思想図鑑A Compendium of 16 Thinkers Who Reshaped the Body
社会学から発達心理学、舞踊から日本哲学、デザイン科学まで──
身体・学び・遊び・文化を再定義した16人の思想家を完全網羅。
GETTAの思想体系の地下を支える、ブルデュー・メルロ=ポンティ・ドゥルーズ・西田幾多郎たちの
ハブ図鑑シリーズ全16巻の入口。
どの思想家から扉を開くか
16の主題は独立しつつ、地下水脈で結ばれている。気になる扉から入り、関連リンクをたどると全体の星座が立ち現れる。
No.01ピエール・ブルデュー
Pierre Bourdieu
ハビトゥス・文化資本・界。20世紀社会学の巨人。
PHILOSOPHY OF LIFENo.02アンリ・ベルクソン
Henri Bergson
純粋持続・エラン・ヴィタル・直観。ノーベル文学賞受賞。
ANTHROPOLOGYNo.03マルセル・モース
Marcel Mauss
身体技法・贈与論・全体的人間。フランス民族学の祖。
EMBODIED PHILOSOPHYNo.04モーリス・メルロ=ポンティ
Maurice Merleau-Ponty
身体図式・身体主体・肉・可逆性。身体現象学の決定版。
JAPANESE PHILOSOPHYNo.05大森荘蔵
Omori Shozo
立ち現れ一元論・重ね描き・「時は流れず」。戦後日本哲学の最高峰。
POST-STRUCTURALISMNo.06ジル・ドゥルーズ
Gilles Deleuze
差異と反復・器官なき身体・25著作30概念。
FREE DANCENo.07イサドラ・ダンカン
Isadora Duncan
鳩尾/自由な舞踊/モダンダンスの母。
INSTITUTIONAL CRITIQUENo.08イヴァン・イリイチ
Ivan Illich
脱学校・コンヴィヴィアリティ・医原病・シャドウワーク。
DEVELOPMENTALNo.09ジャン・ピアジェ
Jean Piaget
発生的認識論・認知発達4段階・シェマ・同化と調節。
PSYCHOSOCIALNo.10エリク・H・エリクソン
Erik H. Erikson
アイデンティティ・8段階発達・モラトリアム・サイコヒストリー。
PLAY & SACREDNo.11ロジェ・カイヨワ
Roger Caillois
遊びの四類型・対角線の科学・社会学院。
BODY PHILOSOPHYNo.12市川浩
Ichikawa Hiroshi
〈身〉・錯綜体・身分け/言分け・間身体性。
DESIGN SCIENCENo.13バックミンスター・フラー
Buckminster Fuller
宇宙船地球号・ジオデシック・テンセグリティ・シナジェティクス。
MODERN DANCENo.14マーサ・グラハム
Martha Graham
コントラクション・181作・イサム・ノグチ協働。
SACRED DANCENo.15ルース・セント・デニス
Ruth St. Denis
デニショーン/神聖舞踊/日本公演。
KYOTO SCHOOLNo.16西田幾多郎
Nishida Kitaro
純粋経験・場所の論理・絶対矛盾的自己同一・京都学派。
16の肖像 ─ 思想と身体の交差点
各思想家の核心的概念と、GETTAの思想体系との接続を200字で。本格的な探究は、各図鑑へ。
ピエール・ブルデューPierre Bourdieu
ブルデューは「ハビトゥス(habitus)」という概念で、人間が無意識のうちに身につけた身体的・知覚的な構えを理論化した。これは個人の選択でも社会の規範でもない、その中間にある「身体化された構造」である。GETTAの思想体系における「文化資本の転移」「身体技法の世襲」は、ブルデューの土台の上に立ち、それをモースの身体技法・メルロ=ポンティの身体図式と結ぶことで、独自の文化身体論へと展開している。
図鑑を読むアンリ・ベルクソンHenri Bergson
ベルクソンは時間を「空間化された時計の時間」ではなく、流れ続ける「持続(durée)」として捉え直した。知性が物事を切り分けて把握するのに対し、直観は対象の内側に入り込んで生きた全体を捉える能力である。GETTAの「鳩尾の沈静」「醸す」というアプローチは、ベルクソンが言う直観的把握の身体化に他ならない。速度を求める現代の知性偏重を、生命の流れを再開する身体実践によって反転させる装置が一本歯下駄である。
