日本の農作物大図鑑
JAPAN BEET ENCYCLOPEDIA

日本のビーツ図鑑

デトロイト、渦巻きのゴルゴ、葉を食べるチャード、そして砂糖になるてん菜——地中海の海辺の一本の草は、四つの野菜に枝分かれして日本の畑と食卓へ届いた。「食べる宝石」の科学と歴史を、30品種の図解イラストと系譜図で徹底して学べる勉強図鑑。

30収録品種
5系統チャプター
4-12月旬カレンダー
9よくある質問
SCROLL

この図鑑でわかること(要点)

ビーツはカブではなくほうれん草と同じヒユ科の根菜で、和名は火焔菜。赤の正体はポリフェノールではなくベタレイン色素、土の香りはゲオスミンである。葉物のスイスチャード(不断草)も、国産砂糖の主原料てん菜も、ビーツと同じ種(Beta vulgaris)——一つの種が四つの野菜になった。旬は6〜7月と11〜12月の二山、日本へは江戸時代に「暹羅大根」として渡来。本図鑑は赤・カラフル・チャード・てん菜・歴史科学の30品種を図解イラスト付きで解説する。

01 — WHAT IS BEET

ビーツとは — カブの姿をした、ほうれん草の親戚

ヒユ科フダンソウ属。和名は火焔菜(かえんさい)。地中海沿岸の野生種シービートを祖先に持つ。

ビーツを学ぶ軸は三つある。第一に分類の意外性——カブそっくりの姿でありながらアブラナ科とは無縁で、ほうれん草・チャードと同じヒユ科に属する。第二に一つの種の広がり——同じBeta vulgarisの中に、赤い根のテーブルビーツ、葉物のチャード、砂糖用のてん菜、家畜用の飼料ビートが同居する。野菜の分類学で、これほど劇的に枝分かれした種は他にない。第三に色と香りの科学——ベタレインの赤とゲオスミンの土の香りを理解すれば、ビーツは「クセのある野菜」から「設計できる食材」に変わる。

02 — FAMILY TREE

一つの種の四つの顔 — 海辺の草から砂糖の畑まで

ビーツの系譜図は、野菜の系譜図であると同時に、砂糖と戦争と開拓の世界史でもある。

祖先は地中海の海岸に生える野草シービート。古代ギリシャ・ローマではまず葉が食べられ(チャードの道)、やがて根の太い個体の選抜から近世ヨーロッパで赤いテーブルビーツが生まれた。日本には江戸時代、『大和本草』(1709)が「暹羅大根」と記した渦巻き断面の根菜として一度上陸している。18世紀、白ビーツから糖を取り出す研究が始まり、ナポレオンの大陸封鎖がてん菜糖産業を一気に育てた——その種が明治の北海道へ渡り、国産砂糖の道が開く。そして現代、ウクライナのボルシチがユネスコ無形文化遺産となり、ビーツは「食べる宝石」として日本の売り場に三百年ぶりの再上陸を果たした。

BEET FAMILY TREE シービート — 地中海の海辺の野生種BETA MARITIMA — WILD ANCESTOR 葉用の道:チャード(古代地中海)LEAF LINE — ANCIENT CHARD 根用の道:赤い根の選抜(近世欧州)ROOT LINE — EARLY MODERN EUROPE 不断草として日本へ(江戸)FUDANSO — EDO JAPAN テーブルビーツ(デトロイトほか)TABLE BEETS — DETROIT 白い高糖系統(18世紀)HIGH-SUGAR WHITE LINE うまい菜・ブライトライトMODERN CHARDS カラフル化(ゴルゴ・ルナ・白)COLORFUL ERA てん菜・飼料ビートへSUGAR BEET — NAPOLEON ERA 世界のビーツ食文化(ボルシチ)BORSCHT — UNESCO HERITAGE 2022 明治の北海道 — 国産砂糖の道HOKKAIDO SUGAR INDUSTRY 一つの野生種が、葉物・根菜・砂糖・飼料の四つの野菜になった

ビーツは、カブではない。
ほうれん草の親戚である。

NOT A TURNIP — A BETA
T — SCIENCE

赤と香りと糖の科学

ビーツの三つの個性には、すべて名前と理由がある。

SCIENCE 1

赤の正体はベタレイン

ぶどうや紫キャベツのアントシアニンではなく、ヒユ科特有の色素ベタレインがビーツの赤を作る。水溶性ゆえ茹で汁もまな板も染まり、天然着色料「ビートレッド」として食品業界でも活躍。食後に尿がほんのり赤くなる人がいるのも、この色素が通過しただけで無害とされる。

