ハビトゥスとは何か— Structured & Structuring Structure —
食卓での所作、笑い方、姿勢、好み、身体の構え。それらは「私が選んだ」のではなく、私が育った社会階級・文化・時代が、私の身体に書き込んだものだ。
意識せずに作動し、意識せずに次の行為を生成する、社会の身体的沈殿物——それがハビトゥス(habitus)である。
本ページは、アリストテレスの「ヘクシス」(前4世紀)から始まり、アクィナス、フッサール、モース、メルロ=ポンティ、ブルデュー、ヴァカン、ライール、そして「転移する文化資本」(合同会社GETTAプランニング 宮崎要輔)に至る、2300年にわたるハビトゥス論の全体像を、論文・書籍リンク完備で網羅する日本最大級のハブ図鑑である。
ハビトゥスの核心定義Core Definition
ハビトゥス(habitus)とは、社会的経験を通じて身体に刻まれた、持続的かつ移調可能な性向(dispositions durables et transposables)のシステムである。それは「構造化された構造」(社会構造によって形成される)であると同時に「構造化する構造」(次の実践を生成する)として機能する。意識以前のレベルで、知覚・判断・行為を方向づける、見えない原動力である。
—— Pierre Bourdieu『実践感覚(Le sens pratique)』(1980)
ハビトゥスは、ピエール・ブルデュー(1930-2002)の社会学を象徴する概念であり、20世紀後半の人文社会科学全体を再編した。しかし、その射程はブルデューに始まらない。語源はアリストテレスのギリシア語「ヘクシス(hexis)」のラテン訳であり、トマス・アクィナス、エトムント・フッサール、マルセル・モース、メルロ=ポンティを経て、ブルデューが社会学化した。さらに21世紀に入り、ヴァカン、ライール、バトラー、シリングらが拡張・批判を加え、日本では宮崎要輔の修士論文・博士論文が「転移する文化資本」概念によって、ブルデューのハビトゥス=蓄積論の限界そのものを批判的に超克する試みを展開している。
本ページではこの巨大な知の体系を、(1) 中核理論14図鑑、(2) 主要研究者プロフィール、(3) 各分野の応用、(4) 文献リスト、(5) FAQ、(6) 関連ページの6層で構成し、日本語圏において最大規模のリファレンスとして提供する。
ハビトゥス概念の系譜 ─ 2300年の旅A Genealogy of Habitus
ハビトゥスはブルデューの発明ではない。2300年の哲学的・神学的・現象学的・社会学的蓄積の上に立つ概念である。その系譜を辿ることは、ブルデュー理論の射程を理解するための前提となる。
古代 ─ アリストテレスの「ヘクシス(hexis)」
紀元前4世紀、アリストテレス(前384-前322)は『ニコマコス倫理学』第二巻で、徳の本性を論じる際に「ヘクシス(ἕξις)」概念を提示した。これは「持続的な状態」「習得された性向」を意味するギリシア語で、単なる癖(pathos)でも能力(dynamis)でもなく、両者の中間に位置する「身に付いたあり方」を指す。徳とは、教育と反復によって形成される「善きヘクシス」として記述された。後にこのヘクシスがラテン語に翻訳された際、訳語として用いられたのが「habitus」だった。
中世 ─ トマス・アクィナスの「habitus」
13世紀、ドミニコ会の神学者トマス・アクィナス(1225-1274)は『神学大全』でアリストテレスのヘクシス論を継承し、ラテン語「habitus」をキリスト教神学の中核概念として精緻化した。アクィナスにとってhabitusは、行為の「持続的・選択的根拠」であり、身体的習慣(habitus corporales)と精神的徳(habitus mentis)を区別した。スコラ哲学を通じて、habitusは西洋思想の重要語彙として継承された。
20世紀初頭 ─ フッサールの「Habitualität」
現象学の創始者エトムント・フッサール(1859-1938)は、後期の著作で「Habitualität(習慣性)」概念を展開した。フッサールにとって、自我は単なる瞬間的意識ではなく、過去の意識経験の沈殿物としての持続的構造を持つ。一度なされた判断・態度・選好は、自我の「habitusの体系」として残り、未来の意識を方向づける。これは現象学的な意識論におけるハビトゥス論の先駆である。
1934年 ─ モースの「身体技法」と「habitus」の社会学化
フランスの社会学者・人類学者マルセル・モース(1872-1950)は、1934年に行った講演「身体技法(Les techniques du corps)」(1936年公刊)で、habitus概念を初めて本格的に社会学化した。モースは、歩き方、座り方、泳ぎ方、走り方、出産の姿勢、性的体位までもが、社会ごとに異なる「伝統的・効果的な行為」として伝達されることを示した。「成人には『自然な方法』はおそらく存在しない」(モース)。
モースは「habitus(ラテン語)」を意図的に用い、フランス語の「habitude(癖)」と区別した。habitusは個人の癖ではなく、「性別・年齢・効率性によって変化する集合的・社会学的事実」だった。これが現代社会学的ハビトゥス論の決定的な出発点である。
1945年 ─ メルロ=ポンティの「習慣的身体(corps habituel)」
モーリス・メルロ=ポンティ(1908-1961)は『知覚の現象学』(1945)で、身体図式論の中核概念として「習慣的身体」を提示した。これは過去の経験が沈殿した可能性の身体であり、現勢的身体(その瞬間の身体)と二重構造をなす。スポーツ熟練者の身体は、習慣的身体が豊かに沈殿しており、状況に応じて即座に現勢化する。これはフッサールのHabitualität概念の現象学的拡張であり、ブルデューのハビトゥス論の現象学的基礎を提供した。
1972年 ─ ブルデューによる社会学的精緻化
ピエール・ブルデュー(1930-2002)は1972年の主著『実践理論の素描(Esquisse d’une théorie de la pratique)』、および1980年の『実践感覚(Le sens pratique)』で、ハビトゥス概念を体系的に精緻化した。ブルデューは1955年の兵役でアルジェリアに送られ、カビリア地方の伝統的農村社会を観察した経験から、社会変動と身体の関係を理論化した。彼の最大の貢献は、ハビトゥスを単なる習慣ではなく、構造化された構造かつ構造化する構造として定義したことにある。これにより、ハビトゥスは社会階級・文化資本・界(Champ)と連動する装置として、現代社会学の中心概念となった。
1990-2010年代 ─ 拡張と批判
21世紀に入り、ハビトゥス概念は多方向に拡張された:
- ●ロイック・ヴァカン(Loïc Wacquant):『Body & Soul』(2004)でシカゴの黒人ゲットーのボクシングジムでフィールドワークを行い、「拳闘ハビトゥス(pugilistic habitus)」の身体的構築を民族誌的に記述。さらに「Habitus as Topic and Tool」(2009)で、ハビトゥスは「対象」であると同時に「道具」であると論じた。
- ●ベルナール・ライール(Bernard Lahire):『The Plural Actor』(2011)で、後期近代の人々はもはや単一の階級ハビトゥスを持たず、矛盾する複数の性向の折衷的集合を抱えていると主張。「複数ハビトゥス(pluralité des habitus)」論を展開。
- ●ジュディス・バトラー(Judith Butler):『パフォーマティビティの社会的魔術』(1999)で、ハビトゥスをパフォーマティビティ論に接続し、ジェンダー身体の理論化に応用。
- ●クリス・シリング(Chris Shilling):身体資本(capital corporel)概念を提示し、スポーツ社会学・身体社会学の中核概念へと展開した。
21世紀の日本 ─ 西洋化ハビトゥスと転移する文化資本
日本では石井洋二郎、磯直樹、片岡栄美、村井重樹らがブルデュー理論の精緻化を進めるなか、合同会社GETTAプランニング代表宮崎要輔の修士論文「文化身体論の構築に向けての一考察 ─ 伝承的身体の再現性に着目して」(追手門学院大学大学院、社会学)が、ブルデュー理論を日本社会の文脈に独自に応用した。宮崎の理論的貢献は二点に集約される:(1)西洋化によるハビトゥスの再生産を診断装置として確立し、(2)20年以上の現場での身体的実装を通じて、ヒステレシス効果の戦略的活用を理論化した。さらに2026年、宮崎は「転移する文化資本」概念を提示し、ブルデューの蓄積論を超える新たな枠組みを開きつつある。
中核理論14図鑑14 Core Theories
ハビトゥス論を構成する14の主要理論を、提唱者・核心概念・関連実験・参考文献付きで詳細解説する。各カードをタップすると詳細が展開される。
01 アリストテレスのヘクシス ─ 概念の起源 HEXIS / Aristotle, c. 350 BCE
2400年前、アリストテレス(前384-前322)が『ニコマコス倫理学』で展開した「ヘクシス(ἕξις)」概念は、ハビトゥス論の遠い起源である。「持続的なあり方」「身に付いた状態」を意味するこのギリシア語は、後にラテン語「habitus」として翻訳され、西洋思想の中核語彙となった。
三層の存在様態
アリストテレスは、人間のあり方を三層で区分した:
- パトス(pathos):受動的状態、感情、一過性の様態
- デュナミス(dynamis):可能態、能力、潜在性
- ヘクシス(hexis):能動的に習得された持続的状態、性向
徳(aretē)は、生まれつきの能力(dynamis)でも一時の感情(pathos)でもなく、教育と反復によって形成される「善きヘクシス」として定義された。「人は徳ある行為を反復することで、徳ある人間になる」(『ニコマコス倫理学』II.1)。
ブルデューへの影響
ブルデュー自身、自らのハビトゥス概念がアリストテレスのヘクシスに源流を持つことを明示している(『リフレクシヴ・ソシオロジーへの招待』1992)。重要な共通点は、(1)反復による形成、(2)持続性、(3)能動的生成性である。ヘクシスもハビトゥスも、過去の沈殿物でありながら、未来の行為を能動的に生み出す動的構造である。
- アリストテレス『ニコマコス倫理学』岩波文庫(高田三郎訳、1971-73)原典は前4世紀
- Aristotle, Nicomachean Ethics, trans. T. Irwin, Hackett, 1999.
