GETTA Thinkers Encyclopedia / No.03
Marcel Israël Mauss
マルセル・モース
10 May 1872 — 10 February 1950
フランス民族学の祖。社会学者にして人類学者。
身体技法、贈与論、ハビトゥス──
レヴィ=ストロース、ブルデュー、バタイユ、ドゥルーズの
すべての源流となった、20世紀社会人類学の真の父。
マルセル・モースとは何者か
An Introduction to the Father of French Ethnology
「身体は人間の最初の、そして最も自然な道具である。」──この一文が、マルセル・モースの社会人類学のすべてを貫いている。
マルセル・モース(Marcel Israël Mauss, 1872–1950)は、フランス民族学(ethnologie française)の祖と称される社会学者・人類学者である。19世紀末にフランス社会学を創始したエミール・デュルケームの甥として、ヴォージュ県エピナルの正統派ユダヤ教徒の家庭に生まれ、叔父デュルケームの直接指導のもとボルドー大学で哲学を学んだ。生涯フィールドワークを行わなかったにもかかわらず、彼の理論的射程は人類学・社会学・宗教学・言語学・経済学のすべてに及び、20世紀の社会科学全体の方向を決定した。
モースの思想体系の中心には、三つの不滅の概念がある。第一に「身体技法(techniques du corps)」──歩く、走る、泳ぐ、座る、眠るといった最も基本的な身体動作でさえ、社会ごと・時代ごとに固有の形を持ち、模倣と教育を通じて伝承されるという発見。第二に「贈与論(essai sur le don)」──贈与と返礼の連鎖が、いわゆる「未開社会」のみならず、近代社会の根底にも作動し続ける「全体的社会的事象(fait social total)」であるという解明。第三に「ハビトゥス(habitus)」──個人の身体的所作の中に社会・教育・流行・威光が刻み込まれているという、後にブルデューが再構成して20世紀後半の社会理論の基礎概念となった先駆的洞察。
モースの影響圏は驚くほど広い。クロード・レヴィ=ストロースは構造人類学の創始者として『マルセル・モースの業績解題』(1950)でモースを「20世紀人類学の最大の先駆者」と位置づけ、自らの理論をモースの直接の継承として提示した。ジョルジュ・バタイユは『呪われた部分』(1949)で『贈与論』を経済人類学の根本書として読み直し、消費社会論の起点とした。ピエール・ブルデューはモースの「ハビトゥス」概念を1970年代の社会学理論の中核へ再構築した。ジャック・ラカン、ジャック・デリダ、ジル・ドゥルーズ、ジャン・ボードリヤール──戦後フランス思想(French Theory)のほぼすべての主要思想家がモースを参照点とした。
日本でのモース受容も極めて早く、戦後すぐの1973年、有地亨・伊藤昌司・山口俊夫の共訳による弘文堂『社会学と人類学 I・II』により、モースの主要著作が体系的に紹介された。以後、勁草書房『贈与論』(有地亨訳)、ちくま学芸文庫『贈与論』(吉田禎吾・江川純一訳、2009)、岩波文庫『贈与論 他二篇』(森山工訳、2014)と邦訳が累積し、現在では渡辺公三、岩野卓司、山田広昭、倉島哲、古市太郎らによる研究が深められている。
死から75年以上を経た現在、モースの思想は新たな読み直しの段階に入っている。身体化された知(embodied knowledge)の観点からの「身体技法」の再評価、人新世の倫理学・脱資本主義論からの「贈与論」の再活性化、認知科学・スポーツ科学からの「ハビトゥス」の精密化──モースが切り開いた「全体的人間(l’homme total)」の探究は、21世紀の社会科学・身体論・倫理学において、ますます中心的な参照点となりつつある。
略年譜(1872–1950)
A Life Between Sociology and Anthropology
5月10日、ヴォージュ県エピナルにユダヤ教徒の家庭に誕生
フランス北東部ロレーヌ地方の小都市エピナルで、正統派ユダヤ教徒の商家に生まれる。父ジェルソン・モース、母ロジーヌはエミール・デュルケーム(1858–1917)の姉。叔父デュルケームとの年齢差は14歳。祖父モイーズ・デュルケームはエピナルおよびヴォージュ県の主席ラビで、家庭は厳格な宗教的雰囲気の中にあった。