SCIENCE 2

土の香りはゲオスミン

雨上がりの大地の匂いと同じ成分が、ビーツの「土っぽさ」の主役である。苦手ならローストで甘さを引き出し、酢・レモン・ヨーグルトの酸で整え、香りの穏やかな黄・白ビーツを選べばよい。香りは我慢するものではなく、料理で設計するものである。

SCIENCE 3

てん菜 — 糖分16%の白いビーツ

ビーツの甘さを育種で極限まで高めたのが、根中糖分16%前後のてん菜である。搾汁を煮詰めて結晶化させれば砂糖になり、副産物のオリゴ糖ラフィノースも生まれる。あなたの台所の「てんさい糖」は、ビーツの親戚が姿を変えたものだ。

03 — SEASON CALENDAR

旬カレンダー — 初夏と初冬、二つの山

春まきは6〜7月、秋まきは11〜12月。チャードは夏を貫き、てん菜は秋に掘られる。

品種
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
ビーツ(総説)
デトロイト・ダークレッド
ソーレ
ゴルゴ(キオッジャ)
ルナ
スイスチャード(不断草・総説)
ブライトライト
うまい菜
てん菜(砂糖大根・総説)
北海道のてん菜農業
注目品種・系統の旬目安(産地・作型により前後)。春まきは初夏、秋まきは初冬に穫れる二山型。チャードは夏も途切れず、てん菜は秋の収穫が北海道の風物詩となる。
04 — REGIONS

産地を知る — 新顔の野菜と、明治からの砂糖の畑

野菜ビーツはまだ統計の小さい成長株。てん菜は北海道が唯一にして絶対の産地である。

01 / 長野県

高原の野菜ビーツ

冷涼な気候を好むビーツと高原野菜の産地は相性が良い。レストラン需要と直売文化に支えられ、色とりどりのビーツが夏の高原から届く。

02 / 北海道

てん菜の王国

十勝・オホーツクを中心に、国産砂糖の主原料てん菜が広大な輪作の畑で育つ。野菜用ビーツの栽培も広がり、北の大地はビーツ一族の首都である。

03 / 埼玉・茨城

首都圏近郊の新顔担当

大消費地に近い利を生かし、レストラン・直売所向けの少量多品種栽培が伸びる。カラフルビーツの品揃えは近郊産地の得意技である。

04 / 熊本・九州

冬どりの南の産地

温暖な気候で秋まき冬どりを担い、11〜12月の旬の一山を支える。露地栽培の赤ビーツが冬の食卓に彩りを届ける。

05 / 輸入と加工品

水煮パックという入口

スーパーの真空パック水煮は輸入品が中心で、通年の安定供給を支える。缶詰・冷凍・パウダーと形を変え、ビーツ人口の裾野を広げている。

06 / 家庭菜園

プランターでも育つ二季まき

春まき・秋まきの年2回、種から60〜70日で収穫でき、プランター栽培も可能。間引き菜も葉も食べられるビーツは、家庭菜園の費用対効果の優等生である。

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05 — ENCYCLOPEDIA

品種図鑑 — 全30品種

5つのチャプターで収録。カードの左帯の色はチャプターに対応。時期・大きさ・糖度は目安。てん菜と歴史のチャプターは「品種として読むビーツの世界」である。

CHAPTER 01 / CLASSIC RED BEETS / 7品種

赤ビーツの定番 — 食べる宝石の基本形

深紅の球体を切れば、断面に年輪のような輪が現れる——「食べる宝石」と呼ばれるビーツの基本は、この赤い丸型である。世界標準の「デトロイト・ダークレッド」を軸に、日本の種苗会社が磨いた品種たちが、春まき初夏どりと秋まき初冬どりの二つの旬を作っている。

ビーツ(総説)

Table Beet / Kaensai
6月〜7月赤ビーツ食べる宝石注目

カブそっくりの姿だが、カブ(アブラナ科)とは無縁の、ほうれん草と同じヒユ科の根菜である。深紅の正体は土の中で蓄えたベタレイン色素と、根菜トップクラスの糖分。春まきの初夏と秋まきの初冬、年に二つの旬を持つ。「食べる宝石」の輝きは、茹でるかローストして皮をつるりと剥いた瞬間に現れる。

旬・出回り
6月〜7月(秋は11月〜12月)
大きさ
直径7〜10cm・200〜400g
糖度目安
8〜12度
来歴
地中海沿岸原産。和名は火焔菜(かえんさい)
系統
野生種シービートの系譜

