清水博とは
場の論理と揺らぎから
生命を捉えなおす
生命は個体の内部で完結しない。局在と遍在の二重存在として、たえず揺らぎながら、場のなかで自らを組織していく――。生物物理学者・清水博が半世紀をかけて彫琢した「場の論理」「生命知」「与贈」「バイオホロニクス」、そしてすべての秩序の源泉としての〈揺らぎ〉を、世界最大規模で解き明かす。
清水博を貫く六つの概念
清水博の思想は、ばらばらの理論の寄せ集めではない。たった一つの問い――「生きているとはどういう状態か」から、すべてが同心円状に広がっている。まずは全体の見取り図を、六つの核として掲げる。
清水博とは──「生きているとはどういう状態か」という一問
清水博(しみず ひろし、1932年生まれ)は、日本の生物物理学者であり、思想家である。東京大学薬学部を卒業し、薬学の博士号を得たのち、生命を物理学の言葉で捉える生物物理学の草創期を担った。だが清水の歩みは、一人の科学者の業績という枠にはおさまらない。彼は生涯をかけて、たった一つの問いに向き合いつづけた。「生きているとは、どういう状態なのか」――この問いである。
この問いは、一見あまりに素朴に見える。心臓が動いている、呼吸をしている、代謝がある――生物学の教科書はそう答える。しかし清水はそこで止まらなかった。心臓が動くこと、呼吸をすること、代謝があること。それら一つひとつを支えているのは、無数の分子・細胞・器官が、たえず揺らぎながら、しかし全体として一つのまとまりを保ちつづけているという、驚くべき事実である。バラバラの部分が、なぜ一つの「いのち」になるのか。この転換の瞬間にこそ、生命の秘密がある。清水はそう考えた。
機械には揺らぎがない
清水の思考の出発点を、一つの対比で示そう。精密な機械時計を思い浮かべてほしい。歯車は決められた角度だけ回り、針は決められた位置を指す。そこに「揺らぎ」は許されない。揺らぎは故障であり、誤差であり、排除すべきノイズである。近代の機械論的世界観は、この時計をモデルとして世界を理解しようとした。生命もまた、精巧な機械として説明できるはずだ――と。
しかし、生命は時計ではない。生命の内部では、分子がたえず熱運動でふるえ、細胞は同じ刺激に対しても毎回わずかに違う応答を返し、同じ遺伝子を持つ細胞たちさえ、少しずつ違う運命をたどる。生命は揺らぎに満ちている。そして決定的なのは、生命はこの揺らぎを排除するどころか、揺らぎを積極的に利用して、新しい秩序を生み出しているという点である。揺らぎは故障ではない。揺らぎは、生命が生命であるための条件なのだ。
生命システムは、揺らぎを消去するのではなく、揺らぎのなかから秩序を選び取る。揺らぎこそが、生命に開かれた無数の可能性への入り口である。
── 清水博の中心思想を要約して物理学から場の論理へ
清水は物理学者として出発した。物理学は、世界を要素に還元し、要素の振る舞いから全体を予測する学問である。原子の運動がわかれば気体の性質がわかる。この「要素還元」の方法は、二十世紀の科学に輝かしい成功をもたらした。だが清水は、この方法だけでは生命に届かないことを、誰よりも深く理解していた。
なぜなら、生命においては、要素が全体をつくると同時に、全体が要素を規定しているからである。細胞が集まって心臓をつくる。だが同時に、心臓という全体の働きが、一つひとつの細胞の振る舞いを方向づける。部分が全体を生み、全体が部分を生む。この円環を、要素還元の一方通行では捉えられない。ここから清水は、要素と全体を同時に捉える新しい論理――「場の論理」へと歩み出す。それは、西洋近代科学の要素還元主義と、東洋思想の全体論とを、生物物理学の厳密さのうえで統合しようとする、壮大な試みであった。
この図鑑の構成
本図鑑は、清水博の思想を三つの層で解き明かす。第一の層は〈揺らぎ〉の理論である。すべての出発点であり、本図鑑の背骨をなす。ブラウン運動から散逸構造、自己組織化、確率共鳴まで、揺らぎがいかにして秩序を生むかを、物理学の水準から丁寧に辿る。第二の層は〈場〉の論理である。局在と遍在の二重存在、バイオホロニクス、生命知、共創、二人称の科学へと展開する、清水思想の中核体系である。第三の層は〈いのち〉の哲学である。与贈、コペルニクスの鏡、普遍学、自己組織へと至る、清水が晩年に到達した思想の高みである。
そして最後に、この三層すべてが、一本歯下駄GETTAを起点とする文化身体論と、どこで深く響き合うのかを検証する。揺らぎ・場・共創・与贈――清水が生命の言葉で語ったものは、身体が地面と出会うその一点で、驚くほど正確に反復されているのである。
清水博の五十年は、この転換の瞬間を
捉えることに捧げられた。
揺らぎから秩序へ。個から場へ。所有から与贈へ。すべては一つの問いから始まる。
人物と経歴──薬学・生物物理学から場の思想へ
清水博の思想を理解するには、彼がどのような道を歩んで「場」に到達したのかを知ることが欠かせない。物理化学の厳密な訓練を受けた科学者が、なぜ「いのち」や「与贈」という、一見科学の外にあるように見える主題へと踏み込んでいったのか。その軌跡そのものが、一つの思想である。
なぜ「柳生新陰流」だったのか
清水の経歴で特筆すべきは、生物物理学者でありながら、日本の伝統武道である柳生新陰流の思想に深く分け入ったことである。これは奇をてらった選択ではない。清水にとって武道は、「複数の身体が一つの場を共に生きる」という現象を、最も純粋な形で観察できる実験室だった。剣を交える二人は、敵対しながら、同時に一つの場を共に創っている。相手の動きが自分の動きを生み、自分の動きが相手の動きを生む。この部分と全体の円環を、武道家は身体で知っている。清水はそこに、頭の知ではない生命知の実在を見た。
科学者から思想家へ、しかし科学を捨てずに
清水の歩みは、科学から思想への「転向」ではない。むしろ彼は、科学の厳密さを手放さないまま、科学が届かなかった領域へと科学を押し広げようとした。揺らぎ、散逸構造、自己組織化――これらはすべて、物理学の厳密な概念である。清水はこれらの物理学を土台としながら、そこに要素還元では捉えられない「場」の次元を加えた。彼の思想が今なお強い説得力を持つのは、それが詩的な比喩ではなく、物理学の裏づけを持った論理だからである。
科学的事実で確かめる──「機械の知」の科学者が場へ至るまで
清水が「場の論理」を語りはじめる前、彼はまぎれもなく最先端の実証科学者だった。科学研究費データベース(KAKEN)に残る研究課題は、膜の自己組織、カルシウムチャンネル、筋収縮のクロスブリッジ機構、真性粘菌変形体のパターン形成、そして大脳皮質と海馬の機能的連関にまで及ぶ。いずれも、非平衡・統計力学の言葉で生命現象の秩序形成を問う研究である。とりわけ、ネズミの小脳を培養して脳細胞の分化過程を世界ではじめて観察した仕事は、部分(細胞)が全体(組織)のなかで役割を得ていく過程――のちに彼が二重存在と呼ぶ現象――を、顕微鏡の下で見ていたことを意味する。
甘利俊一・柳田敏雄・山口陽子・矢野雅文といった、日本の神経科学と生物物理の中核をなす研究者たちとの共同研究の記録も、そこには刻まれている。清水の「場の論理」は、こうした要素還元の科学を極めた者が、その内側から要素還元の限界に触れて立ち上げた論理である。だからこそ、それは詩ではなく、生命の実験室から立ちのぼった思想なのだ。彼が晩年に至った与贈――居場所を贈ることでみずからの居場所が生まれるという逆説――もまた、細胞が場のなかで生かされ、同時に場を生かしているという、あの小脳培養の光景の延長線上にある。
揺らぎとは何か──秩序を生む「未分の余白」の理論
ここから、本図鑑の背骨をなす〈揺らぎ〉の理論に入る。揺らぎ(fluctuation)とは何か。なぜそれが、生命の・場の・共創の・いのちのすべての源泉なのか。物理学の水準から丁寧に積み上げ、世界最大規模の解説として展開する。
揺らぎの定義──平均からのズレ
まず厳密な定義から始めよう。揺らぎとは、ある量が、その平均値の周りでたえず変動している現象を指す。たとえば、部屋の中の空気の圧力を極めて精密に測ると、それは一定ではない。無数の空気分子が壁にぶつかる回数が、瞬間ごとにわずかに違うからである。この「わずかな違い」が揺らぎである。圧力は平均としては一定だが、その平均の周りで、たえず微細に振動している。
物理学は長らく、この揺らぎを「無視してよい誤差」として扱ってきた。分子の数が莫大なとき、揼らぎは平均に対して極めて小さくなる(大数の法則)。だから巨視的な現象を記述するときには、揺らぎを消し去って平均だけを扱えばよい――これが古典物理学の立場だった。揺らぎは、真の姿を覆い隠す邪魔者にすぎなかった。
揺らぎが主役になる瞬間
ところが二十世紀の物理学は、揺らぎが決して無視できない、それどころか現象の主役になる局面があることを発見していく。その典型が、システムが一つの状態から別の状態へ移り変わる「分岐点(臨界点)」である。
水を熱していくと、ある温度で沸騰が始まる。この沸騰が始まる瞬間、システムは「液体のまま」と「気体になる」という二つの可能性の分かれ道に立つ。この分かれ道で、どちらの道を選ぶかを決めるのは、まさに微細な揺らぎである。平均だけを見ていては、どちらの状態になるか決まらない。揺らぎという「小さなきっかけ」が増幅され、システム全体の運命を左右する。臨界点では、ミクロの揺らぎがマクロの秩序を決定する。
安定した状態の中の揺らぎ:平均に吸収され、消えていく。無視してよい誤差。決定論が支配する世界。
臨界点における揺らぎ:増幅され、システム全体の運命を決める。無視できない主役。ここに、新しい秩序が生まれる可能性の窓が開く。
揺らぎ=可能性への入り口
清水博が生命の理論の中心に揺らぎを据えたのは、まさにこの「臨界点における揺らぎ」に注目したからである。生命システムは、たえず臨界点の近くにある。安定しきってもいなければ、崩壊してもいない。秩序と無秩序の境界、決定と未決定の境界に、生命は身を置いている。だからこそ生命は、揺らぎを通じて、たえず新しい可能性へと開かれている。
ここで揺らぎは、単なる物理現象を超えた意味を帯びる。揺らぎとは、まだ何にも決まっていない「未分の余白」である。この余白があるからこそ、生命は次に何になるかを、その都度あらためて選び取ることができる。揺らぎのない機械には、この余白がない。だから機械は、決められたことしかできない。揺らぎに満ちた生命だけが、想定を超えた新しい形を生み出せる。揺らぎとは、生命に与えられた自由の源泉なのである。
三色で読む揺らぎ
本図鑑では、清水の思想を三つの色で読み解いていく。シアンは局在子・個・要素の視点、オレンジは場・関係・協調の視点、パープルはいのち・自己組織・創発の視点である。揺らぎは、この三色すべてを貫いて流れる。個の揺らぎ(シアン)が、関係のなかで増幅され(オレンジ)、全体としての新しい秩序を生む(パープル)。この三色のグラデーションこそ、揺らぎが秩序へと転じる道筋の可視化である。
揺らぎの物理学──ブラウン運動から確率共鳴まで
揺らぎの理論を、物理学の系譜に沿って辿ろう。揺らぎは、二十世紀物理学が繰り返し出会い、そのたびに世界像を書き換えてきた主題である。清水の生命論は、この物理学の蓄積の上に立っている。
左では揺らぎは小さく、平均に吸収されている。だが臨界点(中央)を越えると、ある揺らぎが選び取られ、増幅され、右では振幅を持った大きな秩序へと育つ。生命は、この「揺らぎが秩序を選び取る」過程を、たえず自らの内で起こしている。
ブラウン運動──揺らぎの実在証明
揺らぎが物理学の表舞台に登場した最初の劇的な瞬間は、ブラウン運動である。1827年、植物学者ロバート・ブラウンは、水に浮かべた花粉の微粒子が、たえず不規則に動きまわることを観察した。この運動の正体は長らく謎だったが、1905年、アインシュタインがそれを理論的に説明した。微粒子は、周囲の水分子が四方八方からぶつかることで揺さぶられている。分子はランダムに衝突するため、瞬間ごとに力の合計がわずかに偏り、その偏りが微粒子を動かす。ブラウン運動とは、分子の熱的な揺らぎが、目に見える運動として現れたものである。
この発見の意義は計り知れない。それは、目に見えないミクロの揺らぎが、目に見えるマクロの運動を生み出すことの、直接の証明だったからである。揺らぎは抽象的な誤差ではない。それは、世界を実際に動かしている物理的な実在である。
熱揺らぎと生命分子
生命の内部は、この熱揺らぎに満ちた世界である。細胞のなかでは、タンパク質・酵素・DNAといった分子が、たえず熱運動でふるえている。一見すると、この揺らぎは生命の精密な働きを妨げる邪魔者に見える。ところが実際には逆である。生命分子は、熱揺らぎを利用して働いている。
たとえば、細胞内で物質を運ぶモータータンパク質は、熱揺らぎによってランダムに揺さぶられながら、その揺らぎのうち「前進する方向」の動きだけを選び取って進んでいく。揺らぎがなければ、モータータンパク質は動けない。生命は、ランダムな揺らぎを、秩序ある運動へと変換する巧妙な仕組みを進化させてきた。揺らぎは、生命が働くための燃料なのである。
確率共鳴──ノイズが信号を強める
