西田幾多郎とは|純粋経験・場所の論理・絶対矛盾的自己同一・京都学派の完全図鑑|思想図鑑 No.16

GETTA THINKERS ENCYCLOPEDIA No.16 / 16 KYOTO SCHOOL
Nishida Kitarō · 1870-1945 · JP

西田幾多郎 N I S H I D A   K I T A R Ō
1870.5.19 石川県河北郡宇ノ気 ── 1945.6.7 鎌倉

京都学派の創始者・近代日本哲学の祖
“我々と実在とが直に接する地点”を生涯探究した思索者

“経験するというのは事実そのままに知るの意である。
個人あって経験あるのではなく、経験あって個人ある” ── 『善の研究』(1911)

OVERVIEW  /  概観

75年の生涯を貫く一つの問い
──実在とは何か、自己とは何か

西田幾多郎は近代日本における最初の独創的哲学を築いた人物として、「西田哲学」と呼ばれる思想体系を確立した。京都大学日本哲学史専修はその思想を「東洋的思想の地盤の上で西洋哲学を摂取し」「現実の世界の構造を何処までも論理的に解明」しようとしたものと記す。Stanford Encyclopedia of Philosophyは彼を「20世紀における最も重要かつ影響力のある日本の哲学者」と位置づける。彼自身は自伝を一行で記した──「その前半は黒板を前にして坐した、その後半は黒板を後にして立った。黒板に向かって一回転をなしたといえば、それで私の伝記は尽きるのである」。だが、その平淡な一行の背後には、肉親の死、学歴差別、家業の没落、最初の妻との離別──「人生の悲哀」と西田自身が呼んだ深い苦難があり、その悲哀こそが彼の哲学の動機であった。

PHASE 01  /  1870–1909

金沢〜山口時代
苦難・参禅・思索の準備期

加賀藩大庄屋の家に生まれるが、父の事業失敗で実家は没落。第四高等中学校で鈴木大拙と生涯の親友となる。東京帝大に「選科」で入学し冷遇に苦しむ。卒業後は故郷で中学・高校教師を勤めるかたわら、京都・富山で本格的に参禅。1903年、京都大徳寺孤蓬庵にて無字の公案を透過、居士号「寸心」を授かる。35歳頃から後の『善の研究』となる思索を開始。

PHASE 02  /  1910–1928

京都帝大時代
『善の研究』と西田哲学の確立

40歳で京都帝大助教授に着任。1911年『善の研究』刊行──旧制高等学校生の必読書となる。「純粋経験」から「自覚」、そして1926年の論文「場所」で場所の論理を確立。田辺元・西谷啓治・三木清・九鬼周造ら多くの俊英が集い、京都学派が形成される。一方、母・妻・長男・長女の死など私生活の苦難が連続。「哲学の動機は人生の悲哀でなければならない」という言葉はこの時期の真実を語る。

PHASE 03  /  1929–1945

鎌倉時代
絶対矛盾的自己同一への深化

京都帝大退官後、春秋を京都・夏冬を鎌倉で過ごす。1933年『哲学の根本問題』で「自己から世界を見る」立場から「世界の個物的限定に即して自己を見る」立場へターンオーバー。行為的直観歴史的身体絶対矛盾的自己同一逆対応などの後期概念を展開。1940年文化勲章受章。1945年6月7日、終戦の二ヶ月前に永眠。最後の論文「場所的論理と宗教的世界観」を遺稿として残す。

CHRONOLOGY  /  略年譜

人生の悲哀から哲学へ
──75年の歩みに刻まれた32の節目

参禅と思索、家族の連続する死、京都学派の形成、田辺元との論争、そして最晩年の遺稿まで。西田が「黒板に向かって一回転をなした」と表現したその回転は、実は深く重層的な思索の軌跡であった。朱印は体系全体の決定的転回点を示す。

1870
5月19日、石川県河北郡宇ノ気村(現・かほく市森)に誕生。父・西田得登、母・寅三の長男。西田家は江戸時代「十村」と呼ばれた加賀藩の大庄屋を務めた豪家。
1883
石川県師範学校に入学するも、腸チフスを患い中退。土蔵で漢書を読みふけり、川や海で活発に遊ぶ少年期。
1886
第四高等中学校予科入学。後の親友鈴木大拙と同級。夏目漱石が一年上におり、フローレンツのドイツ語の時間で『ヘルマン・ウント・ドロテーア』を共に読む。
1890
大拙とともに四高を中退。父の事業失敗で実家は破産状態に。
1891
東京帝国大学哲学科選科(聴講生に近い立場)入学。本科生との待遇差別に苦しみ「三年の間を、隅の方に小さくなって過ごした」と回顧。
1894
東京帝大選科卒業(卒業論文:ヒュームの因果論)。結婚。石川県尋常中学校七尾分校教諭となる。
1896
第四高等学校講師。この頃から京都・富山での参禅を本格化。
1897
山口高等学校教務嘱託。瞑想思索を意味するドイツ語Denkenから「デンケン先生」と渾名される。
1899
第四高等学校教授就任。後の『善の研究』の基礎となる講義を行う。
1903
京都大徳寺孤蓬庵広州老師に参じ、無字の公案を透過。居士号「寸心」を授かる。1日10数時間を只管打坐して過ごし、合間にダンテ『神曲』に耽る日々。
1905
後に『善の研究』となる論文を書き始める。富山県国泰寺で瑞雲老師に参じる。
1909
学習院教授(独文主任)、日本大学講師。鎌倉に別荘を持つ。
1910
8月31日、京都帝国大学文科大学助教授(倫理学)就任。京都暮らしが始まる。豊山大学(現・大正大学)講師も兼任。
1911
1月、処女作『善の研究』を弘道館より刊行。明治・大正期の旧制高等学校生の必読書となり、「純粋経験」を中心概念として日本哲学の本格的第一歩を記す。真宗大谷大学(現・大谷大学)講師。
1913
8月、京都帝国大学文科大学教授(宗教学)就任。12月、論文博士(京都帝国大学)。
1914
宗教学講座担当を免じられ、哲学・哲学史第一講座担任。
1917
自覚における直観と反省』刊行。純粋経験論に対する自己反省を経て、「自覚」を中心概念とする立場へ。直観と反省をカップリングして掴むという目標を立てる。
1918
母タツ死去。翌年から妻寿美が病に伏し5年間寝たきりに。長男・謙の死、四女・六女のチフス入院など、家族の悲哀が連続する暗い時期に入る。
1923
『芸術と道徳』刊行。京都市内の西田邸の一部に「骨清窟」が建てられる。
1925
妻・寿美死去。
1926
論文「場所」を『哲學研究』第123号に発表。アリストテレス的な「主語となって述語とならないもの」を逆転し、「述語となって主語とならないもの」を考察。場所の論理の確立。
1927
働くものから見るものへ』刊行。左右田喜一郎の批評を機に「西田哲学」という呼称が学界・読書界に拡がる。
1928
京都帝国大学教授定年退官。「私の生涯は極めて簡単なものであった。その前半は黒板を前にして坐した、その後半は黒板を後にして立った」と退官時に述べる。
1929
京都帝国大学名誉教授。鎌倉への移住開始(春秋=京都、夏冬=鎌倉の生活)。
1930
一般者の自覚的体系』刊行。田辺元が論文『西田先生の教えを仰ぐ』で批判を開始。
1931
61歳、女子英学塾(後の津田塾大学)教師山田琴と再婚。私生活に平穏が訪れる。
1933
哲学の根本問題』刊行。中期の「場所」の立場から後期の「弁証法的世界」の立場へのターンオーバー。「自己から世界を見る」から「世界の個物的限定に即して自己を見る」立場への根本的転換。
1934
元旦に短歌「人は人 吾はわれ也 とにかくに 吾行く道を 吾は行なり」を詠む。京大退職後、新しい学問の流行と田辺の批判に対峙しながらも精力的に著作を発表。
1936
『論理と生命』にて田辺の名を挙げて反論。両哲学者は激しく対立するも、根本的には「絶対無を軸とした自己ならぬ自己の立場」で通じ合っていたと西谷啓治は後に指摘。
1939
哲学論文集』第二集(「行為的直観」「絶対矛盾的自己同一」など)刊行。
1940
文化勲章受章。『日本文化の問題』刊行。元教え子で当時首相の近衛文麿から大東亜共栄圏の理念について諮問を受け「世界新秩序の原理」を執筆。
1944
リューマチで10ヶ月の寝たきり生活。長女の死。それでも論文発表を続ける。
1945
最後の論文「場所的論理と宗教的世界観」を執筆完了。6月7日、鎌倉にて尿毒症により永眠。75歳。終戦の二ヶ月前。墓は鎌倉・松岡山東慶寺に親友・鈴木大拙の墓と並んで建つ。
2002
岩波書店より新版『西田幾多郎全集』全22巻(竹田篤司・クラウス・リーゼンフーバー・小坂国継・藤田正勝編)刊行開始。
THREE PILLARS  /  三本柱

