GETTA Thinkers Encyclopedia / No.04
Maurice Merleau-Ponty
メルロ=ポンティ
14 March 1908 — 3 May 1961
二十世紀身体現象学の最高峰。
身体図式、身体主体、肉、可逆性──
「私は身体である」と書きえた哲学者の、
16の著作と15の概念で辿る決定版図鑑。
メルロ=ポンティとは何者か
An Introduction to the Phenomenologist of the Body
「Je suis mon corps──私は身体である」──この一文が、メルロ=ポンティの哲学のすべてを貫いている。
モーリス・メルロ=ポンティ(Maurice Jean Jacques Merleau-Ponty, 1908–1961)は、20世紀フランスを代表する哲学者にして、身体現象学の最高峰である。1908年、フランス北西部シャラント=マリティーム県ロシュフォール=シュル=メールに軍人の家庭に生まれ、5歳で父を亡くし、母と兄妹の家庭で育った。リセ・ルイ=ル=グランから高等師範学校(ENS)に入学し、サルトル、ボーヴォワール、レヴィ=ストロース、シモーヌ・ヴェイユと同期。1929年2月23日と25日、パリ・ソルボンヌのデカルト記念講堂でフッサールの講演(後の『デカルト的省察』の基となるPariser Vorträge)を聴講したことが思想の決定的な分水嶺となる。
メルロ=ポンティの哲学的核心は、デカルト以来の心身二元論を内側から解体し、知覚する身体こそが世界経験の根源的な場であることを徹底的に記述したことにある。1942年の博士論文『行動の構造』、1945年の主著『知覚の現象学』、未完の遺著『見えるものと見えないもの』(1964)まで、彼は一貫して身体を哲学の中心に据え直すという途を歩んだ。身体図式(schéma corporel)、身体主体(sujet corporel)、習慣的身体と現勢的身体の重ね合わせ、後期の肉(chair)と可逆性(réversibilité)とキアスム(chiasme)──これらの概念群は、20世紀後半のあらゆる身体論・現象学・存在論の出発点となった。
1952年、44歳でコレージュ・ド・フランス哲学講座教授に選出──これは同講座への史上最年少選出であった。教授総会では筆頭候補として選出されたが、道徳科学・政治科学アカデミーが前例のない決定で彼の名を候補リストから除外。最終的に教育大臣の介入によりアカデミーの決定は覆され、教授総会の投票が支持された。1961年5月3日、パリの自宅でデカルト『屈折光学』を机上に開いたまま、心臓発作により急逝。享年53歳。未完の主著『見えるものと見えないもの』は、クロード・ルフォール編により1964年に遺稿として刊行され、20世紀後期存在論の頂点として現代哲学に決定的影響を与え続けている。
メルロ=ポンティの影響圏は驚くほど広い。ジャック・ラカンの鏡像段階論、ミシェル・フーコーの臨床医学・知の考古学、ジル・ドゥルーズの差異と感覚の論理、ピエール・ブルデューのハビトゥス論(『パスカル的省察』序論で明示的にメルロ=ポンティからの影響を認めている)、フランシスコ・バレーラとエヴァン・トンプソンのエナクティブ認知科学、ヒューバート・ドレイファスのAI批判、ジュディス・バトラーのジェンダー・パフォーマンス論、リュス・イリガライのフェミニスト現象学──戦後の人文社会科学のほぼあらゆる主要潮流が、メルロ=ポンティを参照点としている。
日本でのメルロ=ポンティ受容も極めて活発で、1960年代からみすず書房が木田元・滝浦静雄ら第一世代の研究者による主要著作の体系的翻訳を進め、続いて法政大学出版局からは中島盛夫訳『知覚の現象学』一冊本(1982/改装版2015、881頁)が刊行された。第二世代の鷲田清一は『メルロ=ポンティ 可逆性』(講談社学術文庫)でメルロ=ポンティ概説の代表作を著し、日本メルロ=ポンティ・サークル(Merleau-Ponty Circle of Japan, MPC)が1993年に設立──現在約150会員を擁し、年次大会と紀要『メルロ=ポンティ研究』(J-STAGE公開、第27巻まで)を刊行している。第三・第四世代の加國尚志、廣瀬浩司、加賀野井秀一、川瀬雅也、村瀬鋼、富松保文らが現代日本のメルロ=ポンティ研究を牽引している。
詳細年譜(1908–1961)
A Life of Continuous Becoming — 53 Years
3月14日、シャラント=マリティーム県ロシュフォール=シュル=メール出生
フランス北西部の港湾都市ロシュフォールに、軍人の家庭に生まれる。父はベルナール・ジャン・メルロ=ポンティ(植民地砲兵隊大尉)、母はルイーズ。後に弟フェルナンと妹モニックも生まれる。
父の死、母と兄妹三人でパリへ
第一次大戦勃発前年に父急死。母ルイーズと兄妹三人でパリに移住。後年「比類なく幸福な幼年時代」と振り返るが、母との深い結びつきが終生の家族関係の核となる。母ルイーズの死(1953年)は彼に決定的な精神的衝撃を与えたとされ、後期の思想的転回に影響したと指摘される。
リセ・ルイ=ル=グランで「哲学優秀賞」受賞
パリの名門リセ・ルイ=ル=グランで「哲学優秀賞」(1924–25年度)受賞。哲学への決定的傾倒の出発点。
高等師範学校(École Normale Supérieure / ENS)入学
フランス哲学エリート養成校ENSに18歳で入学。サルトル、ボーヴォワール、ポール・ニザン、レイモン・アロン、シモーヌ・ヴェイユ、ジャン・イポリット、レヴィ=ストロースと知り合う。20世紀後半フランス思想を構成する顔触れの大半が、わずか3年の幅でアグレガシオンを取得することになる、知の星座の出発点。
2月23日・25日、ソルボンヌでフッサール聴講
1929年2月23日と25日、ソルボンヌのデカルト記念講堂(Amphithéâtre Descartes)でフッサールが行った2回の講演(後の『デカルト的省察』の基となる「Pariser Vorträge」)を聴講。これが現象学への決定的傾注の出発点となる。同年、プロティノスの研究で高等研究修了証(DES)取得。
教授資格取得、地方リセで教鞭
