の教授と習得に着目し、「わざ」の教授において、そこから「わざ言語」をみつけ出した。
「『わざ』の習得プロセスにおいて、学習者は『形』の模倣を繰り返すうちに、次第にその『形』を、師匠の価値を取り込んだ第一人称的な視点から眺め始め、他の『形』との関係のなかで吟味していくようになる、と述べたが、『わざ』言語の役割は実に、学習者のこうした内的な対話活動を活性化することにあると言えよう。つまり、比喩的表現によって、学習者の内側からの原因への探索が促されていくのである」
(生田, 1987:99)
教育学者の齋藤孝は、日本の伝統的な身体文化を「腰・胎(はら)文化」と考え、腰や胎の身体感覚を文化によって身につけ、身体感覚の技化を遂げてきた日本の伝統について、坐や歩行様式という行為を技として持っていた日本人の伝統的な身体文化の考察から、現代の日本において衰退している身体技法がなんなのかを明らかにしている(齋藤, 2000)。
このように、これまで身体文化論として行われてきた研究は、矢田部、齊藤のように、生活の変化の中、失われた身体文化、身体技法を明らかにしていく視座と市川や生田のように、哲学及びに認知領域から明らかにしようとする視座が存在する。
Chapter 01 ── Limits of Body Culture Theory
本論
第1章 身体文化論の限界
本章は、身体文化論において論じられてきた身体文化、身体技法にはどのようなものがあるのかを明らかにし、身体文化、身体技法が再現性あるものとして社会化されないのは何故かを考察する。そして、身体文化論における限界について論じる。
1.1.身体文化とは何か
人々が知らず知らずのうちに身につけている社会ごと、民族ごとに固有な振る舞いの形式を、マルセル・モース(Mauss, 1976:121-156)は「身体技法」と名付けた。社会や民族において永い歴史を通して培ってきた「身体技法」は、身体文化の一要素である。日本において日本の身体文化として論じられる多くは、多くの場合、鎌倉期から昭和初期まで(近代以前)にみられた日本の伝統的身体技法に起因する。身体文化を昭和初期までにみられたものと定義がなされるのは、矢田部(2011)が論じるように、履物や服飾の変化も含めた西洋化により、すでに多くの日本人の日常から、その身体技法が昭和初期を境目にして失われていることがあげられる。
そこで、身体技法とは異なる身体文化の一要素として、日本人独自の身体観があげられる。能楽師の安田登(2014)によると、その身体観は、現在のように解剖学的に各部位を細部化して捉えるものと違い、例えば「膝」と言えば現代の私たちが想起する膝頭ではなく、太ももの前側全体を指し、「肩」と言えば、肩峰のみならず首肩まわりの界隈を指すように身体の各部位に対して曖昧なものと述べる。
「腰腹部はもとより股関節や骨盤、仙骨、丹田、骨盤底筋、横隔膜までをも含み、さらには肉体のみならず心の状態まで表していました」
(松田, 2021:14)
このように、現代とは異なった身体観が身体文化の根底には存在しており、この身体観の違いは、物質の重さの感じ方として、所作に影響を及ぼしている可能性が考えられるのである。
1.2.身体文化論における姿勢、道具、動作
近代以前の日本人の姿勢や体つきをみていくと矢田部が指摘しているように、「洋服の似合う身体」(矢田部, 2011:26)を価値基準として判断している現代の私達とは違った身体が浮かび上がってくる。資料集『百年前の日本−モースコレクション(写真編)』に掲載される100年以上前の写真から、日本人の多くは、なで肩の猫背で「みぞおち」部分はへこみ、顎は少し上向きに突き出されていることが確認できる。
「眼球の上下運動に関与する筋がリラックスした状態なので、眼球を左右上下に素早く動かすことができ、胸鎖乳突筋など鎖骨に付着する筋も開放されているこれによって、反射的に身体を動かしやすい状態にすることができるんですね。その結果、脊髄反射が俊敏に行われるわけです」
(織田・小山田編, 2011:104)
また、「みぞおち」について齋藤(2000:176)は、日本の身体文化の中で重要なポイントであるのが「みぞおち」の柔らかさであるとし、矢田部(2012:30)は現代でいわれる「胸を張る」は「みぞおち」を圧迫し、腰が抜けてしまうと指摘している。
身体文化論で論じられている道具にも特徴が見られる。その中でも、特に重点的に論じられている道具が、踵部分がない形状の草鞋である「足半」である。「足半」は文字通り足の半分しか台座の寸法がない日本独自の履物であり、台座の踵部分や足指部分がない。
「足半は戦国武将のなかでも織田信長がとくに好んだことが知られていて、いつも信長は腰に数足の足半を提げていたことなども伝えられている。(中略)足半には、日本人の歩き方を知る上で、ある典型とも言える特色が集約されているように思われる。まず「踵がない」ということ自体が爪先に体重をかけて歩くことを自明のものとして伝えている」