西田哲学の中核を貫く三つの軸

『善の研究』から最後の論文「場所的論理と宗教的世界観」まで、西田の思索は同じ地点を様々な角度で眺め続けたとも解釈される。一見、純粋経験→自覚→場所→絶対矛盾的自己同一と思想は展開していくように見えるが、その根底にあるのは、主客未分の直接的事実そこを論理化する場所その場所が孕む矛盾の同一性──という三つの柱である。

主客未分の純粋経験から始まる

「経験するというのは事実そのままに知るの意である」──西田は、主観と客観の対立よりも根源的な、両者が分かれる以前の経験を実在の最初の地点とした。色を見、音を聞く刹那の、いまだ主もなく客もない状態。個人があって経験があるのではなく、経験があって個人がある。これが日本哲学の出発点となった。

場所の論理が「於てある」を捉える

あらゆるものは何かに「於てある」。その「於てある場所」こそが、有るものと有るものの関係を成立させる。西洋哲学が「ある」(存在)から出発するのに対し、西田は「於てある場所」の構造を問うた。場所は階層的に深まり、その極限に「絶対無の場所」が現れる。これが述語の論理である。

絶対矛盾的自己同一が世界を成立させる

一にして多、多にして一」──個物と全体、過去と未来、自己と他者は、矛盾するまま統一されている。世界は個物を限定し、個物が世界を限定する。後期西田哲学の核心であり、「衝突矛盾のある処に精神あり、精神のある処には矛盾衝突がある」という命題に結晶した。

DEEP DIVE  /  純粋経験

純粋経験とは何か
──主客未分の直接経験という日本哲学の根源

西田が『善の研究』で提示した純粋経験は、近代西洋哲学が前提としてきた二つの基本的仮定──〈経験は個人的・主観的である〉〈経験は心や他者からの修正を経て初めて知識になる〉──に根本的な疑義を呈した。Stanford Encyclopedia of Philosophyはこう要約する──西田にとって「経験はその根源的形式において、感覚と精神能力を備えた個人が外的世界に接触する活動ではない。むしろ経験するもの/経験されるものへの分化に先立つものであり、個人はそれから形成される」。

“経験するというのは事実そのままに知るの意である。全く自己の細工を棄てて、事実に従って知るのである。純粋というのは、普通に経験といっている者もその実は何らかの思想を交えているから、毫も思慮分別を加えない、真に経験其儘の状態をいうのである。例えば、色を見、音を聞く刹那、未だ之が外物の作用であるとか、我が之を感じているとかいう様な考のないのみならず、この色、この音は何であるという判断すら加わらない前をいうのである。” ── 西田幾多郎『善の研究』第一編「純粋経験」

個人 → 経験ではない

近代西洋認識論は、まず個人があり、その個人が経験を持つ、と考える。西田はこの順序を逆転させた。「個人あって経験あるのではなく、経験あって個人ある」。経験こそが第一義的事実であり、個人はその後で形成される派生的存在である。

「色を見る刹那」の構造

「色を見、音を聞く刹那」──ここに西田は哲学の出発点を置いた。その刹那には、これが外物の作用だという考えも、私が感じているという意識もない。さらに、この色は赤だ・この音はドだという判断すらない。あるのは、ただ「見る/聞く」という事実そのものである。

禅と哲学の融合

西田は1903年に大徳寺孤蓬庵で無字の公案を透過し、居士号「寸心」を授かった本格的な参禅者であった。純粋経験は、禅における「主客一如」の体験を哲学的論理として記述する試みである。ただし西田自身は宗教体験の直接的記述ではなく、西洋哲学と同じ次元での「論理」を目指した。

世界哲学への接続

純粋経験の概念はウィリアム・ジェイムズの “pure experience”、ベルクソンの純粋持続、ホワイトヘッドの有機体哲学と共鳴する。しかし西田は、これらを単に輸入するのではなく、東洋的精神性──特に禅と仏教──の地盤の上で再構築した。京都学派の思想的出発点。