哲学教授資格試験(agrégation)合格。ENS卒業。1931年から地方リセ(ボーヴェ、シャルトル)で教鞭を執り始める。
コジェーヴのヘーゲル講義聴講
1935–39年、高等研究院でアレクサンドル・コジェーヴのヘーゲル『精神現象学』講義を聴講。バタイユ、ラカン、レイモン・アロン、ジャン・イポリット、ロジェ・カイヨワらと並ぶ。20世紀フランスのヘーゲル受容の中核経験。
4月、ルーヴァンのフッサール文庫を訪問
ナチ占領前夜のベルギー・ルーヴァンのフッサール文庫に赴き、未公開遺稿『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』『幾何学の起源』等を閲覧。フランス語圏で最初期にこれらの遺稿に触れた哲学者の一人。フッサール後期思想(生活世界・受動的綜合)への決定的接近となる。
従軍/シュザンヌ・ジョリボワとの結婚
歩兵中尉としてフランス軍に従軍。占領下、教鞭を続けつつレジスタンス活動「ソシアリズムと自由」(サルトル主導)に参加。1940年秋、ラカン派精神分析家シュザンヌ・ジョリボワ(Suzanne Jolibois)と結婚。後の精神分析への深い理解の素地となる。
6月、長女マリアンヌ誕生
1941年6月、長女マリアンヌ(Marianne)誕生。一人娘として両親に深く愛され、後年メルロ=ポンティの遺稿管理に関わる。
『行動の構造』刊行 ── 第一の主著
第一の主要著作『La Structure du comportement』刊行。ゲシュタルト心理学・神経学(ゴルトシュタイン)・反射学を批判的に検討し、行動の階層的構造(物理的・生命的・人間的)を現象学的に解明。後の身体現象学への準備として、また独立した行動論の傑作として高く評価される。
『知覚の現象学』刊行・博士号取得・『レ・タン・モデルヌ』創刊
主著『Phénoménologie de la perception』刊行。同書および『行動の構造』を学位論文として国家博士号取得。20世紀身体哲学の頂点。同年10月、サルトルらと『レ・タン・モデルヌ(Les Temps modernes)』を創刊し、政治編集を担当。緒論「古典的偏見と現象への復帰」+三部構成(身体/知覚された世界/対自存在と世界における存在)。
『ヒューマニズムとテロル』刊行
ソ連共産主義に関する政治哲学的考察。モスクワ裁判をめぐる立場が激しい論争を呼ぶ。後年1955年に立場を撤回することになる。
『意味と無意味』刊行/フランス国営ラジオで一般向け連続講演
論集『Sens et non-sens』刊行(「セザンヌの懐疑」「映画と新しい心理学」収録)。同年秋、フランス国営ラジオ(RDF)で「知覚の哲学」連続講演(全7回)。後にちくま学芸文庫『知覚の哲学──ラジオ講演1948年』として邦訳。
ソルボンヌ教授/「マキャヴェリについての覚書」発表
パリ大学文学部にて児童心理学・教育学講座の教授就任(1949–52)。子どもの言語習得・他者経験・体性図式の発達を中心とした講義を行う。同年、論文「Note sur Machiavel」(マキャヴェリについての覚書)を発表──政治哲学の核心的小篇。後に『シーニュ』に収録。
コレージュ・ド・フランス哲学講座教授就任 ──同講座への史上最年少選出
フランス最高の知的栄誉であるコレージュ・ド・フランス哲学講座教授に選出(44歳、同講座への史上最年少選出)。ルイ・ラヴェルの死により空席となった講座(過去にはアンリ・ベルクソン、エドゥアール・ル・ロワが占めた席)。選出は論争を呼んだ──教授総会では筆頭候補だったが、道徳科学・政治科学アカデミーが前例のない決定で候補リストから除外。教育大臣自身の介入により決定が覆され、教授総会の投票が支持された。就任講演『哲学礼賛』(Éloge de la philosophie、1953年刊)。同年、サルトルとの友情に深刻な亀裂が入る。
母ルイーズの死/『レ・タン・モデルヌ』編集を辞任
母ルイーズ死去。深い精神的衝撃。同年12月、サルトルとの政治的対立から『レ・タン・モデルヌ』編集を辞任。母の死とサルトルとの決裂が、後期メルロ=ポンティの存在論的転回を促すと指摘される。
「制度化と受動性」講義(1954–55年度)
コレージュ・ド・フランスで「制度化(institution)」と「受動性(passivité)」を主題とする画期的講義を1954–55年度に開講。後の2003年に編纂版『L’institution / La passivité』として刊行される。中期メルロ=ポンティの「institution」概念の典拠講義。
『弁証法の冒険』刊行 ── サルトルとの決定的決裂
サルトルのマルクス主義への根本的批判を含む論集。1947年『ヒューマニズムとテロル』の立場の撤回を含む。両者の友情は完全に終焉、晩年まで疎遠。
「自然」3講義(1956–60年度)
コレージュ・ド・フランスで「自然の概念」を主題とする三つの講義を1956–57、57–58、59–60年度にわたって開講。1995年にDominique Séglard編により『La Nature: Notes, cours du Collège de France』としてÉditions du Seuilから刊行。後期自然哲学の決定的文書。ラトゥール、コッチャらに決定的影響。
1月、「沈黙のコギト」概念の撤回
1月、自身の『知覚の現象学』時代の「沈黙のコギト(cogito tacite)」概念の撤回を作業ノートに記す。「沈黙のコギトを記述することは、その沈黙を破ることである」。「肉」「可逆性」「キアスム」概念の発展。前期から後期への決定的な節目。
『シーニュ』刊行
論集『Signes』刊行。「哲学者とその影」「間接的言語と沈黙の声」「モースからレヴィ=ストロースへ」「マキャヴェリについての覚書」「生成しつつあるベルクソン」など最重要論文群を所収。後期の主要書のひとつ。
5月3日、急逝──デカルト『屈折光学』を開いたまま
1月、最後の発表論文『眼と精神(L’Œil et l’esprit)』を雑誌『アール・ド・フランス』に寄稿(生前最後の論文)。5月3日、パリ自宅でデカルト『屈折光学』を開いて執筆中、心臓発作で急逝。享年53歳。パリ・ペール・ラシェーズ墓地に埋葬(後に母ルイーズ、妻シュザンヌ、長女マリアンヌも合葬される)。サルトル追悼文「Merleau-Ponty Vivant(生きているメルロ=ポンティ)」執筆。