(矢田部, 2011:71-72)
そして伝統的な履物を履いたときの日本人の歩行において、複数論じられている歩行がなんば歩きである。
「常歩は両足の立ち幅を骨盤幅に保ったまま、身体に左右二本の軸を置く。そして、両足は二直線のうえをそれぞれ通過する二軸動作の歩行法である。つまり体幹をほとんどねじらない。この歩行では、着地した足が前に出るとき、同じ側の肩・腕が同時に前に出る。着地と離地は地面を蹴る感覚ではなく、足裏全体がぱっと一瞬に離れる感覚となる」
(高橋, 2007:71)
失われた身体文化、身体技法の動きというのは、その多くが、現代のような順序立てた動きではなく、予備動作を必要とせず、動作を同時に行ない、身体は一体化されたつながりをもつ。これらは、曖昧であり、重さや捉え方さえも異なった身体観があるからこそ、存在していたものだと考えられる。
1.3.身体文化論に関する見解
これまでの身体文化論の多くが、メルロ=ポンティの「身体図式」「習慣的身体」を前提として論じられてきている。身体図式とは、位置関係や距離感といった、空間をも含み、皮膚表面を越えて広がり、道具をもその一部に組み込んだ身体的経験の一つの要約(Merleau-Ponty, 1967:173)である。
例えば、車の運転に慣れていくと、道路側と車幅を比較して計測をしなくとも、狭い道に車をすすめることができるというように、環境と身体の間でわざ化されていく。この身体図式が車の運転において成立しているのは、私達が生きる社会において車に乗ることが日常化された社会にいるからである。
1.4.身体文化論の限界
身体文化論で取り扱われる身体文化、身体技法は矢田部や齋藤が論じてきたように、名残こそあれ、社会の中では失われている。そのため、身体文化、身体技法においての正しさの共通認識が人々の中に存在していない。これにより身体図式、習慣的身体では、身体文化として成立が難しい状況にあるといえる。何故なら、身体文化を再現するための実践の際には、昭和初期以降の社会的環境の中で長い時間をかけて日本人が習慣的に獲得してきた西洋化によるハビトゥスが関わってくるからである。
矢田部が指摘したように、私達は正しい姿勢、正しい動きについての無意識的な判断を西洋的な正しさで行っているのではないだろうか。そして、それはすでに無意識的にハビトゥスとして身体に内在している。そのため、例え下駄を履いて近代以前の日本人の身体技法を獲得しようと実践を試みたとしても、多くの人は、己の中にある西洋化によるハビトゥスが再生産され、それが身体図式に組み込まれた実践になる。これは身体文化を実践する上での界(Champ)が不在なため、身体、動作に対しての価値判断は、無意識的に西洋的価値判断を上位として包摂され、身体化されてしまうからである。
このように、西洋的価値判断で身につけた西洋化によるハビトゥスを、実践が超えることができないため、身体文化論として論じられてきた身体技法は再現できなくなるのである。近代以前の日本人の姿勢や身体、また、道具との関連性がどれだけ明らかになろうとも、再現性があるものにならなかったのは、私達が西洋的価値観の中でハビトゥスを形成し、そのハビトゥスの再生産が存在しているにも関わらず、価値判断の形成を組み替える界が不在の中、身体図式、習慣的身体を前提として論じてきたからである。
ここに身体文化論の限界があるのではないだろうか。
西洋化によるハビトゥスの再生産を超えて、
失われた身体文化を取り戻す。
それは、身体文化論から文化身体論への転倒である。
Chapter 02 ── Transmission and Function
第2章 文化身体論の伝承と機能
2.1.文化身体の伝承的保存
2.1.1.能楽における伝承的保存性
日本を代表する伝統芸能であり、舞台芸術である能楽は、600年以上前の中世からの身体文化、身体技法を型によって脈々と受け継ぐ身体文化が伝承的に保存されている界(Champ)である。
「知人の能楽師から教えられたことがある。室町時代から五十六代も続く芸能を引き継ぐその人は、袴の裾をからげて筆者に脛を見せ、『この馬蹄形の彎曲があることによって、板の間でも脛が当たらずに、長時間坐っていられるのです。この脚の形は一代では作れません。私たちは永い歴史のなかで、この体型を作り上げてきたのです』ということを教えて下さった」
(矢田部, 2011:11)
「師匠の元に入門して型を学びますが、その型についての質問は一切許されないそうです。型の意味を求めず、ひたすら与えられた型を繰り返す。そうすることによって、舞台の上で何百年前から繰り返されてきた型の意味が身体からにじみ出してくる。型に何百年も前から閉じ込められたものが舞台上で解凍され、観客に感動を与えることができるのです」
(松田, 2021:80)
2.1.2.能楽における身体技法