- Sherman, N. (1989). The Fabric of Character: Aristotle’s Theory of Virtue. Oxford University Press.
- Bourdieu, P. & Wacquant, L. (1992). An Invitation to Reflexive Sociology. University of Chicago Press.(邦訳:水島和則訳『リフレクシヴ・ソシオロジーへの招待』藤原書店, 2007)
- Stanford Encyclopedia of Philosophy: Aristotle’s Ethics
02 アクィナスの habitus ─ 中世スコラ哲学の精緻化 HABITUS / Thomas Aquinas, 13th c.
13世紀のドミニコ会神学者トマス・アクィナス(1225-1274)は、アリストテレスのヘクシスをラテン語「habitus」として翻訳・継承し、神学・倫理学の中核概念として精緻化した。『神学大全(Summa Theologica)』第二部における徳論(De habitibus)は、後の西洋思想に決定的な影響を与えた。
habitusの三類型
アクィナスは、habitusを三つに分類した:
- habitus corporales(身体的習慣):歩行・姿勢・所作などの身体的性向
- habitus mentis(精神的習慣):知性的徳・思考習慣
- habitus operativi(行為的習慣):道徳的徳・実践的性向
「第二の自然」
アクィナスはhabitusを「第二の自然(secunda natura)」と呼んだ。生まれつきの第一の自然に重なるかたちで、教育と反復が第二の自然を形成する。ハビトゥスの最も重要な特徴は、その所有者が意識せずに行為を遂行できる点にある。剣豪が剣を振るとき、もはや剣の振り方を考えない——それがhabitusの作動である。
ブルデューへの遺産
ブルデューがハビトゥスを「実践感覚」「身体化された性向」と定義したとき、彼はアクィナスの「第二の自然」概念を社会学的に転用していた。違いは、アクィナスが個人の道徳的徳を主題にしたのに対し、ブルデューは社会階級が身体に書き込む集合的性向を主題にした点にある。
- Aquinas, T. Summa Theologica, I-II, qq. 49-67 (De habitibus). 13世紀
- 稲垣良典(1979)『トマス・アクィナス』講談社学術文庫
- 稲垣良典訳『神学大全』創文社(多巻)
- MacIntyre, A. (1981). After Virtue. University of Notre Dame Press.(邦訳:篠崎榮訳『美徳なき時代』みすず書房, 1993)
- Stanford Encyclopedia of Philosophy: Aquinas
03 フッサールの習慣性 ─ 現象学的ハビトゥス論 HABITUALITÄT / Husserl, 1929
現象学の創始者エトムント・フッサール(1859-1938)は、後期の著作『デカルト的省察』(1929)、『間主観性の現象学』(遺稿)で、自我の構造を分析する際に「Habitualität(習慣性)」概念を提示した。これは20世紀におけるハビトゥス論の哲学的転換点である。
沈殿としての自我
フッサールにとって、自我は単なる瞬間的意識(時間意識)ではなく、過去の意識経験の沈殿物としての持続的構造を持つ。一度なされた判断・態度・選好は、その後の意識を方向づける「habitusの体系」として残る。自我は「歴史を持つ自我」として、過去の経験の沈殿物の上に立っている。
受動的綜合
フッサールはこのプロセスを「受動的綜合(passive Synthesis)」と呼んだ。意識的な能動的綜合(判断・推論)の下層に、絶えず作動する受動的綜合があり、これが連合・親近感・期待を生成する。Habitualitätはこの受動的綜合の地層として機能する。
メルロ=ポンティへの継承
フッサールのHabitualität概念は、弟子筋のメルロ=ポンティに継承され、「習慣的身体(corps habituel)」として身体化された形で再構成された。フッサールの内省的・意識中心的な分析が、メルロ=ポンティによって身体的・前反省的次元へと拡張された。この身体化された現象学が、後にブルデューの社会学的ハビトゥス論の現象学的基礎となる。
- Husserl, E. (1929/1973). Cartesianische Meditationen. Husserliana Bd. I.(邦訳:浜渦辰二訳『デカルト的省察』岩波文庫, 2001)
- Husserl, E. (1973). Zur Phänomenologie der Intersubjektivität. Husserliana Bde. XIII-XV.
- Welton, D. (Ed.) (2003). The New Husserl: A Critical Reader. Indiana University Press.
- 新田義弘(2010)『現象学とは何か』講談社学術文庫
- Stanford Encyclopedia of Philosophy: Husserl
04 モースの身体技法 ─ habitusの社会学化 TECHNIQUES DU CORPS / Mauss, 1934
1934年5月17日、フランスの社会学者・人類学者マルセル・モース(1872-1950)がパリ心理学会で行った講演「身体技法(Les techniques du corps)」(1936年公刊)は、現代社会学的ハビトゥス論の決定的出発点である。デュルケームの甥にして後継者であったモースは、最も基礎的な身体行為すらが社会的に構築されることを示した。
「自然な方法はない」
モースは、ニュージーランドのマオリ女性の独特な歩行(onioni)が母から娘へ伝達されること、第一次世界大戦の塹壕でフランス軍がイギリス軍のシャベルを使えなかったこと、世代によって泳ぎ方が異なることなどを記述し、衝撃的な結論を出した:「成人には『自然な方法』はおそらく存在しない」。歩く・走る・泳ぐ・食べる・寝る・出産する・性的体位までが、社会ごとに異なる伝統的・効果的行為として伝達される。
habitusの社会学化
モースは、フランス語の「habitude(癖)」と区別して、ラテン語「habitus」を意図的に用いた。habitusは個人の癖ではなく、「性別・年齢・効率性・伝達形態によって変化する集合的・社会学的事実」だった。この概念区分が、ブルデューに直接継承される。
分類体系
モースは身体技法を以下の軸で分類した:
- 性別による技法:男女で異なる歩き方・走り方・拳の握り方
- 年齢による技法:人生段階による技法の変化
- 効率性(rendement):技法の伝統的な効果
- 伝達形態:模倣・教示・記憶による伝達
歴史的意義
モースの「身体技法」は、ブルデューのハビトゥス論、ルロワ=グーランの技術論、フーコーの規律権力論、シリングの身体社会学、近年の身体化研究すべての源流である。1934年の40分の講演が、その後90年の人文社会科学を方向づけた。
- Mauss, M. (1936). “Les techniques du corps.” Journal de Psychologie, 32(3-4), 271-293. 原典
- モース, M. 『社会学と人類学II』弘文堂(有地亨・伊藤昌司・山口俊夫訳、1976)所収「身体技法」
- Mauss, M. (1973). “Techniques of the body.” Economy and Society, 2(1), 70-88. 英訳
- Crossley, N. (2007). “Researching embodiment by way of ‘body techniques’.” The Sociological Review, 55(s1), 80-94.