デトロイト・ダークレッド

Detroit Dark Red
6月〜7月赤ビーツ世界標準の赤注目

世界で最も広く栽培されてきたビーツの代名詞。整った球形、中まで一様な深紅、クセの少ない甘み——ビーツの「基準器」である。日本の種袋の多くもこの品種で、家庭菜園のビーツ入門は事実上ここから始まる。名前は自動車の街デトロイトから。

旬・出回り
6月〜7月
大きさ
直径7〜8cm
糖度目安
8〜12度
来歴
19世紀末のアメリカで育成された世界的定番。日本ではタキイ種苗などが取り扱う

デトロイト系改良種

Detroit Improved Lines
6月〜7月赤ビーツ現代の主力群

各種苗会社が揃いや肥大性を磨いたデトロイトの子どもたち。播種から60〜70日で穫れる手頃さはそのままに、す入りの少なさや根形の安定性を高めている。国産ビーツの畑の多くを、この系統群が支える。

旬・出回り
6月〜7月
大きさ
直径7〜8cm
糖度目安
8〜12度
来歴
デトロイト・ダークレッドの選抜・改良系統群
系統
デトロイト・ダークレッドの系譜

ソーレ

Sole
6月〜7月濃赤・葉も赤葉柄まで暗赤紫注目

断面も葉も葉柄も、株全体が暗い赤紫に染まる濃色ビーツ。イタリア野菜ブームとともに広がり、葉ごとベビーリーフやサラダに使える「全身赤」の設計が持ち味である。加熱すると甘みに深みが出る。

旬・出回り
6月〜7月
大きさ
直径6〜8cm
糖度目安
9〜12度
来歴
トキタ種苗のイタリア野菜シリーズ

あま〜いサラダビーツ

Amai Salad Beets
11月〜12月赤ビーツ名前どおりの甘さ推し

「あま〜い」を冠する家庭菜園向けシリーズの赤ビーツ。中まで深紅で風味がよく、薄切りの生サラダで甘さが立つ。秋まきでじっくり育てた初冬どりは、糖度がさらに乗る。

旬・出回り
11月〜12月
大きさ
直径6〜8cm
糖度目安
10〜13度
来歴
トーホク育成

エジプト(早生扁平種)

Early Egyptian Type
5月〜6月扁平早生押しつぶした形の早生

上から押したような扁平形の早生ビーツ。肥大が速く、春まきの先陣を切って初夏の食卓に届く。丸型より早く穫れる分、肉質はやわらかめ——形の違いは、時間の違いでもある。

旬・出回り
5月〜6月
大きさ
直径7〜9cmの扁平
糖度目安
8〜11度
来歴
19世紀ヨーロッパで広まった早生の古典系統とされる

ミニビーツ(ベビービーツ)

Baby Beets
6月〜7月ミニ丸ごとローストの主役

ゴルフボール大で収穫する小さなビーツ。皮ごと丸ごとローストでき、レストランの付け合わせで一躍人気になった。小さいほど肉質が緻密で、土の香りが穏やか——ビーツ初心者の最初の一皿にも向く。

旬・出回り
6月〜7月
大きさ
直径3〜5cm
糖度目安
9〜12度
来歴
密植・若どりによる小型栽培と専用品種群
CHAPTER 02 / COLORFUL BEETS / 6品種

カラフルビーツ — 渦巻き・黄金・白の万華鏡

紅白の渦巻き模様の「ゴルゴ」、黄金色の「ルナ」、真珠のような白ビーツ——ビーツの色彩は赤だけではない。輪切りにした瞬間に歓声が上がる渦巻き、加熱しても色移りしない黄と白。サラダの世界を変えた色の系譜である。

ゴルゴ(キオッジャ)

Gorgo / Chioggia
11月〜12月渦巻き紅白の渦巻き注目

輪切りにした瞬間、紅白の年輪がぐるぐると現れる——ビーツで最も歓声の上がる品種である。イタリアの港町キオッジャで受け継がれた伝統種で、日本では「ゴルゴ」の名で広がった。渦を活かすなら加熱せず薄切りの生で。火を通すと渦は淡いピンクに溶けていく。

旬・出回り
11月〜12月
大きさ
直径6〜8cm
糖度目安
9〜12度
来歴
イタリア・ヴェネト州キオッジャの伝統種。日本ではトキタ種苗「ゴルゴ」が普及
系統
キオッジャ系

ルナ

Luna
6月〜7月黄金黄金の断面注目

断面も葉柄も月光のような黄金色。赤ビーツの色素ベタシアニンではなく、黄色のベタキサンチンをまとった系統である。最大の実用点は「色移りしない」こと——サラダの他の具材を赤く染めず、土の香りも穏やかで食べやすい。