能楽を代表する身体技法である「構え」は、中世の人々における自然の構えであった。時代の移り変わりの中、人々の自然な姿勢が中世の姿勢ではなくなった際に「構え」という型が生まれたのである。
「今は稽古のとき、立って、まず『構え』を作るところから始めるわけですけれども、昔は「構え」というようなものはなかった。ただ、立っただけでもうかたちができていた。能は中世の日本人の身体運用ですから、着物を着て、床に座って暮らしている人なら、どういう所作をしてもさまになる。でも、近代になって、洋服を着て、靴を履いて、椅子に座る生活をするようになったら、その生活での自然な構えではもうかたちにならない」
(佐藤, 2017:213 ── 内田樹の発言として)
2.1.3.仮想的界としての能楽
多くの人にとって今から能楽師になるということも、能楽という界の中に身を置くことも現実的ではないだろう。そこで、仮想的界として能楽を頭の中に置くということで考察を進めていきたい。
実践時において仮想的界を置くことで、能楽の世界では、果たしてこの動作は有効かどうか、この動きには能楽の構えが適用できるのではないか、という推論が生まれるようになり、西洋化によるハビトゥスの再生産に歯止めをかけることが可能となる。
2.2.文化身体の機能的保存
2.2.1.道具における機能的保存
仮想的界には、仮想ゆえに、意味の解釈や推論の促進を促す直接的な導き手となる師匠は存在しない。そこで、仮想的界を導入した上での実践における重要性として強調されるものが、身体文化が機能的保存されている道具の存在である。
川田順造は、西洋の道具や服飾は「人間非依存」の技術特色が多くみられるが、日本の伝統的な道具や服飾は技術に関する「人間依存性」がみられると指摘している(川田, 2014:41)。この「人間依存」の特色があるからこそ、道具を使いこなすためには、使いこなしてきたその時代(過去)の人間の身体文化をようする状況が生まれるのである。
「剣には剣固有の生理があるという考え方ですね。剣には剣固有の導線というのがある。この線を進みたいという欲求がある。武道的感覚というのは、剣が発するその微かなシグナルを聞き取ることなんだと思うんですけれども(中略)人間がするのは初期条件を与えることだけ。いったん剣が起動したら、なすべきことは剣自身が知っている。だから、その後の人間の仕事はいかに剣の動きの邪魔をしないかなんです」
(内田, 2014:89)
2.2.2.道具を介した思考化、意識化
ブルデューのハビトゥスは、過去の限りない再現、身体に刻み込まれた傾向性ではあるが、田辺繁治(2002)によれば実践を思考化、意識化することで変容できる余地を持つと言う。道具を対等・敬意することで、ハビトゥスの変容の余地の部分に働き掛けができるのである。
そこで、諏訪正樹(2016)の「からだメタ認知」の概念にその要点を求めたい。道具と身体との関係をオノマトペや「ことば」で紐付け、身体知を高めていくのである。
2.3.文化身体の伝承と機能
「伝承的保存のある仮想的界」、「機能的保存のある道具」、「道具と身体との関係を紐付ける『ことば』による身体知を高める行為」からなる実践が、西洋化によるハビトゥスに対してヒステレシス効果を及ぼし、ハビトゥスを変容させていくのである。
「資本は界との関係なくしては存在することも機能することもできない」
(Bourdieu, 2007:137)
つまり、文化資本として、伝統的な身体技法や機能的保存のある道具を機能させる仕掛けが存在していなかったのである。身体文化論は、界とハビトゥスによる関係だけでなく、文化を文化資本として存在させることができていなかったと言えよう。すなわち、これまでの身体文化という視点ではなく、文化資本を機能させる文化身体という視点が求められるのである。
Chapter 03 ── Toward Construction
第3章 文化身体論構築に向けて
3.1.暗黙知の近位項を捉える身体
マイケル・ポランニー(2003)が提唱した「暗黙知」の概念は、知っているのは確かなものの、どのように知っているかを語れない知である。暗黙知は近位項と遠位項から成立する。近位項には、身体各部位の動きや身体感覚が分類され、行動するときのタスク全体など、身体の内から離れたものを遠位項とした。
近位項における実践としてオノマトペの採用が有効である。例えば、それまでは暗黙的で意識にのぼらなかった着地感覚について、右足では「クン」という音がはまる着地なのに対し、左足は「クッ」という着地だということなどに気づくのである。この微細な差を認識した際、右足の「クン」の感覚に近づけようと、左足の着地の際に「クン」と意識しながら行っていくと、感覚の微細な差異が徐々に調整されていく。
「ことばが新しく生まれた場合、身体システム内には新たな身体動作の実体が生じます。新たな身体動作は、それまで成り立っていた身体と環境の関係を刷新します」
(諏訪, 2016:154)