『善の研究』四編構成

『善の研究』は第一編「純粋経験」、第二編「実在」、第三編「善」、第四編「宗教」から成る。純粋経験を出発点として、思惟・意志・知的直観・実在・自然・宗教・神・精神・善・世界・知・愛へと思索を展開。「善とは一言にていえば人格の実現である」という命題が結ばれる。

後期へ続く根源

純粋経験は西田が後に「自己反省」を加えていく出発点だが、最晩年まで彼の思想の地下水脈として流れ続けた。「西田は最初期から最晩年まで同じ地点を様々な角度で眺めていた」とする解釈は、現在の西田研究において広く受け入れられている。場所の論理も、絶対矛盾的自己同一も、純粋経験の異なる角度からの記述である。

CORE CONCEPTS  /  主要概念24

西田哲学を構成する24の独自概念
──各カードをクリックで詳細展開

純粋経験から出発し、自覚を経て、場所の論理へ、そして絶対矛盾的自己同一へ。西田哲学を構成する24の核心概念を、一次文献の出典と共に網羅する。各カードはクリックで詳細解説が展開する。「純粋経験」「無の場所」「行為的直観」「絶対矛盾的自己同一」といった独特の概念は、京都大学日本哲学史専修が指摘するように「従来の論理によっては捉えることのできない『根本的』な事実を、真に具体的に捉えることのできる『論理』として構想されたもの」である。

01 純粋経験Pure Experience / 純粋経験

主観と客観が分離する以前の、経験そのままの状態。色を見、音を聞く刹那の、いまだ主もなく客もない直接的事実。「個人あって経験あるのではなく、経験あって個人ある」──個人より経験が根源的という順序の逆転が西田哲学の出発点となった。ジェイムズの “pure experience” を引き継ぎつつ、禅の「主客一如」の体験を哲学的論理として精緻化した。

『善の研究』全体の基盤概念であり、後の自覚論・場所論・絶対矛盾的自己同一論はすべて、この純粋経験を「異なる角度から眺めた」展開と解釈される。

典拠:『善の研究』第一編(1911)/全集第1巻
02 真実在True Reality / 真実在

純粋経験そのものが真実在である、と西田は主張した。物質や心は、純粋経験から抽象された二次的な構成物にすぎない。真実在は唯一であり、それは無限の活動である。実在の根底には統一する力があり、それを西田は「不変的或者」または「神」と呼んだ──ただし、人格神でも超越神でもない。世界に内在する無限の統一活動である。

典拠:『善の研究』第二編「実在」(1911)
03 善・人格の実現The Good / 善

「善とは一言にていえば人格の実現である」。西田にとって善は外的規範でも快楽でもない。生かされている自己が、不変的或者と繋がった真の自己を確信し、その人格を実現すること──それが善である。「自己が本来不変的或者とつながっていることを『まず信じる』、これが出発点」とされる。倫理学を実在論の上に基礎づけた点で画期的。

典拠:『善の研究』第三編「善」(1911)
04 知的直観Intellectual Intuition / 知的直観

『善の研究』『自覚における直観と反省』で展開された概念。通常の感覚的直観を超え、純粋経験の統一作用そのものを直接捉える知。西洋哲学では神秘主義に位置づけられがちな概念を、西田は経験の根本構造として論理化しようとした。後期にはこれが行為的直観へと深化する。

典拠:『善の研究』『自覚における直観と反省』全集第2巻
05 自覚Self-Awareness / 自覚

『自覚における直観と反省』(1917)の中心概念。「自己が自己において自己を見る」自己還帰的な働き。直観する自己と反省する自己が分裂・対比しつつ、より根本的な統一として「自覚」のうちに探究される。意識する自己と意識される自己の構造を解明し、純粋経験の自己反省としての位置づけがなされた。

西田は自覚を「根本的な働き」と考え、その底に「見るものなくして見るもの」を想定した。これが後の場所概念へと展開する。

典拠:『自覚における直観と反省』(1917)/全集第2巻
06 絶対自由意志Absolute Free Will / 絶対自由意志

『自覚における直観と反省』後半で到達した概念。自覚の根底にある絶対の意志。意志は単なる心理的事象ではなく、世界を構成する根源的活動として捉えられる。フィヒテの絶対自我への応答であり、純粋経験論を主観主義から救い出すために導入された。後期の「場所」へと転換する直前の概念。

典拠:『自覚における直観と反省』終結部
07 場所Place / Basho / 場所

1926年論文「場所」で確立された西田中期の核心概念。ブリタニカ国際大百科事典はこう定義する──「自覚を根本的な『働き』と考え、その底に『見るものなくして見るもの』を想定し、それを概念化して『場所』と呼んだ」。

あらゆる「あるもの」は何かに「於てある」。「於てある場所」がなければ、「ある」と「ない」の区別すら成り立たない。場所は階層的・重層的構造をなし、判断の主語と述語の関係を場所的論理として再構成する。

典拠:論文「場所」(1926, 『哲學研究』第123号)/『働くものから見るものへ』(1927)所収
08 無の場所・絶対無の場所Place of Absolute Nothingness

場所の階層を述語的方向に深めていった極限。「自己自身を無にして無限の有を含む」場所。有と無の対立を超え、有のカテゴリー(主語)と無のカテゴリー(述語)の関係そのものを成立させる根源的場所。判断形式を超えた、論理形式そのものを成立させる「場所」。

京都学派の中核概念「絶対無」(zettai-mu)の論理的定式化であり、西洋哲学の “Being” に対する東洋哲学の “Nothingness” の対比で語られる。Stanford EncyclopediaのKyoto School項目はこれを「topological philosophy of absolute nothingness」と呼ぶ。

典拠:論文「場所」(1926)/『働くものから見るものへ』全集第4巻
09 述語的論理Predicate Logic / 述語的論理

アリストテレスの「主語となって述語とならないもの」(基体)の定義に対し、西田は「述語となって主語とならないもの」を考えた。「我は、主語的統一ではなくして、述語的統一でなければならぬ、一つの点ではなくして一つの円でなければならぬ、物ではなく場所でなければならぬ」。

これは判断論理を場所論理へと変換する根本的転換であり、自己を「物」ではなく「場所」として捉え直す。西洋論理の「主語の論理」から東洋的な「述語の論理」「場所の論理」への移行を示す。

