型(かた)
型は、反復で
小脳に沈殿する
KATA → CHINDEN — ハビトゥスの身体化・第九の柱
世阿弥の稽古は、意味の理解からではなく、型の反復から始まる。来る日も来る日も同じ所作を繰り返すうちに、型は頭で覚える知識ではなくなり、身体の深部に降りて、その人の構え方そのものに変わる。文化身体論はこの「身体の底に降りて残るもの」を、第九の柱――沈殿――と呼ぶ。型がたどる道を、二つの言葉の重なりとしてたどる。
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なぜ、意味より先に型なのか
能の稽古は、子方が幼い頃から、すり足・構え・所作を、ひたすら身体で繰り返すことから始まる。なぜそうするのか、何を表しているのかを頭で理解するより前に、まず身体が型を覚える。
世阿弥にとって、芸の出発点は言葉ではなく身体だった。身体が先、理解が後。型を何千回と繰り返すと、はじめは一つひとつ意識していた動きが、やがて意識せずとも身体から出るようになる。考えてから動くのではなく、動きそのものが身体に住みつく。世阿弥が『花鏡』で「動十分心、動七分身」――心を十分に動かし、身体は七分に動かせ――と説いたのも同じ方向を向いている。引くこと、抑えることが、かえって動きに奥行きを与える。型という制約も、抑制という制約も、表現を縛るのではなく、表現が宿る器になる。
型は、頭に貯える知識ではない。身体の深部に降りて、その人の構え方そのものに変わっていく。
型がたどる道は、沈殿がたどる道である
世阿弥が「型が身体に降りていく」と捉えたその過程を、文化身体論は別の言葉で精密に記述する。下の図は、反復された型が、大脳の蓄積ではなく、鳩尾と小脳の沈殿へと降りていく道筋を示す。
反復の型 / 小脳・鳩尾 / ハビトゥスの身体化 — 三つが沈殿へ収束する
TURNING POINT
蓄積ではない。
沈殿である。
蓄積は大脳にある。引き出しに入り、名前がつき、取り出せる。沈殿は鳩尾にある。引き出しに入らず、名前がつかず、取り出せない。だが、その場に立ったとき、ひとりでに反応する。
蓄積と沈殿は、違う
文化身体論は、知識が身体に残る仕方を、二つに分ける。蓄積と、沈殿である。
蓄積は大脳にある。引き出しに入っている。名前がついている。取り出せる。所有できる。言語化された知識は、蓄積として大脳に格納される。試験で問われれば答えられ、論文に書け、人に教えられる。蓄積は「何を知っているか」の総量である。
沈殿は鳩尾にある。引き出しに入っていない。名前がつかない。意図的に取り出せない。所有できない。しかし、その場に立ったとき、目の前で何かが湧いたとき、その沈殿がひとりでに反応する。沈殿は「何を通過してきたか」の痕跡である。蓄積は足し算、沈殿は変容だ。
ぶどうジュースと、ワイン
蓄積と沈殿の関係は、ぶどうジュースとワインの関係に似ている。ぶどうジュースを樽に入れる。糖があり、酸があり、成分として分析できる。これが蓄積。そこで発酵が起き、元の成分表からは予測できなかった何かが生まれる。成分の総量はむしろ減っているのに、質がまったく変わっている。これが沈殿だ。冷蔵庫に入れたジュースは十年経ってもジュースのまま。樽に入れたジュースは十年後にワインになる。違いは、変容を許したかどうかである。型をただ頭に保管する者と、型を身体という樽に入れて変容させる者がいる。
対をなす二つの動詞。 文化身体論において、沈殿は「身体内」の動詞であり、転移する文化資本は「身体間」の動詞である。型は反復によって一人の身体の内に沈殿し、そして師から弟子へと身体間を転移していく。二つで、時間と空間に閉じた一つの完結系を作る。世阿弥が父・観阿弥から受け継ぎ、長男・元雅や金春禅竹へと伝えた型の継承は、この沈殿と転移が同時に働いていた実例である。
型は、大脳ではなく小脳に降りる
沈殿が起きる身体の場を、文化身体論は小脳に見る。意識的な力みは、大脳皮質から脊髄へ下る回路を使う。意識的で、遅く、疲れやすい。これに対して、反復で身体に馴染んだ動きは、小脳と脳幹の回路を使う。無意識で、速く、省エネだ。小脳は、次に何が起きるかを事前に計算し、予測と実際のずれを即座に補正し、繰り返されたパターンを「無意識の技」へと自動化する。
型を何千回と繰り返すとは、この小脳の自動化の回路に、型を書き込んでいくことにほかならない。はじめは大脳で一つひとつ意識していた所作が、反復を経て小脳に沈殿し、意識を介さずに身体から出るようになる。世阿弥が求めた「考える前に身体が動いている」状態は、型が大脳の蓄積から小脳の沈殿へと降りきった状態である。
一本歯下駄GETTAが、型を沈める