揺らぎの理論の中でも、とりわけ逆説的で美しいのが確率共鳴(stochastic resonance)である。常識に反して、適度なノイズ(揺らぎ)を加えると、弱い信号がかえってはっきり検出されるという現象である。
仕組みはこうだ。ある弱い信号が、検出の閾値(それを超えないと感知されない境界)にわずかに届かないとする。このままでは信号は検出されない。ところがここに適度なノイズを加えると、ノイズと信号が重なった瞬間に、合計が閾値を超える。すると信号が検出される。ノイズが、弱い信号を閾値の向こう側へ「押し上げる」のである。ノイズが強すぎれば信号は埋もれてしまうが、ちょうどよい強さのノイズは、信号を増幅する。
この確率共鳴は、生物の感覚システムに広く見られる。ザリガニの感覚毛、コオロギの尾毛、そして人間の感覚神経まで、生物は適度な揺らぎを利用して、微弱な刺激を捉えている。揺らぎは、感覚を鋭くする。これは、揺らぎが単なるノイズではなく、情報を運び、増幅する働きを持つことの、決定的な証拠である。
確率共鳴は、のちに検証するGETTA文化身体論と深く響き合う。一本歯下駄は、地面との接地面をあえて一点に絞り、身体にたえず微細な揺らぎを与える。この揺らぎこそ、平坦で安定した靴では失われてしまった感覚を、再び目覚めさせる「適度なノイズ」なのである。詳しくは第23章で論じる。
1/f揺らぎ──秩序と無秩序のあいだ
揺らぎのなかでも、清水がとりわけ注目したのが1/f揺らぎと呼ばれる特別なゆらぎである。完全に規則的な変動でもなく、まったくでたらめな変動でもない。その中間に、独特のバランスを持ったゆらぎがある。周波数fに対して、揺らぎの強さがちょうど1/fに比例して分布する――このパターンを持つ揺らぎが、自然界のいたるところに現れる。
心臓の鼓動の間隔、脳波のリズム、そよ風の流れ、小川のせせらぎ、ろうそくの炎のゆらめき。これらはいずれも1/f揺らぎの構造を持つことが知られている。興味深いのは、人がこの1/f揺らぎに触れたとき、心地よさや安らぎを感じるということである。単調な規則性は退屈をもたらし、まったくの無秩序は不快をもたらす。だが1/f揺らぎは、予測可能性と意外性が絶妙に釣り合った、生命にとって最も自然なリズムなのである。
これは偶然ではない。生命そのものが、平衡と非平衡のあいだ、秩序と無秩序のあいだで生きている。生命のリズムが1/f揺らぎを示すのは、生命が「揺らぎを通した秩序」という原理そのものを体現しているからにほかならない。規則に固めてしまえば生命は死に、無秩序に崩れてしまっても生命は失われる。生命は、そのあいだの微妙な揺らぎのなかにこそ宿る。
分子機械と熱揺らぎ──ノイズを動力に変える
揺らぎの働きは、生命の最も微細な水準にまで及んでいる。細胞のなかで働く分子機械――たとえば筋肉を動かすミオシンや、細胞内で物質を運ぶモーター蛋白質――は、熱による分子のたえまない揺らぎ(熱揺らぎ)のただなかで働いている。ミクロの世界では、あらゆる分子が絶えずランダムに揺れ動いており、静止ということがない。
ここで驚くべきなのは、生命の分子機械が、この熱揺らぎを邪魔者として排除するのではなく、むしろ揺らぎを動力の一部として利用しているという点である。ランダムな熱揺らぎのなかから、特定の方向の動きだけを取り出し、秩序ある運動へと変換する。人間が造る機械が揺らぎを誤差として嫌うのとは正反対に、生命はノイズと共に、ノイズを味方につけて働く。ここにも、揺らぎを秩序の条件とする生命の原理が、分子の水準で貫かれている。
散逸構造と自己組織化──「揺らぎを通した秩序」の原理
揺らぎが秩序を生む――この逆説を、物理学の言葉で厳密に定式化したのが、化学者イリヤ・プリゴジンの散逸構造の理論である。清水博の生命論は、この理論を生命全体へと拡張したものと言ってよい。
平衡から遠く離れて
まず、二つの状態を区別しよう。平衡状態とは、システムが完全に落ち着いて、もう何も変化が起きない状態である。コップの中の水がやがて室温と同じになり、それ以上何も起きなくなる――これが平衡である。平衡状態では、揺らぎはあっても、それは平均に吸収されるだけで、新しいものは何も生まれない。熱力学の第二法則によれば、閉じたシステムは放っておくと平衡へ、すなわち無秩序(エントロピー最大)へと向かう。
ところが、システムに外からたえずエネルギーや物質が流れ込むと、話は一変する。このような「平衡から遠く離れた」状態では、システムは平衡へと落ち着くことができず、たえず流れのなかにある。そしてこの流れのなかで、驚くべきことが起こる。無秩序から、自発的に秩序が立ち上がるのである。
ベナール対流──秩序が自ら生まれる
最も有名な例がベナール対流である。液体を下から一様に熱していくと、はじめは熱がただ伝わるだけである。ところが温度差がある値を超えると、突然、液体のなかに規則正しい六角形の渦のパターンが浮かび上がる。誰かがパターンを設計したわけではない。液体分子が自発的に足並みをそろえ、秩序ある構造を形づくったのである。
ここで決定的な役割を果たすのが揺らぎである。温度差が臨界点を超えたとき、無数の可能な渦のパターンのうち、どれが実現するかを決めるのは、その瞬間にたまたま存在した微細な揺らぎである。揺らぎが増幅され、一つのパターンとして凍結する。これをプリゴジンは「揺らぎを通した秩序(order through fluctuation)」と呼んだ。散逸構造とは、エネルギーを散逸(消費)しながら維持される、この動的な秩序のことである。
平衡から遠く離れた開放系では、揺らぎはもはや擾乱ではない。揺らぎは、新しい秩序を選び取り、それを生み出す創造的な力となる。
── プリゴジン「揺らぎを通した秩序」の思想生命こそ究極の散逸構造
ここで清水の洞察が光る。生命とは、究極の散逸構造である。生命は、食物という物質とエネルギーをたえず取り込み、老廃物を排出しながら、動的な秩序を保ちつづけている。生命は決して平衡には達しない。平衡に達したとき、それは死である。生きているとは、平衡から遠く離れて、揺らぎを通した秩序をたえず生み出しつづけている状態にほかならない。
これこそ、清水が最初に立てた問い――「生きているとはどういう状態か」への、物理学的な答えの核である。生命は、固定した構造ではない。それは、たえず流れ、たえず揺らぎ、その揺らぎのなかから自らをたえず組織しなおしている、動的なプロセスなのである。この「自らを組織する」働きを、自己組織化(self-organization)と呼ぶ。清水の思想全体は、この自己組織化の原理を、生命から場へ、場から社会へ、社会からいのちへと押し広げていく、一つの壮大な展開なのである。
自己組織化の三条件
自己組織化が起こるには、三つの条件がそろう必要がある。第一に、開放性――システムが外部とエネルギー・物質をやりとりしていること。第二に、非線形性――要素どうしが互いに影響を及ぼし合い、小さな原因が大きな結果を生みうること。第三に、揺らぎ――システムに、新しい可能性を試すための微細な変動があること。この三つがそろったとき、システムは外から設計されることなく、自らの内部から秩序を生み出す。生命は、この三条件を完璧に満たしている。だからこそ生命は、自己を組織できるのである。
ベナール対流──揺らぎが形をつくる瞬間
散逸構造の最もわかりやすい実例が、ベナール対流である。浅い容器に液体を入れ、下から静かに熱していく。温度差が小さいうちは、熱は分子の衝突によってただ静かに上へ伝わるだけで、液体全体はのっぺりと均一なままである。ところが下と上の温度差がある閾値を超えた瞬間、突如として液体のなかに整然とした対流のパターン――六角形の蜂の巣状のセル構造――が自発的に現れる。
この現象が示すことは深い。誰かが設計図を描いたわけでも、外から型をはめたわけでもない。ただエネルギーが流れ込みつづける非平衡の状態のなかで、液体自身が、内側から秩序ある構造を生み出したのである。しかもその引き金を引くのは、分子のランダムな揺らぎにほかならない。閾値を超えた系のなかで、無数の微細な揺らぎのうちのひとつが増幅され、やがて系全体を貫く巨視的な秩序へと成長する。第4章で見た「揺らぎを通した秩序」が、目に見える形で立ち現れる瞬間である。
化学振動と対称性の破れ──時間のなかの秩序
散逸構造は、空間的なパターンだけでなく、時間的な秩序としても現れる。その代表がベロウソフ・ジャボチンスキー反応(BZ反応)と呼ばれる化学振動である。ある種の化学反応液は、単調に平衡へ向かうのではなく、赤と青のあいだを規則正しく往復しながら色を変えつづける。まるで化学反応が時計のように時を刻む。反応液が空間的にも組織化すれば、同心円状や渦巻き状の美しいパターンが広がっていく。
ここで起きているのは対称性の破れである。均一で対称的だった状態が、あるとき自発的に破れ、方向やリズムを持った秩序が生まれる。プリゴジンは、こうした非平衡下の自己組織化を通して、時間が単なる無秩序への崩壊(エントロピー増大)ではなく、新しい秩序を生み出す創造的な方向をも持ちうることを示した。エントロピーを外へ捨てつづけることで、系は内側に負のエントロピー――すなわち秩序――を蓄えていく。生命とは、この時間の創造性を、最も高度に体現した散逸構造なのである。
生きている状態とは何か──『生命を捉えなおす』の核心
1978年の『生命を捉えなおす──生きている状態とは何か』は、清水博の思想の出発点を刻んだ書である。ここで清水は、生命を「物」としてではなく「状態」として捉えなおすという、決定的な視点の転換を提示した。
「物」から「状態」へ
従来の生物学は、生命を「物」として扱ってきた。細胞という物、器官という物、身体という物。生命を理解するとは、これらの物の構造を解明することだ、と。この見方は多くの成果を生んだが、決定的な何かを取り逃していた。それは、同じ物でも、生きている状態と死んでいる状態があるという事実である。
死んだ細胞と生きた細胞は、含まれる分子の種類も量も、ほとんど変わらない。にもかかわらず、一方は生きており、一方は死んでいる。この違いは、物の構造にはない。それは、物どうしの関係が、たえず動的に保たれているかどうかにある。生きているとは、特定の物を持っていることではなく、特定の関係が動的に維持されている「状態」なのである。清水はこの転換を、書名そのものに――「生きている状態とは何か」という問いに――刻み込んだ。
動的秩序という答え
では、生きている状態とは具体的にどのような状態か。清水の答えは、これまで積み上げてきた揺らぎと散逸構造の理論から導かれる。生きている状態とは、平衡から遠く離れ、たえず揺らぎながら、その揺らぎのなかから動的な秩序をたえず生み出しつづけている状態である。
この「動的な秩序」は、静的な構造とは根本的に違う。静的な構造は、一度できたら変わらない。それは石造りの建物のようなものだ。だが生命の動的秩序は、たえず壊れながら、たえず作りなおされている。それは、流れる川が渦を保ちつづけるようなものだ。渦を形づくる水分子は、一瞬ごとに入れ替わっている。にもかかわらず、渦という形は保たれる。生命とは、物質がたえず入れ替わりながら保たれる、この「流れのなかの形」なのである。
全体が先か、部分が先か
『生命を捉えなおす』が投げかけたもう一つの重要な問いは、全体と部分の関係である。要素還元主義は「部分が先、全体は後」と考える。部分が集まって全体ができる、と。だが生命においては、この順序が成り立たない。心臓の細胞は、心臓という全体があってはじめて心臓の細胞として働く。全体から切り離された細胞は、もはや心臓の細胞ではない。部分は全体を前提とし、全体は部分から成る。
この円環を、清水は「鶏と卵」のパラドックスとしてではなく、生命に固有の論理として受け止めた。部分と全体が同時に成立する、この不思議な同時性。それをどう捉えるか。この問いこそが、次の章から展開される「場の論理」へと、清水を導いていくのである。生きている状態の解明は、必然的に、場の論理を要請する。揺らぎの理論が、場の理論へと橋を架ける瞬間である。
なぜ「捉えなおす」のか──書名に込められた転回
清水の主著『生命を捉えなおす』の書名には、彼の思想の核心が凝縮されている。なぜ「捉える」ではなく、「捉えなおす」なのか。それは、私たちがすでに一度、生命を「捉え損ねている」という認識が、その前提にあるからである。近代科学は、生命を物質へと還元し、部品の集合として捉えた。その捉え方のもとで、生命は精緻に分析され、多くの知見がもたらされた。だがその過程で、「生きている」ということそのものが、するりと手からこぼれ落ちていた。捉えたはずの生命から、生命の核心が抜け落ちていたのである。
「捉えなおす」とは、この抜け落ちたものを、もう一度、正面から捉え直すという宣言である。生命を「物」としてではなく「状態」として、部品の集合としてではなく揺らぎと自己組織化の動的な秩序として、外から眺める対象としてではなく共に在りながら知る相手として――捉え直す。それは、単に新しい事実を付け加えることではない。生命を見るまなざしそのものを、根本から組みかえる試みである。同じ生命を見ても、まなざしが変われば、見えてくるものが変わる。『生命を捉えなおす』は、この、まなざしの転回そのものを促す書物であり、清水博の生涯にわたる探求の、原点にして宣言の書なのである。ここから、揺らぎ、場の論理、二人称の科学、与贈、いのちの普遍学へと連なる、壮大な思想の航路が始まる。