典拠:論文「場所」/『一般者の自覚的体系』(1930)
10 一般者The Universal / 一般者

『一般者の自覚的体系』(1930)で展開された重層的概念。場所から立ち上がる三層の一般者──判断的一般者(客観的世界を認識する一般者、自然界の自覚なき認識)、自覚的一般者(自己を意識し判断的一般者を引き入れる)、叡智的一般者(知的自己が出定したもの、自由な直観が動く)。

松岡正剛は千夜千冊1086夜でこう解説する──「ここには自在に直観が動き、もともと西田が出発点にした『善』が自由に作用する」。

典拠:『一般者の自覚的体系』(1930)/全集第5巻
11 ノエシス・ノエマNoesis / Noema

西田はフッサール現象学のノエシス(意識の作用面)・ノエマ(意識の対象面)概念を取り入れたが、自家薬籠中のものとして独自に展開した。フッサールが知的自己の意識面に使うのに対し、西田は「意志的自己の意識面」(十全な意味での自覚的自己の意識面)に対して使用する。

「赤いコレ!」では「赤い」がノエシス面、「コレ!」がノエマ面に相当する。ノエシス面は時間的に変化する「働き」、ノエマ面はノエシスからは何処までも不可知。これにより一般者の自己限定の体系化が可能になった。

典拠:『一般者の自覚的体系』『無の自覚的限定』
12 無の自覚的限定Self-Limitation of Nothingness

1932年の同名著作の中核概念。絶対無は単に空虚な無ではなく、自己自身を限定して有を生み出す。場所が場所であるためには、その場所自身が自己を限定する働きを持たねばならない。一般者の自己限定として個物が成立し、その個物がまた一般者を限定し返すという、相互限定の構造。後期の弁証法的世界観への移行点。

典拠:『無の自覚的限定』(1932)/全集第6巻
13 私と汝I and Thou / 私と汝

1932年の論文「私と汝」で展開された他者論。マルティン・ブーバーの “I and Thou” と並走する形で、西田は「私」と「汝」の関係を場所の論理から捉え直した。私は汝を通して私となり、汝は私を通して汝となる。両者を包む一般者があるが、同時に両者を絶対的に包摂する一般者はない、という二重構造。

この二重構造は「絶対矛盾的自己同一」へと展開する。西田哲学の社会論・倫理論の基礎として、後の歴史的世界論に接続する。

典拠:論文「私と汝」(1932)/『無の自覚的限定』所収
14 弁証法的一般者Dialectical Universal

『哲学の根本問題 続編』(1934)で確立された後期西田哲学の出発点。世界は単に意識から構成されるのではなく、自己自身を限定する弁証法的構造を持つ。西田はここで「自己から世界を見る」立場を「世界の個物的限定に即して自己を見る」立場へ180度逆転させた。松岡正剛が「ターンオーバー」と呼ぶ重要な転回

典拠:『哲学の根本問題 続編』(1934)/全集第7巻
15 行為的直観Acting Intuition / 行為的直観

西田後期の中心概念。「物となって考え、物となって行う」。西洋哲学が「見る直観」を主としてきたのに対し、西田は行為することによって直観するあり方を提示。世界を外から眺める意識ではなく、世界の内側で行為する身体において直観が起こる。

松岡正剛はこう解説する──「相互作用そのものを軸に考えるという方法を導入した。この相互作用をおこすことを西田は『行為』とよんだ。また、そのような行為に気づくことを『行為的直観』とよんだ」。

典拠:『哲学論文集』第一・第二集/全集第8〜9巻
16 絶対矛盾的自己同一Absolutely Contradictory Self-Identity

後期西田哲学の最も重要な概念。「一にして多、多にして一」──個物と全体、過去と未来、自己と他者は、矛盾するまま統一されている。世界は個物を限定し、個物が世界を限定する。両者の相互否定的関係そのものが、世界の自己同一性を成立させている。

衝突矛盾のある処に精神あり、精神のある処には矛盾衝突がある」という命題に結晶。生命科学者・福岡伸一は動的平衡と西田のこの命題との照応を論じている(『福岡伸一、西田哲学を読む』明石書店、2017)。

典拠:『哲学論文集』全集第8〜11巻/論文「絶対矛盾的自己同一」(1939)
17 歴史的身体Historical Body

後期西田の身体論。身体は単なる生物的器官ではなく、歴史的・社会的・文化的に形成された世界の自己表現。行為的直観の主体としての身体は、世界の中にありながら世界を限定し返す。世界の作られた要素であると同時に、作る要素でもある。

湯浅泰雄、市川浩、木村敏らの後の身体論への決定的影響源。文化身体論研究にも大きな示唆を与える。

典拠:『西田幾多郎哲学講演集──歴史的身体と現実の世界』(燈影舎)
18 創造的世界Creative World

後期西田哲学における世界観。世界は静的に与えられた存在ではなく、絶えず自己を創造し続ける動的過程。「自己が創造的となるといふことは、自己が世界から離れることではない、自己が創造的世界の作業的要素となることである」──個と世界が相互に創造し合う構造。創造的個物・作業的要素という概念で展開された。

典拠:『哲学論文集』第三・第四集
19 表現的世界・ポイエシスExpressive World / Poiesis

世界は自己自身を表現する。個物は世界の自己表現の配景的一中心である。「自己は自己自身を表現する世界の配景的一中心である」。ポイエシス(制作・表現)の概念を導入し、行為と表現を一体のものとして捉える。芸術論・文化論・歴史論の基盤として展開された。

典拠:『哲学論文集』第二・第三集
20 逆対応Inverse Correspondence / 逆対応

晩年に親友・鈴木大拙とともに到達した宗教哲学的概念。絶対者と相対者は逆方向で対応する──絶対者に深く触れるほど相対者は深く自己を限定し、相対者が自己を徹底するほど絶対者がそこに現れる。「仏あれば衆生あり、衆生あれば仏あり」という親鸞的論理を哲学化。

大拙の「即非の論理」(A即非A是名A)と呼応する。最後の論文『場所的論理と宗教的世界観』の核心。

典拠:『場所的論理と宗教的世界観』(遺稿、1945)
21 即非の論理Logic of Sokuhi

鈴木大拙が『金剛経』「般若波羅蜜は即ち般若波羅蜜にあらず、是を般若波羅蜜と名づく」から定式化した論理。「A即非A是名A」──Aは非Aである故にAである。西田の「絶対矛盾的自己同一」と相互浸透する論理であり、最晩年の遺稿で西田はこれを正面から受け止めた。

