日本のビーツ図鑑
デトロイト、渦巻きのゴルゴ、葉を食べるチャード、そして砂糖になるてん菜——地中海の海辺の一本の草は、四つの野菜に枝分かれして日本の畑と食卓へ届いた。「食べる宝石」の科学と歴史を、30品種の図解イラストと系譜図で徹底して学べる勉強図鑑。
この図鑑でわかること(要点)
ビーツはカブではなくほうれん草と同じヒユ科の根菜で、和名は火焔菜。赤の正体はポリフェノールではなくベタレイン色素、土の香りはゲオスミンである。葉物のスイスチャード(不断草)も、国産砂糖の主原料てん菜も、ビーツと同じ種(Beta vulgaris)——一つの種が四つの野菜になった。旬は6〜7月と11〜12月の二山、日本へは江戸時代に「暹羅大根」として渡来。本図鑑は赤・カラフル・チャード・てん菜・歴史科学の30品種を図解イラスト付きで解説する。
ビーツとは — カブの姿をした、ほうれん草の親戚
ヒユ科フダンソウ属。和名は火焔菜(かえんさい)。地中海沿岸の野生種シービートを祖先に持つ。
ビーツを学ぶ軸は三つある。第一に分類の意外性——カブそっくりの姿でありながらアブラナ科とは無縁で、ほうれん草・チャードと同じヒユ科に属する。第二に一つの種の広がり——同じBeta vulgarisの中に、赤い根のテーブルビーツ、葉物のチャード、砂糖用のてん菜、家畜用の飼料ビートが同居する。野菜の分類学で、これほど劇的に枝分かれした種は他にない。第三に色と香りの科学——ベタレインの赤とゲオスミンの土の香りを理解すれば、ビーツは「クセのある野菜」から「設計できる食材」に変わる。
一つの種の四つの顔 — 海辺の草から砂糖の畑まで
ビーツの系譜図は、野菜の系譜図であると同時に、砂糖と戦争と開拓の世界史でもある。
祖先は地中海の海岸に生える野草シービート。古代ギリシャ・ローマではまず葉が食べられ(チャードの道)、やがて根の太い個体の選抜から近世ヨーロッパで赤いテーブルビーツが生まれた。日本には江戸時代、『大和本草』(1709)が「暹羅大根」と記した渦巻き断面の根菜として一度上陸している。18世紀、白ビーツから糖を取り出す研究が始まり、ナポレオンの大陸封鎖がてん菜糖産業を一気に育てた——その種が明治の北海道へ渡り、国産砂糖の道が開く。そして現代、ウクライナのボルシチがユネスコ無形文化遺産となり、ビーツは「食べる宝石」として日本の売り場に三百年ぶりの再上陸を果たした。
ビーツは、カブではない。
ほうれん草の親戚である。
赤と香りと糖の科学
ビーツの三つの個性には、すべて名前と理由がある。
赤の正体はベタレイン
ぶどうや紫キャベツのアントシアニンではなく、ヒユ科特有の色素ベタレインがビーツの赤を作る。水溶性ゆえ茹で汁もまな板も染まり、天然着色料「ビートレッド」として食品業界でも活躍。食後に尿がほんのり赤くなる人がいるのも、この色素が通過しただけで無害とされる。
土の香りはゲオスミン
雨上がりの大地の匂いと同じ成分が、ビーツの「土っぽさ」の主役である。苦手ならローストで甘さを引き出し、酢・レモン・ヨーグルトの酸で整え、香りの穏やかな黄・白ビーツを選べばよい。香りは我慢するものではなく、料理で設計するものである。
てん菜 — 糖分16%の白いビーツ
ビーツの甘さを育種で極限まで高めたのが、根中糖分16%前後のてん菜である。搾汁を煮詰めて結晶化させれば砂糖になり、副産物のオリゴ糖ラフィノースも生まれる。あなたの台所の「てんさい糖」は、ビーツの親戚が姿を変えたものだ。
旬カレンダー — 初夏と初冬、二つの山