『見えるものと見えないもの』遺稿刊行
クロード・ルフォール編により未完の遺稿『Le Visible et l’invisible』が刊行。完成原稿三章+作業ノート。肉、キアスム、可逆性、間身体性──後期存在論の主要概念がここに集成。20世紀後期存在論の頂点として現代哲学に決定的影響。
遺稿のフランス国立図書館寄贈
未公刊のノートと文書が、シュザンヌ・メルロ=ポンティ(妻)によりフランス国立図書館(BNF)に寄贈される。研究者の閲覧が可能に。
日本メルロ=ポンティ・サークル設立
1993年、日本メルロ=ポンティ・サークル(Merleau-Ponty Circle of Japan, MPC)設立。現在約150会員。年次大会、紀要『メルロ=ポンティ研究』(J-STAGE公開、第27巻まで)刊行。
『自然』刊行(1956–60年講義の編纂版)
D. セグラール編、Éditions du Seuilより『La Nature: Notes, cours du Collège de France』刊行。後期自然哲学の決定的文書。
『制度化と受動性』刊行(1954–55年講義の編纂版)
『L’institution / La passivité』Belin刊。中期メルロ=ポンティの institution・passivité 概念の典拠講義。
思想の見取り図──三期区分
Three Periods of Continuous Deepening
メルロ=ポンティ自身が未公刊の自伝的覚書において、自身の哲学的歩みを二つの時期に分けて記述している。研究者の標準的合意では、これに中期を加えて三期区分で読まれる。各期は前期を放棄するのではなく、深化させ、組み替えながら次の地平を開いていく構造を持つ。
知覚と身体の現象学。博士論文期。『行動の構造』『知覚の現象学』を中心とする。経験論と知性主義の二項対立を内在的に批判し、両者がいずれも前提する身体の対象化を解体。身体図式・身体主体・前反省的コギト・世界内存在・両義性などの主要概念がこの時期に整備される。
ソルボンヌ期・言語と他者・制度化。子どもの言語習得、他者経験、ジャネ、ピアジェ、ヴァロン、フロイト、ラカンを参照した精神分析的考察が中心。サルトル『存在と無』との対決、ソシュール言語学の受容、政治哲学(『弁証法の冒険』)。制度化・表現・間接的言語・スティル・受動性などの概念が登場。1954–55年の「制度化と受動性」講義はこの時期の思想的核心。
コレージュ・ド・フランス期・存在論への転回。現象学的記述から間接的存在論への転回。前期『知覚の現象学』が依拠していた主観/客観の対立を、肉(chair)という存在論的単位によって乗り越えようとする。キアスム・可逆性・間身体性・世界の肉などの概念が、新しい存在論の語彙として展開。1956–60年の三つの「自然」講義はこの時期の自然哲学への展開を示す。1961年の急逝により、この企図は未完に終わった。
前期は知覚を現象学する。中期は言語と他者を現象学する。
後期は現象学そのものを乗り越えようとする。
三期は段階ではない。同じ問いの、深化する三層である。
メルロ=ポンティ哲学の主要概念
Fifteen Key Concepts of Merleau-Pontian Phenomenology
メルロ=ポンティの哲学体系は、相互に有機的に結びついた十五の主要概念によって構成されている。これらは個別に切り離して理解することができず、つねに「身体・知覚・存在」という三つの極の間で機能する。以下、各概念について簡潔な定義・代表的引用・原典出処を併記する。
現象学
phénoménologie
フッサールに由来する哲学的方法。「事象そのものへ(zu den Sachen selbst)」を標語とし、自然的態度を括弧入れ(エポケー)して現象を記述する。メルロ=ポンティはこれを身体に適用した。
身体図式
schéma corporel
『知覚の現象学』中心概念。脳内表象ではなく、世界に対する身体の暗黙の方位定位。把持と予持の時間的厚み。視覚障害者の杖、幻肢が示す可塑性と外延性。シルダーから継承し根本転換。
身体主体
sujet corporel / Je suis mon corps
デカルト的コギトの根本批判。「私は思考する」のではなく、「私は身体である」(Je suis mon corps)。コギトに先立つ前反省的領野。20世紀身体哲学の出発点。
習慣的身体/現勢的身体
corps habituel / corps actuel
過去から沈殿してきた身体的傾向(習慣的身体)と、今この瞬間に振る舞う身体(現勢的身体)の重ね合わせ。後のハビトゥス論(ブルデュー)の現象学的原型。ブルデューは『パスカル的省察』(1997)で明示的にメルロ=ポンティからの継承を認めている。
両義性
ambiguïté
メルロ=ポンティ哲学の根本様態。主観/客観、能動/受動、自己/他者──二項対立のあいだに身体は位置する。曖昧さではなく、明確に表現された両義性。彼の哲学は「両義性の哲学」と呼ばれる。
沈黙のコギト
cogito tacite
『知覚の現象学』で提起された前反省的自己関係の概念。だが1959年作業ノートで撤回。「沈黙のコギトを記述することは、その沈黙を破ることである」。哲学言説の構造的限界の自己意識。
世界内存在
être-au-monde
ハイデガー『存在と時間』のIn-der-Welt-Seinのフランス語訳。世界と主観が分離不可能に絡み合う、人間存在の根本様態。身体を通じて成立する。
肉
chair
『見えるものと見えないもの』中心概念。物質でも精神でもなく、元素(élément)的存在の様態。主観/客観の分節以前の存在論的織物。後期存在論の核心。
可逆性
réversibilité
触れる手と触れられる手の即時的立場交換。見ることと見られることの織り交ぜ。「肉」の構造として現れる、知覚的存在の根本様態。鷲田清一が同名の研究書を著す。
キアスム
chiasme