3.2.身体感覚の二重構造を持つ身体
西村秀樹の論じた身体感覚の二重構造(2019)は、「自分の身体のうちに起きている身体感覚」と「身体から先の道具で起きている身体感覚」が同時に存在していることである。
「『無心』の状態では、身体感覚以外の意識は消失するが、身体感覚はむしろ非常に研ぎ澄まされたものとして存在する。そして、この身体感覚は、心と身体が出合うところであり、両者が統合されたものである」
(西村, 2019:89)
心と身体は身体感覚として一体化した上で拡張し、身体の先にある道具を拠点としながら、さらに道具より先へと拡張していく。「自らの身体に傾聴する身体感覚」と「道具を拠点として、環境に傾聴する身体感覚」という二重の身体感覚──相互に働きかけを繰り返しながら、生成を繰り返していく身体感覚である。
3.3.間と型のある身体
身体感覚の二重構造から、伝統的道具の中にある機能保存されていた身体文化、身体技法に内在していた「間」の感覚に気づき、「間」を会得していく。さらに、これら実践で体現した「間」の動作を自らの競技に応用して落とし込んでいくことで、自らの競技における「型」、その競技のトレーニングにおける「型」をみつけていくことが可能になる。
「型」のある身体は、オノマトペやイメージ、比喩までも含んだ身体となることで、次の動き、どう動くべきかと頭や心で考える必要がなくなる。つまり、「無心」となる。それゆえに、環境に応対し、生成し続けられる状態が発生するのである。「型」とはただの再現、反復される形式ではなく、二重の身体感覚から自己と自己以外のものとの生成活動や動きを生み出すことができる状態をつくるものとも言い換えられよう。
「通常は無意識に行なってしまっている効率のよくない動きをいったん意識化し修正する。そして、型を通して合理的な動きが習慣とされることによって、その動きは意識的にしなくとも出るようになり、無意識の領域に帰っていく」
(齋藤, 2000:105)
このように、西洋化によるハビトゥスによって「形」へと向かう傾向性を持っていた実践が、自ら「型」をつくる行為の領域へと変容していく。この実践の中に、文化身体論は存在するのである。
叡智を内包する規範を身体化するものが、
従来の「型」であるならば、
叡智を内包させながら規範を
身体化したものが、
文化身体論の「型」である。
Conclusion
結論
1.本研究の結論
第1章では、身体文化論において、日本人の日常から失われた身体文化、身体技法にはどのようなものがあるのかを論じてきた。身体観においては、現在のように解剖学的に各部位を細部化して捉えるものと違い、身体の各部位に対して広く曖昧であり、身体に限らず、自己と他者の空間さえも曖昧であることが日本人の身体観の特徴としてみられた。
しかし、身体文化論は、身体図式、習慣的身体の視点であったため、社会世界の構造が身体化したものであるハビトゥスに、包括されている西洋化を捉えることができていなかった。ここに、身体文化論の限界があった。
第2章では、西洋化によるハビトゥスの再生産に歯止めをかけるものとして、仮想的界を提示した。伝承によって伝統的身体技法が保存されている能楽こそ、仮想的界として適任である根拠について論じ、身体文化が機能的保存された道具と「からだメタ認知」による実践を統合した。
第3章では、「暗黙知」の概念、身体感覚の二重構造を理解した上で取り入れた実践の先には、「間」の発見、会得があった。「間」への気づきが、「無心」の領域である「型」の入り口となっていることを明らかにした。
叡智を内包する規範(大庭, 2021:7)を身体化するものが、身体文化論で分析されてきた従来の「型」とするならば、叡智を内包させながら規範を身体化したものが文化身体論の「型」である。このように、「間」や「型」を分析するのではなく、身体化させていく過程として文化身体論の存在を明らかにした。
文化身体論の実践で獲得した、文化身体によるハビトゥスと文化資本は、各々が所属する界へと持ち込まれ、界の中で行われる闘争やゲームに組み込むことが可能となる。
このようにして、文化身体論の実践とは、「間」と「型」を文化資本の到達点として獲得し、これを各々の界における闘争やゲームを有利に進めるものとして応用することができる。だからこそ、伝承的身体の再現性に着目し、文化身体論の構築に向けての視点を持つ更なる研究が必要だと結論づけたい。
2.今後の課題
本研究では、身体文化論で分析されてきた身体技法を、どういった場面でどのように実践するべきかという点について十分に考察できたとは言えない。また、身体感覚の二重構造における「間」の獲得過程でみられる生命システムが、状況に応じて次々と新しい意味情報を自律的に生成していく「ゆらぎ」(清水博, 1990:290)に関する言及は、スポーツ指導の現場、教育現場への応用可能性がある。今後の課題とさせて頂きたい。
型は読んで理解するものではない。
足裏で確かめるもの。