春まきは6〜7月、秋まきは11〜12月。チャードは夏を貫き、てん菜は秋に掘られる。
産地を知る — 新顔の野菜と、明治からの砂糖の畑
野菜ビーツはまだ統計の小さい成長株。てん菜は北海道が唯一にして絶対の産地である。
高原の野菜ビーツ
冷涼な気候を好むビーツと高原野菜の産地は相性が良い。レストラン需要と直売文化に支えられ、色とりどりのビーツが夏の高原から届く。
てん菜の王国
十勝・オホーツクを中心に、国産砂糖の主原料てん菜が広大な輪作の畑で育つ。野菜用ビーツの栽培も広がり、北の大地はビーツ一族の首都である。
首都圏近郊の新顔担当
大消費地に近い利を生かし、レストラン・直売所向けの少量多品種栽培が伸びる。カラフルビーツの品揃えは近郊産地の得意技である。
冬どりの南の産地
温暖な気候で秋まき冬どりを担い、11〜12月の旬の一山を支える。露地栽培の赤ビーツが冬の食卓に彩りを届ける。
水煮パックという入口
スーパーの真空パック水煮は輸入品が中心で、通年の安定供給を支える。缶詰・冷凍・パウダーと形を変え、ビーツ人口の裾野を広げている。
プランターでも育つ二季まき
春まき・秋まきの年2回、種から60〜70日で収穫でき、プランター栽培も可能。間引き菜も葉も食べられるビーツは、家庭菜園の費用対効果の優等生である。
OFFICIAL LINEブログには書ききれない一次情報を、公式LINEで直接お届け。実践トレーニング / 体験会・講習会の先行案内 / 身体と神経の研究アップデート友だち追加(無料)品種図鑑 — 全30品種
5つのチャプターで収録。カードの左帯の色はチャプターに対応。時期・大きさ・糖度は目安。てん菜と歴史のチャプターは「品種として読むビーツの世界」である。
赤ビーツの定番 — 食べる宝石の基本形
深紅の球体を切れば、断面に年輪のような輪が現れる——「食べる宝石」と呼ばれるビーツの基本は、この赤い丸型である。世界標準の「デトロイト・ダークレッド」を軸に、日本の種苗会社が磨いた品種たちが、春まき初夏どりと秋まき初冬どりの二つの旬を作っている。
ビーツ(総説)
カブそっくりの姿だが、カブ(アブラナ科)とは無縁の、ほうれん草と同じヒユ科の根菜である。深紅の正体は土の中で蓄えたベタレイン色素と、根菜トップクラスの糖分。春まきの初夏と秋まきの初冬、年に二つの旬を持つ。「食べる宝石」の輝きは、茹でるかローストして皮をつるりと剥いた瞬間に現れる。
- 旬・出回り
- 6月〜7月(秋は11月〜12月)
- 大きさ
- 直径7〜10cm・200〜400g
- 糖度目安
- 8〜12度
- 来歴
- 地中海沿岸原産。和名は火焔菜(かえんさい)
- 系統
- 野生種シービートの系譜
デトロイト・ダークレッド
世界で最も広く栽培されてきたビーツの代名詞。整った球形、中まで一様な深紅、クセの少ない甘み——ビーツの「基準器」である。日本の種袋の多くもこの品種で、家庭菜園のビーツ入門は事実上ここから始まる。名前は自動車の街デトロイトから。
- 旬・出回り
- 6月〜7月
- 大きさ
- 直径7〜8cm
- 糖度目安
- 8〜12度
- 来歴
- 19世紀末のアメリカで育成された世界的定番。日本ではタキイ種苗などが取り扱う
デトロイト系改良種
各種苗会社が揃いや肥大性を磨いたデトロイトの子どもたち。播種から60〜70日で穫れる手頃さはそのままに、す入りの少なさや根形の安定性を高めている。国産ビーツの畑の多くを、この系統群が支える。
- 旬・出回り
- 6月〜7月
- 大きさ