場の論理①──局在と遍在の「二重存在」
ここから、清水博の思想の中核をなす〈場〉の論理に入る。場の論理は、揺らぎの理論を土台としながら、それを「生命の要素とはそもそもどういう存在か」という存在論の水準へと押し上げる。その鍵概念が「二重存在」である。
生命の要素は、局在子(個としてここにある私)でありながら、同時に遍在子(場全体に浸透し、全体を担う私)でもある。この二重性は矛盾ではない。オレンジの光点が両者のあいだをたえず往復するように、局在と遍在は一つの存在の二つの顔として、動的に結ばれている。
局在子と遍在子
清水は、生命の要素を「二重の存在」として捉える。一つの細胞を例にとろう。この細胞は、まぎれもなく「ここにある一個の細胞」である。空間の特定の位置を占め、他の細胞とは区別される、個別の存在。これを清水は局在子と呼ぶ。局在(ローカル)する、個としての存在である。
だが同時に、この細胞は「身体全体の一部」でもある。それは身体という場のなかに置かれ、身体全体の状態を映し、身体全体の働きを担っている。血糖値が上がれば応答し、危機が迫れば連携し、全体のリズムに同調する。この細胞は、身体という場の全体に開かれ、全体に浸透している。この側面を清水は遍在子と呼ぶ。遍在(グローバル)する、全体としての存在である。
ここが決定的である。一つの細胞は、局在子であると同時に遍在子である。個としてここにありながら、同時に全体に開かれている。この二重性を、清水は「二重存在」と名づけた。細胞は「個か全体か」のどちらかではない。個であり、かつ全体である。この二つは、一つの存在の切り離せない二つの顔なのである。
なぜ「二重」でなければならないか
なぜ、単なる「個」でも「全体」でもなく、「二重存在」なのか。それは、生命の秩序が、この二重性からしか説明できないからである。もし細胞が局在子(個)だけなら、細胞はバラバラで、全体としてのまとまりは生まれない。逆に細胞が遍在子(全体)だけなら、個としての多様性が失われ、変化に応じた柔軟な対応ができない。
生命が生命であるのは、個としての独立性(局在)と、全体への開放性(遍在)を、同時に保っているからである。個として揺らぎながら、全体としてまとまる。個の揺らぎ(局在子の変動)が、全体の場(遍在子の秩序)のなかで意味を持つ。この二重存在の動的なバランスこそ、生きている状態の核心なのだ。揺らぎは局在子に生じ、秩序は遍在子として現れる。
機械論の限界──生命は部品の集合ではない
この二重存在という捉え方が、なぜ決定的に重要なのか。それは、近代科学が生命を理解するために採ってきた基本的な枠組み――要素還元主義を、根底から組みかえるからである。要素還元主義とは、複雑なものを、それを構成する部品へと分解し、部品の性質を明らかにすれば、全体も理解できるとする考え方である。時計を歯車に分解し、それぞれの歯車の働きを調べれば、時計全体の仕組みがわかる。この方法は、機械を理解するうえでは、たしかに強力である。
そして近代生物学は、生命をこの機械のモデルで理解しようとしてきた。身体を器官に分け、器官を組織に分け、組織を細胞に分け、細胞を分子に分ける。分子の振る舞いがわかれば、生命の全体もわかるはずだ――と。この方向で、分子生物学は目覚ましい成果をあげた。だが清水は、この機械論には、原理的に捉えきれないものがあると指摘する。それが遍在子の側面である。
時計の歯車は、あくまで一個の歯車でしかない。それは「時計全体」を、自らのうちに含んではいない。歯車は局在子ではあっても、遍在子ではない。ところが生命の細胞は違う。一個の細胞は、身体全体の設計図(ゲノム)を丸ごと抱え、身体全体の状態に応答し、文脈に応じてまったく異なる働きを示す。同じ細胞が、置かれた場によって、皮膚にもなれば神経にもなる。部分が全体を宿している――この事態は、機械の部品には決して見られない。だからこそ、生命を部品の集合として捉える限り、生命の核心はこぼれ落ちる。二重存在の論理は、機械論では届かなかったこの核心を、正面から捉えるための枠組みなのである。
二重存在は日常に遍在する
二重存在は、細胞という顕微鏡の世界だけの話ではない。それは、私たちの日常の至るところに、静かに働いている。たとえば「ことば」を考えてみよう。一つの単語は、他の単語と区別される、独立した一つの記号である(局在子)。だが同時に、その単語は、それが置かれた文脈の全体を背負い、文全体の意味のなかではじめて生きる(遍在子)。「走る」という語は、辞書のなかでは一個の項目にすぎないが、「彼が走る」「時代が走る」「電流が走る」のなかでは、文全体の場に浸透し、そのつど異なる相貌を見せる。ことばは、局在子であると同時に遍在子なのだ。
会話もそうである。一人ひとりの発言は、その人固有のものでありながら(局在子)、会話全体の流れを受け、その流れをつくり変えていく(遍在子)。優れた対話では、誰の発言も、個として立ちながら、全体の場に開かれている。家族もまた然り。一人ひとりは独立した個人でありながら、家族という場の全体を身に帯び、その場を生きている。個として揺らぎ、全体として結ばれる――この二重の在り方は、生命の細胞から、ことば、会話、家族、共同体にいたるまで、あらゆる「生きた全体」に貫かれている。清水の二重存在論が射程に収めるのは、生物学にとどまらない、生きて働くものすべての普遍的な構造なのである。
スポーツチームを思い浮かべてほしい。各選手は、独立した一人の人間(局在子)である。だが試合中、優れたチームの選手は、チーム全体の流れを身体で感じ取り、全体の一部として動く(遍在子)。「個の技」と「全体の流れ」が同時に働くとき、チームは一つの生き物のようになる。清水の「二重存在」とは、まさにこの状態を、生命一般の原理として捉えたものである。
場の論理②──部分が全体をつくり、全体が部分をつくる
二重存在の概念から、場の論理の第二の柱――部分と全体の円環が導かれる。これは、要素還元主義の一方通行を、根本から組みかえる論理である。
相互規定という円環
要素還元主義は「部分→全体」の一方通行である。部分の性質が決まれば、それを積み上げて全体が決まる。原子がわかれば分子がわかり、分子がわかれば細胞がわかる、と。この方向は確かに存在する。だが清水は、それだけでは生命を捉えられないと見た。生命には、逆向きの矢印――「全体→部分」も、同時に働いているからである。
全体が部分を規定する、とはどういうことか。心臓という全体の働き(拍動のリズム)が、一つひとつの心筋細胞の振る舞いを方向づける。細胞は、自分が心臓という全体の一部であることを「知って」、全体のリズムに合わせて収縮する。もし全体から切り離されれば、その細胞はもはや心臓の細胞としては働けない。部分の意味は、それが属する全体によって与えられる。
こうして、生命には二つの矢印が同時に働く。部分が全体をつくる(→)。全体が部分をつくる(←)。この二つが円環をなす。部分⇄全体の相互規定。これが場の論理の核心構造である。場とは、この相互規定が起こる「関係の織物」のことにほかならない。
場は「容器」ではない
ここで重要な誤解を解いておこう。「場」という言葉から、私たちはつい、要素を入れる「容器」や「入れ物」を思い浮かべてしまう。だが清水の場は、容器ではない。場とは、要素どうしの関係のパターンそのものである。舞台という容器があって役者が乗るのではない。役者たちの演技の関係が、その都度、舞台という場を生み出すのである。
だからこそ、場は固定していない。場は、要素の関係がたえず変化するのに応じて、たえず生成しなおされている。場は名詞ではなく、動詞に近い。「場がある」のではなく「場が働いている」「場が立ち上がる」のである。この動的な場の生成こそ、生命の自己組織化の実体である。揺らぐ要素たちの関係のなかから、その都度、新しい場が立ち上がる。清水の思想において、揺らぎと場と自己組織化は、こうして一つに結ばれる。
西洋と東洋の統合
場の論理の思想史的な意義は、それが西洋近代科学と東洋思想の統合を試みている点にある。西洋近代科学は、世界を要素に分解し、要素から全体を組み立てる方法で、圧倒的な成功をおさめた。だがこの方法は、部分と全体の円環を捉えられない。一方、東洋思想は古くから、部分と全体が一つに結ばれる全体論的な世界観を持っていた。しかしそれは、しばしば厳密さを欠き、詩的な直観にとどまった。
清水は、この両者を架橋しようとした。東洋思想の全体論的な直観を、西洋科学の厳密さ(揺らぎ・散逸構造・自己組織化の物理学)によって基礎づける。場の論理とは、この統合の産物である。それは、単なる東洋回帰でも、単なる西洋科学の応用でもない。両者を、より高い次元で結び合わせる、新しい論理の創造なのである。
因果の一方通行を超えて──下向きの働き
部分と全体の円環が意味するのは、因果関係についての、根本的な捉え直しである。要素還元主義が前提としてきたのは、部分から全体への、一方通行の因果であった。分子が細胞を決め、細胞が組織を決め、組織が身体を決める。原因は常に下(ミクロ)にあり、上(マクロ)はその結果にすぎない――この、下から上への一方向の因果こそ、近代科学の基本図式だった。この図式のもとでは、全体は、部分の性質から自動的に導かれる、いわば影のような存在にすぎない。
だが清水の場の論理は、ここにもう一つの方向――上(全体)から下(部分)への働きを書き加える。細胞が身体をつくると同時に、身体という場が、個々の細胞の振る舞いを枠づけ、方向づける。同じ細胞が、置かれた場によって、まったく異なる働きを示すのは、全体の場が部分に働きかけているからにほかならない。部分が全体を生み、全体が部分を規定する。この双方向の、円環をなす因果こそ、生命に固有の在り方である。原因と結果が、上と下のあいだをめぐりながら、たえず互いをつくり合う。近代科学が捉え損ねたのは、まさにこの、全体から部分へと降りてくる働きだった。場の論理は、一方通行の因果に、環をなす因果を対置することで、生命という、自らを組織し続ける存在の論理を、はじめて正面から捉えうるものにしたのである。
私は個としてここにありながら、
同時に全体に開かれている。
局在と遍在の二重存在。部分と全体の円環。これが、生命が生命であるための論理である。
バイオホロニクス──「部分にして全体」の生命学
場の論理を、分子から社会までを貫く一つの学問体系へと結晶させたのが、清水博のバイオホロニクス(Bioholonics)である。「ホロン」という概念を軸に、生命を関係のなかで捉える「生命関係学」の壮大な構想である。
ホロンとは何か
ホロン(holon)とは、作家アーサー・ケストラーが提唱した言葉で、ギリシャ語の「holos(全体)」と「on(部分・存在)」を組み合わせた造語である。それは、部分でありながら、同時に全体でもある存在を指す。清水はこのホロン概念を、二重存在の論理と結びつけ、生命を捉える中心概念に据えた。
細胞を考えよう。細胞は、器官という全体から見れば「部分」である。だが同時に、細胞は、無数の分子・小器官からなる一つの「全体」でもある。器官もまた、身体から見れば部分だが、多くの細胞からなる全体でもある。身体もまた、社会から見れば部分だが、多くの器官からなる全体である。生命は、ホロンがホロンを含み、そのホロンがまたホロンを含む、入れ子の階層をなしている。どの階層をとっても、それは「部分にして全体」なのである。
関係が実体に先立つ
バイオホロニクスの根本主張は、「関係が実体に先立つ」ということである。従来の生物学は、まず実体(細胞・器官)があって、それらが関係を結ぶ、と考えた。だがバイオホロニクスは、順序を逆転させる。まず関係の場があって、その関係のなかから実体が立ち上がる、と。細胞という実体は、周囲との関係のなかではじめて細胞として成立する。関係を失えば、細胞は細胞でなくなる。実体とは、関係が一時的に安定した姿にすぎない。
この視点は、揺らぎの理論と完全に一致する。揺らぐ要素たちの関係のなかから、散逸構造として実体が立ち上がる。その実体は、たえず揺らぎながら、関係のなかで維持される。関係が変われば、実体も変わる。バイオホロニクスとは、この「関係から立ち上がる生命」を、階層を貫いて捉える学なのである。
生命を理解するとは、実体を分解することではない。関係を捉えることである。ホロンは、部分と全体の関係が生きて働く、その現場である。
── バイオホロニクスの根本思想階層を貫く一つの原理
バイオホロニクスの魅力は、分子・細胞・器官・個体・社会・生態系という、まったく異なるスケールの現象を、一つの原理で捉えられる点にある。どの階層でも、揺らぎがあり、二重存在があり、部分と全体の円環があり、自己組織化がある。ミクロの分子集団も、マクロの人間社会も、同じ「場の論理」で動いている。
これは、生命を統一的に理解する強力な枠組みであると同時に、ミクロの生命科学とマクロの社会科学とを架橋する橋でもある。清水がのちに「与贈」や「居場所」といった、一見すると社会や倫理の問題へと踏み込んでいけたのは、このバイオホロニクスという橋があったからである。分子の場の論理と、人間社会の場の論理は、地続きなのだ。