交差・絡み合いを意味するギリシャ語修辞用語(χιασμός)。後期存在論の核心。見ることと見られること、内と外、自己と他者が、X字状に交差する構造として存在を捉える。
間身体性
intercorporéité
他者の身体と私の身体が、同じ「肉」のなかの二つの襞として相互に内属する事態。指導者と選手、母と子の身体的伝達はここに根拠を持つ。後にミラーニューロン研究の哲学的基盤として再評価。
制度化
institution
中期コレージュ・ド・フランス講義(1954–55)の主題。出来事が、その後の出来事に意味を与える余白を開く事態。歴史と意味の生成構造。サルトル的「投企」批判。
スティル(様式)
style
画家・作家・哲学者の固有の世界への接し方。鷲田清一の概念整理によれば、メルロ=ポンティ思想の中核を貫く概念のひとつ。「セザンヌの懐疑」が範例。
作動する言葉/語られた言葉
parole opérante / parole parlée
言語論の核心区別。作動する言葉=意味を生成する創造的発話。語られた言葉=既に確立された意味の使用。ソシュールのラング/パロールを発展させた。
知覚的信
foi perceptive
『見えるものと見えないもの』冒頭の概念。哲学に先立って世界に対して持っている素朴な確信──世界は存在し、私はそれと関わっている。哲学はこの素朴さを取り戻すために迂回する。
身体図式と身体主体 ── デカルト的コギトの根本批判
le schéma corporel et le sujet corporel
身体図式(schéma corporel)は、『知覚の現象学』の根幹概念である。ポール・シルダーの『The Image and Appearance of the Human Body』(1935)から継承された概念だが、メルロ=ポンティはその位置づけを根底から書き換えた。シルダーにおいて身体図式は脳内に保持される表象であった。メルロ=ポンティにおいてそれは、世界に対する身体の暗黙の方位定位であり、フッサール時間論における把持(rétention)と予持(protention)の時間的厚みをもつ志向的構造として再定義された。
この転換の射程は決定的である。身体は表象されるべき対象であることを止め、世界を表象するための媒体となる。視覚障害者が用いる杖が「身体の延長」として知覚される現象、あるいは幻肢(membre fantôme)の事例は、身体図式の可塑性と外延性を示す範例として現代まで引用されつづけている。
メルロ=ポンティはさらに踏み込み、身体主体(sujet corporel)という概念を提示する。これはデカルト的コギトに対する根源的批判であった。「私は思考する、ゆえに私は存在する」のではない。私はすでに身体として世界に巻き込まれており、その巻き込みのうちに思考が立ち上がる。コギトに先立つ「前反省的コギト(cogito préréflexif)」の領域こそが、身体主体の領域である。
この概念的展開のなかで、メルロ=ポンティは習慣的身体(corps habituel)と現勢的身体(corps actuel)を区別した。前者は過去から沈殿してきた身体的傾向の総体であり、ピエール・ブルデューが後年ハビトゥスとして理論化する事態の現象学的原型である。ブルデュー自身、『パスカル的省察』(1997)の序論でメルロ=ポンティからの影響を明示的に認めている。後者はその沈殿を背景として今この瞬間に振る舞う身体である。両者の重ね合わせとして身体主体は記述された。
肉・可逆性・キアスム ── 後期存在論の核心三位一体
la chair, la réversibilité, le chiasme
未完の遺稿『見えるものと見えないもの』(1964)に至って、メルロ=ポンティは身体という単位そのものを乗り越えようとする。彼が提示する肉(chair)の概念は、主観と客観の分節以前の存在論的織物であり、見ることと見られること、触れることと触れられることのあいだの可逆性(réversibilité)として現れる。
「肉とは物質ではない、精神でもない、実体でもない。それを名指すには、古い言葉であるélément(元素)が必要だろう。水・空気・土・火について語られたのと同じ意味において、すなわちある一般的存在の様態として」(『見えるものと見えないもの』p. 184、拙訳)。
私の右手が左手を触るとき、触れる手と触れられる手は瞬時に立場を交換しうる。この交換可能性こそが、知覚的存在の根本構造である。可逆性は単なる比喩ではなく、肉の存在論的構造そのものを示す。そしてこの可逆性が織りなす交差の図形が、キアスム(chiasme)である。ギリシャ語修辞用語の「キアスマス」(χιασμός、X字交差)に由来するこの語は、メルロ=ポンティ後期哲学の最も独創的な概念である。
さらにメルロ=ポンティは間身体性(intercorporéité)を提起する。他者の身体と私の身体は、それぞれが孤立した実体として出会うのではなく、同じ「肉」のなかで折り返された二つの襞として相互に内属している。指導者と選手のあいだで言語を介さずに成立する身体的伝達、母と子の身体的共鳴は、この間身体性なくしては理論的に説明できない。後のミラーニューロン研究は、この概念の神経科学的裏付けとして読まれることになる。
沈黙のコギトの提起と撤回 ── 哲学言説の構造的限界
le cogito tacite et son retrait
メルロ=ポンティ自身、自身の方法論に内在する困難を最も深く意識した哲学者であった。沈黙のコギト(cogito tacite)の概念は、その意識のもっとも凝縮された痕跡である。
1945年の『知覚の現象学』で、メルロ=ポンティは「沈黙のコギト」を、言語化に先立って身体的に作動する自己関係の領野として提起した。これが哲学的言説の起点でありうるならば、現象学的記述は身体の外から発せられるのではなく、身体の内から発せられうる──彼はそう構想した。
しかし1953年のコレージュ・ド・フランス講義における言語論への深化のなかで、沈黙のコギトの自己同一性が言語的構造を不可避に前提していることが浮上する。そして1959年1月、『見えるものと見えないもの』作業ノートで、メルロ=ポンティは決定的に告白する──「沈黙のコギトについて私が書いたものは、維持しえない……。沈黙のコギトを記述することは、その沈黙を破ることである。記述された経験はもはや沈黙ではない」。