- 直径7〜8cm
- 糖度目安
- 8〜12度
- 来歴
- デトロイト・ダークレッドの選抜・改良系統群
- 系統
- デトロイト・ダークレッドの系譜
ソーレ
断面も葉も葉柄も、株全体が暗い赤紫に染まる濃色ビーツ。イタリア野菜ブームとともに広がり、葉ごとベビーリーフやサラダに使える「全身赤」の設計が持ち味である。加熱すると甘みに深みが出る。
- 旬・出回り
- 6月〜7月
- 大きさ
- 直径6〜8cm
- 糖度目安
- 9〜12度
- 来歴
- トキタ種苗のイタリア野菜シリーズ
あま〜いサラダビーツ
「あま〜い」を冠する家庭菜園向けシリーズの赤ビーツ。中まで深紅で風味がよく、薄切りの生サラダで甘さが立つ。秋まきでじっくり育てた初冬どりは、糖度がさらに乗る。
- 旬・出回り
- 11月〜12月
- 大きさ
- 直径6〜8cm
- 糖度目安
- 10〜13度
- 来歴
- トーホク育成
エジプト(早生扁平種)
上から押したような扁平形の早生ビーツ。肥大が速く、春まきの先陣を切って初夏の食卓に届く。丸型より早く穫れる分、肉質はやわらかめ——形の違いは、時間の違いでもある。
- 旬・出回り
- 5月〜6月
- 大きさ
- 直径7〜9cmの扁平
- 糖度目安
- 8〜11度
- 来歴
- 19世紀ヨーロッパで広まった早生の古典系統とされる
ミニビーツ(ベビービーツ)
ゴルフボール大で収穫する小さなビーツ。皮ごと丸ごとローストでき、レストランの付け合わせで一躍人気になった。小さいほど肉質が緻密で、土の香りが穏やか——ビーツ初心者の最初の一皿にも向く。
- 旬・出回り
- 6月〜7月
- 大きさ
- 直径3〜5cm
- 糖度目安
- 9〜12度
- 来歴
- 密植・若どりによる小型栽培と専用品種群
カラフルビーツ — 渦巻き・黄金・白の万華鏡
紅白の渦巻き模様の「ゴルゴ」、黄金色の「ルナ」、真珠のような白ビーツ——ビーツの色彩は赤だけではない。輪切りにした瞬間に歓声が上がる渦巻き、加熱しても色移りしない黄と白。サラダの世界を変えた色の系譜である。
ゴルゴ(キオッジャ)
輪切りにした瞬間、紅白の年輪がぐるぐると現れる——ビーツで最も歓声の上がる品種である。イタリアの港町キオッジャで受け継がれた伝統種で、日本では「ゴルゴ」の名で広がった。渦を活かすなら加熱せず薄切りの生で。火を通すと渦は淡いピンクに溶けていく。
- 旬・出回り
- 11月〜12月
- 大きさ
- 直径6〜8cm
- 糖度目安
- 9〜12度
- 来歴
- イタリア・ヴェネト州キオッジャの伝統種。日本ではトキタ種苗「ゴルゴ」が普及
- 系統
- キオッジャ系
ルナ
断面も葉柄も月光のような黄金色。赤ビーツの色素ベタシアニンではなく、黄色のベタキサンチンをまとった系統である。最大の実用点は「色移りしない」こと——サラダの他の具材を赤く染めず、土の香りも穏やかで食べやすい。
- 旬・出回り
- 6月〜7月
- 大きさ
- 直径6〜8cm
- 糖度目安
- 9〜12度
- 来歴
- トキタ種苗のイタリア野菜シリーズ
- 系統
- 黄ビーツ系
あま〜いゴールデンビーツ
やわらかい肉質と穏やかな風味の黄金ビーツ。ビーツ特有の土の香りが控えめで、「ビーツはちょっと苦手」という人の入口として機能する。彩りの黄は加熱しても鮮やか。
- 旬・出回り
- 11月〜12月
- 大きさ
- 直径6〜8cm
- 糖度目安
- 10〜13度
- 来歴
- トーホク育成
- 系統
- 黄ビーツ系
ホワイトビーツ
