社会-生態系レジリエンス図鑑— Social-Ecological Systems Resilience —
Walker, Holling, Carpenter & Kinzig (2004) の resilience/adaptability/transformability 三属性、adaptive cycle、panarchy 理論。社会システムと生態系を一体として捉える21世紀の枠組み。
定義Definition
社会-生態系(Social-Ecological Systems, SES)レジリエンスとは、「人間社会と自然生態系を一体の複合システムとして捉え、外的・内的な攪乱に対し、resilience(吸収)、adaptability(適応)、transformability(変容)の三属性を統合的に発揮する能力」として、Walker, Holling, Carpenter & Kinzig (2004) が体系化した概念である。
社会-生態系レジリエンス(SES resilience)とは、社会システムと生態系を切り離さず一体の系として捉え、攪乱を吸収しながら機能を保ち、必要なときには別のシステムへ移行する能力を扱う枠組みである。Walker et al. (2004) の三属性(resilience/adaptability/transformability)を核に、Holling の panarchy、Biggs et al. (2012) の7原則、プラネタリー・バウンダリーへと展開する。getta.jp はこれを身体スケールの原理——確率共鳴・カオス共鳴・中動態——と接続し、宮崎要輔の「転移する文化資本」論へ拡張する。
- SES レジリエンスは resilience(機能保持)/adaptability(適応)/transformability(変容) の三属性で捉える(Walker et al. 2004)。
- Holling の panarchy と適応サイクル(r→K→Ω→α) が、革新は「解放」と「再組織化」の局面から生まれることを示す。
- プラネタリー・バウンダリーは 2025年更新で海洋酸性化が7番目の超過境界 となり、9境界のうち7つが超過した(The Planetary Health Check 2025、アラゴナイト飽和度2.84/境界2.86)。
- Biggs et al. (2012) の 7原則——多様性・接続性・緩慢変数とフィードバック・システム思考・学習・広い参加・多中心的ガバナンス——が実装指針となる。
- 京都市レジリエンス戦略の 66プロジェクト は、三属性を守備・変革・飛躍の3層介入として都市に実装した SES の具体例である。
- getta.jp 独自の視点:SES レジリエンスの動態原理は、身体という最小の社会-生態系にも同型に働く。詳しくは GETTA の思想全体像 と 転移する文化資本 を参照。
本論Discussion
1. 三属性 — Resilience / Adaptability / Transformability
Walker et al. (2004) 「Resilience, adaptability and transformability in social–ecological systems」(Ecology and Society 9(2):5 全文)は SES の動態を以下の三属性で整理した。
Resilience(レジリエンス)
攪乱を吸収しつつ、本質的に同じ機能・構造・アイデンティティ・フィードバックを保ち続ける能力。
Adaptability(適応性)
SES の構成主体(個人・組織)が、自らの行動・制度・能力を変えることでレジリエンスを高める能力。
Transformability(変容性)
現行のシステムが維持不可能となった時に、新しい変数・新しいフィードバックで構成される全く別のシステムを創出する能力。
三者の関係
resilience は機能保持、adaptability はその範囲内での適応、transformability は範囲そのものの飛び越え。階層的に積み上がる。
2. Panarchy と適応サイクル
SES は単一スケールで完結せず、micro(家計・農場)・meso(流域・地域)・macro(国・地球)の複数階層で同時並行的に動く。各階層は 適応サイクル(r→K→Ω→α)で循環し、上位階層の遅い変数が下位階層の速い変数を制約する一方、下位階層のイノベーションが上位階層を変容させるpanarchy関係にある。
Resilience Alliance: Panarchy 解説
3. 京都モデル — SES レジリエンスの都市実装
京都市は2016年5月に 100 Resilient Cities の100都市の一つに選定。2019年策定の「京都市レジリエンス戦略」は、まさに SES 視点に立ち、突発的なショック(地震、台風、テロ、サイバー攻撃、感染症、経済危機)と慢性的なストレス(人口減少、少子高齢化、地域コミュニティ活力低下、インフラ老朽化)の双方を統合的に扱う点で先進的である。
4. プラネタリー・バウンダリー との接続
Rockström et al. (2009, 2023 update) のプラネタリー・バウンダリー(9つの地球システム閾値)は、SES レジリエンス論を地球スケールに拡張した枠組みである。2023年9月の最新評価では、9境界中6境界がすでに安全領域を逸脱したと報告された。