旬・出回り
6月〜7月
大きさ
直径6〜8cm
糖度目安
9〜12度
来歴
トキタ種苗のイタリア野菜シリーズ
系統
黄ビーツ系

あま〜いゴールデンビーツ

Amai Golden Beets
11月〜12月黄金マイルドな黄金

やわらかい肉質と穏やかな風味の黄金ビーツ。ビーツ特有の土の香りが控えめで、「ビーツはちょっと苦手」という人の入口として機能する。彩りの黄は加熱しても鮮やか。

旬・出回り
11月〜12月
大きさ
直径6〜8cm
糖度目安
10〜13度
来歴
トーホク育成
系統
黄ビーツ系

ホワイトビーツ

White Beet
6月〜7月白染めない白

皮も中身も乳白色のビーツ。じつは砂糖用てん菜と同じ「白い血筋」で、糖分の高さはカラフル系でも屈指である。まな板も手も染めない気楽さと、上品な甘さが身上。

旬・出回り
6月〜7月
大きさ
直径6〜8cm
糖度目安
9〜13度
来歴
白色系の品種群(アルビノ種など)
系統
てん菜に近い白の系譜

シリンドラ

Cylindra
11月〜12月円筒輪切りの歩留まり

大根のような円筒形に伸びる変わり種。丸型と違い、どこを切っても同じ径の輪切りが取れる——ピクルスや薄切り料理のために設計されたような、合理の形である。

旬・出回り
11月〜12月
大きさ
長さ15〜20cmの円筒
糖度目安
9〜12度
来歴
デンマーク由来の円筒形品種とされる

ブルズブラッド

Bull’s Blood
6月〜7月濃赤・葉も赤暗赤色の葉が主役

「雄牛の血」の名を持つ、葉まで暗赤色に染まる古参ビーツ。むしろ葉が主役で、ベビーリーフミックスの赤い彩りとして世界中のサラダに散っている。根は小ぶりで、渦の淡い断面を持つ。

旬・出回り
6月〜7月(葉は春〜秋)
大きさ
直径5〜7cm
糖度目安
8〜11度
来歴
ヨーロッパの古参品種。名は「雄牛の血」の意
CHAPTER 03 / SWISS CHARD — LEAF BEETS / 6品種

チャード — 葉を食べるビーツの家族

スイスチャード(不断草)は、じつはビーツと同じ種(Beta vulgaris)の葉用変種である。根ではなく葉と茎を育てる方向に進んだ、いわばビーツの兄弟。大阪の「うまい菜」から虹色の「ブライトライト」まで、暑さに強く途切れなく採れる「不断」の菜の系譜を収める。

スイスチャード(不断草・総説)

Swiss Chard
5月〜11月チャードビーツの葉の兄弟注目

ビーツの図鑑にチャードが載るのは、間違いではない——両者は同じ種の中の「根用」と「葉用」である。和名の不断草は、真夏も途切れず穫れることから。暑さに強く、ほうれん草が絶える季節の葉物として、じつは日本の畑を古くから支えてきた。

旬・出回り
5月〜11月
大きさ
草丈20〜40cmで随時収穫
来歴
ビーツと同種(Beta vulgaris)の葉用変種。和名は不断草(ふだんそう)
系統
ビーツと同じ種の葉用系統

ブライトライト

Bright Lights
5月〜11月チャード虹色の茎注目

赤・黄・橙・桃・白——一つの畝に虹が立つカラフルチャードの代表格。茎の色はビーツと同じベタレイン色素の仕業である。ベビーリーフからバターソテーまで使え、家庭菜園の「映え」担当として不動の人気を誇る。

旬・出回り
5月〜11月
大きさ
草丈20〜40cm
来歴
茎が多色に発色するカラフルチャードの代表品種
系統
チャード系

うまい菜

Umaina
4月〜11月白茎チャード関西の食卓の菜注目

関西のスーパーで「うまい菜」の名で並ぶ白茎のふだんそう。おひたし、炒め物、味噌汁——肩肘張らない日々の菜として、チャードが「洋野菜」になるずっと前から大阪の台所にいた。名前のとおり、くせがなくうまい。

旬・出回り
4月〜11月
大きさ
草丈25〜40cm
来歴
大阪を中心に親しまれる白茎ふだんそうの商標・系統
系統
白茎チャード系

在来ふだんそう(恭菜ほか)