- Wikipedia: Marcel Mauss
05 メルロ=ポンティの習慣的身体 CORPS HABITUEL / Merleau-Ponty, 1945
モーリス・メルロ=ポンティ(1908-1961)は『知覚の現象学』(1945)で、フッサールのHabitualität概念を身体的次元に拡張し、「習慣的身体(corps habituel)」概念を提示した。これは20世紀身体哲学の最重要概念のひとつであり、ブルデューのハビトゥス論の現象学的基礎となった。
身体の二重構造
メルロ=ポンティは身体を二重構造として記述した:
- 習慣的身体(corps habituel):過去の経験が沈殿した可能性の身体。いつでも発動可能な行為のレパートリー
- 現勢的身体(corps actuel):その瞬間の状況に応じて発動する身体
スポーツ熟練者の身体は、習慣的身体が豊かに沈殿しており、状況に応じて即座に現勢化する。テニス選手がボールに向かって動くとき、彼はその瞬間に動きを設計しているのではない——習慣的身体が状況に応答して自動的に作動している。
身体図式と習慣的身体
メルロ=ポンティは、身体図式(schéma corporel)の動的側面として習慣的身体を位置づけた。盲人の杖が身体図式に組み込まれるのと同じく、長年使用された道具・空間・他者との関係も、習慣的身体に沈殿する。
ブルデューへの継承
ブルデュー自身、自らのハビトゥス論がメルロ=ポンティから決定的な影響を受けたことを認めている。違いは、メルロ=ポンティが個人的・現象学的次元に留まったのに対し、ブルデューが集合的・社会学的次元に拡張した点にある。「習慣的身体」は個人の経験の沈殿物だが、ブルデューの「ハビトゥス」は階級・文化・時代の沈殿物である。
- Merleau-Ponty, M. (1945). Phénoménologie de la perception. Gallimard.(邦訳:竹内芳郎・小木貞孝訳『知覚の現象学』みすず書房, 1967)
- Merleau-Ponty, M. (1942). La structure du comportement. PUF.(邦訳:滝浦静雄・木田元訳『行動の構造』みすず書房, 1964)
- Casey, E. S. (1984). “Habitual body and memory in Merleau-Ponty.” Man and World, 17, 279-297.
- 木田元(1984)『メルロ=ポンティの思想』岩波書店
- 関連:身体図式の図鑑
06 ブルデューの定義 ─ 構造化された構造かつ構造化する構造 BOURDIEU’S DEFINITION / 1972, 1980
1972年の主著『実践理論の素描(Esquisse d’une théorie de la pratique)』、1980年の『実践感覚(Le sens pratique)』で、ブルデューはハビトゥス概念の体系的精緻化を完成させた。それまで漠然と用いられてきたhabitus概念を、現代社会学の中核概念へと押し上げた。
四つの定義要素
ブルデューの定義は、以下の四つの要素から構成される:
- 持続的(durable):一度形成されたハビトゥスは長期にわたって持続する
- 移調可能(transposable):ある領域で形成されたハビトゥスは、別の領域でも作動する
- 構造化された構造(structures structurées):社会構造によって形成される
- 構造化する構造(structures structurantes):実践と表象を生成する原理として作動する
構造化された/構造化する
ブルデューの最も独創的な貢献は、ハビトゥスが「受動的に形成されたもの」と「能動的に生成するもの」の二重性を持つと示した点にある。社会階級・家庭・学校・職業がハビトゥスを形成する(構造化された構造)。同時に、ハビトゥスはその後の実践・知覚・判断を生成する(構造化する構造)。これにより、社会構造の再生産と個人の実践の創造性が、両立可能な形で説明される。
意識以前の作動
ハビトゥスの作動は、意識的計算でも合理的選択でもない。「実践感覚(sens pratique)」として、状況に応じて自動的に発動する。テニス選手がボールに向かって動くとき、労働者の子どもが学校で「居心地の悪さ」を感じるとき、富裕層の子どもがクラシック音楽に親近感を持つとき——ハビトゥスが作動している。
- Bourdieu, P. (1972). Esquisse d’une théorie de la pratique. Droz.(邦訳:原山哲訳『実践理論の素描』藤原書店, 1988)
- Bourdieu, P. (1980). Le sens pratique. Minuit.(邦訳:今村仁司・港道隆訳『実践感覚I・II』みすず書房, 1988-90)
- Bourdieu, P. (1990). The Logic of Practice. Stanford University Press. 英訳
- 磯直樹(2008)「ブルデューと『社会的なもの』の可能性」『ソシオロジ』53(1)
- Wacquant, L. (2016). “A concise genealogy and anatomy of habitus.” The Sociological Review, 64(1), 64-72.
- Wikipedia: Habitus (sociology)
07 界(Champ)─ ハビトゥスの作動空間 CHAMP / FIELD / Bourdieu
ブルデューにとって、ハビトゥスは単独では機能しない。それは特定の界(Champ/Field)の中で初めて作動する。芸術界、文学界、学問界、政治界、宗教界、経済界——人間の社会的活動は、相対的に自律した複数の界に分節されている。
界の三特徴
- 相対的自律性:各界は独自のルール・価値・賭け金を持つ
- ポジションの構造:界は支配・被支配のポジションの闘争空間
- イルジオ(illusio):界の参与者は界の賭け金を「真剣に取る」ことで参与する
ハビトゥスと界の相互規定性
ハビトゥスと界は、互いを規定する関係にある。ハビトゥスは界の中で形成され、同時に界はハビトゥスを持つ参与者によって維持される。「水の中の魚」のメタファーが用いられる:魚は水を意識しないが、水の中でしか泳げない。同様に、ハビトゥスを持つ者は界を意識しないが、界の中でしか実践できない。
文化資本との連動
文化資本は、それが価値を持つ界が存在しなければ機能しない。能楽師の身体的所作は、能楽界があるからこそ「文化資本」として機能する。能楽界が消失すれば、同じ身体技能は単なる「古臭い動かし方」となる。これがハビトゥス・界・資本の三位一体構造である。
仮想的界(宮崎要輔の独自概念)
合同会社GETTAプランニング代表 宮崎要輔は、修士論文「文化身体論の構築」で、ブルデューの界概念を独自に拡張し「仮想的界」概念を提示した。能楽界が日常生活から消失した現代日本において、能楽を個人の中に内包することで、機能的に界を導入する戦略である。これは2020年代の日本独自のブルデュー理論への貢献として注目される。
- Bourdieu, P. (1992). Les règles de l’art. Seuil.(邦訳:石井洋二郎訳『芸術の規則』藤原書店, 1995-96)
- Bourdieu, P. & Wacquant, L. (1992). An Invitation to Reflexive Sociology. University of Chicago Press.
- Atkinson, W. (2021). “Fields and individuals: From Bourdieu to Lahire and back again.” European Journal of Social Theory, 24(2), 195-210.