エピナルのリセに通学、ユダヤ教からの離脱
地元のリセに通学。18歳までにユダヤ教信仰から離脱。生涯通じて宗教を持たなかった。しかし宗教社会学・宗教史への関心は終生衰えず、後の主要研究領域となる。
パリではなくボルドー大学を選択──叔父デュルケームの直接指導
フランス哲学の最高峰である高等師範学校(ENS)に進むのではなく、当時ボルドー大学教授だった叔父デュルケームのもとで哲学を学ぶ道を選択。ボルドーで新カント主義(オクターヴ・アムラン)と社会学的・経験主義的思考(アルフレッド・エスピナス)の両方を学ぶ。同時にフランス労働者党に1894年加盟──モースは生涯、社会主義者・社会連帯主義者として政治的活動を続ける。
哲学アグレガシオン取得、EPHEへ進学
教授資格試験合格。同時期、叔父デュルケームと共に学術誌『社会学年報(L’Année Sociologique)』の創刊準備に着手。パリのEPHE(高等研究実習院)に進学し、宗教史・宗教現象の研究を本格化させる。アンリ・ユベール(後の生涯の共同研究者)と出会う。
オランダ・英国留学──マックス・ミュラー、フレイザー、テイラーとの交流
「祈りの起源」をテーマとする博士論文準備のためオランダ・英国に留学。オックスフォードでマックス・ミュラー、ジェイムズ・フレイザー、文化人類学の祖エドワード・タイラーと直接交流。同年、ユベールとの共著『供儀論』を発表──モース最初期の重要研究。
EPHE「未開民族の宗教史」教授に就任(1901–1931、30年間)
EPHE「未開民族の宗教史」講座教授に若くして就任。以後30年間にわたり、フランスにおける民族学・社会人類学の中心人物として活動。モース自身は一度もフィールドワークを行わなかったが、文献研究と他者のフィールドワーク資料の体系的分析を通じて、フランス民族学の理論的基盤を築く。
『分類の未開形態』(デュルケームと共著)刊行
叔父デュルケームとの共著『De quelques formes primitives de classification』を『社会学年報』第6号に発表。後の構造主義・知の社会学の先駆的研究。レヴィ=ストロースの構造人類学の出発点となる。同年、ユベールとの共著『呪術論』も発表。
第一次世界大戦──デュルケーム派の壊滅
第一次世界大戦勃発。モースは将校として西部戦線に従軍。戦争はデュルケーム学派に壊滅的打撃を与えた。1915年、モースの叔父デュルケームの一人息子アンドレ(モースの従兄弟)がブルガリア戦線で戦死。1917年11月、エミール・デュルケーム自身も息子の死の悲しみのうちに死去。さらにロベール・エルツ、アントワーヌ・ビアンコーニ、ジャン・レイニエら、社会学年報学派の若き才能のほぼ全員が戦死した。モースは、ほとんど一人で師の遺志と学派の再建を担うことになる。
『社会学年報』新シリーズ復刊
戦争で中断していた『社会学年報』を、多くのデュルケーム派学者の協力を得て新シリーズとして復刊。学派の再建が始動する。
『贈与論(Essai sur le don)』刊行 ── パリ大学エスノロジー研究所共同設立
『社会学年報』新シリーズ第1巻に、後にモースの最も有名な著作となる『贈与論──アルカイックな社会における交換の形態と理由』を発表。ポリネシア(マオリのハウ概念)、メラネシア(クラ交易)、北米北西海岸(クワキウトル族のポトラッチ)、古代ローマ法、古代ヒンドゥー法、ゲルマン法を比較し、贈与・受領・返礼の三重の義務が「全体的社会的事象(fait social total)」を構成すると論証。同年、リュシアン・レヴィ=ブリュル、ポール・リヴェと共にパリ大学エスノロジー研究所を共同設立。
2月3日、コレージュ・ド・フランス社会学講座 初代教授に就任
フランス最高の知的栄誉であるコレージュ・ド・フランス社会学講座の初代教授に選出(言語学者アントワーヌ・メイエの推薦)。過去2回の試みが失敗した後の3度目の挑戦での就任。以後10年間、デュルケームと年報学派の未刊行著作の編集・刊行と、モース自身の独自研究に捧げる。
5月17日、心理学会で「身体技法(Les techniques du corps)」講演