皮も中身も乳白色のビーツ。じつは砂糖用てん菜と同じ「白い血筋」で、糖分の高さはカラフル系でも屈指である。まな板も手も染めない気楽さと、上品な甘さが身上。
- 旬・出回り
- 6月〜7月
- 大きさ
- 直径6〜8cm
- 糖度目安
- 9〜13度
- 来歴
- 白色系の品種群(アルビノ種など)
- 系統
- てん菜に近い白の系譜
シリンドラ
大根のような円筒形に伸びる変わり種。丸型と違い、どこを切っても同じ径の輪切りが取れる——ピクルスや薄切り料理のために設計されたような、合理の形である。
- 旬・出回り
- 11月〜12月
- 大きさ
- 長さ15〜20cmの円筒
- 糖度目安
- 9〜12度
- 来歴
- デンマーク由来の円筒形品種とされる
ブルズブラッド
「雄牛の血」の名を持つ、葉まで暗赤色に染まる古参ビーツ。むしろ葉が主役で、ベビーリーフミックスの赤い彩りとして世界中のサラダに散っている。根は小ぶりで、渦の淡い断面を持つ。
- 旬・出回り
- 6月〜7月(葉は春〜秋)
- 大きさ
- 直径5〜7cm
- 糖度目安
- 8〜11度
- 来歴
- ヨーロッパの古参品種。名は「雄牛の血」の意
チャード — 葉を食べるビーツの家族
スイスチャード(不断草)は、じつはビーツと同じ種(Beta vulgaris)の葉用変種である。根ではなく葉と茎を育てる方向に進んだ、いわばビーツの兄弟。大阪の「うまい菜」から虹色の「ブライトライト」まで、暑さに強く途切れなく採れる「不断」の菜の系譜を収める。
スイスチャード(不断草・総説)
ビーツの図鑑にチャードが載るのは、間違いではない——両者は同じ種の中の「根用」と「葉用」である。和名の不断草は、真夏も途切れず穫れることから。暑さに強く、ほうれん草が絶える季節の葉物として、じつは日本の畑を古くから支えてきた。
- 旬・出回り
- 5月〜11月
- 大きさ
- 草丈20〜40cmで随時収穫
- 来歴
- ビーツと同種(Beta vulgaris)の葉用変種。和名は不断草(ふだんそう)
- 系統
- ビーツと同じ種の葉用系統
ブライトライト
赤・黄・橙・桃・白——一つの畝に虹が立つカラフルチャードの代表格。茎の色はビーツと同じベタレイン色素の仕業である。ベビーリーフからバターソテーまで使え、家庭菜園の「映え」担当として不動の人気を誇る。
- 旬・出回り
- 5月〜11月
- 大きさ
- 草丈20〜40cm
- 来歴
- 茎が多色に発色するカラフルチャードの代表品種
- 系統
- チャード系
うまい菜
関西のスーパーで「うまい菜」の名で並ぶ白茎のふだんそう。おひたし、炒め物、味噌汁——肩肘張らない日々の菜として、チャードが「洋野菜」になるずっと前から大阪の台所にいた。名前のとおり、くせがなくうまい。
- 旬・出回り
- 4月〜11月
- 大きさ
- 草丈25〜40cm
- 来歴
- 大阪を中心に親しまれる白茎ふだんそうの商標・系統
- 系統
- 白茎チャード系
在来ふだんそう(恭菜ほか)
沖縄の「んすなばー」、各地の「とう菜」「あちこーこー」——不断草は土地ごとの名で呼ばれながら、夏の葉物の穴を埋めてきた。江戸の農書にも載る、静かな古参である。
- 旬・出回り
- 6月〜10月
- 大きさ
- 草丈20〜40cm
- 来歴
- 各地に残る在来の不断草。漢名は恭菜・莙薘菜
ビートグリーン(間引き菜)
ビーツを育てる人だけが味わえる、赤い葉脈の走る若葉。間引き菜はサラダやソテーで、根と同じ甘い香りをまとう。「根を売り、葉を食べる」——ビーツは株のすべてが食べられる野菜である。