ホロンとは何か──全体子という発想
「バイオホロニクス」という名は、「バイオ(生命)」と「ホロン」を結んだ造語である。このホロンという概念こそ、清水の理論の骨格をなす発想である。ホロンとは、思想家アーサー・ケストラーが提唱した言葉で、「全体(ホロス)」と「部分(オン)」を一つにした造語である。それは、あるものが「全体でありながら、同時に部分でもある」という、二重の在り方を指し示す。一個の細胞は、それ自体で一つの完結した全体でありながら、身体という、より大きな全体の一部でもある。その身体もまた、一つの全体でありながら、共同体という全体の一部である。あらゆるものは、上を見れば部分であり、下を見れば全体である。この入れ子の構造を、ケストラーはホロンと呼んだ。
清水は、このホロンの発想を、生命現象の物理として厳密に基礎づけようとした。それがバイオホロニクスである。清水が明らかにしたのは、ホロンの「全体でありながら部分である」という在り方が、まさに前章で見た局在子と遍在子の二重存在にほかならないということである。ホロンは、局在子として一個の全体を保ちながら、遍在子としてより大きな場に開かれている。ケストラーが直観的に捉えたホロンの構造を、清水は場の論理――揺らぎ、二重存在、部分と全体の円環、自己組織化――として、生命の物理から捉え直したのである。バイオホロニクスとは、ホロンという古い直観を、生命科学の言葉で厳密に蘇らせた理論であり、その射程は、分子から社会までを貫く生命の階層構造の全体に及ぶ。
生命知──頭で考える知ではなく、いのちが働かせる知
場の論理は、人間の「知」そのものの見方を変える。清水博が提示した生命知とは、頭で論理的に考える知ではなく、生命が生きるためにその都度働かせる、身体に根ざした知性である。
二つの知
私たちは「知性」というと、まず論理的・分析的に考える能力を思い浮かべる。問題を要素に分解し、順序立てて推論し、答えを導く。これは確かに知性の一つの形である。清水はこれを、頭で操作する知――「機械の知」に近いものと見る。それは、あらかじめ決まった手順に従って、正しい答えを計算する知である。
だが、生命が実際に生きる現場では、この機械の知だけでは足りない。刻々と変化する状況、予測できない出来事、答えのない問い。そうした現場で、生命は瞬時に判断し、行動しなければならない。要素に分解して推論している時間はない。ここで働くのが、もう一つの知――生命知である。それは、状況全体を一挙に感じ取り、身体ごと応答する知である。考えてから動くのではなく、動きながら考える。いや、動くことがそのまま考えることである。
場を生きる知
生命知の本質は、場を生きる知だという点にある。機械の知は、対象を自分の外に置き、それを分析する。主体と客体が分離している。だが生命知は、自分自身が場の一部となり、場と一体になって応答する。主体と客体が分かれていない。生命知において、知る者と知られるものは、一つの場を共に生きている。
この生命知を、清水は抽象的に語るだけでなく、具体的な現場に見出した。それが、次章で詳しく見る柳生新陰流の武道である。剣を交える武道家は、相手を分析している暇はない。相手と自分が一つの場をなし、その場全体の流れを身体で感じ取り、瞬時に応答する。これこそ生命知の純粋な発現である。武道の達人は、頭で考えているのではない。いのちが、場を生きているのである。
なぜ今、生命知なのか
清水が生命知を強調した背景には、現代社会が機械の知に偏りすぎているという危機感がある。情報を分析し、最適解を計算する能力が、あらゆる場面で求められる。だが、その一方で、状況全体を感じ取り、その場で創造的に応答する生命知は、軽んじられ、衰えつつある。マニュアルに従うことはできても、マニュアルのない状況で立ちすくむ。データは読めても、目の前の一人の人間の痛みを感じ取れない。機械の知の肥大と、生命知の萎縮。これが現代の一つの病である、と清水は診断する。
生命知を取り戻すこと。それは、頭でっかちになった現代人が、再び身体で、いのちで、場を生きる力を回復することである。この主題は、のちに検証する一本歯下駄GETTAの文化身体論と、深いところで通じ合う。頭の知ではなく身体の知を、大脳の制御ではなく小脳の応答を取り戻すという方向は、清水の生命知の回復と、正確に重なるのである。
生命知はどこに宿るのか──身体・現場・関係
では、生命知はどこに宿っているのか。それは、頭のなかに情報として蓄えられてはいない。生命知は、身体そのものに、現場そのものに、関係そのものに宿っている。熟練した職人は、その技を、ことばで完全に説明することはできない。手が、指が、身体が、材料の状態を感じ取り、そのつど応じている。この知は、頭で考えて手を動かしているのではない。身体が、状況と直接に触れ合いながら、応答しているのである。哲学者マイケル・ポランニーは、こうした、ことばにしきれない知を暗黙知と呼んだ。生命知は、この暗黙知と深く重なる。それは、明示的な情報として取り出す前の、身体に埋め込まれた知なのだ。
重要なのは、生命知が「場」のなかではじめて働くという点である。マニュアルの知は、状況から切り離しても持ち運べる。だが生命知は、その現場、その相手、その関係のただなかでしか発動しない。看護師が病む人のわずかな変化を察知するのも、母親が子の異変を感じ取るのも、その関係の場に身を置いているからである。生命知は、場から切り離すと消えてしまう知なのだ。だからこそ、生命知を育むには、情報を頭に詰め込むのではなく、身体を場のなかに投じ、現場の揺らぎと直接に触れ合う経験を積むほかない。効率化と情報化が、現場から身体を引き剥がしていく現代において、清水の生命知の思想は、いのちが本来もっていた、場に根ざした知の在り方を、静かに指し示している。
柳生新陰流と活人剣──敵と共に一つの場を生きる
1996年の『生命知としての場の論理──柳生新陰流に見る共創の理』は、清水博が武道の身体知を手がかりに、場の論理と共創の構造を描いた画期的な書である。なぜ生物物理学者が、剣の道に生命の真理を見たのか。
殺人剣と活人剣
柳生新陰流には、「殺人剣」と「活人剣」という対概念がある。殺人剣とは、文字通り相手を殺す剣、相手を倒すことだけを目的とする剣である。これは、相手を「倒すべき客体」として外に置き、それを分析し、攻略する。要素還元的な、機械の知の剣である。
これに対して活人剣とは、「人を活かす剣」である。それは、相手を倒すことではなく、相手と自分が織りなす場全体を生かすことを目指す。活人剣の達人は、相手を敵として外に置かない。相手と自分が、一つの場を共に生きていることを、身体で知っている。相手の動きは自分の動きを生み、自分の動きは相手の動きを生む。この二重存在の場のなかで、達人は最も生きた応答をする。清水はこの活人剣に、生命知の、そして共創の、最も洗練された姿を見た。
「合気」という場の成立
武道には「合気」という言葉がある。相手と気が合う、相手と一つになる状態である。清水はこれを、場の論理で読み解く。合気とは、二人の身体が、それぞれ独立した局在子でありながら、同時に一つの場の遍在子として結ばれる状態である。二人は、敵対しながら、一つの生き物のようになる。この状態では、どちらが先に動いたとも言えない。動きは、二人の関係の場から、その都度立ち上がる。
これは、まさに揺らぎからの秩序生成である。二人の身体の微細な揺らぎ(呼吸、重心、視線)が、関係の場のなかで増幅され、共鳴し、一つの動きへと結晶する。武道の達人が示す、あの予測不可能で、しかし必然的な動きは、この場からの自己組織化の産物なのである。武道の稽古とは、この場を生きる身体を、繰り返しの鍛錬のなかで育てていく営みにほかならない。
剣を交える二人は、敵でありながら、一つの場を共に創る同志である。活人剣とは、この場を最も豊かに生かす剣の道である。
── 『生命知としての場の論理』の核心なぜ武道が「共創」のモデルなのか
清水が武道を選んだのは、それが「敵対」という最も厳しい関係のなかにさえ、共創が成立することを示すからである。もし協力し合う仲間のあいだでしか共創が起きないなら、共創は限定的なものにとどまる。だが清水は、命を賭けて対峙する敵どうしのあいだにさえ、一つの場が成立し、共に創る関係が生まれることを、武道に見た。
これは、共創という概念を、単なる「仲良く協力すること」から解き放つ。共創とは、対立をも含み込んで、一つの場を共に生きることである。敵対も、競争も、一つの場のなかで起これば、それは場を豊かにする創造の契機となりうる。この洞察は、次章で見る「即興劇モデル」へと展開し、さらに人間社会の共生の思想へと広がっていく。武道という古い日本の身体知が、最先端の生命論と社会論を照らし出すのである。
即興劇モデル──台本のない舞台で秩序が生まれる
共創がどのようにして起こるのか。その構造を、清水博は即興劇という鮮やかなモデルで描き出した。台本のない舞台で、役者たちが一つの物語を共に創り上げていく――このモデルは、場からの秩序生成を、最も直観的に理解させてくれる。
台本のある演劇との違い
まず、普通の演劇を考えよう。そこには台本がある。役者は台本に書かれた台詞を、決められた順序で語る。全体の物語は、あらかじめ作者によって決められている。役者は、その決定を忠実に再現する。これは、「全体があらかじめ決まっていて、部分がそれを実現する」要素還元的なモデルである。機械の動作に近い。
ところが即興劇には台本がない。役者たちは、その場で互いの演技に応答しながら、物語をその都度創り出していく。一人の役者が発した一言が、次の役者の応答を生み、その応答がまた次を生む。誰も全体を先に決めていない。物語は、役者たちの関係の場から、その都度立ち上がってくる。これこそ、場からの自己組織化の、最も純粋な人間的表現である。
即興劇における二重存在
即興劇の役者は、二重存在を生きている。一方で、役者は「一人の演者」として、自分の役を演じる(局在子)。他方で、役者は「全体の物語」を感じ取り、その物語を共に担う(遍在子)。優れた即興の役者は、自分を主張しすぎず、かといって埋没もせず、個としての演技と、全体への奉仕を、絶妙なバランスで両立させる。この二重存在のバランスが崩れると、即興劇は成立しない。自己主張が強すぎれば物語は破綻し、埋没すれば物語は動かない。
そして、この即興劇を可能にしているのが、揺らぎである。役者は、次に何を発するか、完全には決めていない。そこには「まだ決まっていない余白」がある。この余白=揺らぎがあるからこそ、役者は相手の応答に応じて、その都度新しい一手を選び取れる。台本という決定に縛られず、揺らぎという自由のなかで、共に創る。即興劇とは、揺らぎを共有した複数の主体が、一つの場を共に組織する営みである。
競争・協調・共創
ここで、共創を似た概念から区別しておこう。競争は、相手を打ち負かし、自分だけが勝つことを目指す。相手は障害物であり、否定すべき存在である。協調は、あらかじめ決まった共通の目標に向かって、役割を分担して協力する。目標は先に決まっており、各自はその一部を担う。これに対して共創は、目標そのものが、共に創る過程のなかから立ち上がってくる。何を創るかは、先には決まっていない。関係の場のなかで、その都度、創られるべきものが明らかになっていく。
この共創こそ、清水が生命の、そして人間社会の、最も創造的な営みと考えたものである。生命の進化も、文化の創造も、真に新しいものは、あらかじめ決まった目標の実現ではなく、揺らぎに満ちた場からの共創として生まれる。新しさは、決定からは生まれない。揺らぎと共創からしか生まれない。
二人称の科学──「それ」ではなく「あなた」として出会う
場の論理は、科学の方法そのものにも根本的な問いを投げかける。清水博が提起した「二人称の科学」は、対象を突き放して観察する近代科学の一人称・三人称の枠を超えて、対象と共に場を生きる新しい知の作法を求めるものである。
三人称の科学の限界
近代科学は、「三人称の科学」である。科学者は、対象を「それ(it)」として、自分の外に置く。対象を突き放し、客観的に観察し、測定し、分析する。観察者は対象に影響を与えず、対象は観察者から独立している――これが客観性の理想である。この三人称の姿勢は、物理学や化学では圧倒的な成果を上げた。
だが、生命を、とりわけ「生きている状態」を対象とするとき、この三人称の姿勢は決定的な限界にぶつかる。なぜなら、生きているものを「それ」として突き放した瞬間、生命の本質である「共に場を生きる」という関係が、視野から消えてしまうからである。生命は、関係のなかでしか生きられない。その関係を切り捨てて対象を観察しても、観察されるのは、もはや生きた生命ではなく、関係を奪われた「物」にすぎない。
二人称という第三の道
清水が提起する「二人称の科学」は、この限界を超える。それは、対象を「それ(三人称)」としてでも、また自分(一人称)に還元してでもなく、「あなた(you)」として出会う科学である。「あなた」とは、私と関係を結ぶ相手、私と共に一つの場を生きる相手である。二人称の科学において、観察者と対象は、突き放された主客ではなく、一つの場を共有する関係のなかにある。