ここで起きていることは、哲学者個人の挫折ではない。哲学的言説という形式そのものに、避けがたく内蔵された外部性の自己暴露である。言葉によって沈黙に到達しようとすると、到達した瞬間に沈黙は破られる。記述によって前反省を主題化すると、主題化された瞬間にそれは反省の対象になる。これは個別の方法論の欠陥ではなく、言説という形式の構造的条件である。1961年5月3日の急逝は、この構造的限界に対する後期存在論の応答が未完のまま閉じられた瞬間でもあった。
私は私の身体の前にあるのではなく、
私の身体の中にあるのでもない。
──私は私の身体である。
— Maurice Merleau-Ponty, Phénoménologie de la perception, 1945
主要著作16──年代順
A Chronological Bibliography of 16 Major Works
メルロ=ポンティの著作は、生前刊行された主著・論集と、没後にクロード・ルフォール、ジャック・ガラルら遺稿管理者によって編まれた遺稿群とからなる。本図鑑では、現代日本語で読める主要著作16点を、刊行年順にカード形式で網羅する。当初の12作品リストから、後期自然哲学の鍵『自然』、中期institution概念の典拠『制度化と受動性』、コレージュ・ド・フランス就任講演『哲学礼賛』、政治哲学の核心『マキャヴェリについての覚書』を加えた決定版16作品。
知覚の現象学
主著。20世紀身体哲学の頂点。緒論「古典的偏見と現象への復帰」+三部構成(身体/知覚された世界/対自存在と世界における存在)。身体図式、身体主体、両義性、コギト批判、時間性、自由──主要概念のすべてがここに集成。ハイデガー的方向性とフッサール的方法論を独自に総合。Stanford Encyclopedia of Philosophyによれば、本書はフッサール後期思想(生活世界・受動的綜合)の影響下で書かれ、デカルト的二元論を内側から解体する20世紀最大の試みとなった。
法政大学出版局 → Internet Archive (英訳) → Monoskop (仏原書PDF) →ヒューマニズムとテロル
ソ連共産主義をめぐる政治哲学的考察。モスクワ裁判の正当化を含むため当時激しい論争を呼んだが、後年(1955年『弁証法の冒険』)この立場は撤回される。マルクス主義との緊張関係をめぐるメルロ=ポンティ政治哲学の出発点。レヴィ=ブリュル理論を援用しつつ、歴史的暴力の不可避性を考察する。
みすず書房 →意味と無意味
論集。「セザンヌの懐疑」「映画と新しい心理学」「ヘーゲルの実存主義」「マルクス主義と哲学」など、芸術・映画・哲学史に関わる論文を集成。後の『シーニュ』『眼と精神』へつながる芸術論的展開の起点。「セザンヌの懐疑」はメルロ=ポンティの絵画哲学の最初の重要文献として広く読まれる。
みすず書房 →知覚の哲学──ラジオ講演 1948年
フランス国営ラジオ(RDF)で一般大衆向けに行われた7回の講演。『知覚の現象学』の核心を平易に語り直した最良の入門。死後発見された原稿が2002年フランスで初刊行、邦訳もある。初学者の最短入口として推奨。「知覚された世界」「空間」「感性的事物」「動物性」「他者」「芸術と知覚の世界」「古典的世界と現代の世界」の7章。
筑摩書房 →マキャヴェリについての覚書 ── 政治哲学の核心(追加・新規)
メルロ=ポンティ政治哲学の核心的小篇。マキャヴェリ『君主論』を、政治の道徳的純粋性が不可能であることを直視した思想として読み解く。「政治とは、誰もが手を汚すことなしには行為しえない領域である」。後に『シーニュ』所収。『弁証法の冒険』(1955)の政治哲学の出発点となる重要文献。マキャヴェリを「邪悪な思想家」として読む通俗的解釈に対する根本的応答であり、政治の悲劇性を哲学化した小篇として現代政治哲学にも影響を与え続けている。
ちくま学芸文庫『精選シーニュ』 →哲学礼賛 ── コレージュ・ド・フランス就任講演(追加・新規)
1952年のコレージュ・ド・フランス哲学講座教授就任講演を成書化した重要小著。哲学とは「すでに成立した知識の累積」ではなく、「驚きを取り戻す態度」であると論じる。ベルクソン、ソクラテス、フッサール、ヘーゲルへの言及を通じて、哲学の固有な使命と方法を提示。就任講演としてだけでなく、メルロ=ポンティ自身の哲学観の決定的宣言文書。同講座への史上最年少選出(44歳)の歴史的瞬間に呼応する重要文書。
みすず書房 →弁証法の冒険
マルクス主義をめぐるサルトルへの根本的批判。サルトルの『共産党員と平和』への応答。1947年『ヒューマニズムとテロル』の立場の撤回を含む。両者の友情の決定的終焉を画した著作。市川浩が共訳者として参加。「ウェーバーの危機」「『プラウダ』のマルクス主義」「サルトルと超ボルシェヴィズム」など、政治哲学・歴史哲学の重要章。
みすず書房 →シーニュ
後期メルロ=ポンティの主要論集。「間接的言語と沈黙の声」「哲学者とその影」「モースからレヴィ=ストロースへ」「生成しつつあるベルクソン」「マキャヴェリについての覚書」など、最重要論文群を所収。言語論と歴史論を中心とする中後期思想の決算。「哲学者とその影」はフッサール後期思想(『観念II』)への決定的応答として、フッサール研究の重要文献となっている。
筑摩書房・精選版 → みすず書房 →眼と精神
生前最後の発表論文。1961年1月、雑誌『アール・ド・フランス』に寄稿。デカルト『屈折光学』批判とセザンヌ論を中心に、絵画哲学と存在論を交差させる絶筆。「画家は世界に身体を貸す」という有名な一文を含む。サルトル「生きているメルロ=ポンティ」がこの論文を「すべてを語っている」と評した。死の直前まで開かれていたデカルト『屈折光学』が机上に残されていたという、運命の重なり。
みすず書房 → 武蔵野美術大学出版局(新訳) →言語と自然──コレージュ・ド・フランス講義要録
コレージュ・ド・フランスでの1952-60年の各講義の要録。後期メルロ=ポンティの自然論・言語論・存在論を辿る上で必読の文書。「自然の概念」「現象学の今日的問題」「子どもにおける自我意識と他者経験」「制度と受動性」「ヘーゲル以後の哲学と非哲学」など、後の遺稿群(『自然』『制度化と受動性』)の梗概として機能する重要書。