- 旬・出回り
- 5月〜6月(間引き期)
- 大きさ
- 草丈10〜15cm
- 来歴
- ビーツ栽培の間引きで得られる若葉
レッドビート・ベビーリーフ
市販のベビーリーフミックスに入っている赤い葉脈の葉——その多くがビーツの子である。専用系統が周年の施設栽培で育てられ、あなたはおそらく、ビーツと知らずにビーツを食べている。
- 旬・出回り
- 周年(施設栽培)
- 大きさ
- 葉長5〜10cm
- 来歴
- ベビーリーフ専用系統(トキタ種苗TS-111ほか)
てん菜 — 砂糖をつくるビーツ
日本で最も多く栽培されているビーツの仲間は、食卓に姿を見せない。北海道の畑で育つ「てん菜(砂糖大根)」——国産砂糖の主原料である。ビーツの甘さを極限まで高めたこの作物は、ナポレオンの時代にヨーロッパで花開き、明治の開拓とともに北の大地へ渡った。
てん菜(砂糖大根・総説)
日本で最も多く作られているビーツの仲間は、砂糖になるビーツである。ソフトボール大の白い根に糖分16%前後——搾って煮詰めれば、あのグラニュー糖になる。国産砂糖の主原料であり、日本では北海道だけで栽培される。食卓のビーツの隣に、砂糖壺のビーツがいる。
- 旬・出回り
- 10月〜11月(収穫)
- 大きさ
- 700g〜1kg
- 糖度目安
- 根中糖分16%前後
- 来歴
- 18世紀ドイツで甜菜糖の研究が始まり、品種改良で糖分を高めた作物
- 系統
- 白ビーツ〜飼料ビートの系譜
北海道のてん菜農業
てん菜は砂糖のためだけの作物ではない。小麦・豆・じゃがいもと畑を回す北海道輪作体系の要であり、深い根が土を耕し、葉は緑肥になる。十勝・オホーツクの広大な畑と製糖工場は、明治から続く「砂糖の自給」への意志の風景である。
- 旬・出回り
- 10月〜11月
- 大きさ
- —
- 来歴
- 明治期の開拓とともに導入され、寒地農業の柱となった
- 系統
- てん菜の系譜
てん菜糖とラフィノース
てん菜糖はまろやかな甘さで知られ、てん菜由来のオリゴ糖「ラフィノース」はビフィズス菌の栄養源として知られる機能性素材である。かちかちに固まりにくい「てんさい含蜜糖」は、製菓の世界で静かな指名買いを集める。
- 旬・出回り
- 通年(製品)
- 大きさ
- —
- 来歴
- てん菜から精製される砂糖と、副産物のオリゴ糖
飼料ビート(マンゲル)
人ではなく牛や豚が食べるビーツ。数キロ級の巨体に糖と水分を蓄え、ヨーロッパの冬の畜舎を支えた。てん菜の育種の土台となった系譜であり、「巨大カブ投げ大会」の主役として英国の村祭りにも生きている。
- 旬・出回り
- 10月〜11月
- 大きさ
- 2〜5kgに達する大型
- 来歴
- ヨーロッパで家畜の冬の飼料として発達
- 系統
- てん菜と同じ白ビーツの系譜
ナポレオンと甜菜糖
18世紀、ドイツの化学者マルクグラーフが「ビーツの中に砂糖がある」ことを示した。そして19世紀初頭、ナポレオンの大陸封鎖でカリブの砂糖が途絶えたヨーロッパは、甜菜糖に未来を賭ける。戦争が育てた砂糖は、やがて明治日本の北海道開拓に渡った——あなたのてんさい糖の袋には、世界史が入っている。
- 旬・出回り
- 歴史(19世紀初頭)
- 大きさ
- —
- 来歴
- 1747年マルクグラーフが甜菜の糖を発見、ナポレオンの大陸封鎖が産業化を加速したとされる
歴史と科学 — 海辺の草から世界遺産のスープへ