Local Fudanso Lines
6月〜10月白茎チャード土地の夏の葉物

沖縄の「んすなばー」、各地の「とう菜」「あちこーこー」——不断草は土地ごとの名で呼ばれながら、夏の葉物の穴を埋めてきた。江戸の農書にも載る、静かな古参である。

旬・出回り
6月〜10月
大きさ
草丈20〜40cm
来歴
各地に残る在来の不断草。漢名は恭菜・莙薘菜

ビートグリーン(間引き菜)

Beet Greens
5月〜6月葉ビーツ捨てない一皿

ビーツを育てる人だけが味わえる、赤い葉脈の走る若葉。間引き菜はサラダやソテーで、根と同じ甘い香りをまとう。「根を売り、葉を食べる」——ビーツは株のすべてが食べられる野菜である。

旬・出回り
5月〜6月(間引き期)
大きさ
草丈10〜15cm
来歴
ビーツ栽培の間引きで得られる若葉

レッドビート・ベビーリーフ

Red Beet Baby Leaf
周年ベビーリーフサラダミックスの赤

市販のベビーリーフミックスに入っている赤い葉脈の葉——その多くがビーツの子である。専用系統が周年の施設栽培で育てられ、あなたはおそらく、ビーツと知らずにビーツを食べている。

旬・出回り
周年(施設栽培)
大きさ
葉長5〜10cm
来歴
ベビーリーフ専用系統(トキタ種苗TS-111ほか)
CHAPTER 04 / SUGAR BEET — HOKKAIDO’S SUGAR / 5品種

てん菜 — 砂糖をつくるビーツ

日本で最も多く栽培されているビーツの仲間は、食卓に姿を見せない。北海道の畑で育つ「てん菜(砂糖大根)」——国産砂糖の主原料である。ビーツの甘さを極限まで高めたこの作物は、ナポレオンの時代にヨーロッパで花開き、明治の開拓とともに北の大地へ渡った。

てん菜(砂糖大根・総説)

Sugar Beet
10月〜11月てん菜国産砂糖の主原料注目

日本で最も多く作られているビーツの仲間は、砂糖になるビーツである。ソフトボール大の白い根に糖分16%前後——搾って煮詰めれば、あのグラニュー糖になる。国産砂糖の主原料であり、日本では北海道だけで栽培される。食卓のビーツの隣に、砂糖壺のビーツがいる。

旬・出回り
10月〜11月(収穫)
大きさ
700g〜1kg
糖度目安
根中糖分16%前後
来歴
18世紀ドイツで甜菜糖の研究が始まり、品種改良で糖分を高めた作物
系統
白ビーツ〜飼料ビートの系譜

北海道のてん菜農業

Hokkaido Sugar Beet Farming
10月〜11月てん菜輪作の要注目

てん菜は砂糖のためだけの作物ではない。小麦・豆・じゃがいもと畑を回す北海道輪作体系の要であり、深い根が土を耕し、葉は緑肥になる。十勝・オホーツクの広大な畑と製糖工場は、明治から続く「砂糖の自給」への意志の風景である。

旬・出回り
10月〜11月
大きさ
—
来歴
明治期の開拓とともに導入され、寒地農業の柱となった
系統
てん菜の系譜

てん菜糖とラフィノース

Beet Sugar & Raffinose
通年てん菜糖やさしい甘さの正体

てん菜糖はまろやかな甘さで知られ、てん菜由来のオリゴ糖「ラフィノース」はビフィズス菌の栄養源として知られる機能性素材である。かちかちに固まりにくい「てんさい含蜜糖」は、製菓の世界で静かな指名買いを集める。

旬・出回り
通年(製品)
大きさ
—
来歴
てん菜から精製される砂糖と、副産物のオリゴ糖

飼料ビート(マンゲル)

Mangel-wurzel
10月〜11月飼料用家畜を養う巨体

人ではなく牛や豚が食べるビーツ。数キロ級の巨体に糖と水分を蓄え、ヨーロッパの冬の畜舎を支えた。てん菜の育種の土台となった系譜であり、「巨大カブ投げ大会」の主役として英国の村祭りにも生きている。

旬・出回り
10月〜11月
大きさ
2〜5kgに達する大型
来歴
ヨーロッパで家畜の冬の飼料として発達
系統
てん菜と同じ白ビーツの系譜

ナポレオンと甜菜糖

Napoleon & Beet Sugar
歴史てん菜砂糖史の転換点注目

18世紀、ドイツの化学者マルクグラーフが「ビーツの中に砂糖がある」ことを示した。そして19世紀初頭、ナポレオンの大陸封鎖でカリブの砂糖が途絶えたヨーロッパは、甜菜糖に未来を賭ける。戦争が育てた砂糖は、やがて明治日本の北海道開拓に渡った——あなたのてんさい糖の袋には、世界史が入っている。