みすず書房 →世界の散文
中期に書かれた未完の遺稿。『知覚の現象学』後の言語論・表現論を展開。「アルゴリズムと言語の神秘」「間接的言語」「絵画と表現」など、ソシュール言語学を取り込みつつ独自の表現論を構築。後の『シーニュ』に発展する諸論点の母胎となった重要文書。
みすず書房 →自然──コレージュ・ド・フランス講義ノート(追加・新規)
1956–60年のコレージュ・ド・フランスでの三つの「自然」講義のノート集。後期自然哲学の決定的文書。第一講義「自然の概念」(1956–57)はデカルト・カント・シェリングを論じ、第二講義(1957–58)は動物性・進化論・身体性を、第三講義(1959–60)は「自然と存在論」を主題とする。後年のラトゥール、コッチャ、エマヌエーレ・コッチャ、現代環境哲学に決定的影響。1995年Dominique Séglard編により Éditions du Seuil から刊行。21世紀の人新世論・環境哲学の文脈で再評価が進む。
みすず書房 → Éditions du Seuil →制度化と受動性──コレージュ・ド・フランス講義1954-55(追加・新規)
1954–55年のコレージュ・ド・フランス講義の編纂版。「institution(制度化)」概念をメルロ=ポンティが導入・展開した典拠講義。サルトル的「投企」の主体主義への根本批判として、出来事が後の出来事に意味を与える「余白」を開く事態を「制度化」として理論化。「受動性」講義は、夢・記憶・無意識を扱い、フロイトとの対話を含む。後の精神分析論・歴史哲学・教育論への展開を予告する重要文書。2003年Belin刊。中期メルロ=ポンティの中核概念「institution」の典拠資料。
Éditions Belin →講義ノート集/著作集/メルロ=ポンティ・コレクション
死後に編集刊行された講義ノート群・主要論文集。フッサール『幾何学の起源』をめぐる徹底読解、ソルボンヌ講義(1949–52)「子ども心理学・教育学」、コレージュ・ド・フランス各年度講義の詳細ノートなどが含まれる。日本ではみすず書房『メルロ=ポンティ・コレクション』全7巻が主要論文を網羅。
コレクション収録一覧 →思想的系譜 ── 影響源と継承者
Intellectual Lineage
メルロ=ポンティは、20世紀の知の星座のひとつの結節点である。彼が誰から学び、誰に影響を与えたかを辿ることは、20世紀後半の哲学・社会学・芸術論・認知科学の見取り図そのものを描くことに等しい。
影響源 les sources
現象学の創始者。1929年2月23日・25日のソルボンヌ講演を直接聴講。1939年ルーヴァンで未公開遺稿を閲読。後期フッサールの「生活世界(Lebenswelt)」「受動的綜合」概念を継承。
『存在と時間』の世界内存在概念を継承。フッサールとハイデガーの統合的読解がメルロ=ポンティの方法的特徴。
『物質と記憶』『創造的進化』の生命哲学。「生成しつつあるベルクソン」(『シーニュ』所収)はベルクソンへの最重要オマージュ。
失語症患者シュナイダーの分析。『行動の構造』『知覚の現象学』の臨床的実証の主要源泉。
ヴェルトハイマー、ケーラー、コフカ。「形」「図と地」概念の哲学的読解。
『The Image and Appearance of the Human Body』(1935)。身体図式概念の直接的源流。メルロ=ポンティはシルダーの脳内表象としての身体図式を、世界への身体的方位定位として根本的に転換した。
後期に決定的影響。1953年以降、ソシュール言語学を取り込み、「作動する言葉/語られた言葉」の区別を発展させる。
精神分析の現象学的読解。妻シュザンヌ・ジョリボワがラカン派精神分析家であったこともあり、晩年の「肉の存在論」へも精神分析的次元が深く流れ込む。
コジェーヴ講義(1935-39)を介して『精神現象学』を読解。「ヘーゲルの実存主義」(『意味と無意味』所収)など重要論考。
「身体技法」「ハビトゥス」「全体的社会的事象」の概念。『シーニュ』所収「モースからレヴィ=ストロースへ」で明示的に論じる。
彼が影響を与えた思想家 les héritiers
鏡像段階論の発展に直接影響。『見えるものと見えないもの』との対話。妻シュザンヌ・ジョリボワを介してメルロ=ポンティはラカン派精神分析と直接的接点を持っていた。
初期『臨床医学の誕生』『言葉と物』の身体論的視座。メルロ=ポンティのコレージュ・ド・フランスでの講義をフーコーが聴講していた。
『差異と反復』『感覚の論理』への通底的影響。フランシス・ベーコン論はメルロ=ポンティの「肉」を継承しつつ、独自の「身体なき器官」へと展開。
ハビトゥス概念の現象学的原型。『パスカル的省察』(1997)の序論で明示的に継承を認める。「メルロ=ポンティから受け取った最も重要なもの──身体という社会理論の出発点」。
ENS同期。『野生の思考』はメルロ=ポンティに献呈。両者は構造主義と現象学を超えた対話を続けた。
『身体化された心』(1991)でメルロ=ポンティ現象学と認知科学を結合。エナクティブ認知科学の理論的基盤。
AI批判『コンピュータには何ができないか』の哲学的基盤。「身体的技能」の現象学的分析。
『ジェンダー・トラブル』の身体パフォーマンス論。メルロ=ポンティの身体現象学をフェミニズム理論に応用。
フェミニスト現象学。間身体性のジェンダー的転回。『見えるものと見えないもの』の批判的読解で知られる。
21世紀の環境哲学・人新世論。1995年刊行のメルロ=ポンティ『自然』講義が決定的影響源。コッチャ『植物の生の哲学』など。
客体指向存在論(OOO)の出発点として批判的に継承。
日本におけるメルロ=ポンティ受容
Reception of Merleau-Ponty in Japan
日本のメルロ=ポンティ研究は、1960年代から始まり、現在まで4世代にわたって継承されてきた。第一世代の木田元と滝浦静雄が翻訳と研究の基礎を築き、第二世代の鷲田清一が『可逆性』として独自の解釈を打ち立て、その後第三・第四世代へ引き継がれている。1993年には日本メルロ=ポンティ・サークル(MPC)が設立──現在約150会員を擁し、年次大会と紀要『メルロ=ポンティ研究』を刊行している。
