橋が、人を揃えてしまった
ミレニアム橋はなぜ揺れた
群衆同期の物理
2000年、ロンドンに開通したミレニアム・ブリッジは、初日から大きく横揺れした。原因は、歩行者が無意識に歩調を揃えてしまう「群衆同期」だった。人と構造が引き込み合うこの現象を、Strogatzらの理論から読み解く。
01群衆同期とは何か
群衆同期(crowd synchrony)
群衆同期とは、橋の上の歩行者が無意識に左右の歩調を構造の揺れに合わせていく引き込み現象で、ミレニアム・ブリッジの横揺れがその代表例である。
2000年6月に開通したロンドンのミレニアム・ブリッジは、多くの歩行者が渡りはじめると大きく横に揺れ、わずか二日で閉鎖されました。橋は構造的に欠陥があったわけではありません。問題は、人と橋の相互作用にありました。
橋がわずかに横揺れすると、歩行者はバランスを取るため、無意識に揺れと同じリズムで左右の足を踏み出します。すると多くの人の歩調が揃い、その同期した力がさらに橋を揺らす。揺れが歩調を揃え、揃った歩調が揺れを強める——正のフィードバックです。
これをsynchronous lateral excitation(同調的横方向励起)と呼びます。歩行者がある臨界人数を超えると、ばらばらだった歩調が一斉に同期し、揺れが急成長します。これは結合振動子の同期転移そのものです。
02歩行者と橋が、引き込み合う
下図は、歩行者の歩調と橋の横揺れが互いに引き込み合い、同期へ向かう様子です。揺れが歩調を揃え、揃った歩調が揺れを強めます。
揺れが歩調を揃え、揃った歩調が揺れを強める。臨界人数を超えると一斉に同期する。
WALKING IN PHASE
誰も揃えようとしなかった。
それでも橋の上で、人々の歩みは一つになった。
歩行は、最も身近な身体のリズムである。ミレニアム橋は、そのリズムが場(橋の揺れ)を介して引き込み合い、知らぬ間に同期してしまうことを示した。歩くという無意識の運動さえ、場と共鳴する。身体は、いつも世界のリズムへ開かれている。
03対策——同期を断ち切る
橋は、ダンパー(制振装置)を多数取り付けることで横揺れを抑え、再開しました。揺れが成長しなければ歩調は同期せず、正のフィードバックは断たれます。同期のメカニズムを理解したからこそ、的確に対処できたのです。
この事例は、同期がときに「困った秩序」にもなることを教えます。自己組織化は中立的な現象であり、それを生かすも抑えるも、仕組みの理解にかかっています。
04思想体系との接続
歩行というリズム——場に引き込まれる身体
歩くことは、身体が刻む最も基本的なリズムである。ミレニアム橋は、そのリズムが場を介して同期することを示した。宮崎要輔が一本歯下駄で問うのも、歩行という無意識のリズムをどう整えるかである。基準信号を共有した複数の身体が一つのフィールドになる——その縮図が、あの揺れる橋の上にあった。
05よくある質問
ミレニアム橋はなぜ揺れたのですか?
歩行者が橋の横揺れに合わせて無意識に歩調を揃え、その同期した力がさらに揺れを強める群衆同期が起きたためです。
橋の構造に欠陥があったのですか?
いいえ。構造の欠陥ではなく、人と橋の相互作用(同調的横方向励起)が原因でした。
どう解決したのですか?
制振ダンパーを取り付けて揺れを抑え、同期の正のフィードバックを断ち切ることで再開しました。
これも結合振動子ですか?
はい。歩行者と橋が引き込み合い、臨界人数で一斉に同期する、同期転移の実例です。
07さらに広く、深く学ぶ
08主要参考文献
- Strogatz, S. H., Abrams, D. M., McRobie, A., Eckhardt, B., Ott, E. (2005) “Crowd synchrony on the Millennium Bridge,” Nature.
監修・著:合同会社GETTAプランニング 宮崎要輔|一本歯下駄GETTAは合同会社GETTAプランニングが開発・製造・販売する登録商標製品です。