東洋的論理を西洋哲学の枠組みで定式化する試み。京都学派と禅の最終的な接点。

典拠:鈴木大拙『日本的霊性』ほか/西田『場所的論理と宗教的世界観』
22 場所的論理と宗教的世界観Place Logic & Religious Worldview

西田の最後の論文(1945、遺稿)。場所の論理を宗教の領域へ徹底させた西田哲学の到達点。神と人間の関係を「逆対応」で記述し、絶対者と相対者の相互否定的同一性を提示。「真の絶対者は自己自身の中に絶対の他を含む」──絶対者は自己否定を通じて世界となる。親鸞・道元・鈴木大拙の宗教思想と、ヘーゲル弁証法・キリスト教神学が一つの場で出会う遺言的著作。

典拠:『場所的論理と宗教的世界観』(1945)
23 人生の悲哀Sorrow of Life

西田自身が記した命題──「哲学の動機は人生の悲哀でなければならない」。母・妻・長男・四女・長女など肉親の死、学歴差別、家業の没落、最初の妻との一度目の離縁──西田の生涯は深い悲哀に満ちていた。彼は哲学を、知的好奇心や体系構築の試みではなく、人生そのものの根源的問いとして引き受けた

哲学の動機は驚き(タウマゼイン)でなければならない」というアリストテレスへの応答であり、近代西洋哲学の出発点を西田が東洋的に書き換えた決定的命題。

典拠:随筆・講演集/『続思索と体験』
24 寸心──西田の居士号Sunshin / 寸心

1903年、京都大徳寺孤蓬庵広州老師から西田が授かった居士号。「寸心」とは寸毫の心、極小の心。「無字の公案を透過」した者としての西田の禅的実存を象徴する。鎌倉の別荘は「寸心荘」と名づけられ、現在は学習院が管理している。

西田にとって哲学と禅は分かれた営みではなかった。「その前半は黒板を前にして坐した、その後半は黒板を後にして立った」という自伝的一行は、結跏趺坐から立ち上がる「出定」と、再びそこへ戻ろうとする坐禅との間を「黒板に向かって一回転」する人生として描いている。

典拠:『寸心日記』(燈影舎)/上田閑照『西田幾多郎とは誰か』
MAJOR WORKS  /  代表著作13選

『善の研究』から遺稿まで
──西田哲学の歩みを刻む13冊

岩波書店から新版『西田幾多郎全集』全22巻(2002-2009、竹田篤司・クラウス・リーゼンフーバー・小坂国継・藤田正勝編)が刊行されている。ここでは西田哲学の展開を辿るうえで不可欠な代表著作13選を、出版社情報と研究上の位置づけと共に紹介する。

1911  /  第1巻

善の研究

弘道館(初版)/岩波文庫(藤田正勝注解・解説)/全集第1巻

西田の処女作にして最も有名な著作。明治・大正期の旧制高等学校生の必読書。第一編「純粋経験」、第二編「実在」、第三編「善」、第四編「宗教」の四編構成。中江兆民「わが日本、古より今に至るまで哲学なし」を初めて覆した日本哲学の本格的第一歩。岩波文庫版には藤田正勝の詳細解説付き。

1915  /  第1巻

思索と体験

岩波書店/岩波文庫

『善の研究』後の論文・随筆を集めた論集。「ロイス教授の世界観」「現代の哲学」「ベルグソンの哲学的方法論」など、西田が西洋哲学とどう対話していたかが見える重要な文献。続編『続思索と体験』(1937)も同様。

1917  /  第2巻

自覚における直観と反省

岩波書店/全集第2巻

『善の研究』への自己反省を経て確立された西田の第二の主著。「自覚」を中心概念として、直観と反省を一つの構造として捉える。「自己が自己において自己を見る」自己還帰的な働きとしての自覚。後の「絶対自由意志」と「場所」へ至る思索の橋渡し。

1920  /  第3巻

意識の問題

岩波書店/全集第3巻

意識の構造を哲学的に究明する論文集。「経験内容の種々なる連結」「身体的なるものと意識的なるもの」など、後の身体論・行為論への伏線を孕む重要論文を収録。

1923  /  第3巻

芸術と道徳

岩波書店

芸術論・倫理論を主題とした論集。「美の本質」「人格と物」「道徳と宗教」など。ポイエシス概念の萌芽が見られ、後の表現的世界論の起点となる。

1927  /  第4巻

働くものから見るものへ

岩波書店/全集第4巻

中期西田哲学を確立した記念碑的著作。1926年の論文「場所」を含む。左右田喜一郎の批評を機に「西田哲学」という呼称が学界・読書界に定着した。アリストテレスの主語的論理から述語的論理への根本転換が宣言される。

1930  /  第5巻

一般者の自覚的体系

岩波書店/全集第5巻

「場所」の論理を体系化した中期最大の著作。判断的一般者・自覚的一般者・叡智的一般者の重層的構造を提示。フッサールのノエシス・ノエマ概念を独自に展開。場所論の最高到達点であり、後期への分水嶺。

1932  /  第6巻

無の自覚的限定

岩波書店/全集第6巻

論文「私と汝」(1932)を含む後期への過渡期作品。絶対無が自己を限定して有を生み出す構造を解明。他者論・社会論への展開の起点として位置づけられる。

1933–34  /  第7巻

哲学の根本問題(正・続編)

岩波書店(岩波全書セレクション)/全集第7巻

中期から後期へのターンオーバーを象徴する転換点の著作。「自己から世界を見る」立場から「世界の個物的限定に即して自己を見る」立場へ。続編所収「弁証法的一般者としての世界」が後期西田哲学の出発点。

1935–46  /  第8〜11巻

哲学論文集 第一〜第七

岩波書店/全集第8〜11巻

後期西田哲学の核心を成す論文集シリーズ。「行為的直観」「絶対矛盾的自己同一」「歴史的身体」「ポイエシス」「論理と生命」「予定調和を手引として宗教哲学へ」などの代表論文を収める。第七は西田没後の刊行。

1940  /  第12巻

日本文化の問題

岩波新書/岩波書店

京都帝大での連続講演を基にした著作。西田哲学の枠組みで日本文化の独自性を論じる。戦時下において、近衛文麿の諮問に対する西田の応答「世界新秩序の原理」と並んで、戦後の批判的検討の対象となった著作。

1945  /  第10巻

場所的論理と宗教的世界観

遺稿。岩波書店/全集第10巻

最晩年・遺稿となった西田哲学の到達点。場所の論理を宗教領域へ徹底し、絶対者と相対者の逆対応関係を提示。鈴木大拙の即非の論理と最終的に呼応する。「真の絶対者は自己自身の中に絶対の他を含む」という命題に結晶した遺言的著作。