これは、客観性の放棄ではない。むしろ、生命という対象にふさわしい、より深い客観性の探求である。生命は関係のなかにある。だから生命を正しく知るには、その関係のなかに入り、対象と共に場を生きなければならない。武道家が相手と合気の場を生きるように、介護者が相手と居場所を共にするように、科学者もまた、対象と二人称の関係を結ぶことで、はじめて生きた生命に触れられる。知るとは、突き放すことではなく、共に生きることである。
生命を「それ」として観察する三人称の科学は、生命から関係を奪う。生命を「あなた」として生きる二人称の科学こそ、生きた生命に触れる道である。
── 清水博「二人称の科学」の提起知の倫理へ
二人称の科学は、知のあり方を、必然的に倫理の問題へと開いていく。対象を「あなた」として出会うとき、対象はもはや自由に操作してよい物ではなくなる。「あなた」は、尊重すべき相手であり、共に生きるべき存在である。知ることと、大切にすることが、分かちがたく結ばれる。
ここに、清水の思想が、生命科学から生命の倫理へ、そして「いのち」の哲学へと展開していく必然が見える。生命を二人称で知るとは、生命と共に生きることであり、生命を大切にすることである。次章から見る「与贈」「居場所」「いのちの普遍学」は、この二人称の知が、社会と倫理の領域で結実したものにほかならない。場の論理は、知の論理であると同時に、共に生きる倫理でもあるのだ。
一人称・三人称・二人称──三つの視点
二人称の科学が何を意味するのかは、それを一人称・三人称と並べてみると、くっきりと浮かび上がる。三人称の視点とは、対象を「それ」として、外から客観的に眺める視点である。近代科学が徹底してきたのは、この三人称の姿勢だった。観察者は対象から距離を取り、自らの主観を排し、誰が見ても同じであるような客観的事実を求める。この姿勢は、物質を扱ううえで絶大な力を発揮した。一方、一人称の視点とは、「私」が内側から、自らの経験を生きる視点である。痛みや喜びといった、当人にしか感じられない主観的な経験は、この一人称でしか捉えられない。だが一人称は、あくまで自分一人に閉じている。
清水が問うたのは、この一人称と三人称のあいだに落ちてしまう、第三の視点――二人称の視点である。二人称とは、対象を「あなた」として、共に在りながら知る視点である。それは、三人称のように距離を取って突き放すのでもなく、一人称のように自分に閉じるのでもない。相手と関係を結び、応答し合いながら、その相手を内側から理解しようとする。母親が子を知るとき、看護師が病む人を知るとき、そこに働いているのは、この二人称の知である。相手をモノとして分析するのでも、自分の思い込みを投影するのでもなく、生きた相手として、共に在りながら分かり合う。生命という、生きて応答するものを本当に理解するには、この二人称の姿勢が欠かせない。清水の「二人称の科学」とは、三人称に偏りきった近代科学に対して、生命を生命として知るための、失われた視点を回復せよという呼びかけなのである。
与贈──見返りを求めず、居場所を贈る
清水博が晩年に深めた最も独創的な概念が「与贈(よぞう)」である。それは、市場交換とはまったく別の原理に立つ、いのちの経済の思想である。自分の居場所を他者に贈ることで、かえって全員の居場所が生まれるという、逆説の論理である。
交換と与贈
私たちの社会を支配しているのは、交換の原理である。何かを与えたら、その見返りに何かを受け取る。等価のものを、等価のものと交換する。市場経済はこの交換の上に成り立っている。交換においては、与えることは、受け取るための手段である。純粋に与えるだけ、ということは、交換の論理では損失にすぎない。
これに対して与贈は、見返りを求めない贈与である。与贈する者は、何かを受け取るために与えるのではない。ただ、与える。しかも、与えるのは物ではない。与贈が贈るのは、居場所である。自分がいる場所、自分が占めていた場所を、他者のために開く。他者がそこに居られるように、自分の場所を贈る。これが与贈である。
なぜ与贈が全員を生かすのか
ここに与贈の逆説がある。自分の居場所を他者に贈れば、自分の居場所は失われるはずではないか。交換の論理では、そうなる。与えれば失う。だが、場の論理においては、逆のことが起こる。
考えてみよう。ある場において、全員が自分の居場所を主張し、奪い合えば、場は緊張し、対立に満ち、誰にとっても居心地の悪い場になる。逆に、全員が自分の居場所を他者に開き、贈り合えば、場全体が、誰もが居られる豊かな場になる。一人ひとりが居場所を贈ることで、場全体が生き、その生きた場のなかで、贈った本人も、より豊かな居場所を得る。与贈は、失うことではない。与贈は、場を生かすことを通じて、めぐりめぐって全員を――贈った本人をも――生かすのである。
居場所という根源的な問い
与贈の思想の背後には、「居場所」という、人間にとって根源的な問いがある。人は、物質的な豊かさだけでは生きられない。人が真に必要とするのは、自分がそこに居てよいと感じられる場所――居場所である。居場所を失った人は、たとえ物質的に満たされていても、生きる意味を見失う。現代社会の多くの病――孤立、疎外、生きづらさ――の根には、この居場所の喪失がある、と清水は見る。
与贈は、この居場所の問題への、清水の答えである。居場所は、奪い合うものではない。贈り合うものである。一人ひとりが、自分の居場所を独占せず、他者に開くとき、誰もが居られる場が生まれる。これは、単なる道徳的な理想ではない。それは、場の論理から導かれる、共に生きるための論理的な原理である。与贈こそが、バラバラになった個人を、再び一つの生きた場へと結び直す、いのちの経済なのである。
モースの贈与論を超えて
贈り物をめぐる思考には、長い系譜がある。文化人類学者マルセル・モースは、古典『贈与論』において、贈与が社会を成り立たせる根源的な力であることを明らかにした。モースによれば、贈与には三つの義務がともなう。贈る義務、受け取る義務、そしてお返しをする義務である。贈られたら、返さなければならない。この返礼の連鎖が、人と人を結び、社会を織りなしていく。贈与は、一見すると無償の行為に見えて、その実、返礼という強い拘束を孕んでいる。
清水の与贈は、このモースの贈与論と深いところで響き合いながら、しかし決定的な一点で袂を分かつ。与贈は、返礼を求めないのである。モースの贈与が「返す義務」によって円環を閉じるのに対し、与贈は、その円環をあえて閉じない。与えたものが返ってくることを期待せず、ただ相手の居場所を贈る。見返りを求めた瞬間、それはもはや与贈ではなく、交換の一種になってしまう。与贈が生きた場を生むのは、まさにこの「返ってこなくてよい」という開放性ゆえである。返礼の義務から自由であるからこそ、与贈は、負債と拘束の連鎖ではなく、いのちが循環する開かれた流れをつくりだす。ここに、清水の思想が、贈与論の伝統をさらに一歩、深いところへと押し進めた核心がある。
与贈のかたち──日常のなかに宿るもの
与贈は、特別な聖人の行いではない。それは、私たちの日常のなかに、すでに数えきれないほど宿っている。親が子を育てるとき、親は見返りを求めてはいない。子がやがて何を返してくれるかを勘定して、乳を与える親はいない。ただ、子が生きられる場を、無条件に贈っている。これは、与贈のもっとも純粋なかたちである。教える者が学ぶ者に知を手渡すときも、看護する者が病む者を支えるときも、そこに働いているのは、等価交換の論理ではなく、相手の居場所を贈る与贈の論理である。
もてなし(歓待)もまた、与贈の姿である。訪れた者を迎え入れ、その者が心地よく居られる場を差し出す。見返りとしての支払いを求めるなら、それは商取引になる。だが真のもてなしは、支払いを超えたところで、相手に居場所を贈る。誰かが自分のために場を空けてくれた――その経験こそが、人を深く生かす。清水が与贈を「いのちの経済」と呼ぶのは、それが金銭では測れない、しかし生きるうえで最も本質的な循環だからである。市場が等価物を交換して閉じるのに対し、与贈は居場所を贈り合って開いていく。この開かれた循環のなかでこそ、人は孤立から解き放たれ、共に生きる場を回復する。
この与贈の論理は、GETTA文化身体論の中核概念「転移する文化資本」と深く響き合う。わが子への愛が、わが子を超えて他の子どもたちへと転移していくように、与贈においても、自分の居場所への愛着が、他者の居場所へと開かれていく。蓄積し独占する資本ではなく、贈り、転移し、めぐる資本。詳しくは第23章で論じる。
これは道徳ではない。
場の論理から導かれる、いのちの原理である。
奪い合えば場は痩せる。贈り合えば場は生きる。与贈こそ、共に生きるための論理である。
コペルニクスの鏡──自己を世界の中心から解き放つ
2012年の『コペルニクスの鏡』で、清水博は、近代的な自己のあり方そのものへと問いを深める。コペルニクスが地球を宇宙の中心から解き放ったように、私たちは自己を世界の中心から解き放つ必要があるのではないか――という問いである。
近代的自己という「天動説」
コペルニクス以前、人々は地球が宇宙の中心にあり、太陽や星々が地球の周りを回っていると信じていた(天動説)。コペルニクスは、この中心と周縁の関係を転倒させた。地球は中心ではない。地球もまた、太陽の周りを回る一つの惑星にすぎない――地動説である。この転回は、人間の世界観を根底から変えた。
清水は、この構図を自己のあり方に重ねる。近代的な自己は、いわば「天動説的な自己」である。私という自己が世界の中心にあり、世界は私の周りに広がっている。すべては私の意識から始まり、私が世界を認識し、世界を操作する。この自己中心の構図が、近代人の基本的な自己感覚である。だが、この自己は本当に、世界の中心なのだろうか。
場のなかの自己へ
場の論理は、この天動説的な自己に、「地動説的な転回」を迫る。自己は、世界の中心ではない。自己もまた、場のなかの一つの局在子にすぎない。自己は、世界を一方的に認識し操作する特権的な中心ではなく、場のなかで、他者と共に、たえず生成し変化していく二重存在である。私が場をつくると同時に、場が私をつくる。私は、世界の中心ではなく、世界という場の一部なのである。
この転回は、決して自己の卑小化ではない。むしろ、自己を、孤立した中心という牢獄から解き放ち、豊かな関係の場へと開く解放である。天動説的な自己は、世界の中心にいながら、実は孤独である。すべてが自分から始まる分だけ、自分は誰とも根本ではつながっていない。地動説的な自己は、中心の特権を手放すかわりに、場のなかで他者と共に生きる豊かさを得る。中心を降りることが、つながりを得ることなのである。
コペルニクスが地球を宇宙の中心から解き放ったように、私たちは自己を世界の中心から解き放たねばならない。自己は中心ではなく、場のなかの一つの存在である。
── 『コペルニクスの鏡』の問いかけ鏡という主題
なぜ「鏡」なのか。鏡は、自己を映し出すものである。だが、清水の言う鏡は、単に自分の姿を映す鏡ではない。それは、他者を通して自己を映し出す鏡である。私は、他者という鏡を通してはじめて、自分が何者であるかを知る。他者との関係の場のなかで、自己は形づくられ、映し出される。自己は、自分自身のなかにあるのではない。自己は、他者との関係の場のなかにある。
この「関係のなかの自己」という洞察は、場の論理の必然的な帰結である。局在子としての私は、遍在子として場全体に開かれている。私の存在は、場との関係のなかでしか成立しない。だから、自己を知るには、自己の内面を掘り下げるのではなく、自己が生きている関係の場を見なければならない。コペルニクスの鏡とは、この関係の場を映し出す鏡であり、それを覗き込むことで、私たちは天動説的な自己から、場のなかの自己へと、生まれ変わるのである。
いのちの普遍学──個から社会・地球へと広がる原理
2013年の『<いのち>の普遍学』で、清水博は、これまで積み上げてきた場の論理を、個人から社会、地球へと広がる一つの普遍的な原理として結晶させる。生命の科学が、いのちの哲学へと昇華する到達点である。
「生命」と「いのち」
清水は晩年、「生命」という言葉と並んで、あえてひらがなの「いのち」という言葉を用いるようになる。この使い分けには、深い意図がある。「生命」は、科学が対象とする生物学的な現象を指す。細胞、遺伝子、代謝といった、客観的に観察できる生命現象である。これに対して「いのち」は、生きているものが生きているという、その根源的な事実そのものを指す。それは、客観的に観察される対象であると同時に、私たち自身がそれを生きている、当事者としての生きられた次元をも含む。
三人称で観察される「生命」と、二人称・一人称で生きられる「いのち」。清水が「いのち」という言葉を選んだのは、生命を、突き放して観察する対象としてだけでなく、共に生き、大切にすべきものとして捉え直すためである。これは、第13章で見た「二人称の科学」の、言葉のうえでの結晶でもある。
普遍学とは何か
「普遍学」という言葉は、清水の壮大な構想を表している。それは、いのちの原理を、あらゆる領域を貫く普遍的な原理として捉える学である。分子のいのち、細胞のいのち、個体のいのち、社会のいのち、地球のいのち。これらはすべて、同じ場の論理――揺らぎ、二重存在、共創、与贈――によって貫かれている。ミクロの生命現象から、マクロの社会と地球の問題まで、一つの原理で捉えることができる。
