野村雅一とは|身ぶり・しぐさの人類学・ボディランゲージ・身体表現の民族学|思想家図鑑 No.30|GETTA文化身体論

思想家図鑑 No.30
NOMURA MASAKAZU / 1942–2017 / 身ぶり・しぐさ

野村雅一とは|身ぶりとしぐさの人類学

身ぶりやしぐさという、ことば以前の身体表現に着目し、それが社会の記憶といかに結びつくかを探究した文化人類学者。南欧の民俗文化研究を礎に「文化としての身体」を描いたその仕事は、GETTAの身体技法論を支える。

一次文献 4件読了 約10分文化人類学・身体表現思想家図鑑 No.30
DEFINITION / 定義野村雅一(のむら まさかず, 1942–2017)とは、身ぶりしぐさという、ことば以前の身体表現に着目し、それが社会の記憶や文化といかに結びつくかを探究した日本の文化人類学者である。国立民族学博物館名誉教授。イタリア・ギリシャなど南ヨーロッパの民俗文化研究を礎に、「文化としての身体」を描いた。
SECTION 01

人物と経歴

1942年、広島県生まれ。1966年京都大学文学部(イタリア文学科)卒業、京都大学人文科学研究所助手などを経て、国立民族学博物館助教授・教授。総合研究大学院大学理事・副学長も務めた。身体の身ぶり・しぐさによる多様なコミュニケーションを中心に文化人類学を研究した。2017年逝去。

SECTION 02

身ぶりとしぐさの人類学

ことば以前の表現

野村は、挨拶・指さし・うなずき・距離の取り方といった身ぶり・しぐさが、文化ごとに異なるコードをもつことを示した。これらはことば以前の、しかし精緻な身体的コミュニケーションである。

身体がしめす社会の記憶

身ぶりは個人の癖ではなく、社会が身体に刻んだ記憶である。野村は『身ぶりとしぐさの人類学――身体がしめす社会の記憶』で、身体表現の文化的厚みを描いた。

SECTION 03

ボディランゲージを読む──身ぶり空間の文化

ボディランゲージを読む――身ぶり空間の文化』(平凡社, 1984)で野村は、人と人の距離(プロクセミクス)や空間の使い方が文化ごとに異なることを論じた。南欧と日本の身体表現の比較は、身体技法が文化的に変異するというモースの洞察を、コミュニケーションの次元で具体化したものである。

SECTION 04

主要著作ガイド

主著に『しぐさの世界――身体表現の民族学』(NHKブックス, 1983)、『ボディランゲージを読む――身ぶり空間の文化』(平凡社, 1984)、『身ぶりとしぐさの人類学――身体がしめす社会の記憶』(中央公論新社, 1996)がある。市川雅との編著『技術としての身体』もある。

SECTION 05

誤解と正しい理解

誤解「身ぶりは万国共通」──正しくない。うなずきや指さし、距離の取り方は文化ごとに異なるコードをもつ。野村は、身ぶり・しぐさが文化的に構築された身体表現であることを示した。

SECTION 06

GETTA思想体系との接続──文化としての身体

野村が描いた「文化としての身体」は、GETTAの文化身体論の核と重なる。身ぶり・しぐさが社会の記憶を身体にしめすように、歩き方・立ち方・足裏の使い方もまた、文化が刻んだ身体技法である。現代生活で痩せたその身体表現を、一本歯下駄は足元から更新する。野村の身体表現論は、川田順造の身体技法論とともに、日本の身体人類学の礎である。

SECTION 07

身体表現の詳説

挨拶のコード

お辞儀・握手・抱擁――挨拶の身ぶりは文化ごとに異なるコードをもつ。

距離の文化

人と人の間合い(プロクセミクス)は、文化により大きく異なる。

南欧と日本

野村は南欧と日本の身体表現を比較し、文化の身体的厚みを描いた。

世代と身体

世代間で身ぶりは変化し、社会の変容を身体が映し出す。

市川雅との協働

舞踊評論家・市川雅との編著『技術としての身体』も身体表現論を深めた。

SECTION 08

身体表現論の射程と関連

異文化コミュニケーション

身ぶりのコード理解は、異文化間の誤解を解く鍵となる。

メディアと身体

身体表現の研究は、対面とメディアの差異を考える視座を与える。

関連概念

本図鑑の 身体技法・間身体性・川田順造 とあわせて読みたい。

SECTION 09

身ぶりの文化的多様性

野村は、挨拶・指さし・うなずき・人と人の距離の取り方といった身ぶりが、文化ごとに異なるコードをもつことを、南欧と日本の比較を通じて鮮やかに示した。万国共通に見える身体表現も、実は文化が身体に刻んだ約束事である。