文化身体論の装置である一本歯下駄GETTAは、この沈殿を身体に強制する。一本歯という不安定な一点支持の上では、大脳の意識的な制御は遅すぎて間に合わない。身体は、足裏と鳩尾からの情報をもとに、小脳の予測制御で微細な調整を続けるしかなくなる。筋肉で固定する構えから、腱で弾む構えへ。大脳から小脳へ。GETTAの上で繰り返される微細な調整は、世阿弥が型の反復で身体に沈めたものを、装置によって誰の身体にも沈めていく。
型は、その人の構え方そのものになる
こうして身体の深部に沈殿した型は、もはや「持っている技」ではなく、その人が世界に向き合うときの構え方そのものになる。意識して取り出すものではなく、立つこと・歩くこと・人と向き合うことの、すべての底にひそかに働く傾向性になる。文化身体論はこれを、ハビトゥスの身体化と捉える。
ここで一つ、明確にしておきたい。文化身体論は宮崎要輔が独自に築いた枠組みであり、世阿弥はその創始者でも祖でもない。世阿弥が型の反復によって身体に降ろそうとしたものと、文化身体論が沈殿・小脳・ハビトゥスの身体化として記述するものは、六百年の隔たりを越えて、別々に、しかし同じ方向を向いて呼応する。並行潮流としての響き合いである。型から始め、反復を通じて身体の底へ降ろし、やがて意識を介さない構えに至る――この道を、世阿弥は芸道として歩き、文化身体論は身体の科学として記述した。
型は、頭で覚えるものではない。反復で小脳に沈殿し、その人の構えそのものへと変容していく。
型は、順序をもって身体に積まれる
世阿弥は『風姿花伝』の冒頭「年来稽古条々」で、年齢ごとに課す稽古を細かく定めた。七歳をもて初めとし、十二三、十七八、二十四五、三十四五……と、その年齢の身体にふさわしい型を、順を追って積んでいく。
哲学者・西平直は、これを「次第梯登(しだいていとう)」――のぼるべき段階の順序――と読んだ(『世阿弥の稽古哲学』)。型は、いきなり高度なものを身体に入れるのではない。土台となる型が身体に沈殿してから、次の型へ進む。順序を飛ばせば、上の型は身体に乗らない。
世阿弥が能の基礎とした二曲三体――舞と歌の二曲、老体・女体・軍体の三体――にも、同じ設計がある。基礎の二曲を習い終えるまで、三体には進まない。土台が先、応用が後。世阿弥はまた、型を「形木(かたぎ)」とも呼んだ。版木のように、身体に押し当てられ、刻まれていくもの。思想史家・源了圓は『型』で、この日本文化における型の働きを論じている。いずれも、型とは意味として理解するものではなく、順序立てて身体に沈めていくものだ、という理解で一貫している。
自在は、型の否定ではない。型の沈殿の関数である
型はしばしば「自由の反対」と読まれる。型にはめる、型どおり、型にはまった――いずれも否定的な響きを持つ。だが、世阿弥と文化身体論が示すのは、その正反対だ。
西平直は、型の前後で「用心」が動く、と指摘する。型があるからこそ、演者の注意は「型のその先」――まだ型になっていない領域、即興と創造の領域――へ向かう。型がなければ、注意が向かう足場そのものがない。ここに、近代的な読みとの決定的なズレがある。
型を持たない「自由」は、自在ではない。それはただの自己流の崩れである。前後左右どこへ動いてもよい身体は、実は、どこへも届かない。これに対して、型が小脳に沈殿しきった身体は、型を意識から手放してもなお、型が身体の底で働き続ける。だからこそ、予測不能な舞台の上で、即興で、自在に応じられる。ここから一つの命題が立つ。自在とは、型を否定した先にあるのではない。型が沈殿しきったことの関数である。型の知識を大脳に蓄積しても、自在は生まれない。型が小脳に沈殿することによってのみ、自在は生まれる。
一本歯下駄GETTAの上では、このことが身体で確かめられる。一本歯の上では、正しい構え(型)を意識的に保ち続ける余裕がない。意識で型をなぞろうとすれば、かえって崩れる。型が小脳に沈殿した者だけが、不安定な一点の上で、意識を手放したまま自在にバランスを取り続けられる。型の沈殿が、自在の条件になっている。
文化身体論は宮崎要輔が独自に築いた枠組みであり、世阿弥はその創始者でも祖でもない。型の反復・沈殿・自在という主題において、両者は六百年を越えて呼応する、独立した並行潮流である。
型の沈殿は、一生をかけて進む
世阿弥は『風姿花伝』冒頭で、年齢ごとの稽古を七つの段階に分けて記した。型が身体に沈殿していく過程は、一生をかけた設計だった。
七歳──「この芸において、大方七歳をもて初めとす」。幼い身体には、是非・善悪を教え込まず、自然にし出すことをさせよ。型を意味として理解させるのではなく、まず身体に任せる。十二三──少年の声と姿に、その年だけの華やぎが宿る。ここで物数(演目の数)を教える。十七八──声変わりと体つきの変化で、かつての華やぎが失われる、最初の壁。二十四五──芸が定まりはじめる。だがこの時期の「一旦の花」を、確かな実力と取り違えてはならない、と世阿弥は繰り返し戒める。