中央大学名誉教授/哲学(1928–2014)
日本にメルロ=ポンティを本格紹介した第一人者。東北大学文学部哲学科卒業。主著の大半を滝浦静雄と共訳。代表的概説書『メルロ=ポンティの思想』(岩波書店、1984)は、後年講談社学術文庫として復刊(2025)。
東北大学名誉教授/哲学(1927–2011)
木田元の盟友。メルロ=ポンティ主要著作の共訳者。著書『言語と身体』『想像の現象学』『時間』など。日本における現象学的身体論の基礎を築いた一人。
横浜市立大学名誉教授/哲学(1922–1996)
『知覚の現象学』を一冊本として全訳。法政大学出版局・叢書ウニベルシタス版(1982初版/2015改装版、881頁)は現在最も読まれる版のひとつ。
大阪大学元総長・京都市立芸術大学元学長/臨床哲学(1949– )
第二世代の代表的研究者。メルロ=ポンティの可逆性概念を独自に発展。主著『メルロ=ポンティ 可逆性』(講談社学術文庫)はメルロ=ポンティ概説の代表作。サントリー学芸賞『モードの迷宮』、桑原武夫学芸賞『「聴く」ことの力』など多数の著作。
上智大学名誉教授/哲学(1924–2016)
『シーニュ』のみすず書房版(全2巻)監訳者。実存主義・サルトル・メルロ=ポンティを専門としつつ、独自の文化記号学を展開。
明治大学名誉教授/哲学(1931–2002)
『弁証法の冒険』共訳者。『〈身〉の構造──身体論を超えて』(青土社、講談社学術文庫)。メルロ=ポンティを基礎としつつ独自の「身体論」を展開した、日本独自の身体哲学者。
武蔵野美術大学教授/哲学(1960– )
『眼と精神』の新訳『メルロ=ポンティ「眼と精神」を読む』(武蔵野美術大学出版局、2015)の編訳者。デカルト『屈折光学』とセザンヌをめぐる絵画哲学の新しい読みを提示。
筑波大学/哲学
『精選 シーニュ』(ちくま学芸文庫、2020)訳者。後期メルロ=ポンティの政治哲学・歴史哲学・言語哲学を中心に研究。日本における第三世代を代表する研究者。
中央大学教授/哲学
『自然──コレージュ・ド・フランス講義ノート』共訳者(みすず書房、2020)。後期自然哲学を中心に研究を展開。
立命館大学教授/哲学
後期メルロ=ポンティと自然哲学の研究で知られる。日本メルロ=ポンティ・サークル運営の中心人物の一人。
長浜バイオ大学教授/生命哲学
メルロ=ポンティ自然哲学・生命哲学の研究。第三世代の代表的研究者。
成城大学教授/哲学
メルロ=ポンティ・現象学・現代フランス哲学の研究。第三・第四世代の中心。
1993年設立、現在約150会員。年次大会+紀要『メルロ=ポンティ研究』第27巻まで刊行。
第27巻(2023)には小林徹「象徴における野生──メルロ=ポンティとレヴィ=ストロース」、佐野泰之「意識の沈黙と言語のざわめき──パラン、サルトル、メルロ=ポンティ」など最先端の研究論文が並ぶ。
メルロ=ポンティを読み始めるために
A Reader’s Guide to Merleau-Ponty
メルロ=ポンティを読むことは、いきなり主著に挑むことを意味しない。レベルに応じた四つの入口がある。下から順に登れば、無理なく主著にたどり着ける。
入門ルート for beginners
- 『知覚の哲学──ラジオ講演 1948年』菅野盾樹訳・ちくま学芸文庫
初学者の最短入口。 - 木田元『メルロ=ポンティの思想』講談社学術文庫 2025
定評ある決定版概説。 - 鷲田清一『メルロ=ポンティ 可逆性』講談社学術文庫
独自解釈による傑作。 - 『哲学礼賛』みすず書房
就任講演の小著、哲学観の宣言。
主著ルート core texts
- 『行動の構造』1942
第一の主著、神経学・心理学批判。 - 『知覚の現象学』1945(中島盛夫訳・法政大学出版局)
20世紀身体哲学の頂点。 - 『シーニュ』1960
後期論集、最重要論文集。 - 『見えるものと見えないもの』1964
未完の遺稿、後期存在論。
応用ルート thematic readings
- 身体論:『〈身〉の構造』市川浩
- 絵画哲学:『眼と精神』『意味と無意味』
- 政治哲学:『弁証法の冒険』『マキャヴェリ覚書』
- 自然哲学:『自然』みすず書房 2020
- 制度化論:『制度化と受動性』2003仏刊
- 政治:『ヒューマニズムとテロル』
最初の一冊に迷うなら:
『知覚の哲学──ラジオ講演 1948年』から始め、『知覚の現象学』第一部「身体」へ。
その後、関心領域に応じて応用ルートへ進む。
オンラインリソース・原典・論文
Online Resources, Primary Texts & Academic Articles
メルロ=ポンティ研究のための主要なオンライン・リソース、学術アーカイブ、英文・仏文・和文の信頼できる解説サイト・論文を以下に紹介する。
Ted Toadvine執筆、査読済み。哲学百科事典の最高峰。生涯・思想・参考文献の決定版。
plato.stanford.edu/entries/merleau-pontyテネシー大学運営。SEPと並ぶ哲学百科事典。「Merleau-Ponty, Maurice」項は読みやすい入門解説。
iep.utm.edu/merleau1993年設立、約150会員。年次大会、紀要発行、学会員間の交流。日本における学会組織。
merleau.jp紀要のJ-STAGE公開ページ。第27巻まで、一部論文はオープンアクセスPDF。
jstage.jst.go.jp/browse/merleaujpサークル公式の各号紹介。論文タイトル一覧で関心領域を探せる。
merleau.jp/etudes国際メルロ=ポンティ・サークルの英・仏・伊三言語紀要。世界最高峰の研究プラットフォーム。
chiasmi.orgGallimard 1945年版の1976年刷PDF。仏原書を全文閲覧可能。
monoskop.orgDonald A. Landes 2012年新訳の閲覧。1時間貸出制。
archive.orgフランス国立図書館デジタルライブラリ。当時の雑誌『レ・タン・モデルヌ』掲載論文等を検索可能。