1922  /  全集収録

西田幾多郎随筆集・歌集

岩波文庫(上田閑照編)

人は人 吾はわれ也 とにかくに 吾行く道を 吾は行なり」をはじめ、約200首の短歌、日記、書簡、随筆を収める。西田の人物像を最もよく伝える資料。「哲学の動機は人生の悲哀でなければならない」「私の生涯は極めて簡単なものであった。その前半は黒板を前にして坐した、その後半は黒板を後にして立った」など、思想と生涯が一つに結ばれた言葉が並ぶ。

📚 全集全22巻の構成(新版・岩波書店)

第1巻:善の研究/第2巻:自覚に於ける直観と反省/第3巻:意識の問題・芸術と道徳/第4巻:働くものから見るものへ/第5巻:一般者の自覚的体系/第6巻:無の自覚的限定/第7巻:哲学の根本問題/第8巻:哲学論文集Ⅰ・Ⅱ/第9巻:哲学論文集Ⅲ/第10巻:哲学論文集Ⅳ・Ⅴ/第11巻:哲学論文集Ⅵ・Ⅶ/第12巻:続思索と体験・「続思索と体験」以後・日本文化の問題/第13巻:小篇・ノート/第14巻:講演筆記/第15巻:講義(哲学概論・宗教学)/第16巻:英国倫理学史・心理学講義・倫理学草案ほか/第17巻:日記/第18巻:書簡(一)/第19巻:書簡(二)/第20巻:歌集/第21巻:別巻(事項索引・人名索引)/第22巻:別巻(補遺)/別巻:宗教学講義ノート・倫理学講義ノート(2020)

GENEALOGY  /  思想史的布置

西田を形成した源泉と、西田が形成した系譜
──東洋と西洋の交差路に立つ12人×12人

西田哲学は、東洋的精神性──特に禅と大乗仏教──の地盤の上に、西洋哲学の論理体系を統合する試みであった。源泉となった12人と、西田から影響を受けて独自の哲学を展開した12人を整理する。これが京都学派を中心とする近代日本思想の地図である。

源泉 ── 西田を形成した12人SOURCES

  • ウィリアム・ジェイムズ(1842-1910):「pure experience」の概念は西田の「純粋経験」の直接の源泉。プラグマティズム経由でも影響。
  • アンリ・ベルクソン(1859-1941):「純粋持続」と「直観」の哲学。西田は『思索と体験』所収の論文「ベルグソンの哲学的方法論」でベルクソン論を残す。
  • イマヌエル・カント(1724-1804):認識論の基本枠組みとして批判的に受容。「狭義の行為的一般者はカントの意識一般の立場と対応」する形で展開された。
  • G.W.F.ヘーゲル(1770-1831):弁証法と絶対精神の論理。後期の「弁証法的一般者」「絶対矛盾的自己同一」はヘーゲル弁証法の独自展開。
  • アルトゥル・ショーペンハウアー(1788-1860):意志の哲学。「絶対自由意志」概念に影響。「悲哀」の哲学的位置づけにも響く。
  • エドムント・フッサール(1859-1938):ノエシス・ノエマ概念を独自に展開。現象学の方法論への深い対話。
  • マルティン・ハイデガー(1889-1976):存在論への対話的応答。場所の論理は「Sein」(存在)に対する「於てある場所」の問い。
  • アリストテレス(BC384-322):『デ・アニマ』『カテゴリー論』。「主語となって述語とならないもの」の定義を、西田は「述語となって主語とならないもの」へ逆転した。
  • プラトン(BC427-347):イデア論。論文「プラトンのイデアの本質」を残す。「場所」概念の遠い起源としてのコーラ。
  • 鈴木大拙(1870-1966):第四高等中学校以来の生涯の親友。禅・大乗仏教・即非の論理。最晩年の「逆対応」概念は大拙との対話の結晶。
  • 釈迦・道元・親鸞:仏教思想全般。空・無・縁起・自己ならぬ自己。絶対無の東洋的源泉。
  • ライプニッツ・スピノザ:「予定調和」概念は晩年の論文「予定調和を手引として宗教哲学へ」で再解釈。卒業論文はヒュームの因果論であった。

影響先 ── 京都学派と継承者12人INFLUENCES

  • 田辺元(1885-1962):京都学派の共同創始者にして最大の批判者。「種の論理」「懺悔道としての哲学」。両者の対立と通底は京都学派思想の中心軸。
  • 西谷啓治(1900-1990):西田の高弟。空の哲学。京都学派第二世代の代表。「世界の超越的内在」を発展。
  • 三木清(1897-1945):構想力の論理学。マルクス主義との接続を試み、終戦直前に獄中死。
  • 戸坂潤(1900-1945):科学方法論・京都学派批判。「日常性」概念の先駆。終戦直前に獄中死。
  • 九鬼周造(1888-1941):『「いき」の構造』。日本的美学の哲学化。京都帝大教授就任は西田の尽力。
  • 和辻哲郎(1889-1960):『風土』『倫理学』。間柄の倫理学。京都帝大教授就任も西田が尽力。
  • 久松真一(1889-1980):禅と京都学派の架橋者。FAS協会創設。
  • 下村寅太郎(1902-1995):科学哲学・ライプニッツ研究。西田全集編集委員。
  • 上田閑照(1926-2019):西田・西谷の継承者。『西田幾多郎を読む』『西田幾多郎とは誰か』。京都学派第三世代の中心。
  • 木村敏(1931-2021):精神医学。「あいだ」の哲学。西田と臨床精神医学の橋渡し。
  • 中村雄二郎(1925-2017):『西田幾多郎』Ⅰ・Ⅱ(岩波現代文庫)。共通感覚論・トポス論。
  • 藤田正勝・小坂国継・大橋良介・湯浅泰雄・福岡伸一:現代の西田研究者・継承者。福岡『動的平衡』との接続は最新の展開。

📍 京都学派と「絶対無」の哲学

Stanford Encyclopedia of Philosophy: The Kyoto Schoolは、西田を京都学派の意図せざる創始者と位置づけ、「絶対無」(zettai-mu)を学派の中核概念として整理する。西田のtopologicalな絶対無、田辺のdialecticalな絶対無、西谷のexistentialな絶対無、上田閑照のさらなる発展──京都学派は「絶対無の哲学」として一つの伝統をなしている。京都学派アーカイブでは西田の手書き原稿のデジタル画像が公開されている。