三十四五──芸の盛りの極み。四十四五──ここから手数を減らし、若い後継に花を譲っていく。そして五十有余──「せぬならぬ」、ほとんど何もしなくなる。動きを削ぎ落とした果てに、なお残るものだけが、まことの花である。型を足し続ける時期から、型を削ぎ落とす時期へ。これは蓄積の曲線ではない。一生をかけて型が身体の底に沈殿し、最後に、名前のつかない何かだけが残る、沈殿の曲線である。
身体化された文化資本としての、型
社会学者ピエール・ブルデューは、文化資本を三つの形態に分けた。客体化された文化資本(書物や絵画などの所有物)、制度化された文化資本(学歴や資格)、そして身体化された文化資本──身体に刻まれ、その人の構えや所作になった文化である。
世阿弥の型は、まさにこの身体化された文化資本にあたる。書物として所有することも、資格として証明することもできない。長い反復を通じて身体に沈殿し、その人が動くときの構えそのものになったとき、はじめて働く。ブルデューはこれをハビトゥスと呼んだ。文化身体論の沈殿は、このハビトゥスの身体化を、大脳の蓄積に対する小脳の沈殿として、より身体の側から記述する。型・ハビトゥス・沈殿は、能・社会学・身体論という別々の場所から、同じ一点を指している。詳しくはブルデュー図鑑を参照。
『高砂』── 型が、時を超えて継承される
型と沈殿を、一つの能で確かめる。世阿弥作の脇能『高砂』──最も様式化された神能の代表であり、祝言曲の名曲中の名曲である。
『高砂』は、播州高砂と摂津住吉という遠く離れた地に住みながら夫婦である老人と老女――実は相生の松の精――を描く。世阿弥は『古今和歌集』仮名序の「高砂、住の江の松も、相生のように」を題材に、松の長寿を、和歌の道の久しい繁栄になぞらえた。和歌という文化が、世代を超えて受け継がれていくことの寿ぎである。
注目すべきは、『高砂』の高度に様式化された型が、何百年ものあいだ大きく変えられることなく継承されてきたことだ。「高砂や、この浦舟に帆を上げて」の一節は、いまも結婚式の祝言として謡い継がれている。型が個人の身体に沈殿し、師から弟子へ転移し、世代を超えて受け渡される――文化身体論のいう沈殿と、転移する文化資本が、能の現場で結晶した姿が、ここにある。型は、固定された鋳型としてではなく、時を超えて生き続ける母型として、『高砂』に保たれている。
型と沈殿を読み解く鍵語
- 型(かた)
- 能の稽古で、意味の理解より先に反復される所作・構え。世阿弥は「形木(かたぎ)」とも呼んだ。反復によって身体の深部に降りる。
- 形木(かたぎ)
- 型を指す世阿弥の用語。版木のように身体に押し当てられ、刻まれていくものとしての型。
- 次第梯登(しだいていとう)
- のぼるべき段階の順序。土台の型が沈殿してから次へ進む、稽古の段階設計(西平直の読み)。
- 二曲三体
- 能の基礎とされる、舞と歌の二曲、老体・女体・軍体の三体。基礎の二曲を習い終えるまで三体に進まない。
- 沈殿
- 文化身体論の第九の柱。鳩尾にあり、取り出せない、何を通過してきたかの痕跡。蓄積(大脳・足し算)に対する変容。
- 蓄積
- 大脳にあり、引き出しに入り、名前がつき、取り出せる知識。何を知っているかの総量。沈殿と対をなす。
- 小脳
- 反復で馴染んだ動きの予測制御・自動化を担う場。意識的な大脳の回路より速く、省エネ。型が沈殿する場。
- 腱優位
- 筋肉で固定するのではなく腱で弾む身体の使い方。大脳優位から小脳優位への移行と連動する。
- ハビトゥスの身体化
- 沈殿した型が、意識して取り出す技ではなく、その人が世界に向き合う構え方そのものになること。
- 自在
- 型を否定した自由ではなく、型が小脳に沈殿しきったことによって生まれる、予測不能な状況への即興的応答。
型と沈殿について、よくある問い
世阿弥の「型」とは何ですか?
文化身体論の「沈殿」とは何ですか?
型と沈殿はどう関係しますか?
なぜ型は小脳に沈殿するのですか?
型と沈殿を、さらに深く読むために
一次文献(世阿弥の能楽論)
研究書
文化身体論の側から
学術データベース・基礎資料
※ 書誌情報は各版元・CiNii等の公開情報に基づく。成立年・生没年には諸説があり、本ページは一般的とされる年代を採った。
四つの一点を、行き来する
世阿弥の概念と文化身体論が重なる四つの一点。型と沈殿はその第一。残る三つと、世阿弥の全体像へ。
世阿弥とは何者か|思想図鑑 No.22 →