Stockholm Resilience Centre: Planetary Boundaries
5. 7つの SES レジリエンス原則 — Biggs et al. (2012)
Reinette Biggs(Stockholm Resilience Centre)らは、Walker et al. (2004) の三属性論を実装可能な原則に落とし込むため、SES レジリエンスを高める 7原則を提示した(Annual Review of Environment and Resources 37, 2012)。
- 多様性と冗長性の維持(Maintain Diversity and Redundancy)
- 連結性の管理(Manage Connectivity)
- 遅い変数とフィードバックの管理(Manage Slow Variables and Feedbacks)
- CASとして SES を理解する(Foster Complex Adaptive Systems Thinking)
- 学習を促進する(Encourage Learning)
- 参加を拡大する(Broaden Participation)
- 多中心ガバナンス(Promote Polycentric Governance)
これは ARUP の7質(Reflective/Resourceful/Robust/Redundant/Flexible/Inclusive/Integrated)と異なる枠組みだが、相互補完的に運用できる。
6. Adaptive Co-Management — 適応的共同管理
SES 管理の中核手法 Adaptive Co-Management(適応的共同管理)は、(1) 適応的管理(モニタリング → 学習 → 調整の循環)と、(2) 共同管理(政府・地域・利害関係者の協働)を統合した枠組み。Folke et al. (2002) Royal Swedish Academy of Sciences が国際的に発信した。
日本での代表事例:
- 北海道沙流川水系の鮭資源管理 — アイヌ・地元漁協・科学者の協働
- 琵琶湖環境部 ヨシ群落保全プログラム — 県・市町村・漁協・市民の協働
- 世界遺産・白神山地 — 環境省・林野庁・地元自治体・研究者の協働
7. プラネタリー・バウンダリー — 9つの地球システム閾値
Rockström et al. (2009, Nature) およびその後の更新(2015, 2023)が提示する プラネタリー・バウンダリー。地球システムの安定性を維持するための9つの境界:
| 境界 | 2009評価 | 2023評価 |
|---|---|---|
| 気候変動 | 逸脱 | 逸脱(深刻) |
| 生物圏統合性(生物多様性) | 逸脱 | 逸脱(深刻) |
| 土地利用変化 | 逸脱 | 逸脱 |
| 淡水使用 | 安全圏 | 逸脱(新規) |
| 生物地球化学的循環(窒素・リン) | 逸脱(深刻) | 逸脱(深刻) |
| 海洋酸性化 | 境界付近 | 境界付近 |
| 大気エアロゾル負荷 | 未評価 | 未評価 |
| 成層圏オゾン | 安全圏 | 安全圏(モントリオール議定書効果) |
| 新規化学物質 | 未評価 | 逸脱(新規) |
2023年9月発表の更新では、9境界中6境界がすでに安全領域を逸脱したと報告された。SRC 公式。
8. 京都市レジリエンス戦略の 66 プロジェクト
京都市レジリエンス戦略(2019)には、6重点分野ごとに合計66プロジェクトが盛り込まれた。AECOM の支援を受けて策定された。代表的なプロジェクト群:
- 人が育つまち:京都モデルの保育・子育て支援、京都らしい教育、外国人材受け入れ
- 支え合うまち:地域コミュニティ活性化、民泊管理、外国人観光客と市民の共生
- 豊かに暮らせるまち:文化財防災、伝統産業継承、京都経済の革新
- 快適で安心安全なまち:景観・町並み保全、空き家対策、防犯
- 環境にやさしいまち:地球温暖化対策、生物多様性、再生可能エネルギー
- 災害に強いまち:地震・台風・洪水対策、テロ・サイバー対策、インフラ更新
各プロジェクトは「ショック(突発的)と ストレス(慢性的)の両方に同時対応する」ことを設計原則とする。これは SES レジリエンスの実装版である。
9. SES 研究の主要ジャーナル・学会
- Ecology and Society(Resilience Alliance機関誌、オープンアクセス)公式
- Global Environmental Change(Elsevier)公式
- Sustainability Science(Springer)— 東京大学の発信
- Resilience: International Policies, Practices and Discourses(Routledge)
- People and Nature(British Ecological Society)
- Resilience Alliance 国際会議(隔年開催、最新2025)
- Future Earth Japan(東京大学・京都大学・国立環境研究所)公式
10. SES と転移する文化資本(宮崎要輔)
合同会社GETTAプランニング代表・宮崎要輔の 「転移する文化資本」論は、SES レジリエンス論を文化身体論の側から拡張する試みである。