- 磯直樹(2020)『認識と反省性:ピエール・ブルデューの社会学的思考』法政大学出版局
- 宮崎要輔『文化身体論の構築に向けての一考察』追手門学院大学大学院修士論文(社会学)
08 文化資本の三形態 FORMS OF CULTURAL CAPITAL
ハビトゥスと連動するブルデューの中核概念が文化資本(capital culturel)である。1979年論文「資本の三形態」で、ブルデューは経済資本に並ぶ非経済的資本として文化資本を理論化し、三つの形態を区別した。
三形態
- 身体化された文化資本(État incorporé):身体に染み込んだ立ち居振る舞い、教養、感性、趣味——ハビトゥスとして実装される
- 客体化された文化資本(État objectivé):絵画、書籍、楽器、骨董品など物として存在する文化資本
- 制度化された文化資本(État institutionnalisé):学位、資格、称号など制度的に承認された文化資本
『ディスタンクシオン』─ 階級と趣味の社会学
ブルデュー1979年の主著『ディスタンクシオン(La Distinction)』は、文化資本論を実証的に展開した記念碑的著作である。フランスの広範な社会調査により、上流階級と労働者階級の趣味(音楽・絵画・食物・スポーツ)が体系的に異なることを示した。趣味は「自由意志」ではなく階級ハビトゥスの表出である——この衝撃的なテーゼは、20世紀後半の社会学を再編した。
スポーツ階級論
『ディスタンクシオン』のスポーツ章で、ブルデューは上流階級が道具を使う非接触的・美的なスポーツ(ゴルフ、テニス、セーリング)を好み、労働者階級が身体接触と力を重視するスポーツ(サッカー、ボクシング)を選好することを示した。これは単なる嗜好の問題ではなく、身体資本と文化資本の階級的配分が、階級再生産のメカニズムとして機能することを示す。
ブルデューの限界
ブルデューの文化資本論は、すべて「蓄積」の論理で記述されている。これは資本の経済学的モデルを文化に適用したことの帰結であり、同時に最大の限界である。第14理論で扱う宮崎要輔の「転移する文化資本」概念は、まさにこの限界を超克する試みである。
- Bourdieu, P. (1979). La Distinction: Critique sociale du jugement. Minuit.(邦訳:石井洋二郎訳『ディスタンクシオン I・II』藤原書店, 1990)
- Bourdieu, P. (1986). “The forms of capital.” In J. Richardson (Ed.), Handbook of Theory and Research for the Sociology of Education. Greenwood Press.
- 片岡栄美(2019)『趣味の社会学:文化・階層・ジェンダー』青弓社
- 石井洋二郎(1993)『差異と欲望:ブルデュー《ディスタンクシオン》を読む』藤原書店
09 再生産 ─ 階級構造を維持する見えない装置 REPRODUCTION / Bourdieu & Passeron 1970
ブルデューがジャン=クロード・パスロンと共著で1970年に出版した『再生産(La Reproduction)』は、教育システムを通じて階級構造が世代を超えて再生産される機構を分析した、現代社会学の古典である。
「自然な選択」の積み重ね
階級構造の再生産は、誰かが命令するから起きるのではない。労働者階級の家庭に生まれた子どもが、学校教育で「自然に」労働者階級的に振る舞い、「自然に」上位階級の文化に疎外感を感じ、「自然に」自分の階級に留まる選択をする——この「自然な」選択の積み重ねとして、階級構造は維持される。
象徴的暴力
ブルデュー&パスロンが提示した「象徴的暴力(violence symbolique)」概念は、権力関係を「自然な秩序」として誤認させる作用を指す。学校教育は、上位階級の文化を「普遍的な正しい文化」として提示することで、下位階級の文化を「劣った」「価値のない」ものとして無意識的に差別化する。被支配者は自らの抑圧を「自然」として受け入れる。
西洋化ハビトゥスの再生産(宮崎要輔)
宮崎要輔は博士論文第2章で、ブルデューの再生産理論を日本社会の文脈に応用し、「西洋化されたハビトゥスの再生産」を理論化した。明治以降の西洋化が日本人の身体に書き込んだハビトゥスは、四つの制度的装置(学校・医学・メディア・スポーツ科学)を通じて、世代を超えて再生産されている——これは日本社会の根源的診断装置として機能する。
- Bourdieu, P. & Passeron, J.-C. (1970). La reproduction. Minuit.(邦訳:宮島喬訳『再生産』藤原書店, 1991)
- 宮島喬(2017)『ブルデュー社会学への招待』勁草書房
- 苅谷剛彦(2001)『階層化日本と教育危機』有信堂
- 宮崎要輔(合同会社GETTAプランニング代表)博士論文 第2章「西洋化によるハビトゥスの診断」
10 ヒステレシス効果 ─ 変容の可能性 HYSTERESIS EFFECT
ブルデューがハビトゥス論において提示した最も重要な、しかし最も研究されてこなかった概念が「ヒステレシス効果(effet d’hystérésis)」である。物理学・工学から借用された用語で、磁石が一度磁化されると外部磁場を取り除いても元に戻らない現象を指す。
社会学への転用
ブルデューはこれを社会的身体に適用した。社会的世界の条件が変化したのに、個人のハビトゥスは過去の条件に対応した形で持続し、現在との不一致を示す——これがヒステレシス効果である。農村から都市に出た人間の身体は、都市の論理を学んでも、農村で刻まれた姿勢や感覚を捨てきれない。階級を移動した人間は、新しい階級の中で常に「場違いな身体」を引きずる。
「ためらいの瞬間」
『パスカル的省察』(1997)で、ブルデューは次のように記述している:「ハビトゥスは、新しい経験との関連で絶えず変化し、不調が生じる。そのためらいの瞬間に、動作遂行時の実践的反省の影響を受ける」。ハビトゥスは石ではなく、不調の瞬間に変容しうる動的構造である。
エートスとヒステレシスの二重性(西兼志)
日本のブルデュー研究者西兼志は、論文「『ハビトゥス』再考」(2015)で、ハビトゥスにおける「エートス」と「ヒステレシス」の二重性を精密に分析した。エートスは過去を反復し再生産する側面、ヒステレシスは過去を放棄し新たに組み替える側面。この二重性こそが、ハビトゥス変容の理論的根拠となる。
ヒステレシスの戦略的活用(宮崎要輔)
ブルデュー自身は、ヒステレシス効果を主に否定的に(社会変動への適応失敗として)論じた。しかし宮崎要輔の博士論文は、これを「ハビトゥス変容の積極的契機」として戦略的に活用する理論を提示する。発動条件は三つ:(1)既存のハビトゥスと現在の状況の明確な不一致、(2)実践的関心の中心領域での不一致、(3)修正のための実践的資源の利用可能性。一本歯下駄GETTAは、この三条件を物理的装置として実装している。
- Bourdieu, P. (1997). Méditations pascaliennes. Seuil.(邦訳:加藤晴久訳『パスカル的省察』藤原書店, 2009)
- 西兼志(2015)「『ハビトゥス』再考──初期ブルデューからの新たな展望」成蹊大学文学部紀要
- 村井重樹(2008)「ブルデューにおけるハビトゥスとヒステレシス効果」
- 村田賀依子(2017)「ブルデューのハビトゥス論再考」
- 宮崎要輔 博士論文 第2章 第5節「ヒステレシス効果の発見──変容の可能性」
11 ヴァカンの拳闘ハビトゥス ─ 身体的構築の民族誌 PUGILISTIC HABITUS / Wacquant 2004
ブルデューの最も近しい弟子ロイック・ヴァカン(Loïc Wacquant, 1960-、UCバークリー)は、1988年から3年間、シカゴの黒人ゲットーのボクシングジムで自らボクサーとして訓練し、その経験を民族誌的に記述した『Body & Soul: Notebooks of an Apprentice Boxer』(2004)を出版した。
身体実践としての社会学
ヴァカンはハビトゥス研究を、外部から観察する「対象としての身体(body as object)」から、内側から経験する「身体からの社会学(sociology from the body)」へと転換した。「拳闘ハビトゥス(pugilistic habitus)」の獲得は、技術の習得だけではなく、英雄的職業倫理を肉体に集合的に書き込むプロセスであることを示した。
四つの誤解の修正
ヴァカンは『The Sociological Review』(2016)で「ハビトゥスの簡潔な系譜と解剖」を発表し、ハビトゥス概念に関する四つの誤解を修正した:
- (1)ハビトゥスは単一の社会構造の複製ではなく、動的・多層的・多スケールの図式の集合
- (2)ハビトゥスは必ずしも一貫しておらず、緊張と統合の度合いが変動する
- (3)ハビトゥスは結束と維持だけでなく、危機と変化の分析にも適している
- (4)ハビトゥスは行為生成の自己充足的メカニズムではなく、ポジション構造との関係でのみ作動する
「対象としての身体」から「主体としての身体」へ
ヴァカンの研究は、ハビトゥス論を「身体は社会的に構築される」という静的テーゼから、「身体は社会的に構築すると同時に構築する」という動的テーゼへと押し進めた。これはブルデューの「構造化された/構造化する」の二重性を、民族誌的方法で実証した試みと言える。
- Wacquant, L. (2004). Body & Soul: Notebooks of an Apprentice Boxer. Oxford University Press.(邦訳:田中研之輔訳『ボディ&ソウル:ある社会学者のボクシング・エスノグラフィー』新曜社, 2013)
- Wacquant, L. (2014). “Homines in extremis: What fighting scholars teach us about habitus.” Body & Society, 20(2), 3-17.