旬・出回り
歴史(19世紀初頭)
大きさ
—
来歴
1747年マルクグラーフが甜菜の糖を発見、ナポレオンの大陸封鎖が産業化を加速したとされる
CHAPTER 05 / HISTORY & SCIENCE / 6品種

歴史と科学 — 海辺の草から世界遺産のスープへ

地中海の海岸に生える一本の野草から、赤い根菜、葉物、砂糖、飼料——一つの種が四つの野菜になった。江戸の本草書に「渦大根」と記された記憶、赤の正体ベタレイン、土の香りゲオスミン、そしてユネスコ無形文化遺産のボルシチまで。ビーツという植物の物語を、品種として読む章である。

シービート(野生の祖先)

Sea Beet
野生野生種一つの種の始まり注目

ビーツ、チャード、てん菜、飼料ビート——四つの野菜の祖先は、海辺の崖に生える一本の草である。古代ギリシャ・ローマではまず葉が食べられ、根が太い個体の選抜から根菜の道が開けた。一つの野生種から四つの作物へ。ビーツは、育種という営みの教科書である。

旬・出回り
野生(多年草)
大きさ
根は細く硬い
来歴
地中海〜大西洋岸の海辺に自生する野生種 Beta maritima
系統
すべてのビーツ・チャード・てん菜の祖先

渦大根 — 江戸の暹羅大根

Uzu-Daikon — Edo Era Beet
歴史渦巻き江戸に来ていたビーツ注目

ビーツは最近の野菜ではない。1709年の『大和本草』に「暹羅(シャム)大根」の名で載り、「内に赤白の紋あり、味甘し」と記される——渦巻き断面まで観察されていた。「渦大根」「錦大根」の異名も残るが、当時は定着せず、三百年後のボルシチブームで再上陸を果たした。

旬・出回り
歴史(江戸時代)
大きさ
—
来歴
貝原益軒『大和本草』(1709)に「暹羅大根」として記載

ベタレイン — 赤の正体

Betalain — The Red Science
科学色素の科学アントシアニンではない

ビーツの赤は、ぶどうや紫キャベツのアントシアニンではなく、ヒユ科特有の「ベタレイン」である。茹で汁が真紅に染まるのも、まな板が染まるのも、この水溶性色素の仕業。食べた後に尿がほんのり赤くなる人がいるが、色素がそのまま通過しただけで無害とされる。天然着色料「ビートレッド」として、あなたの冷蔵庫のどこかにも潜んでいる。

旬・出回り
科学
大きさ
—
来歴
赤紫のベタシアニンと黄のベタキサンチンからなる色素群

ゲオスミン — 土の香り

Geosmin — Earthy Aroma
科学香りの科学ビーツらしさの鍵

ビーツ特有の「土っぽい」風味の主役は、雨上がりの大地の匂いと同じ成分ゲオスミンである。これを「大地の味」と愛すか、苦手と感じるかがビーツ好嫌の分かれ目。苦手なら、ローストで甘さを引き出す、黄・白ビーツを選ぶ、酢やヨーグルトを合わせる——香りは料理で設計できる。

旬・出回り
科学
大きさ
—
来歴
雨上がりの土の匂いと同じ香気成分

ボルシチ — 世界遺産のスープ

Borscht
通年食文化ビーツ料理の頂点注目

ビーツ料理の世界王者。ウクライナの家庭で受け継がれてきた真紅のスープは、2022年「ウクライナのボルシチ料理の文化」としてユネスコ無形文化遺産に緊急登録された。ビーツの甘みと酸味、サワークリームの白——一皿の中に、大地と歴史が煮込まれている。日本のビーツブームの入口も、いつもこのスープである。

旬・出回り
通年(冬に恋しい)
大きさ
—
来歴
ウクライナの伝統料理。2022年にユネスコ無形文化遺産へ緊急登録

水煮・真空パック — 現代の入口

Ready-to-eat Beets
通年加工品下処理ゼロの手軽さ

「ビーツは下処理が大変そう」という壁を壊したのが、真空パックの水煮ビーツである。輸入品を中心にスーパーの棚に定着し、切ってサラダに入れるだけの気軽さでビーツ人口を広げた。缶詰・冷凍・パウダーと選択肢は増え続けている——図鑑の最後は、今日の売り場につながる出口である。