ブルデューのハビトゥス=蓄積論を超えて、文化資本が個人内に閉じるのではなく、他者へ・場へ・次世代へと「転移」していく動的構造を理論化する。これは SES の transformability(変容性)に身体・文化の次元を加える発展であり、Resilience Alliance 系の理論枠組みと京都モデルを身体レベルで結ぶ。
関連:転移する文化資本
身体から読み解く SES レジリエンス
確率共鳴 ・ カオス共鳴 ・ 中動態
SES レジリエンス論は生態系・都市・地球という大きなスケールを扱う。だが、その動態原理は 身体という最小の社会-生態系 にも同型に働く。getta.jp は、レジリエンス科学と文化身体論を接続する独自の理論的視座から、この同型性を三つの原理で読み解く。
確率共鳴 — 攪乱は脅威ではなく信号増幅器
神経科学では、閾値下のノイズ(0〜15Hz の微細振動をアキレス腱へ与える等)が固有受容器の感度を高め、姿勢動揺を減らし平衡を改善することが確認されている。ノイズが信号の検出を増幅する——これが確率共鳴である。
SES 論の「中程度の攪乱が適応能力を保つ」という命題と、これは同型だ。一本歯下駄の一本歯は、制御されたノイズ源=身体スケールの確率共鳴装置にほかならない。身体レジリエンスの実践へ。
カオス共鳴 — 多主体が一つの場になる
SES とは、多数の主体が各々の基準信号を保ちながら相互作用し、全体が一つの生き物のように振る舞う系である。これは getta.jp が言うカオス共鳴そのものだ。panarchy の入れ子構造(micro/meso/macro)は、その重層した共鳴場と読める。
個が場になり、場が個を書き換える。この双方向のループを思想として体系化したのが GETTA の思想全体像 である。
中動態 — 操作でも忍従でもない態度
command-and-control 型の管理は SES ではしばしば破綻する。有効なのは adaptive co-management——系を外から統御する能動でも、攪乱に耐える受動でもなく、系の自己組織化に参加する中動態的態度である。
「鍛えるな」とは、身体を意志で統御するのをやめ、その自己組織化に参加せよという命題だ。転移する文化資本の理論はここから立ち上がる。
システムを外から操作する(能動)のでも、攪乱に耐える(受動)のでもない。場の自己組織化に参加する——中動態。それが身体にとってのレジリエンスであり、SES 論が最終的に指し示す態度である。
社会-生態系レジリエンスと一本歯下駄は本当に関係があるのか?
「確率共鳴」とは何か。なぜノイズが良い方向に働くのか?
プラネタリー・バウンダリーは現在いくつ超過しているのか?
中動態とレジリエンス管理は、実務でどう関係するのか?
外部参考リンクExternal References
本巻の主張を裏付ける一次資料・公式文書・主要論文へのリンク集です。すべて新しいタブで開きます。
外部参考リンク(一次資料・公式)
- Walker, Holling, Carpenter & Kinzig (2004) Ecology and Society 9(2):5 全文原典
- Resilience Alliance — Panarchy解説
- Stockholm Resilience Centre — Planetary Boundariesプラネタリーバウンダリー
- 京都市レジリエンス戦略 公式ページ京都市
- 京都市レジリエンス戦略 概要版 PDF京都市
- Resilient Cities Network Kyoto100RC
- Biggs et al. (2012) Annual Review of Environment and ResourcesANNUAL
- Folke et al. (2002) Resilience and Sustainable DevelopmentRESEARCHGATE
- Rockström et al. (2009) Planetary Boundaries. Nature 461NATURE
- Rockström et al. (2023) Updated Boundaries. Science AdvancesSCIENCE
- Kate Raworth Doughnut EconomicsDOUGHNUT
- Future Earth JapanFE JAPAN
- AECOM Kyoto Resilience StrategyAECOM
- Stockholm Resilience CentreSRC
- Ecology and Society(オープンアクセス)JOURNAL
- Sustainability Science(Springer)SPRINGER
- People and Nature(BES)WILEY
FAQ ─ よくある質問Frequently Asked Questions
Walker et al. (2004) の三属性は実務でどう使うか?
transformability は実例があるか?
panarchy は専門用語すぎないか?
Biggs ら7原則と ARUP 7質の違いは?
Adaptive Co-Management は日本でどう実装されているか?
プラネタリー・バウンダリーの6境界逸脱は本当に深刻か?
transformability(変容性)の好事例は?
Future Earth と Resilience Alliance の関係は?
京都モデルは輸出可能か?
「転移する文化資本」と SES はどう接続するか?
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