- Wacquant, L. (2016). “A concise genealogy and anatomy of habitus.” The Sociological Review, 64(1), 64-72.
- Wacquant, L. (2014). “Putting habitus in its place: Rejoinder to the symposium.” Body & Society, 20(2), 118-139.
- Wacquant: HABITUS encyclopedia entry (PDF)
- Wacquant (2014) “Putting Habitus in its Place”
12 ライールの複数ハビトゥス論 PLURALITY OF HABITUS / Lahire 1998-2011
フランスの社会学者ベルナール・ライール(Bernard Lahire, 1963-、リヨン高等師範学校)は、ブルデューに最も体系的な批判を展開した同世代の論者である。主著『The Plural Actor』(1998/英訳2011)で、ライールは後期近代の人々がもはや単一の階級ハビトゥスを持たず、矛盾する多数の性向を抱えていると論じた。
後期近代の社会化経路
ライールの中心テーゼは、現代人が一つの均質な社会化経路を辿らないという観察である。家庭、学校、メディア、職場、友人関係、消費文化——個人は同時に複数の社会化経路に晒される。結果として、個人の中に矛盾する複数のハビトゥスが共存する。非典型的な社会化経路は、折衷的で矛盾する性向の集合を生む。
性向主義(dispositionnalisme)
ライールは「性向主義的・文脈主義的視点(dispositionalist-contextualist vision)」を提唱した。個人の行為は、過去に形成された複数の性向と、現在の文脈との相互作用から生じる。同じ個人が、文脈によって異なるハビトゥスを発動させる。職場では官僚的、家庭では権威主義的、友人の前ではリベラル——これは矛盾ではなく、後期近代の正常な状態である。
ブルデュー擁護論(Atkinson 2021)
近年、Will Atkinson(2021)はライール批判を批判する論文「Fields and individuals: From Bourdieu to Lahire and back again」を発表した。Atkinsonによれば、ライールが指摘した問題はブルデューの枠組み内で既に解決可能であり、ライールのブルデュー読解は偏向している。論争は現在も続いている。
日本における意義
ライールの複数ハビトゥス論は、宮崎要輔の「西洋化ハビトゥスと日本的身体ハビトゥスの共存」という診断にも応用できる。現代日本人は、椅子文化(西洋)と畳文化(日本)、靴文化(西洋)と下駄文化(日本)、フォーク・ナイフ文化と箸文化など、相反する複数のハビトゥスを身体に共存させている。
- Lahire, B. (1998). L’Homme pluriel: Les ressorts de l’action. Nathan.
- Lahire, B. (2011). The Plural Actor. Polity Press. 英訳
- Lahire, B. (2003). “From the habitus to an individual heritage of dispositions.” Poetics, 31(5-6), 329-355.
- Atkinson, W. (2021). “Fields and individuals: From Bourdieu to Lahire and back again.” European Journal of Social Theory, 24(2), 195-210.
- Atkinson (2021) — Bourdieu vs Lahire論争
13 ジェンダー・身体・パフォーマティビティ GENDER & BODY / Butler, Shilling
1990年代以降、ハビトゥス概念はジェンダー研究と身体社会学に応用され、独自の発展を遂げた。ジュディス・バトラー(Judith Butler, 1956-、UCバークリー)とクリス・シリング(Chris Shilling, ケント大学)がその代表的論者である。
バトラーのパフォーマティビティ論
バトラーは『ジェンダー・トラブル』(1990)でジェンダー・パフォーマティビティ論を提示し、その後ブルデューのハビトゥス論と接続を試みた論文「Performativity’s Social Magic」(1999)を発表した。バトラーにとってジェンダーは、生得的な「本質」ではなく、社会的に強制された反復的パフォーマンスの結果として身体に刻まれるハビトゥスである。「女らしい歩き方」「男らしい握手」は、生まれつきではなく、繰り返しの儀礼的演技を通じて身体に書き込まれた性向である。
シリングの身体資本論
シリングは『The Body and Social Theory』(1993/第3版2012)で、ブルデューの資本理論を身体そのものに拡張し、「身体資本(physical/body capital)」概念を体系化した。身体資本は、スポーツ・余暇・労働・性愛を通じて形成され、経済資本・社会資本・文化資本へと変換可能である。ただし変換率は階級によって異なる——労働者階級が身体的力でプロスポーツに到達する確率は約25万分の1だが、上流階級は健康・美的側面を通じて社会資本へと容易に変換する。
masculine habitus / feminine habitus
近年の研究では、Connolly(2006)が5-6歳の英国インナーシティ多民族小学校の少年たちの「masculine habitus as distributed cognition」を分析し、Thorpe(2010)がスノーボード界の男性性ハビトゥスを記述するなど、ジェンダー化されたハビトゥスの民族誌的研究が蓄積されている。
- Butler, J. (1990). Gender Trouble. Routledge.(邦訳:竹村和子訳『ジェンダー・トラブル』青土社, 1999)
- Butler, J. (1999). “Performativity’s social magic.” In R. Shusterman (Ed.), Bourdieu: A Critical Reader. Blackwell.
- Shilling, C. (2012). The Body and Social Theory (3rd ed.). Sage.
- Shilling, C. (2008). Changing Bodies: Habit, Crisis and Creativity. Sage.
- Connolly, P. (2006). “The masculine habitus as ‘distributed cognition’.” Children and Society, 20(2), 140-152.
- Thorpe, H. (2010). “Bourdieu, gender reflexivity, and physical culture.” Journal of Sport and Social Issues, 34(2), 176-214.