図鑑を読むマルセル・モースMarcel Mauss
モースは「身体技法」という論文で、歩き方・泳ぎ方・出産姿勢などが文化ごとに異なることを示し、身体それ自体が文化的構築物であると論じた。これはブルデュー以前のハビトゥス論であり、メルロ=ポンティの身体図式論とも響き合う。GETTAの「五歳の身体性を取り戻す」という思想は、モースが指摘した文化的・歴史的に層をなす身体技法の地層を、装置によって遡行する試みである。
図鑑を読むモーリス・メルロ=ポンティMaurice Merleau-Ponty
メルロ=ポンティは『知覚の現象学』で、身体を単なる物体でも純粋な意識でもない「身体主体」として再定義した。晩年の『見えるものと見えないももの』では「肉(chair)」という概念で、見る者と見られるもの、触る者と触られるものが重なり合う存在の織物を描いた。一本歯下駄を履いて立つことは、まさにこの「肉の可逆性」を身体で経験する装置である。知覚することと知覚されることが同時に起きる、その襞の上に重心を置き続ける実践なのだ。
図鑑を読む大森荘蔵Omori Shozo
大森は西洋哲学の二元論(心と物・主観と客観)を解体し、現象がそのまま立ち現れる一元論を提示した。「時は流れず」という主張は、過去・現在・未来が一つの立ち現われとして同時に存在することを示す。これは小脳の予測機構と驚くほど一致する。一本歯下駄は、過去の体験(記憶)が現在の制御として、未来の予測として、同時に作動する身体を立ち現せる装置だ。GETTAの哲学は大森の系譜に深く根ざしている。
図鑑を読むジル・ドゥルーズGilles Deleuze
ドゥルーズは「器官なき身体(CsO)」という概念で、固定された機能配置から逃れる身体の状態を描いた。千葉雅也は『動きすぎてはいけない』で、慎重な実験としてのCsOを擁護する。一本歯下駄こそ、装置によって慎重にCsOを獲得するためのGETTA実践である。器官の固定的役割(足は歩くもの・手は掴むもの)を解除し、全身が再配置される瞬間を、毎日の歩行に埋め込む。ドゥルーズの哲学を生活の中で実装する道具がGETTAだ。
図鑑を読むイサドラ・ダンカンIsadora Duncan
ダンカンは「動きはすべて鳩尾から発する」と宣言し、トウシューズもチュチュも捨て去った。鳩尾(ソーラープレクサス)こそが感情と運動の発生源であるという認識は、現代のインナーユニット理論や大腰筋研究と完全に一致する。GETTAは現代日本人の鳩尾を再起動するための装置であり、ダンカンが100年前に身体で示した真実を、神経科学の言葉で再構築している。
図鑑を読むイヴァン・イリイチIvan Illich
イリイチは産業社会が一定の閾値を超えると逆生産性に転じることを示した。学校が学習の能力を奪い、医療が癒す能力を奪い、輸送機関が歩く能力を奪う。GETTAは「歩く能力」の自律性を取り戻す道具である。高機能シューズ・整体ベッド・健康器具という産業的代替物からの離脱を、足元で実践する。コンヴィヴィアル(自立共生的)な道具とは、誰もが自分の意図のために自由に使えるもの──まさに一本歯下駄。
図鑑を読むジャン・ピアジェJean Piaget
ピアジェは認知の発達を、子どもが世界と相互作用するなかで「シェマ」を更新していく能動的構成過程として描いた。感覚運動期(0-2歳)は身体を通じて世界を分節する原初の段階であり、すべての高次認知の地層をなす。GETTAの「五歳の身体性を取り戻す」という思想は、感覚運動期に開かれていた神経ループを、成人で再起動するという発生的認識論の身体的応用である。同化と調節を毎歩ごとに迫られる装置がGETTAだ。
図鑑を読むエリク・H・エリクソンErik H. Erikson
エリクソンは人間の発達を生涯にわたる8つの心理社会的危機として理論化した。「アイデンティティ」「ライフサイクル」「モラトリアム」は今や日常語である。「ジェネラティビティ(世代継承性)」──次世代に何を渡せるか──は、GETTAの「文化資本の転移」「わが子への愛が子どもたちへの愛へと転移する」思想と直接共鳴する。成人後期の発達課題は、知識ではなく身体的・倫理的なものを子どもへ手渡す能力である。