地中海の海岸に生える一本の野草から、赤い根菜、葉物、砂糖、飼料——一つの種が四つの野菜になった。江戸の本草書に「渦大根」と記された記憶、赤の正体ベタレイン、土の香りゲオスミン、そしてユネスコ無形文化遺産のボルシチまで。ビーツという植物の物語を、品種として読む章である。
シービート(野生の祖先)
ビーツ、チャード、てん菜、飼料ビート——四つの野菜の祖先は、海辺の崖に生える一本の草である。古代ギリシャ・ローマではまず葉が食べられ、根が太い個体の選抜から根菜の道が開けた。一つの野生種から四つの作物へ。ビーツは、育種という営みの教科書である。
- 旬・出回り
- 野生(多年草)
- 大きさ
- 根は細く硬い
- 来歴
- 地中海〜大西洋岸の海辺に自生する野生種 Beta maritima
- 系統
- すべてのビーツ・チャード・てん菜の祖先
渦大根 — 江戸の暹羅大根
ビーツは最近の野菜ではない。1709年の『大和本草』に「暹羅(シャム)大根」の名で載り、「内に赤白の紋あり、味甘し」と記される——渦巻き断面まで観察されていた。「渦大根」「錦大根」の異名も残るが、当時は定着せず、三百年後のボルシチブームで再上陸を果たした。
- 旬・出回り
- 歴史(江戸時代)
- 大きさ
- —
- 来歴
- 貝原益軒『大和本草』(1709)に「暹羅大根」として記載
ベタレイン — 赤の正体
ビーツの赤は、ぶどうや紫キャベツのアントシアニンではなく、ヒユ科特有の「ベタレイン」である。茹で汁が真紅に染まるのも、まな板が染まるのも、この水溶性色素の仕業。食べた後に尿がほんのり赤くなる人がいるが、色素がそのまま通過しただけで無害とされる。天然着色料「ビートレッド」として、あなたの冷蔵庫のどこかにも潜んでいる。
- 旬・出回り
- 科学
- 大きさ
- —
- 来歴
- 赤紫のベタシアニンと黄のベタキサンチンからなる色素群
ゲオスミン — 土の香り
ビーツ特有の「土っぽい」風味の主役は、雨上がりの大地の匂いと同じ成分ゲオスミンである。これを「大地の味」と愛すか、苦手と感じるかがビーツ好嫌の分かれ目。苦手なら、ローストで甘さを引き出す、黄・白ビーツを選ぶ、酢やヨーグルトを合わせる——香りは料理で設計できる。
- 旬・出回り
- 科学
- 大きさ
- —
- 来歴
- 雨上がりの土の匂いと同じ香気成分
ボルシチ — 世界遺産のスープ
ビーツ料理の世界王者。ウクライナの家庭で受け継がれてきた真紅のスープは、2022年「ウクライナのボルシチ料理の文化」としてユネスコ無形文化遺産に緊急登録された。ビーツの甘みと酸味、サワークリームの白——一皿の中に、大地と歴史が煮込まれている。日本のビーツブームの入口も、いつもこのスープである。
- 旬・出回り
- 通年(冬に恋しい)
- 大きさ
- —
- 来歴
- ウクライナの伝統料理。2022年にユネスコ無形文化遺産へ緊急登録
水煮・真空パック — 現代の入口
「ビーツは下処理が大変そう」という壁を壊したのが、真空パックの水煮ビーツである。輸入品を中心にスーパーの棚に定着し、切ってサラダに入れるだけの気軽さでビーツ人口を広げた。缶詰・冷凍・パウダーと選択肢は増え続けている——図鑑の最後は、今日の売り場につながる出口である。
- 旬・出回り
- 通年(加工品)
- 大きさ
- —
- 来歴
- 下茹で済みビーツの流通が家庭の入口を広げた
一つの種が、砂糖になり、
野菜になり、スープになった。
READ, THEN WEAR ── 概念を、読むのではなく履く
日本のビーツを、読むのではなく履く。