これは、単なる学際的な統合ではない。清水が目指したのは、バラバラに分断された知を、いのちという一点から統合しなおすことである。近代の学問は、対象ごとに細分化され、専門化された。物理学、生物学、社会学、倫理学。それぞれが自分の領域に閉じこもり、全体を見失った。清水の普遍学は、この分断された知を、いのちの原理のもとに再び結び直そうとする試みである。それは、知の与贈とも言える。各領域が自らの縄張りを主張するのをやめ、いのちという共通の場へと開かれるとき、はじめて全体を捉える知が生まれるのである。
地球という場
普遍学の射程は、ついに地球全体へと及ぶ。地球は、無数の生命が織りなす、一つの巨大な場である。個々の生命は、地球という場の局在子でありながら、同時に地球全体の遍在子でもある。人間もまた、この地球という場の一部である。人間が地球を一方的に支配し操作する(天動説的な人間中心主義)のではなく、地球という場の一部として、他の生命と共に生きる(地動説的な転回)。
ここに、清水の普遍学が持つ、現代的な意義が現れる。環境破壊、気候変動、生態系の崩壊。これらの危機の根には、人間を地球の中心に置き、地球を操作対象と見なす天動説的な世界観がある。清水の普遍学は、この世界観に、場の論理からの転回を迫る。人間は地球の中心ではない。地球という場のなかで、他の生命と共に、与贈し合いながら生きる一つの存在である。いのちの普遍学は、この地球規模の共生の思想へと、私たちを導くのである。
「いのち」の思想的系譜──日本哲学との交差
清水が、西洋科学の言葉で厳密に理論を築きながら、最終的に「いのち」ということばへと向かったことには、深い思想的な必然がある。「いのち」は、生物学が扱う「生命(life)」よりも広く、生きて働くもの全体の、根源的な在り方を指す。この「いのち」への視線は、日本の思想が古くから育んできた感受性と、静かに響き合う。とりわけ、西田幾多郎に始まる京都学派の哲学が探究した「場所」の論理と、清水の場の論理とのあいだには、注目すべき交差が見られる。西田は、あらゆるものがそこにおいて成り立つ根源的な「場所」を思索した。個は、孤立して存在するのではなく、それを包む場所のなかではじめて、個として現れる――この直観は、清水が局在子と遍在子の二重存在として捉えたものと、深いところで通じ合う。
もっとも、清水の歩みは、東洋思想への回帰ではない。彼はあくまで、揺らぎと散逸構造の物理学から出発し、そこから論理を積み上げて「いのち」へと至った。だからこそ、東洋の直観と西洋の厳密さが、清水において独自のしかたで結び合う。古来の「いのち」の感受性を、生命科学の言葉で蘇らせ、地球規模の共生の思想へと展開する――ここに、清水博の思想が、一国の哲学にも一分野の科学にも収まらない、普遍的な射程をもつ理由がある。純粋経験や場所の論理といった日本哲学の水脈と、動的平衡や自己組織化といった生命科学の水脈とが、清水の「いのち」において合流し、共に生きるための新たな地平を切り開いているのである。
いのちの自己組織──共に生きていく原理へ
2016年の『<いのち>の自己組織──共に生きていく原理に向かって』は、清水博の思想の到達点を刻む書である。ここで、揺らぎに始まり、場・共創・与贈を経てきた思想の全体が、「共に生きていく原理」として一つに結ばれる。
自己組織から共に生きる原理へ
この書の主題は、「自己組織」である。だが、その前に置かれた「いのちの」という言葉と、その後に続く「共に生きていく原理」という言葉が、決定的である。清水にとって、いのちの自己組織とは、単独の生命が自分だけで自己を組織することではない。それは、複数のいのちが、一つの場を共に生きるなかで、共に自己を組織していくことである。自己組織は、はじめから「共に」の営みなのだ。
ここで、これまでの全概念が一つに結ばれる。揺らぎは、共に生きるための余白を開く。二重存在は、個でありながら全体に開かれることを可能にする。共創は、台本なしに新しい秩序を共に生み出す。与贈は、居場所を贈り合うことで全員を生かす。これらすべてが、「いのちが共に自己を組織していく」という一つの原理の、異なる側面だったのである。
共に生きるとはどういうことか
「共に生きていく」という言葉は、単なる標語ではない。それは、場の論理から導かれた、厳密な原理である。共に生きるとは、まずそれぞれが独立した個(局在子)であることを前提とする。個性のない同質な集団は、共に生きているのではなく、ただ融合しているにすぎない。同時に、共に生きるとは、それぞれが全体に開かれている(遍在子)ことを要求する。個が孤立して閉じていれば、共に生きることはできない。
独立した個でありながら、全体に開かれている。この二重存在のバランスのうえに、共に生きることは成り立つ。そして、このバランスを動的に保ちつづけるのが、揺らぎと与贈である。揺らぎが、固定した秩序を絶えず組みかえ、新しい関係の可能性を開く。与贈が、居場所を贈り合うことで、全員が居られる場を維持する。共に生きるとは、揺らぎながら、与贈し合いながら、一つの場を共に組織しつづけることである。
いのちは、一つずつ孤立して生きているのではない。いのちは、たえず揺らぎ、与贈し合いながら、共に一つの場を組織し、共に生きている。これが、生きていることの本当の姿である。
── 『<いのち>の自己組織』の到達点清水博の思想が指し示すもの
半世紀に及ぶ清水博の思索は、この「共に生きていく原理」へと収斂する。それは、「生きているとはどういう状態か」という最初の問いへの、最終的な答えでもある。生きているとは、揺らぎながら、場のなかで、他者と共に、たえず自らを組織しつづけている状態である。個として、しかし孤立せず。全体に開かれ、しかし埋没せず。揺らぎのなかで、与贈し合いながら、共に生きる。
この原理は、生命科学の理論であると同時に、人間がいかに生きるべきかという、深い倫理的・実践的なメッセージを含んでいる。バラバラに分断され、孤立を深める現代社会に対して、清水の思想は、「共に生きる」ことの論理的・生命的な根拠を示す。それは、決して感傷的な理想論ではない。揺らぎと散逸構造の物理学に裏づけられた、厳密な原理である。共に生きることは、可能である。なぜなら、いのちとは、もともと共に生きるものだからだ。これが、清水博が私たちに遺した、最も深い洞察なのである。
未完の探求として──清水博が開いた地平
清水博の思想は、完結した体系として閉じてはいない。それはむしろ、これから探究されるべき、開かれた地平として差し出されている。揺らぎ、二重存在、場の論理、自己組織化、二人称の科学、与贈、いのちの普遍学――これらは、それぞれが一つの完成された答えであると同時に、無数の新たな問いへの入り口でもある。生命を場の論理として捉えることが、心とは何か、社会とはどうあるべきか、人はいかに共に生きるべきか、といった問いに、どこまで応えうるのか。その射程は、まだ汲み尽くされていない。清水が生涯をかけて示したのは、完成した地図ではなく、未踏の領域へと分け入るための、確かな羅針盤だった。
だからこそ、清水博の思想は、後を継ぐ者たちの探求のなかで、これからも生き続ける。生命科学、複雑系科学、哲学、倫理学、そして身体をめぐる実践――さまざまな領域で、清水の場の論理は、新たな問いと結びつき、思いがけないかたちで展開していくだろう。一本歯下駄GETTAをめぐる文化身体論もまた、この清水の地平を、身体の実践の側から受け継ぎ、押し広げていく試みの一つである。頭の知ではなく身体の知を、能動でも受動でもない中動態の応答を、揺らぎに開かれた生きた場を取り戻すという方向において、清水博の探求は、いまもなお、私たちの前に開かれている。その地平をどこまで歩めるかは、これを受け取る一人ひとりに、託されているのである。
主要著作ガイド──『生命を捉えなおす』から『いのちの自己組織』まで
清水博の思想は、半世紀にわたる著作の連なりのなかで、たえず深化しつづけた。ここでは、思想の展開を刻む主要七冊を、刊行順に辿る。それぞれの書が、揺らぎ・場・いのちという一つの探究の、どの地点に立つのかを示す航路図である。
『生命を捉えなおす』(1978)──すべての起点
清水博の思想の出発点にして、以後の半世紀の探究の礎となった書である。書名の「捉えなおす」という言葉には、当時支配的だった機械論的な生命観への根本的な問い直しが込められている。生命を、分子や器官という部品の集積として、部分から組み立てて理解する――そうした要素還元的な見方に対し、清水は決定的な視点の転換を提起した。生命とは「物」ではなく「状態」である、と。
ここで言う「生きている状態」とは、静止した構造ではない。それは、外界とたえずエネルギーと物質をやりとりしながら、揺らぎのなかで動的な秩序を保ちつづける状態である。第4章・第5章で見た散逸構造や自己組織化の物理が、ここでは生命の定義そのものへと結びつけられる。生命は平衡に達したとき死ぬ。生きているとは、平衡から遠く離れた場所で、揺らぎを通して秩序を更新しつづけることにほかならない。
この一冊が提示した「状態としての生命」という核心は、以後の場の論理・共創・与贈のすべてが立ち返る原点となった。生物物理学者としての厳密な議論に支えられながら、その射程は生命とは何かという根源的な問いにまで届く。広い読者に迎えられ、日本の生命論の古典として読み継がれてきた。
『生命知としての場の論理』(1996)──武道が照らす生命の知
柳生新陰流という日本の武道を手がかりに、場の論理と共創の構造を鮮やかに描き出した画期的な書である。第10章・第11章で詳しく見たように、清水はここで機械の知と生命知という決定的な区別を導入する。対象を分解し計算する頭の知に対し、生命知とは、部分に分ければ消えてしまう「生きているという全体」を、身体がまるごと直観する知である。
清水がこの生命知の実在を見出したのが、柳生新陰流の活人剣であった。相手を殺すための殺人剣ではなく、相手を生かしながら共に一つの場を生きる活人剣。合気という現象において、剣士は相手と対立するのではなく、敵という最も厳しい関係のなかにさえ、一つの共創の場を立ち上げる。武道という究極の身体知が、最先端の生命論を照らし出す――この逆説的な構図に、本書の独創性がある。
抽象的な理論としてではなく、身体で生きられる知として場の論理を提示した点で、この書は清水思想のなかでもとりわけ実践的な射程を持つ。宮崎要輔の文化身体論が「大脳から小脳へ」と呼ぶ移行の、思想的な源泉のひとつがここにある。
『生命と場所』(1999)──創造する生命の原理
生命の創造性を、場所という概念から捉えなおした思想的な著作である。生命は、なぜたえず新しいものを生み出しつづけることができるのか。あらかじめ決められた設計図をなぞるだけなら、そこに真の創造はない。清水は、創造が生まれる条件を「場所」という視点から解き明かそうとする。
ここで清水の言う場所は、西田幾多郎の「場所の論理」と深く共鳴している。個がまずあって場所に置かれるのではなく、場所があってはじめて個が立ち現れる。この順序の転換のなかにこそ、生命の創造性の源泉がある。揺らぎという未分の余白から、場所のなかで新しい秩序が生成する――第3章で見た「揺らぎを通した秩序」が、ここでは創造の原理として語り直される。
「創造する生命」というこの書のテーマは、やがて共創・与贈という後期の中心概念へと流れ込んでいく。生命論と哲学が交差する地点に立つ、清水思想の重要な中継点である。
『場の思想』(2003)──体系としての結晶
場の論理を、生命科学の枠を超えて、哲学的・社会的な思想として体系的に結晶させた集大成的な書である。第7章・第8章で見た二重存在、第12章の共創、第14章の与贈といった鍵概念が、ここで一つの思想として整理され、深められる。「場」という概念が、個人・組織・社会というあらゆる次元でいかに働くかが、統一的な視座から論じられる。
とりわけ本書で深化するのが与贈の概念である。自分の居場所は、他者に居場所を贈ることによってこそ得られる――この逆説が、いのちが自己を組織する根本原理として位置づけられる。所有や交換の論理ではなく、贈与の論理によって場が成り立つという洞察は、経済や組織のあり方への根本的な問い直しをも含んでいる。
生物物理学から出発した思想が、居場所と共生をめぐる社会思想へと展開していく。その転回の全体像を示す一冊として、本書は清水の思想を理解するうえで欠かせない位置を占める。
『コペルニクスの鏡』(2012)──自己の地動説的転回
第15章で見たように、近代的な自己のあり方そのものへと問いを深めた後期の重要作である。書名の「コペルニクスの鏡」というメタファーには、清水の中心的な洞察が凝縮されている。かつてコペルニクスが、地球を宇宙の中心から解き放ち、地動説へと転回させたように、清水は、自己を世界の中心から解き放つ地動説的な転回を提起する。