図鑑を読むロジェ・カイヨワRoger Caillois
カイヨワは『遊びと人間』で、遊びを四類型(アゴン=競争・アレア=運・ミミクリ=模倣・イリンクス=眩暈)に分類した。なかでもイリンクス(眩暈・回転)は前庭系を揺さぶる遊びであり、子どもがブランコや回転に夢中になるのは神経系を再起動する本能的衝動である。一本歯下駄は日常に「持続するイリンクス」を組み込む装置であり、カイヨワが示した遊びの神経学的意義を、大人の身体習慣として実装する。
図鑑を読む市川浩Ichikawa Hiroshi
市川は西洋的「身体(body)」概念を超え、生・関係・歴史を含み込む包括的存在を「〈身(み)〉」と表記した。身分け(身体で世界を分節する)と言分け(言語で世界を分節する)の往還によって人間の経験世界が成立する。GETTAの思想体系は西田の〈場所〉・大森の〈立ち現れ〉・市川の〈身〉という日本哲学の三角形を基盤に立ち、言分けが先行しすぎた現代の身体に、身分けを再起動する装置として一本歯下駄を位置づける。
図鑑を読むバックミンスター・フラーBuckminster Fuller
フラーの「テンセグリティ(tension+integrity)」は、圧縮材と引張材の対立的均衡で立つ構造原理である。近年の解剖学では、人体もまた骨(圧縮)と筋膜(引張)のテンセグリティ構造であることが認識されつつある。一本歯下駄を履くことは、骨格を一点で支え、筋膜ネットワークが全身に張力を分配する瞬間を毎歩再現することだ。フラーが「動詞的存在として生きよ」と説いたとおり、GETTAは身体を名詞から動詞へと戻す装置である。
図鑑を読むマーサ・グラハムMartha Graham
グラハムは古典バレエの上昇志向(垂直性)を否定し、骨盤を中心とする身体の収縮(コントラクション)と解放(リリース)を交互に行う重力的舞踊言語を確立した。床を主要な舞台空間として活用し、感情と身体性を直結させた。GETTAが提唱する「鳩尾から動く」「骨盤を呼吸させる」という実践は、グラハムが舞踊で示した身体の真実を、日常歩行へ翻訳する試みである。
図鑑を読むルース・セント・デニスRuth St. Denis
セント・デニスは舞踊を宗教的儀礼・霊的修養として実践した。1915年に設立したデニショーン舞踊学校から、マーサ・グラハム、ドリス・ハンフリー、チャールズ・ワイドマンら次世代のモダンダンスの巨人たちが輩出された。1925-26年の日本公演は、能楽・歌舞伎を熱心に研究し、自身の振付に組み込んだ。GETTAが立つ「文化資本の転移」「祭祀的身体」という地平は、セント・デニスが描いた神聖舞踊の系譜と接続する。
図鑑を読む西田幾多郎Nishida Kitaro
西田は『善の研究』で「純粋経験」を提唱し、主客が分裂する以前の根源的経験を哲学の出発点に据えた。晩年の「場所の論理」「絶対無の場所」は、日本哲学が西洋哲学に対して提示した最も独創的な思想である。「歴史的身体」という晩年の概念は、身体が個人を超えた歴史と文化を背負う器であることを示す。GETTAの文化身体論は、西田の場所論・市川の〈身〉・大森の立ち現れを一つの星座として読み直し、日本哲学が描いた身体の三角形を実践的に立ち上げる装置として一本歯下駄を位置づける。
図鑑を読む図鑑を超えた関連論考
思想は身体と地下で結ばれている
思想図鑑の主題(身体・学び・遊び・文化)は、機能解剖図鑑(神経と筋肉の科学)と直接対応する。両シリーズを併走することで、哲学が身体の構造として、解剖が思想の地層として立ち現れる。
いま、あなたが必要なのはどの一足か?
歩行のクセを解くプロセスは、3段階で進む。
あなたの今いる段階に合うモデルから始めてください。
概念図鑑シリーズ ─ 文化身体論の理論的支柱
ハビトゥス・身体図式・暗黙知・自己組織化・複雑系——文化身体論を支える5つの概念を網羅する図鑑シリーズ。
文化身体論図鑑 ─ 図鑑シリーズの集大成
ハビトゥス・身体図式・暗黙知・自己組織化・複雑系の5つの概念は、合同会社GETTAプランニング 宮崎要輔の文化身体論へと収束する。「身体文化論」から「文化身体論」への語順転倒、三位一体構造、転移する文化資本までを網羅する集大成図鑑。
FINALE