FIELDS  /  射程と展開

西田哲学の現代的射程
──12領域への応用と展開

京都大学日本哲学史専修は西田哲学の射程を「宗教・自己・身体・生命・歴史・芸術・科学等、様々な観点」と表現する。西田自身は哲学の専門学者として論じたが、その射程は哲学を超え、現代の多領域に多大な影響を与え続けている。

① 教育学 小原國芳の全人教育、シュタイナー教育の日本的受容、生田久美子のわざ言語論への影響。「場所」概念は教育空間論として発展。
② 医療・看護学 木村敏『あいだ』『時間と自己』。臨床精神医学への決定的影響。看護学では西田の身体論が患者―看護師関係論の基礎として参照される。
③ 心理学・精神分析 ユング派の日本的展開(河合隼雄)。深層心理学と絶対無の場所。トランスパーソナル心理学への道筋。
④ 生命科学 福岡伸一『動的平衡』と絶対矛盾的自己同一の照応。『福岡伸一、西田哲学を読む』(明石書店, 2017)で全面展開。
⑤ 環境哲学・自然哲学 西田の「歴史的自然」概念。人間と自然の二元論を超える視点として、ディープ・エコロジーや環境倫理学への接点を提供。
⑥ 芸術論・美学 『芸術と道徳』(1923)。ポイエシス概念。日本美学(九鬼周造『「いき」の構造』、佐々木健一)への系譜。
⑦ 建築論 安藤忠雄が西田の生家近くに石川県西田幾多郎記念哲学館を設計(第9回いしかわ景観大賞受賞)。場所論と空間論の架橋。
⑧ 武道論・身体論 湯浅泰雄『身体──東洋的身心論の試み』、市川浩〈身〉の構造論への系譜。歴史的身体・行為的直観は武道・身体技法論の哲学的基盤。
⑨ 宗教学 西谷啓治『宗教とは何か』、上田閑照の禅哲学。比較宗教学・キリスト教神学(ロバート・カーター、田川建三)との対話。
⑩ 物理学・量子論 西田と物理学者・湯川秀樹、朝永振一郎、坂田昌一らとの交流。観測者と被観測者の問題に対する場所論の応用。
⑪ AI・認知科学 意識の純粋経験論はAI時代における意識・経験・行為の問題に新たな視座を提供。エナクティブ認知科学との接点。
⑫ 国際哲学・比較哲学 Stanford Encyclopedia of Philosophy独立項目。世界哲学史における日本哲学の中心。Robert Wargo, John Maraldo, Bret Davisらによる英語圏研究。
QUOTES  /  名言

西田が遺した12の言葉
──哲学と人生が一つに結ばれた声

西田は約200首の短歌を詠み、随筆・日記・書簡を多く残した。哲学的著作と並んで、これらの言葉は彼の思想と人格を最もよく伝える。

経験するというのは事実そのままに知るの意である。

『善の研究』第一編「純粋経験」(1911)

個人あって経験あるのではなく、経験あって個人ある。

『善の研究』第一編(1911)

哲学の動機は人生の悲哀でなければならない。

随筆・講演集

人は人 吾はわれ也
とにかくに 吾行く道を 吾は行なり

短歌・1934年元旦

私の生涯は極めて簡単なものであった。その前半は黒板を前にして坐した、その後半は黒板を後にして立った。黒板に向かって一回転をなしたといえば、それで私の伝記は尽きるのである。

京都帝国大学退官時の言葉(1928)

物となって考え、物となって行う。

『哲学論文集』行為的直観論

自己自身を無にして無限の有を含む。

論文「場所」(1926)

我は、主語的統一ではなくして、述語的統一でなければならぬ、一つの点ではなくして一つの円でなければならぬ、物ではなく場所でなければならぬ。

論文「場所」(1926)

真の場所は単に変化の場所ではなくして生滅の場所である。

論文「場所」(1926)

衝突矛盾のある処に精神あり、精神のある処には矛盾衝突がある。

後期論文集

自己が創造的となるといふことは、自己が世界から離れることではない、自己が創造的世界の作業的要素となることである。

『哲学論文集』創造的世界論

善とは一言にていえば人格の実現である。

『善の研究』第三編「善」(1911)
READING ROUTES  /  読書ルート

西田哲学への5段階の道
──入門から専門研究まで

西田哲学は「近代西洋哲学の二元論・対象論理的な思惟様式とは根本的に異なる」ため、いきなり原典に挑むと挫折しやすい。京都大学日本哲学史専修・西田哲学会・複数の西田研究者の推奨を統合した、最も合理的な5段階の読書ルートを示す。

01ENTRY

入門 ── 一般読者向けの3冊

まず藤田正勝『現代思想としての西田幾多郎』(講談社選書メチエ, 1998)を推奨。日常的経験に近づけて西田を理解する試み。次に小坂国継『西田幾多郎の思想』(講談社学術文庫, 2002)──NHKラジオ講座を基にした全体像の紹介。三冊目に中村雄二郎『西田幾多郎』Ⅰ・Ⅱ(岩波現代文庫)──西田を「問題群」として捉え、批判的に再構成した名著。

02BIOGRAPHY

西田を歩く ── 人物と生涯

上田閑照『西田幾多郎とは誰か』(岩波現代文庫, 2002)──「若き日の西田の参禅修行についての、著者自身の経験を背景にした記述は出色」と京都大学日本哲学史専修も推奨する伝記の最高峰。遊佐道子『伝記 西田幾多郎』(燈影舎, 1998)。上田久『祖父 西田幾多郎』『続 祖父 西田幾多郎』(南窓社)──孫による研究生活の伝記。『西田幾多郎随筆集』『西田幾多郎歌集』『西田幾多郎書簡集』(いずれも岩波文庫)で本人の声を聴く。

03EARLY-MID

中期へ ── 純粋経験から場所の論理へ

原典では『善の研究』(岩波文庫、藤田正勝の語注・解説付改版2012)を最初に。第一編「純粋経験」と第二編「実在」が核心。次に『自覚における直観と反省』(全集第2巻)。そして決定的論文「場所」を含む『西田幾多郎哲学論集Ⅰ──場所・私と汝 他六篇』(岩波文庫、上田閑照編)──西田哲学完成途上の格闘を辿れる。大橋良介『西田哲学の世界』(筑摩書房, 1995)も並行して読むと立体的に理解できる。