旬・出回り
通年(加工品)
大きさ
—
来歴
下茹で済みビーツの流通が家庭の入口を広げた

一つの種が、砂糖になり、
野菜になり、スープになった。

ONE SPECIES, FOUR VEGETABLES
06 — QUICK TABLE

全30品種 早見表

タイプ・旬・大きさ・持ち味を一覧比較。行頭の色はチャプターを示す。

品種・系統タイプ旬・出回り(目安)大きさ持ち味
ビーツ(総説)赤ビーツ6月〜7月(秋は11月〜12月)直径7〜10cm・200〜400g食べる宝石
デトロイト・ダークレッド赤ビーツ6月〜7月直径7〜8cm世界標準の赤
デトロイト系改良種赤ビーツ6月〜7月直径7〜8cm現代の主力群
ソーレ濃赤・葉も赤6月〜7月直径6〜8cm葉柄まで暗赤紫
あま〜いサラダビーツ赤ビーツ11月〜12月直径6〜8cm名前どおりの甘さ推し
エジプト(早生扁平種)扁平早生5月〜6月直径7〜9cmの扁平押しつぶした形の早生
ミニビーツ(ベビービーツ)ミニ6月〜7月直径3〜5cm丸ごとローストの主役
ゴルゴ(キオッジャ)渦巻き11月〜12月直径6〜8cm紅白の渦巻き
ルナ黄金6月〜7月直径6〜8cm黄金の断面
あま〜いゴールデンビーツ黄金11月〜12月直径6〜8cmマイルドな黄金
ホワイトビーツ白6月〜7月直径6〜8cm染めない白
シリンドラ円筒11月〜12月長さ15〜20cmの円筒輪切りの歩留まり
ブルズブラッド濃赤・葉も赤6月〜7月(葉は春〜秋)直径5〜7cm暗赤色の葉が主役
スイスチャード(不断草・総説)チャード5月〜11月草丈20〜40cmで随時収穫ビーツの葉の兄弟
ブライトライトチャード5月〜11月草丈20〜40cm虹色の茎
うまい菜白茎チャード4月〜11月草丈25〜40cm関西の食卓の菜
在来ふだんそう(恭菜ほか)白茎チャード6月〜10月草丈20〜40cm土地の夏の葉物
ビートグリーン(間引き菜)葉ビーツ5月〜6月(間引き期)草丈10〜15cm捨てない一皿
レッドビート・ベビーリーフベビーリーフ周年(施設栽培)葉長5〜10cmサラダミックスの赤
てん菜(砂糖大根・総説)てん菜10月〜11月(収穫)700g〜1kg国産砂糖の主原料
北海道のてん菜農業てん菜10月〜11月—輪作の要
てん菜糖とラフィノースてん菜糖通年(製品)—やさしい甘さの正体
飼料ビート(マンゲル)飼料用10月〜11月2〜5kgに達する大型家畜を養う巨体
ナポレオンと甜菜糖てん菜歴史(19世紀初頭)—砂糖史の転換点
シービート(野生の祖先)野生種野生(多年草)根は細く硬い一つの種の始まり
渦大根 — 江戸の暹羅大根渦巻き歴史(江戸時代)—江戸に来ていたビーツ
ベタレイン — 赤の正体色素の科学科学—アントシアニンではない
ゲオスミン — 土の香り香りの科学科学—ビーツらしさの鍵
ボルシチ — 世界遺産のスープ食文化通年(冬に恋しい)—ビーツ料理の頂点
水煮・真空パック — 現代の入口加工品通年(加工品)—下処理ゼロの手軽さ
07 — CHOOSE & COOK

選び方と食べ方・保存

ビーツは「下処理が大変」ではない。丸ごと火を入れて、つるりと剥く——それだけである。

POINT 1

硬く・重く・なめらかな球を選ぶ

持つとずっしり重く、皮がなめらかで傷のないものが良品。ひげ根が多いものは繊維質な傾向。葉付きなら、葉がピンとして緑の濃いものが新鮮の証である。

POINT 2

大きすぎない中玉が食べやすい

直径7〜8cmの中玉は肉質が緻密で、す入りの心配も少ない。巨大な玉は繊維が発達していることがある。ミニビーツは丸ごと調理の特権つき。

COOK 1

皮つきのまま、丸ごと加熱

皮を剥いてから茹でると色も味も流れ出る。皮つきのまま竹串が通るまで茹でる(30〜40分)か、ホイルに包んで180度のオーブンで焼く。火が通れば皮は手でつるりと剥け、甘さは驚くほど濃くなる。

COOK 2

定番はボルシチ・サラダ・ピクルス

王道のボルシチ、茹でビーツとヨーグルトのサラダ、酢の酸で色が冴えるピクルス、ポタージュ、スムージー。酸味・乳製品・じゃがいもは、ビーツの三大名パートナーである。

KEEP

葉と根を分けて、野菜室で2〜3週間

葉付きはすぐ葉を切り離す(葉が根の水分を吸うため)。根は新聞紙+ポリ袋で野菜室へ——根菜らしく日持ちは良い。葉はチャードとして炒め物やおひたしに。茹でて冷凍すれば数か月使える。