概念は、履いた日から経験になる。
読んで分かったことを、足裏で分かり直す装置。
全30品種 早見表
タイプ・旬・大きさ・持ち味を一覧比較。行頭の色はチャプターを示す。
| 品種・系統 | タイプ | 旬・出回り(目安) | 大きさ | 持ち味 |
|---|---|---|---|---|
| ビーツ(総説) | 赤ビーツ | 6月〜7月(秋は11月〜12月) | 直径7〜10cm・200〜400g | 食べる宝石 |
| デトロイト・ダークレッド | 赤ビーツ | 6月〜7月 | 直径7〜8cm | 世界標準の赤 |
| デトロイト系改良種 | 赤ビーツ | 6月〜7月 | 直径7〜8cm | 現代の主力群 |
| ソーレ | 濃赤・葉も赤 | 6月〜7月 | 直径6〜8cm | 葉柄まで暗赤紫 |
| あま〜いサラダビーツ | 赤ビーツ | 11月〜12月 | 直径6〜8cm | 名前どおりの甘さ推し |
| エジプト(早生扁平種) | 扁平早生 | 5月〜6月 | 直径7〜9cmの扁平 | 押しつぶした形の早生 |
| ミニビーツ(ベビービーツ) | ミニ | 6月〜7月 | 直径3〜5cm | 丸ごとローストの主役 |
| ゴルゴ(キオッジャ) | 渦巻き | 11月〜12月 | 直径6〜8cm | 紅白の渦巻き |
| ルナ | 黄金 | 6月〜7月 | 直径6〜8cm | 黄金の断面 |
| あま〜いゴールデンビーツ | 黄金 | 11月〜12月 | 直径6〜8cm | マイルドな黄金 |
| ホワイトビーツ | 白 | 6月〜7月 | 直径6〜8cm | 染めない白 |
| シリンドラ | 円筒 | 11月〜12月 | 長さ15〜20cmの円筒 | 輪切りの歩留まり |
| ブルズブラッド | 濃赤・葉も赤 | 6月〜7月(葉は春〜秋) | 直径5〜7cm | 暗赤色の葉が主役 |
| スイスチャード(不断草・総説) | チャード | 5月〜11月 | 草丈20〜40cmで随時収穫 | ビーツの葉の兄弟 |
| ブライトライト | チャード | 5月〜11月 | 草丈20〜40cm | 虹色の茎 |
| うまい菜 | 白茎チャード | 4月〜11月 | 草丈25〜40cm | 関西の食卓の菜 |
| 在来ふだんそう(恭菜ほか) | 白茎チャード | 6月〜10月 | 草丈20〜40cm | 土地の夏の葉物 |
| ビートグリーン(間引き菜) | 葉ビーツ | 5月〜6月(間引き期) | 草丈10〜15cm | 捨てない一皿 |
| レッドビート・ベビーリーフ | ベビーリーフ | 周年(施設栽培) | 葉長5〜10cm | サラダミックスの赤 |
| てん菜(砂糖大根・総説) | てん菜 | 10月〜11月(収穫) | 700g〜1kg | 国産砂糖の主原料 |
| 北海道のてん菜農業 | てん菜 | 10月〜11月 | — | 輪作の要 |
| てん菜糖とラフィノース | てん菜糖 | 通年(製品) | — | やさしい甘さの正体 |
| 飼料ビート(マンゲル) | 飼料用 | 10月〜11月 | 2〜5kgに達する大型 | 家畜を養う巨体 |
| ナポレオンと甜菜糖 | てん菜 | 歴史(19世紀初頭) | — | 砂糖史の転換点 |
| シービート(野生の祖先) | 野生種 | 野生(多年草) | 根は細く硬い | 一つの種の始まり |
| 渦大根 — 江戸の暹羅大根 | 渦巻き | 歴史(江戸時代) | — | 江戸に来ていたビーツ |