14 西洋化ハビトゥスと転移する文化資本 JAPANESE THEORY / Miyazaki Yosuke
合同会社GETTAプランニング代表宮崎要輔の修士論文「文化身体論の構築に向けての一考察 ─ 伝承的身体の再現性に着目して」(追手門学院大学大学院、社会学)以降、20年以上にわたって展開されてきた、ブルデュー理論への日本独自の批判的拡張。21世紀のハビトゥス論への独自の貢献として位置づけられる。
診断 ─ 西洋化ハビトゥスの再生産
宮崎の中心仮説:明治以降の西洋化が日本人の身体に書き込んだハビトゥスは、四つの制度的装置(学校教育・医学・メディア・スポーツ科学)を通じて世代を超えて再生産されている。日本人の伝統的身体技法(腰・胎文化、なんば歩き、なで肩、鳩尾の落とし方)は、西洋化されたハビトゥスによって「悪い姿勢」「だらしない動作」として否定され続け、伝承の断絶が起きている。
処方 ─ 三位一体の戦略
宮崎は西洋化ハビトゥスを変容させる三位一体の戦略を提示した:
- (1) 仮想的界(Champ virtuel):能楽など伝承的身体文化を個人の中に内包し、価値判断の座を文明から文化へ移す
- (2) 機能的保存のある道具:一本歯下駄、足半、尺八など、伝統的身体技法を物理的に強制する道具
- (3) ことばによる身体知:わざ言語、からだメタ認知、オノマトペによる暗黙知の言語化
この三者の統合により、ヒステレシス効果が戦略的に発動し、西洋化されたハビトゥスから文化身体ハビトゥスへの変容が可能となる。
2026年の到達 ─ 転移する文化資本
所有・蓄積・継承・不平等の論理
湧出・転移・共振・場の論理
2026年、宮崎は新たな概念「転移する文化資本」を提示した。ブルデューの三形態(身体化・客体化・制度化)はすべて「蓄積」の論理で記述されている——これは資本の経済学的モデルを文化に適用したことの帰結である。しかし宮崎が現場で見ているのは、個人の身体に閉じない文化資本である。鳩尾から湧いた衝動が他者に転移し、場所全体を満たし、その場にいた人間の身体に痕跡を残す。これはブルデューの蓄積論では捉えられない、文化資本の原型的・前蓄積的形態である。
4つの対比軸
- 蓄積 対 湧出:所有可能 対 所有不可能
- 個 対 場:身体内在 対 場の生成
- 不平等 対 共振:階級再生産 対 場の発火
- 近代 対 脱近代:分析装置 対 回復装置
これは、ブルデュー社会学の50年の到達点——蓄積する文化資本の理論——を、現場での20年以上の身体的実装を通じて、根本から書き換える試みである。「近代の社会学とは、転移する文化資本を蓄積する文化資本に変換する装置である」——この命題は、ブルデューへの最も深い敬意と、最も鋭い超克を同時に表現している。
- 宮崎要輔『文化身体論の構築に向けての一考察 ─ 伝承的身体の再現性に着目して』追手門学院大学大学院修士論文(社会学)
- 宮崎要輔 博士論文 第2章「西洋化によるハビトゥスの診断」
- 宮崎要輔『ダ・ヴィンチコーディング』(書籍プロジェクト)
- 合同会社GETTAプランニング
- pipotore.com
主要研究者プロフィールArchitects of Habitus Theory
2300年のハビトゥス論を切り拓いた歴史的・現代的研究者15名を、生没年・所属・代表業績・関連タグで一望する。
分野別応用 ─ ハビトゥス論はどこで生きているかReal-World Applications
ハビトゥス論は、もはや机上の理論ではない。教育・スポーツ・ジェンダー・階級・移民・武道・医療・経営まで、すべての応用領域で実装が進んでいる。各領域の代表的事例と参考文献を示す。
ブルデュー&パスロン『再生産』以来、教育社会学はハビトゥス論の最大の応用領域である。学校が一見「中立的・能力主義的」に見えながら、実は階級ハビトゥスを選抜・正当化する装置として機能していることが、世界中で実証されている。
具体的研究
・教育達成と家庭の文化資本の相関(DiMaggio 1982, Lareau 2003)
・「カルチュラル・ミスマッチ」研究(Stephens et al., 2012)
・日本では苅谷剛彦『階層化日本と教育危機』(2001)が、戦後日本の教育機会の階層化を実証。
『ディスタンクシオン』のスポーツ章以来、ハビトゥス論はスポーツ社会学の中核概念である。階級によって選好されるスポーツが体系的に異なり、各スポーツが独自の身体ハビトゥスを生成する。
主要研究
・上流階級:ゴルフ、テニス、セーリング、乗馬、スキー(道具・非接触・美的)
・労働者階級:サッカー、ボクシング、ラグビー(接触・力・直接性)
・Wacquant(2004)拳闘ハビトゥス民族誌
・Thorpe(2010)スノーボード男性性ハビトゥス研究
・宮崎要輔の文化身体論:日本人の身体が西洋スポーツに適合するように作り変えられる過程を分析
バトラーのパフォーマティビティ論をハビトゥス論と接続することで、ジェンダー化された身体が反復的演技を通じて形成されるプロセスが理論化される。「女らしい歩き方」「男らしい握手」は生得的ではなく、社会的に強制された反復の結果である。
研究例
・Connolly (2006) 5-6歳少年のmasculine habitus
・Krais (2006) ジェンダー化されたハビトゥスとアカデミア
・McNay (1999) ブルデュー&ジェンダー反省性
・McRobbie (2004) フェミニズムとブルデュー
移民は出身社会のハビトゥスを身体に持ったまま、別の社会で生活することを強いられる。ヒステレシス効果が社会全体で発動する事例として、移民研究はハビトゥス論の格好の検証場となる。
主要研究
・Bourdieu自身のアルジェリア研究(『アルジェリアの社会学』1958, 1972)
・Bourgois (2003) サンフランシスコの薬物使用者ハビトゥス
・Erel (2010) 移民の文化資本と新しい社会への適応
・日本では在日コリアン研究、ブラジル日系人研究などで応用
健康行動・病気の経験・医療消費は、すべてハビトゥスに規定される。階級別の食事ハビトゥス、運動ハビトゥス、医療への信頼ハビトゥスが、健康格差の根源にある。
研究領域
・Williams (1995) 健康と階級ハビトゥス
・Cockerham (2005) 健康ライフスタイル理論
・身体醜形障害・摂食障害における身体イメージとハビトゥス
・宮崎要輔の文化身体論:西洋医学が日本人の身体観を再編成した過程を分析
能楽、剣道、合気道、茶道、書道、舞踊——日本の伝統的身体文化は、ハビトゥスの伝承装置として何百年も機能してきた。生田久美子『「わざ」から知る』、安田登『身体感覚で『論語』を読みなおす』など、日本独自のハビトゥス論的研究が蓄積されている。
研究領域
・能楽の「型」継承研究
・武道における「型」と「即興」の関係
・宮崎要輔『文化身体論の構築』:ブルデュー「界」概念を「仮想的界」として日本伝統文化に応用
組織文化は、メンバーの集合的ハビトゥスとして実装される。新入社員教育、リーダーシップ開発、組織変革——すべてハビトゥス変容のプロセスとして理論化できる。
研究例
・Akrivou & Todorow (2014) 対話的ハビトゥス概念と組織学習
・Battilana (2006) 制度的ロジックとハビトゥス
・組織のヒステレシス効果:M&A後の文化統合の困難さを説明
・Threadgold & Nilan (2009) 若年層と反省性
政治的選好・投票行動は、合理的計算ではなく階級ハビトゥスから生じる。「労働者階級が右翼に投票する」現象も、経済的利害ではなく、ハビトゥスとイルジオの観点から分析される。
研究例
・Bourdieu「世論調査は存在しない」(『社会学の社会学』1980)
・Riley (2017) ブルデューの階級理論と政治
・近年のポピュリズム研究におけるハビトゥス論の応用
「趣味は階級ハビトゥスの表出である」というブルデュー『ディスタンクシオン』の中心テーゼは、現代芸術社会学・文化研究の出発点となった。音楽、文学、視覚芸術、食、消費すべてにおいて、ハビトゥスの作動が実証されている。
研究領域
・Peterson (1992) 「文化的雑食性」論:上流階級の趣味の多様化
・Bennett et al. (2009) Culture, Class, Distinction:英国版ディスタンクシオン
・片岡栄美『趣味の社会学』(2019):日本における文化的雑食性の実証
合同会社GETTAプランニングが20年以上にわたって展開してきた応用領域。ブルデュー理論を日本社会の文脈に独自応用し、一本歯下駄という物理的装置を通じて、西洋化されたハビトゥスからの脱却を実装している。
三位一体の戦略
・仮想的界:能楽など伝承的身体文化を個人の中に内包
・機能的保存のある道具:一本歯下駄、足半など
・ことばによる身体知:わざ言語、からだメタ認知