近代の自己は、世界を眺める中心であり、すべてを対象として観察する主体であった。だが清水は問う――自己は本当に中心なのか。むしろ自己は、他者との関係の場のなかに置かれた、一つの局在にすぎないのではないか。鏡に映る自己が、じつは他者との関係のなかでしか現れないように、自己は関係の場においてこそ立ち現れる。この転回が、機械の知の主体から、場のなかを生きる二人称の存在へと、人間の理解を組み替える。
科学の知と生命の知の関係を問い直しながら、本書は自己をめぐる近代の前提そのものを揺るがす。いのちの哲学へと向かう清水後期の扉を開いた一冊である。
『いのちの普遍学』(2013)──分断された知を結びなおす
生命の原理を、個人・社会・地球という広がりのなかで捉える普遍学として構想した書である。ここで清水は、物質的な生命(life)と、それを超えたいのちの次元とを区別する。ひらがなで書かれる「いのち」という言葉には、対象として突き放して観察される生命ではなく、二人称で共に生きられる生命の次元が込められている。
第13章で見た二人称の科学が、ここでは知の統合という壮大な構想へと展開する。近代の学問は、専門分化のなかで細かく分断されてきた。生命科学、社会科学、哲学、宗教――それぞれが別々の言葉で世界を語り、たがいに通じ合わない。清水は、これらの分断された知を、いのちという一点から統合しなおそうとする。いのちの普遍学とは、分断を超えて、知を一つの生きた全体へと結びなおす試みである。
清水の思想がもっとも大きな射程へと開かれる書のひとつであり、最終作へと向かう思索の到達点を示している。
『〈いのち〉の自己組織』(2016)──最初の問いへの最終的な答え
清水博の思想の到達点にして集大成である。揺らぎ・場・共創・与贈――半世紀にわたって彫琢されてきたすべての概念が、ここで共に生きていく原理として一つに結ばれる。副題の「共に生きていく原理に向かって」が示すように、本書の主題は、複数のいのちがいかにして一つの場を共に生きるか、という問いである。
いのちの自己組織とは、複数のいのちが一つの場を共に生きるなかで、たがいに応答しあいながら、共に自らを組織していくことにほかならない。個が孤立して自らを保つのではなく、与贈という贈与の運動を通して、場全体がひとつの生きた秩序として立ち上がる。第17章で詳しく見たこの原理は、生命論であると同時に、人と人が共に生きる社会の原理でもある。
『生命を捉えなおす』が投げかけた「生きているとは何か」という最初の問いは、ここで「共に生きているとは何か」という問いへと深められ、最終的な答えを与えられる。生物物理学から出発した思索が、いのちの哲学として結実する。清水博という思想家の、半世紀の航路の終着点にして、その全体を照らし返す一冊である。
思想的系譜と同時代人──清水博を囲む知の星座
清水博の思想は、孤立して生まれたのではない。それは、二十世紀後半の複雑系科学・生命論・哲学の大きな流れのなかに位置する。ここでは、清水の思想を照らし出す系譜と、響き合う同時代の思想家たちを辿る。
複雑系科学の系譜
清水の思想の物理学的な基盤には、二十世紀後半に花開いた複雑系科学の系譜がある。散逸構造を提唱したイリヤ・プリゴジン、自己創出(オートポイエーシス)を唱えたウンベルト・マトゥラーナとフランシスコ・ヴァレラ、シナジェティクス(協同学)のヘルマン・ハーケン。これらの理論はいずれも、要素還元では捉えられない、全体としての秩序の自己生成を主題とする。清水はこれらの成果を吸収しながら、独自の「場の論理」を彫琢した。
とりわけオートポイエーシスとの関係は重要である。マトゥラーナとヴァレラは、生命システムが、自らの構成要素を自ら産出しつづける「自己創出」のシステムであると論じた。これは清水の自己組織化の思想と深く響き合う。ただし清水は、オートポイエーシスが個体の閉鎖性を強調するのに対して、複数の主体が一つの場を共に生きる「共創」の開放性を強調する点で、独自の道を進んだ。
日本思想との共鳴
清水の思想は、日本の哲学的伝統とも深く共鳴する。最も重要なのは西田幾多郎である。西田の「場所の論理」「純粋経験」「絶対矛盾的自己同一」は、主客未分の直接経験から出発し、個と全体が一つに結ばれる論理を探究した。清水の「二重存在」「主客未分の生命知」は、西田の場所の論理を、生物物理学の水準で捉え直したものと見ることができる。西田が哲学の言葉で語ったものを、清水は生命科学の言葉で語り直したのである。
また、大森荘蔵の「重ね描き」「立ち現れ」の思想とも通じ合う。大森は、科学的世界像と日常の知覚世界を、どちらか一方に還元せず「重ね描く」ことを説いた。清水の、要素還元と全体論を統合しようとする姿勢は、この重ね描きの精神と響き合う。さらに、今西錦司の「棲み分け」理論――生物が競争ではなく棲み分けによって共存するという思想――は、清水の共創・共生の思想の、日本的な先駆と言える。
物理学・複雑系の系譜:プリゴジン(散逸構造)、マトゥラーナ&ヴァレラ(オートポイエーシス)、ハーケン(シナジェティクス)、ベルタランフィ(一般システム理論)。
日本思想の共鳴:西田幾多郎(場所の論理・純粋経験)、大森荘蔵(重ね描き)、今西錦司(棲み分け)、和辻哲郎(間柄・風土)。
ホロンの系譜:アーサー・ケストラー(ホロン概念の提唱)、ケン・ウィルバー(ホラーキー)。
生命論の同時代人
日本の生命論の文脈では、清水は中村桂子の「生命誌」、福岡伸一の「動的平衡」と並び称される。とりわけ福岡伸一の動的平衡は、生命がたえず分解と合成を繰り返しながら秩序を保つという点で、清水の「流れのなかの形」という生命観と極めて近い。両者はともに、生命を固定した構造ではなく、たえず更新される動的なプロセスとして捉える。清水が場の論理と共創の社会的次元まで展開したのに対し、福岡は分子生物学的な動的平衡に焦点を絞った、という違いはあるが、根底の生命観は深く共鳴している。
受容と影響──場の思想はどこへ広がったか
清水博の「場の論理」は、生物物理学の枠を超えて、経営学・組織論・教育・医療・まちづくりなど、実践のさまざまな領域へと広がっていった。その波及の広がりが、この思想の射程の大きさを物語る。
経営学・組織論への影響
清水の場の思想は、日本の経営学・組織論に大きな影響を与えた。とりわけ野中郁次郎の知識創造理論(SECIモデル)における「場(Ba)」の概念は、清水の場の論理から直接の示唆を受けている。野中は、組織における知識創造が、個人の暗黙知が共有され、形式知へと変換されていく「場」のなかで起こると論じた。この「場」は、清水の、関係のなかから秩序が立ち上がる場の論理を、経営の文脈で捉え直したものである。
また、共創(co-creation)という概念は、今日ではビジネスの世界で広く使われる言葉になった。企業と顧客が共に価値を創り出す、複数の組織が協働して新しい事業を生む――こうした共創の発想の源流の一つに、清水の即興劇モデルと共創の理がある。組織を機械としてではなく、揺らぎと自己組織化に満ちた生きた場として捉える見方は、ティール組織やホラクラシーといった現代の組織論とも深く響き合う。
「場の研究所」という実践
清水は、理論を語るだけでなく、それを実践する場として、NPO法人「場の研究所」を設立した。ここでは、場の論理を、医療・介護・教育・地域づくりといった具体的な現場へと応用する試みが重ねられた。とりわけ、居場所と与贈の思想は、高齢者介護や、生きづらさを抱える人々の支援の現場で、深い共感をもって受け止められた。「その人がそこに居てよいと感じられる場をどうつくるか」という与贈の問いは、ケアの本質を突く問いとして、実践者たちの指針となっている。
教育・学びへの波及
教育の領域でも、清水の思想は重要な示唆を与えている。学びを、知識の一方的な伝達(機械の知の注入)としてではなく、教師と学習者が一つの場を共に生きる共創の営み(生命知の育成)として捉え直す。この見方は、探究学習やアクティブラーニングといった、現代の教育改革の方向性と深く通じ合う。学ぶとは、答えを受け取ることではなく、場のなかで共に問い、共に創ることである――この清水的な学びの観は、教育の現場に静かに、しかし確実に浸透している。
誤解と正しい理解──「場」をめぐる三つの誤読
清水博の思想は、その射程の大きさゆえに、しばしば誤解される。ここでは、代表的な三つの誤読を取り上げ、正しい理解へと導く。誤解を正すことは、思想の核心をより鮮明にすることでもある。
誤解①──「場」は雰囲気やムードのことである
最もよくある誤解は、清水の「場」を、その場の「雰囲気」や「ムード」のことだと受け取ることである。「良い場をつくる」を「良い雰囲気をつくる」と読んでしまう。これは誤りである。清水の「場」は、心理的な雰囲気ではなく、部分と全体が相互に規定し合う、関係の論理的な構造である。それは、揺らぎ・二重存在・自己組織化という、物理学的に裏づけられた厳密な概念であって、気分や感情の問題ではない。
正しい理解はこうだ。場とは、要素どうしの関係のパターンが、要素の意味を規定し、その要素がまた関係を組みかえる、動的な相互規定の構造そのものである。雰囲気は、この場の一つの現れかもしれないが、場そのものではない。場は、感じるものである以前に、生命の秩序を成り立たせている論理なのである。
誤解②──全体が個を飲み込む全体主義である
第二の誤解は、清水の場の思想を、個を全体に従属させる全体主義のように受け取ることである。「全体が部分を規定する」という言葉だけを取り出せば、個人が全体に飲み込まれる思想のように見えるかもしれない。だが、これは重大な誤読である。
清水の思想の核心は「二重存在」にある。要素は、遍在子(全体に開かれた存在)であると同時に、局在子(独立した個)でもある。全体に開かれることと、個として独立していることは、どちらか一方ではなく、両方が同時に成り立つ。個を失った全体は、清水の場ではない。むしろ清水は、共に生きるためには、それぞれが独立した個であることが不可欠だと繰り返し強調する。全体主義は個を消すが、場の論理は個を生かす。この違いは決定的である。
誤解③──与贈は自己犠牲の美化である
第三の誤解は、「与贈」を、自分を犠牲にして他者に尽くす自己犠牲の美化と受け取ることである。「見返りを求めず与える」を「自分を犠牲にして与える」と読んでしまう。これも誤りである。
与贈は、自己犠牲ではない。与贈は、場を生かすことを通じて、贈った本人をも生かす。自分の居場所を他者に開くことで、場全体が豊かになり、その豊かな場のなかで、贈った本人もより良い居場所を得る。与贈は損失ではなく、めぐりめぐって全員を――自分をも――生かす、いのちの経済の原理である。自己犠牲は自分をすり減らすが、与贈は場を通じて自分を豊かにする。与贈の逆説を、自己犠牲と取り違えてはならない。
揺らぎの現代的射程──不確実性の時代を生きる原理
本図鑑の背骨をなしてきた〈揺らぎ〉の理論は、清水博の生命論を超えて、今日の私たちが直面するさまざまな問題に、深い示唆を与える。最後に、揺らぎの思想が現代において持つ射程を、あらためて展望する。
不確実性を排除するのではなく、飼いならす
現代社会は、不確実性を嫌う。予測できないもの、コントロールできないもの、揺らぐものを、リスクとして排除しようとする。あらゆる場面で、最適化され、予測可能で、効率的なシステムが求められる。だが、揺らぎの思想は、この態度に根本的な問いを突きつける。揺らぎを完全に排除したシステムは、機械であって、生命ではない。そして機械は、想定内のことしかできない。想定を超えた事態、新しい状況、未知の問いに対しては、無力である。
揺らぎの思想が示すのは、揺らぎを排除するのではなく、飼いならすという道である。生命は、揺らぎを消すのではなく、揺らぎを利用して、新しい可能性を試し、変化に適応し、創造する。不確実性の時代を生きる知恵は、不確実性をゼロにすることではない。不確実性のなかに、新しい可能性の余白を見出し、それを生かすことである。揺らぎは、脅威であると同時に、創造の源泉なのだ。
レジリエンスの本質
近年、レジリエンス(回復力・しなやかさ)という言葉が注目されている。困難や変化に直面しても、折れることなく、しなやかに立ち直り、適応する力である。揺らぎの思想は、このレジリエンスの本質を照らし出す。レジリエンスとは、硬く固定して変化に抵抗する力ではない。むしろ、揺らぎを許容し、揺らぎを通じて自らを組みかえていく力である。硬い構造は、想定を超えた力に対して脆く折れる。だが、揺らぎに開かれた動的な秩序は、変化を吸収し、自らを組みかえながら、生き延びる。
これは、個人の生き方から、組織のあり方、社会システムの設計まで、あらゆる次元に当てはまる。揺らぎを排除して硬直したシステムは、平時には効率的でも、危機には脆い。揺らぎに開かれ、たえず自己組織化するシステムは、非効率に見えても、変化に強い。真の強さは、硬さではなく、揺らぎを飼いならすしなやかさにある。
最適化の罠──効率だけでは生命は続かない
いま私たちは、あらゆるものが「最適化」される時代を生きている。アルゴリズムが行動を予測し、無駄を削ぎ、効率を最大化する。移動も、消費も、労働も、余白なく設計されていく。一見すると、これは望ましい進歩に見える。だが清水の揺らぎの思想は、この最適化の潮流に、静かな、しかし根本的な問いを投げかける。揺らぎを排除しきった系は、はたして生き続けられるのか、と。