この洞察は、異文化間のコミュニケーションにおける誤解の多くが、言葉ではなく身体表現のズレから生じることを教える。身ぶりの人類学は、グローバル化の時代の相互理解にとって実践的な意義をもつ。

SECTION 10

文化としての身体という視座

野村が一貫して追究したのは、「文化としての身体」という視座である。身ぶりは個人の癖ではなく、社会が身体に刻んだ記憶であり、世代を超えて受け継がれる。身体は、文化を映し出す鏡であり、文化を担う媒体なのである。

この視座は、モースの身体技法論や川田順造の比較人類学とともに、日本における身体人類学の礎をなす。歩き方や立ち方もまた文化が刻んだ技法であるという認識は、現代の身体を問い直す思想的な足場を与える。

SECTION 11

身ぶりの文化と身体の記憶

野村は、挨拶・指さし・うなずき・人と人の距離の取り方といった身ぶりが、文化ごとに異なるコードをもつことを、南欧と日本の比較を通じて鮮やかに示した。万国共通に見える身体表現も、実は文化が身体に刻んだ約束事である。お辞儀と握手と抱擁、近い間合いと遠い間合い――これらの差異は、異文化間のコミュニケーションにおける誤解の多くが、言葉ではなく身体表現のズレから生じることを教える。

野村が一貫して追究したのは、『文化としての身体』という視座である。身ぶりは個人の癖ではなく、社会が身体に刻んだ記憶であり、世代を超えて受け継がれる。身体は、文化を映し出す鏡であり、文化を担う媒体なのである。歩き方や立ち方もまた、文化が刻んだ身体技法にほかならない。

この視座は、モースの身体技法論や川田順造の比較人類学とともに、日本における身体人類学の礎をなす。グローバル化が進み、身体表現が均質化していくなかで、文化ごとの身体の多様性を記録し、その意味を問う野村の仕事は、相互理解と自己理解の両面で、いっそう重要性を増している。

PRIMARY SOURCES / 一次文献・学術ソース

一次文献・学術ソース

本ページの記述は以下の一次文献・権威データベースで裏取りしている。

FAQ / よくある質問

よくある質問

Q. 野村雅一とはどんな人物ですか?
身ぶりやしぐさという身体表現に着目し、文化としての身体を探究した日本の文化人類学者(1942–2017)です。国立民族学博物館名誉教授です。
Q. 身ぶり・しぐさの人類学とは?
挨拶・指さし・距離の取り方など、ことば以前の身体的コミュニケーションが文化ごとに異なるコードをもつことを探究する研究です。
Q. 「身体がしめす社会の記憶」とは?
身ぶりが個人の癖ではなく、社会が身体に刻んだ記憶であるという野村の見方です。身体表現の文化的厚みを示します。
Q. ボディランゲージは万国共通ですか?
いいえ。うなずきや指さし、距離の取り方は文化ごとに異なるコードをもちます。野村は身体表現が文化的に構築されることを示しました。
Q. 野村とモースの関係は?
身ぶり・しぐさの文化的変異は、身体技法が文化的に変異するというモースの洞察を、コミュニケーションの次元で具体化したものです。
Q. 野村雅一の主著は?
『しぐさの世界』『ボディランゲージを読む――身ぶり空間の文化』『身ぶりとしぐさの人類学』などです。
Q. プロクセミクスとは?
人と人の距離や空間の使い方に関する研究領域です。野村は距離の取り方が文化ごとに異なることを論じました。
Q. GETTA(一本歯下駄)との関係は?
歩き方・立ち方・足裏の使い方も文化が刻んだ身体技法です。野村の『文化としての身体』は、GETTAの文化身体論と重なります。
THE BODY REMEMBERS

身ぶりは、社会が身体に刻んだ記憶である。

うなずき、指さし、距離の取り方。何気ない身ぶりは、文化ごとに異なるコードをもつ。それは個人の癖ではなく、社会が身体に刻んだ記憶だ。

歩き方も、立ち方も、文化が刻んだ身体技法である。一本歯下駄は、その身体を足元から呼び戻す。