・実装:J-League112名・プロ野球45名以上の指導実績、世界タイトルマッチ帯同経験、全国230名の認定インストラクター網
身体への実装 ─ GETTAによるヒステレシス効果Embodiment of Habitus Theory
合同会社GETTAプランニング代表 宮崎要輔は、追手門学院大学大学院修士論文「文化身体論の構築」以降、20年以上にわたって、ブルデューのハビトゥス論を出発点として、現場での身体的実装を体系化してきた。J-League112名・プロ野球45名以上の指導実績、世界タイトルマッチ帯同経験、全国230名の認定インストラクター網——これらすべての背後に、ハビトゥス論の臨床的・実践的応用がある。
一本歯下駄GETTA:ヒステレシス効果を発動させる装置
近代日本人の身体は、明治以降の西洋化が書き込んだハビトゥスによって深く規定されている。靴文化、椅子文化、立位中心の身体観——これらすべてが意識以前のレベルで作動し、伝統的身体技法の再現を構造的に妨げている。意志の力で抗おうとしても、ハビトゥスは意識以前で作動しているため、抵抗できない。
一本歯下駄GETTAは、この構造を物理的装置として打開する。一本歯の上では、西洋化された歩行様式(地面を蹴って前進する)では立てない。これは個人の意志ではなく、物理法則による強制的な不一致である。ブルデューが『パスカル的省察』で記述した「不調・ためらいの瞬間」が、装置によって意図的に発動する。
そしてこの瞬間に、ヒステレシス効果が三条件のもと作動する:(1)既存のハビトゥスと現状の明確な不一致(足が地面につかない)、(2)実践的関心の中心領域(歩行・立位という人間の最も基底的な動作)、(3)修正のための実践的資源(伝統的身体技法という参照先、わざ言語による身体知の言語化、仲間との場の共有)。三条件が揃った時、ハビトゥスは意識化され、変容の可能性が開く。
すなわちGETTAは、ハビトゥス論の中核理論──モースの身体技法、メルロ=ポンティの習慣的身体、ブルデューのヒステレシス効果、宮崎要輔の仮想的界──を、ひとつの極めて単純な木製道具によって統合的に実装した装置である。社会学修士論文の理論が、20年の現場で物理的に作動し続けている。
文献リスト ─ ハビトゥスの世界を歩くためにEssential Bibliography
日本語の必読書(入門〜中級)
- 石井洋二郎(1993)『差異と欲望:ブルデュー《ディスタンクシオン》を読む』藤原書店 ── 日本のブルデュー受容の出発点
- 磯直樹(2020)『認識と反省性:ピエール・ブルデューの社会学的思考』法政大学出版局 ── 現代日本のブルデュー研究の到達点
- 宮島喬(2017)『ブルデュー社会学への招待』勁草書房 ── 入門書として最良
- 片岡栄美(2019)『趣味の社会学:文化・階層・ジェンダー』青弓社
- 加藤晴久 編(1996)『ピエール・ブルデュー:1930-2002』藤原書店
- 苅谷剛彦(2001)『階層化日本と教育危機』有信堂
- 稲葉振一郎(2019)『社会学入門・中級編』有斐閣 ── ハビトゥス論の整理に有益
- 生田久美子(1987)『「わざ」から知る』東京大学出版会 ── 日本のハビトゥス的伝承論
- 市川浩(1975)『精神としての身体』勁草書房 ── 日本独自の身体ハビトゥス論
翻訳されたブルデュー主要著作
- ブルデュー『実践理論の素描』藤原書店(原山哲訳、1988)原著1972
- ブルデュー『ディスタンクシオン I・II』藤原書店(石井洋二郎訳、1990)原著1979 ── 主著
- ブルデュー『実践感覚I・II』みすず書房(今村仁司・港道隆訳、1988-90)原著1980
- ブルデュー&パスロン『再生産』藤原書店(宮島喬訳、1991)原著1970
- ブルデュー『パスカル的省察』藤原書店(加藤晴久訳、2009)原著1997 ── ヒステレシス効果の詳述
- ブルデュー&ヴァカン『リフレクシヴ・ソシオロジーへの招待』藤原書店(水島和則訳、2007)原著1992
- ブルデュー『芸術の規則I・II』藤原書店(石井洋二郎訳、1995-96)原著1992
- ブルデュー『社会学の社会学』藤原書店(田原音和ほか訳、1991)原著1980
- ヴァカン『ボディ&ソウル』新曜社(田中研之輔訳、2013)原著2004 ── 拳闘ハビトゥス民族誌
翻訳されたハビトゥス前史の古典
- アリストテレス『ニコマコス倫理学』岩波文庫(高田三郎訳、1971-73)── 「ヘクシス」の原典
- モース『社会学と人類学II』弘文堂(有地亨ほか訳、1976)── 「身体技法」収録
- フッサール『デカルト的省察』岩波文庫(浜渦辰二訳、2001)── 「Habitualität」の原典
- メルロ=ポンティ『知覚の現象学』みすず書房(竹内芳郎・小木貞孝訳、1967)── 「習慣的身体」の原典
- エリアス『文明化の過程 上・下』法政大学出版局(赤井慧爾ほか訳、1977-78)原著1939
- バトラー『ジェンダー・トラブル』青土社(竹村和子訳、1999)原著1990
英語の必読書(研究レベル)
- Bourdieu, P. (1990). The Logic of Practice. Stanford UP. ── 『実践感覚』英訳
- Bourdieu, P. (1984). Distinction: A Social Critique of the Judgement of Taste. Harvard UP. ── 『ディスタンクシオン』英訳
- Wacquant, L. (2004). Body & Soul: Notebooks of an Apprentice Boxer. Oxford UP.
- Lahire, B. (2011). The Plural Actor. Polity Press.
- Shilling, C. (2012). The Body and Social Theory (3rd ed.). Sage.
- Calhoun, C., LiPuma, E., & Postone, M. (Eds.) (1993). Bourdieu: Critical Perspectives. University of Chicago Press.
- Swartz, D. (1997). Culture and Power: The Sociology of Pierre Bourdieu. University of Chicago Press.
- Grenfell, M. (Ed.) (2014). Pierre Bourdieu: Key Concepts (2nd ed.). Routledge.
主要論文(Open Access優先)
- Bourdieu, P. (1986). “The forms of capital.” In Richardson (Ed.), Handbook of Theory and Research for the Sociology of Education.
- Wacquant, L. (2014). “Homines in extremis: What fighting scholars teach us about habitus.” Body & Society, 20(2).
- Wacquant, L. (2016). “A concise genealogy and anatomy of habitus.” The Sociological Review, 64(1).
- Atkinson, W. (2021). “Fields and individuals: From Bourdieu to Lahire and back again.” European Journal of Social Theory, 24(2).
- 西兼志(2015)「『ハビトゥス』再考──初期ブルデューからの新たな展望」成蹊大学文学部紀要
- 磯直樹(2008)「ブルデューと『社会的なもの』の可能性」ソシオロジ, 53(1).
- Akrivou, K. & Todorow, L. (2014). “A dialogical conception of Habitus.” Frontiers in Human Neuroscience, 8, 432.
- Akrivou & Todorow (2014) — 対話的ハビトゥス論(PMC OA)
- Wacquant (2014) — Body & Society(OA)
- Wacquant (2016) — A concise genealogy of habitus(OA)
- Atkinson (2021) — Bourdieu vs Lahire論争(OA)
オンライン資料
よくある質問Frequently Asked Questions
ハビトゥスは「習慣」と何が違うのですか?