| ベタレイン — 赤の正体 | 色素の科学 | 科学 | — | アントシアニンではない |
| ゲオスミン — 土の香り | 香りの科学 | 科学 | — | ビーツらしさの鍵 |
| ボルシチ — 世界遺産のスープ | 食文化 | 通年(冬に恋しい) | — | ビーツ料理の頂点 |
| 水煮・真空パック — 現代の入口 | 加工品 | 通年(加工品) | — | 下処理ゼロの手軽さ |
選び方と食べ方・保存
ビーツは「下処理が大変」ではない。丸ごと火を入れて、つるりと剥く——それだけである。
硬く・重く・なめらかな球を選ぶ
持つとずっしり重く、皮がなめらかで傷のないものが良品。ひげ根が多いものは繊維質な傾向。葉付きなら、葉がピンとして緑の濃いものが新鮮の証である。
大きすぎない中玉が食べやすい
直径7〜8cmの中玉は肉質が緻密で、す入りの心配も少ない。巨大な玉は繊維が発達していることがある。ミニビーツは丸ごと調理の特権つき。
皮つきのまま、丸ごと加熱
皮を剥いてから茹でると色も味も流れ出る。皮つきのまま竹串が通るまで茹でる(30〜40分)か、ホイルに包んで180度のオーブンで焼く。火が通れば皮は手でつるりと剥け、甘さは驚くほど濃くなる。
定番はボルシチ・サラダ・ピクルス
王道のボルシチ、茹でビーツとヨーグルトのサラダ、酢の酸で色が冴えるピクルス、ポタージュ、スムージー。酸味・乳製品・じゃがいもは、ビーツの三大名パートナーである。
葉と根を分けて、野菜室で2〜3週間
葉付きはすぐ葉を切り離す(葉が根の水分を吸うため)。根は新聞紙+ポリ袋で野菜室へ——根菜らしく日持ちは良い。葉はチャードとして炒め物やおひたしに。茹でて冷凍すれば数か月使える。
染まる手・まな板への対策
切るときは使い捨て手袋か、牛乳パックを開いたまな板シートが便利。手についた赤はレモン汁と塩でこすると落ちやすい。染まることを逆手に取り、茹で汁でピンクのポテトサラダを作る遊びもある。
ビーツのよくある質問
ビーツはカブの仲間ですか?
ビーツが「食べる輸血」と呼ばれるのはなぜですか?
ビーツを食べた後、尿や便が赤くなりました。大丈夫ですか?
ビーツは生で食べられますか?
ビーツの土っぽい風味が苦手です。おいしく食べるコツは?
ボルシチはロシア料理ですか?
てん菜(砂糖大根)とビーツは同じものですか?
ビーツの保存方法を教えてください。
日本のビーツの産地と旬はいつですか?
公的情報源と図鑑シリーズ
品種の正式情報は農林水産省の品種登録データベースへ。目安値は公的情報・種苗会社・産地公開情報を基礎にレンジで表記した。
土の中の甘さには、もう一つの物語がある
ビーツが「砂糖の根」なら、さつまいもは「焼き芋の根」——貯蔵で甘くなる科学と400年の食文化史。姉妹編「日本のさつまいも図鑑」全55品種で、土の中の甘さの旅を続けよう。
日本のさつまいも図鑑を見る図鑑シリーズの一覧へ
運営サイトネットワーク
日本の農作物大図鑑は、一本歯下駄GETTAを運営する私たちが「学びの文化資本」を社会に開くために制作しています。
JAPAN CROPS ENCYCLOPEDIA — GETTA 勉強図鑑シリーズ
最終更新:2026年8月13日/目安値(糖度・果重・時期)は産地・天候により変動します
EMBODIED PHILOSOPHY ── 履いた日から、概念は経験になる
日本のビーツの実験装置を、足元に。
思想は、履いた日から経験になる。
最初の一足。