gallica.bnf.fr『行動の構造』『眼と精神』『見えるものと見えないもの』『シーニュ』『言語と自然』『世界の散文』『自然』ほか。木田元・滝浦静雄訳の宝庫。
msz.co.jp中島盛夫訳の一冊本(881頁)。叢書ウニベルシタス112。
h-up.com2025年学術文庫化。岩波1984年初版から41年を経ての普及版。日本における最も信頼される概説書。
kodansha.co.jp英語圏で最も信頼性が高い百科事典のメルロ=ポンティ項目。
britannica.com英語版Wikipedia「Maurice Merleau-Ponty」項目。詳細な生涯・著作リスト・参考文献。
en.wikipedia.org国立情報学研究所による日本語学術論文データベース。「メルロ=ポンティ」検索で日本語研究の全体像が把握できる。
cir.nii.ac.jp“Maurice Merleau-Ponty” 検索で関連論文・書籍に網羅的アクセス。
scholar.google.comフランス語圏人文社会科学の最大の電子ジャーナルデータベース。
cairn.info英語圏学術誌の主要アーカイブ。メルロ=ポンティ関連の英語論文の主要収録元。
jstor.orgSECTION TEN — Critical Inheritance
沈黙のコギトの撤回が指し示すもの ──
哲学言説が到達しえなかった一点へ
From Description to Apparatus — The Cultural Body Theory Response
メルロ=ポンティ図鑑の最後の節は、メルロ=ポンティの偉大さを称えるためではなく、彼自身が直面した哲学言説の構造的限界に応答するために書かれる。これは合同会社GETTAプランニング代表・宮﨑要輔の文化身体論が向かう先である。
本図鑑が論じてきたのは、メルロ=ポンティを乗り越えるという身振りではない。メルロ=ポンティは、二十世紀の哲学的言説が身体に到達できる最深部まで降りた。彼の仕事の精緻さと深度は、文化身体論の議論の前提であって、その競合ではない。
しかしその最深部に、なお到達しえない一点が残った。1959年1月、メルロ=ポンティ自身が「沈黙のコギト」概念を撤回したとき、これは哲学者個人の挫折ではなく、哲学言説という形式そのものに内蔵された外部性の自己暴露であった。「沈黙のコギトを記述することは、その沈黙を破ることである。記述された経験はもはや沈黙ではない」──この告白は、現象学の最も誠実な自己批判であり、同時に未踏の地を指し示す方位磁針となった。
1961年5月3日、デカルト『屈折光学』を開いたまま机上で逝去した哲学者の机の上に、未完の遺稿『見えるものと見えないもの』は残された。「肉(chair)」の概念は、彼の生涯ではついに完結を見なかった。「肉」は哲学言説で語られることを拒みつつ、なお語られなければならない領域として、戦後フランス思想の中央に残されたのである。
文化身体論が問うているのは、この未完の地点である。哲学言説では到達しえなかった「肉」の領域に、装置がどう応答するか。一本歯下駄GETTAは、身体について記述する装置ではない。身体に発火させる装置である。哲学的言説が記述によって到達できなかった領域に、それは別の経路から到達する。足裏3秒の物理的不安定性によって、判断する前に身体が反応する。
メルロ=ポンティの「肉」「可逆性」「キアスム」「間身体性」──これらの概念は、哲学言説のなかでは比喩として、あるいは現象学的記述として与えられた。一本歯下駄においては、立つ身体と立たれる身体の可逆性は、足裏の物理的接触として、一人の使用者の体験として、3秒で起きる。これはメルロ=ポンティの理論化と対立するものではない。哲学的記述と身体技法は、相互に他のものに翻訳できない二つの経路として、同じ純粋経験の周囲に配置される。
哲学と装置。言葉と身体。地図と旅。
──両者はそれぞれ独立して機能するのではなく、相互に他を必要として機能する。
メルロ=ポンティが言葉で接近を試みた地点に、身体が一歩で立つ。
— GETTA Thinkers Encyclopedia, No.04
思想を深める16の核心 ─ GETTA Thinkers Encyclopedia 全16巻
一本歯下駄GETTAの背景にある、知っておきたい16人の思想家──〈身体〉〈学び〉〈文化〉〈遊び〉を再定義した古今の知の星座。
関連する6つの深掘り論考
16人の思想を、GETTAの実装的観点から読み解いた論考群。
📚 GETTA Thinkers Encyclopedia ─ 思想図鑑シリーズ全16巻
同時代を生きた思想家たちが、いかに〈身体〉〈学び〉〈文化〉〈遊び〉を再定義したか──各図鑑は独立しつつ相互に照らし合う。
文化資本/ハビトゥス/界No.02 アンリ・ベルクソン
純粋持続/生命の躍動No.03 マルセル・モース
贈与論/身体技法No.04 メルロ=ポンティ
身体図式/知覚の現象学No.05 大森荘蔵
立ち現われ一元論/重ね描きNo.06 ジル・ドゥルーズ
差異と反復/器官なき身体No.07 イサドラ・ダンカン
鳩尾/自由な舞踊No.08 イヴァン・イリイチ
脱学校/コンヴィヴィアリティNo.09 ジャン・ピアジェ
発生的認識論/4段階No.10 エリク・H・エリクソン
アイデンティティ/8段階No.11 ロジェ・カイヨワ
遊びの四類型/対角線の科学No.12 市川浩
〈身〉/錯綜体/身分けNo.13 バックミンスター・フラー
宇宙船地球号/テンセグリティNo.14 マーサ・グラハム
コントラクション/181作No.15 ルース・セント・デニス
デニショーン/神聖舞踊No.16 西田幾多郎
純粋経験/場所の論理/絶対無
本シリーズが共有する一つの問い
〈身体〉が、文化が、学びが、遊びが、近代の枠組みのなかでどのように分節され、どこで歪められ、いかに再び動詞化されうるのか。
GETTA Thinkers Encyclopedia は、この一つの問いを16の星座から照らす編集方針で構成されています。
文化身体論研究者
いま、あなたが必要なのはどの一足か?
歩行のクセを解くプロセスは、3段階で進む。
あなたの今いる段階に合うモデルから始めてください。