「習慣(habit)」は個人の癖や繰り返しを指す日常語ですが、「ハビトゥス(habitus)」はそれを社会理論として精密化したラテン語起源の専門用語です。違いは三点。第一に、ハビトゥスは個人の癖ではなく社会階級・文化が身体に書き込んだ集合的性向。第二に、ハビトゥスは「移調可能(transposable)」で、ある場面で形成された性向が別の場面でも作動する。第三に、ハビトゥスは「構造化する構造」として、新しい行為を能動的に生成する装置です。マルセル・モース(1934)が、フランス語のhabitudeとあえて区別してラテン語habitusを用いた歴史的経緯があります。
ハビトゥスは決定論的な概念ですか?
批判的にはそう見られがちですが、ブルデュー自身は決定論を否定しています。ハビトゥスは「構造化された構造」(社会構造に規定される)であると同時に「構造化する構造」(新しい実践を生成する)として機能します。さらにヒステレシス効果の存在は、ハビトゥスが変容しうる動的構造であることを示しています。Wacquant(2016)はハビトゥス概念に関する四つの誤解を整理し、ハビトゥスは「永久革命(permanent revision)の対象」であると強調しました。決定論的読解は、ブルデュー自身が批判した「神学的解釈」と呼ばれます。
ハビトゥスは変えられますか?
可能ですが、極めて困難です。ヒステレシス効果が発動する三条件——(1)既存のハビトゥスと現状の明確な不一致、(2)実践的関心の中心領域での不一致、(3)修正のための実践的資源の利用可能性——が揃ったとき、ハビトゥスは意識化され、変容の可能性が開きます。ただし、意識化された後も実際の変容には長期的な反復が必要です。一本歯下駄のような物理的装置は、これら三条件を強制的に揃える有効な手段となります。詳細は本ページ第10理論「ヒステレシス効果」を参照。
ハビトゥスは個人の中にしか存在しませんか?
ブルデューの定義では「身体に刻まれた性向」として個人の中に位置づけられますが、これがブルデューの限界でもあります。同じ階級・文化に属する人々は類似のハビトゥスを共有するため「集合的ハビトゥス」と呼ぶこともできます。さらに宮崎要輔の「転移する文化資本」概念は、文化資本(ハビトゥスの一形態)が個人の身体に閉じない次元を捉えています。鳩尾から湧いた衝動が他者に転移し、場所全体を満たす——この「場のハビトゥス」とでも呼ぶべき次元は、ブルデューの蓄積論では捉えきれないものです。
『ディスタンクシオン』の階級論は今でも有効ですか?
有効ですが、修正が必要です。Peterson (1992)が指摘した「文化的雑食性(cultural omnivorousness)」現象——上流階級が高級芸術と大衆文化の両方を消費する——は、『ディスタンクシオン』当時の単純な階級=趣味対応を複雑化させています。Bennett et al. (2009)『Culture, Class, Distinction』は英国でこの現象を実証しました。日本では片岡栄美(2019)が雑食性と階級の関係を実証研究しています。ライールの複数ハビトゥス論も、後期近代の階級・趣味の複雑化を理論化しています。
ブルデューを学ぶ最初の一冊は何がよいですか?
入門には宮島喬『ブルデュー社会学への招待』勁草書房(2017)を推奨します。中級レベルでは石井洋二郎『差異と欲望』藤原書店(1993)が『ディスタンクシオン』の優れた解説書です。研究レベルに進むなら磯直樹『認識と反省性』法政大学出版局(2020)が日本のブルデュー研究の最前線を示します。原著を読むなら、まず『実践感覚』、次に『ディスタンクシオン』、最後に『パスカル的省察』の順がおすすめです。英語ではDavid Swartz『Culture and Power』が定評ある入門書です。
転移する文化資本とブルデューの違いは何ですか?
ブルデューの文化資本論は、すべて「蓄積」の論理で記述されています。これは資本の経済学的モデルを文化に適用した結果ですが、同時に最大の限界です。宮崎要輔の「転移する文化資本」概念は、個人の身体に閉じない文化資本の次元を捉えます。鳩尾から湧いた衝動が他者に転移し、場所全体を満たし、その場にいた人間の身体に痕跡を残す——これは「私のもの」になりません。所有ではなく参与の論理です。ブルデューの文化資本(蓄積→所有→再生産→不平等)に対し、転移する文化資本(湧出→転移→共振→場の生成)。これはブルデュー社会学への最も深い敬意と最も鋭い超克を同時に表現しています。
ハビトゥスは脳科学・神経科学とどう関連しますか?
近年、認知神経科学の予測符号化理論(Karl Friston)や身体化認知(embodied cognition)研究との対話が進んでいます。Akrivou & Todorow (2014)『Frontiers in Human Neuroscience』はハビトゥスの神経科学的基盤を論じています。ハビトゥスは小脳・基底核に蓄積された運動学習・予測モデルとして実装されており、固有受容感覚・前庭覚・視覚との多感覚統合を通じて作動します。ホール(2013)は神経科学的にハビトゥスを再概念化する研究を発表しています。本サイトの身体図式の図鑑もこの観点を扱っています。
ハビトゥス論はAI・機械学習に応用できますか?
応用研究が始まっています。Wacquantの拳闘ハビトゥス研究の知見は、ロボットの身体化学習(embodied AI)に応用可能です。また、強化学習エージェントの形成過程は、ハビトゥス形成の機械的シミュレーションとして読み解けます。ブルデュー社会学を採用した社会シミュレーション研究(agent-based modeling)も発展中です。一方、生成AIにおけるバイアスは、訓練データに含まれる文化的ハビトゥスの再生産として理解できます——「機械の文化資本」とも呼べる現象です。
ハビトゥスとは、私たちが意識せずに行為し、感じ、判断する、その「自然さ」の正体である。
食卓での所作、笑い方、姿勢、好み、政治的選好、身体の構え——それらすべては、私が育った社会階級・文化・時代が、私の身体に書き込んだものだ。意識せずに作動するため、自由意志のように見える。だが、実は社会の身体的沈殿物である。
そして同時に、ハビトゥスは石ではない。ヒステレシス効果が発動する条件を整えれば、変容の可能性が開く。意識化されたハビトゥスは、新たな構築の対象となる。アリストテレスから現代まで2300年の探求が辿り着いたこの動的構造こそ、社会と身体を結ぶ最も深い場所である。
本ページが、アリストテレスから現代神経科学・転移する文化資本に至るこの巨大な知の体系への入口として、また日本語圏における最良のリファレンスとして、読者の探求を支える存在であれば幸いである。
概念図鑑シリーズ ─ 他の図鑑も読む
五つの概念は、ひとつの身体観に収斂する。
本図鑑シリーズの他の巻も合わせて読むことで、文化身体論の全体像が立ち現れる。
Head & Holmes・メルロ=ポンティ・入來篤史・Ramachandran・予測符号化理論
ポランニー・ライル・ドレイファス・ノナカSECI・わざ言語・からだメタ認知
プリゴジン・ハーケン・カウフマン・蔵本・Kelso・Turing・オートポイエーシス
バタフライ効果・サンタフェ研究所・複雑適応系・自己組織化臨界・フラクタル
いま、あなたが必要なのはどの一足か?
歩行のクセを解くプロセスは、3段階で進む。
あなたの今いる段階に合うモデルから始めてください。
文化身体論図鑑 ─ 図鑑シリーズの集大成
ハビトゥス・身体図式・暗黙知・自己組織化・複雑系の5つの概念は、合同会社GETTAプランニング 宮崎要輔の文化身体論へと収束する。「身体文化論」から「文化身体論」への語順転倒、三位一体構造、転移する文化資本までを網羅する集大成図鑑。
FINALE