最適化とは、ある目的に対して、無駄をゼロに近づけることである。だが「無駄」に見えるものこそ、生命が変化に対応するための余地であった。散逸構造がたえず揺らぎながら秩序を保っていたように、生命は、揺らぎという「遊び」を内に抱えることで、予期せぬ事態に応じ、自らをつくり変えてきた。揺らぎを完全に消した系は、決められた条件のもとでは効率的でも、条件が変わった瞬間に、対応する余地を失って崩れる。効率の極大化は、しばしば適応力の喪失と背中合わせなのだ。近代が「無駄の排除」を進歩と信じてきたその足もとで、生命がひそかに必要としていたのは、まさにその無駄――揺らぎのための余白だった。清水の思想は、最適化を至上とする時代に、生命の側からの根本的な留保を差し出している。
標準化した身体・教育・社会に、揺らぎを取り戻す
揺らぎの排除は、抽象的なシステムの話にとどまらない。それは、私たちの身体、教育、社会のかたちを、静かに変えてきた。舗装され、平らに均された地面の上を歩く現代人の身体は、かつて不整地を歩いていた身体が絶えず受けていた微細な揺らぎ――足裏からの無数のノイズ――を失っている。教育は、正解へと最短距離で導く効率を追い、試行錯誤という揺らぎの過程を切り詰めていく。社会は、逸脱を管理し、予測可能性を高める方向へと標準化を進める。いずれも、揺らぎを「排除すべき非効率」として扱う点で通底している。
だが清水の思想に照らせば、この標準化の徹底は、生命から、生命であるための条件を奪っていく営みでもある。揺らぎこそが、身体を目覚めさせ、学びを深め、社会を柔軟に保つ源泉だからである。だからこそ、いま求められているのは、失われた揺らぎを意識的に取り戻すことである。均された地面のかわりに、揺らぎを与える不整地を。正解への最短距離のかわりに、迷いと発見の余白を。管理された予測可能性のかわりに、逸脱を許す遊びを。清水博の揺らぎの思想は、標準化に傾ききった現代に対して、生命の原理から、揺らぎを回復せよという確かな指針を与えている。
創造性と揺らぎ
揺らぎの思想は、創造性の本質にも光を当てる。真に新しいものは、どこから生まれるのか。既存の知識を組み合わせるだけでは、真の新しさは生まれない。組み合わせは、既存の要素の範囲内にとどまるからである。真の新しさは、揺らぎという「まだ何にも決まっていない余白」から生まれる。この余白があるからこそ、想定を超えた発想が立ち上がる。決定に縛られた思考からは、決定の範囲内のものしか生まれない。揺らぎに開かれた思考だけが、決定の外へ――真に新しいものへと、跳ぶことができる。
だからこそ、創造性を育むには、揺らぎを許す場が必要である。すべてが最適化され、すべてが管理され、揺らぎが排除された環境からは、新しいものは生まれない。遊び、無駄、余白、揺らぎ――一見すると非効率なこれらのものこそ、創造の母胎なのである。清水博の揺らぎの思想は、効率と管理に傾きすぎた現代に、創造性を取り戻すための、深い知恵を差し出している。
真の強さは、硬さではない。
揺らぎを飼いならす、しなやかさである。
不確実性を消すのではなく、生かす。揺らぎこそ、創造と適応の源泉である。
一本の歯の上で
ふたたび生きはじめる。
清水博が理論として描いた「秩序を生む揺らぎ」は、抽象概念ではない。それは、いま足裏の一本の歯の上で、身体が実際に生きているそのプロセスそのものである。
GETTA文化身体論との接続──揺らぎ・生命知・与贈が身体で起こる場所
ここまで、清水博の思想を〈揺らぎ〉という一本の糸で辿ってきた。揺らぎの物理学、散逸構造、場の論理、生命知、共創、与贈──これらは一見、実験室と思索のなかにある理論に見える。だが宮崎要輔が二十年をかけて構築してきた文化身体論から見ると、清水の理論は、一本歯下駄GETTAを履いた身体のうえで、いままさに起こっている出来事の精密な記述になっている。ここでは、その接続を四つの結び目として描く。理論の応用ではない。同じひとつの現象を、清水は物理と思想の言葉で、宮崎要輔は身体と文化の言葉で語っている──その重なりである。
結び目① 確率共鳴──揺らぎが信号を立ち上げる
清水が繰り返し立ち返る揺らぎの働きのひとつに、確率共鳴がある。閾値に届かない微弱な信号は、そのままでは検出されない。ところがそこへ適度な揺らぎ(ノイズ)が加わると、信号と揺らぎが重なった瞬間だけ閾値を超え、埋もれていた信号が立ち上がってくる。揺らぎが情報を消すのではなく、揺らぎがあるからこそ情報が現れる。これは第4章で見た、揺らぎの逆説の核心だった。
一本歯下駄GETTAの一本の歯は、この確率共鳴を身体に対して起こしつづける装置である。二本の歯や平らな靴底は、身体を安定させる。安定した床の上では、足裏の固有感覚も、姿勢を制御する微細な信号も、閾値の下に沈んで眠ったままになる。ところが一本の歯の上に立つと、身体は絶えず微細に揺れる。この揺れが、足裏・足首・鳩尾へと入りつづける揺らぎ(ノイズ)となる。すると、平地では眠っていた固有感覚の信号が、揺らぎと重なって次々と閾値を超え、立ち上がってくる。
清水の記述:ノイズが微弱信号の検出を助ける。揺らぎは秩序の敵ではなく、秩序が生まれるための条件である。
GETTAでの現れ:一本歯が生む揺れが、眠っていた足裏・鳩尾の固有感覚を閾値の上へ押し上げる。安定を捨てることで、かえって身体の情報が豊かになる。
ここで重要なのは、GETTAが確率共鳴を「利用している」のではないということだ。一本の歯の上で起こっているのは、清水が理論として描いた揺らぎの働き、そのものである。理論と現象が別々にあるのではなく、ひとつの現象が、物理の言葉と身体の言葉の両方で語られている。
結び目② 生命知──機械の知から身体の全体知へ
第10章で見たように、清水は機械の知と生命知を区別した。機械の知は、対象を要素に分解し、部分を計算して全体を組み立てる。分析的で、明示的で、大脳的である。これに対し生命知は、全体をそのまま全体として直観する。部分の総和では捉えられない「生きている状態」を、身体がまるごと感じ取る知である。
宮崎要輔が文化身体論のなかで「大脳から小脳へ」と呼んできた移行は、清水のこの区別と正確に重なる。筋肉で関節を固め、頭で動きを制御しようとするのは、機械の知の身体である。ひとつひとつの動作を意識で管理し、正しいフォームを大脳で計算する。ところが一本歯下駄の上では、その管理が間に合わない。揺れは意識より速く来る。身体は、大脳の計算を待たずに、小脳と腱のシステムで揺れに応じるしかなくなる。このとき身体は、機械の知から生命知へと移る。
清水にとって生命知は、失われた原始的な能力ではなく、機械の知の下に隠れて働きつづけている、より根源的な知だった。宮崎要輔が五歳の身体性と呼ぶものも同じである。五歳の子どもの身体では、神経のループがまだ大脳で塞がれておらず、生命知が開いたまま働いている。GETTAは、大人になって機械の知の下に沈んだこの生命知を、揺らぎによってふたたび閾値の上へ立ち上げる。生命知の再起動──それが第10章と文化身体論が同時に語っていることである。
結び目③ 場と共創──身体はひとつの場である
清水の場の論理は、個と個が別々にあって後から関係を結ぶのではなく、まず場があり、そのなかで個が二重存在として立ち現れる、という順序を語る(第7章)。この論理は、社会や組織の話に聞こえる。だが宮崎要輔の文化身体論は、それを一個の身体の内部にも見いだす。
ひとつの身体のなかでも、筋・腱・骨・内臓・神経といった局在子は、それぞれ独立に働いているのではない。姿勢という場のなかで、たがいに応答しあいながら、ひとつの立っている状態を共創している。一本歯下駄の上では、この共創が露わになる。どこか一箇所を固めれば、たちまち場全体が崩れる。全体がひとつの生きた場として応答しなければ、そもそも一本の歯の上に立てない。身体そのものが、局在子たちが共創する場であることが、一本の歯の上で身体に思い出させられる。
さらに清水は、複数の身体が基準信号を共有したとき、場全体がひとつの生き物のように振る舞う現象を描いた。宮崎要輔がカオス共鳴と呼ぶ、複数の身体が響きあってフィールドがひとつの生命になる状態である。全国に広がる二三〇名を超えるGETTA認定指導者のネットワークは、この共創する場を、身体から人と人の関係へと拡張したものだと言える。個々の指導者が独立に技術を持つのではなく、共有された身体観という場のなかで、ひとつの運動として立ち現れている。
結び目④ 与贈と転移する文化資本──居場所を贈るという逆説
清水の思想のもっとも遠くまで届く概念が、第14章で見た与贈である。自分の居場所は、他者に居場所を贈ることによってしか得られない。与えることが受け取ることになるという、この逆説。清水はこれを、いのちが自己を組織する根本の原理として描いた。
宮崎要輔の文化身体論の中心には、転移する文化資本という概念がある。ブルデューの文化資本が、個人のうちに蓄積され、次の世代へ相続されて格差を再生産していくのに対し、転移する文化資本は、蓄積ではなく転移する。わが子への愛が、いつしかすべての子どもたちへの愛へと転移していくように、身につけた身体知は、抱え込まれるのではなく、他者へと手渡されることで初めて意味を持つ。これは清水の与贈と、根の部分で同じ運動を語っている。
清水・与贈:他者に居場所を贈ることが、自分の居場所を得ることになる。所有の論理ではなく、贈与によっていのちが自己を組織する。
宮崎要輔・転移する文化資本:身体知は蓄積して相続するのではなく、手渡すことで転移する。わが子への愛が子どもたちへの愛へ転移するように、文化資本は開かれることで生きる。
一本歯下駄を履いて再び開いた身体、立ち上がった生命知は、その人ひとりのものではない。それが指導者から指導者へ、親から子へ、身体から身体へと転移していくとき、文化資本は蓄積される資本ではなく、贈られる資本になる。清水が与贈と呼び、宮崎要輔が転移する文化資本と呼ぶこの運動が、GETTAという装置と二三〇名の指導者ネットワークの、もっとも深い意味である。
未分の余白としての鳩尾
四つの結び目のさらに奥に、ひとつの場所がある。宮崎要輔の文化身体論において、鳩尾は衝動の座であり、能動でも受動でもない中動態の生まれる場所である。清水の言葉で言えば、それは差異がまだ分かれていない未分の余白、あらゆる秩序がそこから立ち現れる揺らぎの源泉にあたる。一本歯下駄の上で身体が揺れるとき、その揺れは足裏から立ち上がり、最後に鳩尾へと届く。そこで揺らぎは、能動的に「する」のでも受動的に「される」のでもない、中動態の運動になる。履けば、身体が勝手に応答しはじめる。清水の揺らぎの理論は、この鳩尾という未分の余白において、宮崎要輔の身体論と完全に出会う。理論の頂点と身体の深部が、ひとつの場所で重なる。
一次文献・学術ソース──清水博と場の思想を読むために
本図鑑は、清水博自身の主要著作を一次資料とし、関連する複雑系科学・生命論・日本哲学の文献を参照して構成した。さらに深く清水の思想へ分け入りたい読者のために、書誌情報を掲げる。
清水博 主要著作(一次文献)
関連機関・研究基盤
背景となる複雑系・生命論の文献
学術データベース・一次典拠(所在確認済み)
本図鑑の書誌は、下記の公的学術データベースおよび版元の書誌情報と照合して確定した。刊行年・出版者・版の異同は、一次資料の記述を優先している。清水博の思想へさらに正確に分け入りたい読者は、次の典拠から原典へたどることができる。
清水博の場の論理・生命知・与贈は、宮崎要輔の文化身体論において、一本歯下駄を履いた身体のうえで実際に起こる出来事として読みなおされている。生命を「流れのなかの形」として捉える視座は、動的平衡(福岡伸一)の図鑑とあわせて読むと、同時代の生命論の見取り図がいっそう鮮明になる。
書誌情報は各著作の一般に流通する版に基づく。版元・刊行年は版によって異なる場合がある。正確な引用にあたっては、各自で原典の該当版を確認されたい。本図鑑の解説は、これらの一次文献にもとづく編者の読解であり、清水博本人の言葉そのものではない箇所を含む。
よくある質問──清水博と場の思想をめぐって
清水博の思想と〈揺らぎ〉をめぐって、読者から寄せられることの多い問いに答える。各項目は、本文の該当章とあわせて読むことで、より立体的に理解できる。
用語集・関連図鑑──場の思想を旅するために
本図鑑に登場した鍵概念を用語集としてまとめ、清水博の思想とつながる関連図鑑への扉を開く。ひとつの概念から別の思想家へ、思想の星座を旅するように読み進めてほしい。
用語集
関連図鑑──思想の星座へ
清水博の〈揺らぎ〉と場の思想は、多くの思想家・理論と響きあっている。生命論・哲学・組織論の各図鑑へと辿ることで、この思想がどれほど広い星座のなかに位置しているかが見えてくる。
身体の深部で待っている。
清水博が半世紀をかけて描いた揺らぎと場と与贈の思想。その到達点は、遠い抽象のなかにではなく、一本の歯の上に立った身体の、鳩尾という未分の余白において、いま起こりつづけている。
一本の歯の上で確かめる。
GETTA ネットワーク
一本歯下駄GETTAと文化身体論は、四つのサイトが響きあう、ひとつの場を形づくっています。それぞれの入り口から、思想と実践の全体へ。