04LATE

後期へ ── 絶対矛盾的自己同一の世界

『哲学の根本問題』正・続編(岩波全書セレクション)──中期から後期への決定的ターンオーバー。『西田幾多郎哲学論集Ⅱ・Ⅲ』(岩波文庫)──「行為的直観」「絶対矛盾的自己同一」「論理と生命」「予定調和を手引として宗教哲学へ」を収める。最後の論文『場所的論理と宗教的世界観』(全集第10巻)で西田哲学の到達点に立つ。福岡伸一・池田善昭『福岡伸一、西田哲学を読む』(明石書店, 2017)で動的平衡との接続を見る。

05RESEARCH

専門研究 ── 学術的深化

田中久文『西田幾多郎』(藤原書店, 2020)──「西田を理解するためには、すべての論文を網羅的にみていくしかない」という著者による必携ガイド決定版。上田閑照『西田幾多郎を読む』(岩波書店, 1991)──純粋経験論の精緻な分析。藤田正勝『西田幾多郎の思索世界──純粋経験から世界認識へ』(岩波書店, 2011)。藤田正勝『人間・西田幾多郎 未完の哲学』(明石書店, 2020)。海外研究ではStanford Encyclopedia of PhilosophyRobert Wargo “The Logic of Nothingness”『西田哲学会年報』と『日本哲学史研究』が現代研究の最前線。

REFERENCES  /  参考文献・公式アーカイブ

西田幾多郎研究のための情報源8カテゴリー
──ハブとして機能する一次・二次資料の完全マップ

本ページは、西田幾多郎に関する日本最大級のハブページとして、以下の公的アーカイブ・学術機関・出版社・研究書を統合する。リンク先で原文・原稿・最新研究成果に直接アクセスできる。

① 公的研究機関・大学

② デジタルアーカイブ

③ 学術団体・年報

  • 🎓 西田哲学会(2003年設立)──西田哲学研究の総合組織
  • 🎓 『西田哲学会年報』──現代研究の最前線
  • 🎓 『日本哲学史研究』京都大学大学院文学研究科日本哲学史研究室紀要
  • 🎓 The Nishida Philosophy Association──国際的研究活動

④ 全集・著作(一次文献)

  • 📖 新版『西田幾多郎全集』全22巻(竹田篤司・クラウス・リーゼンフーバー・小坂国継・藤田正勝編、岩波書店、2002-2009)
  • 📖 『西田幾多郎全集』全19巻 最新第4版(安倍能成・天野貞祐・和辻哲郎・山内得立・務台理作・高坂正顕・下村寅太郎編、岩波書店、1987-89)
  • 📖 『西田哲学選集』全7巻+別巻2(上田閑照監修・大橋良介・野家啓一編、燈影舎、1998)──「入門」「科学哲学」「宗教哲学」「現象学」「歴史哲学」「芸術哲学」
  • 📖 『善の研究』岩波文庫(藤田正勝注解・解説、2012改版)
  • 📖 『西田幾多郎哲学論集』Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ(上田閑照編、岩波文庫、1987-89)
  • 📖 『西田幾多郎随筆集』『西田幾多郎歌集』『西田幾多郎講演集』『西田幾多郎書簡集』(いずれも岩波文庫)
  • 📖 『哲学の根本問題』(岩波全書セレクション)

⑤ 主要研究書・解説書

  • 📕 上田閑照『西田幾多郎を読む』岩波書店, 1991
  • 📕 上田閑照『西田幾多郎とは誰か』岩波現代文庫, 2002
  • 📕 中村雄二郎『西田幾多郎』Ⅰ・Ⅱ 岩波現代文庫, 2001
  • 📕 藤田正勝『現代思想としての西田幾多郎』講談社選書メチエ, 1998
  • 📕 藤田正勝『西田幾多郎の思索世界──純粋経験から世界認識へ』岩波書店, 2011
  • 📕 藤田正勝『人間・西田幾多郎 未完の哲学』明石書店, 2020
  • 📕 田中久文『西田幾多郎』藤原書店, 2020(必携ガイド決定版)
  • 📕 小坂国継『西田幾多郎の思想』講談社学術文庫, 2002
  • 📕 大橋良介『西田哲学の世界』筑摩書房, 1995
  • 📕 西谷啓治『西田幾多郎──その人と思想』創文社, 1987
  • 📕 杉本耕一『西田哲学と歴史的世界』京都大学出版会, 2013
  • 📕 福岡伸一・池田善昭『福岡伸一、西田哲学を読む』明石書店, 2017
  • 📕 平山洋『西田哲学の再構築』ミネルヴァ書房, 1997
  • 📕 鈴木亨『西田幾多郎の世界』勁草書房

⑦ 海外英文資料・翻訳

  • 🌍 Stanford Encyclopedia of Philosophy: Nishida Kitarō
  • 🌍 Stanford Encyclopedia of Philosophy: The Kyoto School
  • 🌍 Nishida, K. An Inquiry into the Good (V.H. Viglielmo trans., 1960; Masao Abe & Christopher Ives trans., Yale University Press, 1990)
  • 🌍 Nishida, K. Intelligibility and the Philosophy of Nothingness (Robert Schinzinger trans., East-West Center Press, 1958)
  • 🌍 Robert Wargo The Logic of Nothingness: A Study of Nishida Kitarō University of Hawai’i Press, 2005
  • 🌍 John C. Maraldo Japanese Philosophy in the Making
  • 🌍 Bret W. Davis (ed.) The Oxford Handbook of Japanese Philosophy Oxford University Press, 2020

⑧ 関連思想家の主要著作

  • 🔗 田辺元『懺悔道としての哲学』(岩波文庫)──西田の同僚にして批判者
  • 🔗 西谷啓治『宗教とは何か』(創文社)──西田の高弟による京都学派宗教哲学
  • 🔗 鈴木大拙『日本的霊性』『禅と日本文化』(岩波文庫)──親友による即非の論理
  • 🔗 三木清『構想力の論理』(岩波書店)
  • 🔗 九鬼周造『「いき」の構造』(岩波文庫)
  • 🔗 和辻哲郎『風土』『倫理学』(岩波文庫)
  • 🔗 木村敏『あいだ』『時間と自己』(中公新書)──臨床精神医学への展開
  • 🔗 上田閑照『場所──二重世界内存在』(弘文堂)
  • 🔗 大森荘蔵『時は流れず』(青土社)──日本哲学の系譜
  • 🔗 市川浩『〈身〉の構造』『精神としての身体』(講談社学術文庫)──西田身体論の継承
  • 🔗 湯浅泰雄『身体──東洋的身心論の試み』(創文社)