TIP

染まる手・まな板への対策

切るときは使い捨て手袋か、牛乳パックを開いたまな板シートが便利。手についた赤はレモン汁と塩でこすると落ちやすい。染まることを逆手に取り、茹で汁でピンクのポテトサラダを作る遊びもある。

08 — FAQ

ビーツのよくある質問

ビーツはカブの仲間ですか?
見た目はカブそっくりですが、まったくの別物です。カブはアブラナ科、ビーツはヒユ科(旧アカザ科)で、ほうれん草やスイスチャードの親戚にあたります。切ったときの年輪模様と大地のような香りは、カブには無いビーツ一族のしるしです。
ビーツが「食べる輸血」と呼ばれるのはなぜですか?
鉄分や葉酸、カリウムなどを含む真紅の根菜であることから生まれた俗称(比喩)で、医学用語ではありません。血のように赤い色はベタレイン色素によるものです。彩り・甘み・ミネラルを一皿に足せる野菜、と理解するのが正確です。
ビーツを食べた後、尿や便が赤くなりました。大丈夫ですか?
赤い色素ベタニン(ベタレインの一種)が分解されずにそのまま排出される現象で、一部の人に起こる無害なものとされています。ビーツを食べた記憶があれば慌てる必要はありませんが、心当たりがないのに続く場合は色素以外の原因もあり得るため、医療機関にご相談ください。
ビーツは生で食べられますか?
食べられます。薄くスライスまたは千切りにすれば、シャキシャキした食感とほのかな甘みのサラダになります。加熱するなら皮つきのまま丸ごと茹でるか、ホイルに包んでローストが基本。火が通ると皮は手でつるりと剥け、甘さがぐっと濃くなります。
ビーツの土っぽい風味が苦手です。おいしく食べるコツは?
土の香りの正体は、雨上がりの大地と同じ香気成分ゲオスミンです。①ローストで甘さを引き出す、②酢やレモン・ヨーグルトなど酸味と合わせる、③香りの穏やかな黄ビーツ・白ビーツを選ぶ——の三つが有効です。ボルシチやピクルスが定番なのも、酸味との相性の良さゆえです。
ボルシチはロシア料理ですか?
東欧一帯で広く愛される家庭料理ですが、発祥はウクライナの伝統料理として知られ、2022年には「ウクライナのボルシチ料理の文化」がユネスコ無形文化遺産(緊急保護リスト)に登録されました。ビーツの赤いスープにサワークリーム——ビーツ料理の世界的な代表作です。
てん菜(砂糖大根)とビーツは同じものですか?
同じ種(Beta vulgaris)の中の別系統です。てん菜は糖分を極限まで高めた「砂糖用ビーツ」で、国産砂糖の主原料。日本では北海道だけで栽培され、輪作の柱として畑を支えています。食卓のビーツと砂糖壺のてん菜糖は、兄弟の関係にあります。
ビーツの保存方法を教えてください。
葉付きなら、まず葉と根を切り分けるのが鉄則です(葉が根の水分を吸い上げてしまうため)。根は新聞紙に包んでポリ袋に入れ野菜室へ——2〜3週間は持つ日持ちの良い野菜です。葉はチャードと同じ要領で早めに食べ切り、茹でてから冷凍すれば根も長期保存できます。
日本のビーツの産地と旬はいつですか?
野菜用ビーツはまだ統計の小さい「新顔」で、長野・北海道・埼玉・茨城・熊本など各地で栽培が広がっています。旬は春まきの6〜7月と秋まきの11〜12月の二山。砂糖用のてん菜は北海道で10〜11月に収穫されます。輸入の水煮パックが通年出回るため、生のビーツに出会ったら旬のしるしです。
09 — REFERENCES & SERIES

公的情報源と図鑑シリーズ

品種の正式情報は農林水産省の品種登録データベースへ。目安値は公的情報・種苗会社・産地公開情報を基礎にレンジで表記した。

土の中の甘さには、もう一つの物語がある

ビーツが「砂糖の根」なら、さつまいもは「焼き芋の根」——貯蔵で甘くなる科学と400年の食文化史。姉妹編「日本のさつまいも図鑑」全55品種で、土の中の甘さの旅を続けよう。

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最終更新:2026年8月13日/目安値(糖度・果重・時期)は産地・天候により変動します
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