パリ「心理学会」会長講演として「身体技法」を発表。「社会ごとに伝統的な仕方で人々が自分の身体を使う仕方」を体系的に研究した最初の社会学的論文。マオリ族女性の歩行、米軍と仏軍の行進、英仏児童の座り方、出産・睡眠・水泳・走り方の文化差──基本的身体活動でさえ文化的に形成されるという、当時としては革命的な洞察。論文は翌1935年『心理学雑誌』に掲載。同年、長年の秘書マルト・デュプレと結婚。
「人格概念──「自我」概念」(ハクスリー記念講演)発表
英国王立人類学協会のハクスリー記念講演として「人格概念──「自我」概念のひとつ」を発表。「人格」「自我」という、近代西欧では自明視されていた範疇が、社会的・歴史的に構築されたものであることを論証する画期的研究。
ナチスのフランス占領、コレージュ・ド・フランス退職
ナチス・ドイツのフランス占領とヴィシー政権の反ユダヤ法施行により、コレージュ・ド・フランスを退職。所属研究機関を反ユダヤ的弾圧から守るための自発的退職。占領期はパリにとどまり、社会的に孤立し、すでに病床の妻の看病に明け暮れる過酷な日々を過ごす。
2月10日、パリで死去(享年77)
2月10日、パリで死去。死の年、PUFから論文集『社会学と人類学(Sociologie et anthropologie)』が刊行され、これがモース思想の体系的紹介の始まりとなる。同書序文をクロード・レヴィ=ストロースが「マルセル・モースの業績解題」として執筆──戦後フランスにおけるモース再評価の出発点。1967年に未完の遺稿『民族誌マニュアル』も刊行。
マルセル・モース 主要概念
Twelve Key Concepts of Maussian Anthropology
モースの理論体系は、相互に有機的に結びついた十二の主要概念によって構成されている。これらは個別に切り離して理解することができず、つねに「全体的社会的事象」という大きな結節の中で機能する。以下、各概念について簡潔な定義・代表的引用・原典出処を併記する。引用文は、モース自身の有名な定式の邦訳ニュアンスに基づくものと、複数箇所にまたがる論述の趣旨を凝縮した意訳とを含む。
身体技法
techniques du corps
「社会ごとに、伝統的な仕方で人々が自分の身体を使う仕方」。歩行・睡眠・出産・水泳・食事のすべてが、自然なものではなく、社会的に学習・伝承される技法であるという発見。20世紀身体論の起点。
贈与
le don
物の交換でありながら、単なる経済的行為ではなく、与える側の人格そのものが物に宿って受け手の中に入るという、近代経済学では捉えられない交換形態。社会の根源的な結びつきを生成する原理。
ハビトゥス
habitus
アリストテレスの「ヘクシス」のラテン語訳。個人の単なる「習慣」ではなく、社会・教育・流行・威光によって形作られる集合的・身体的性向。後にブルデューが社会理論の中核概念として再構成する。
威光模倣
imitation prestigieuse
権威ある存在の身体技法を、学習者が「意識的に採用」するプロセス。単なる無意識の模倣ではなく、信頼・権威・成功への憧れに媒介された能動的な選択。教育の根本機制。
全体的社会的事象
fait social total
経済・宗教・法律・道徳・美学・身体生理の諸相が同時に凝縮して現れる社会現象。要素還元主義に抗して、社会を「全体」として捉える方法論的概念。20世紀社会学の方法論的革命。
ポトラッチ
potlatch
北米北西海岸先住民(クワキウトル族など)の儀礼的贈与と消費。富を蓄積するのではなく、競い合って与え、しばしば破壊する競覇型の全体的給付。後にバタイユの「消尽」「呪われた部分」の概念へ。
三重の義務
trois obligations
贈与制度を構成する不可分の三重の義務──「与える義務」「受け取る義務」「返礼の義務」。これら三つが一体となることで、贈与は単なる経済交換を超えた社会的紐帯の生成原理となる。
ハウ
hau (l’esprit de la chose)
マオリ族における「物に宿る霊」の概念。贈り物には贈与者の「ハウ」が宿り、受け手はそれを返さなければ災いを受ける。物自体に主体性が宿るという根本洞察──近代の主体/客体二元論への根本批判。
人格概念
la notion de personne
「人格(personne)」「自我(moi)」という、近代西欧では自明視された範疇が、社会的・歴史的に構築されたものであるとする画期的論証。マスク・役割・名前・法的地位を経て、近代的「自我」が成立した過程の描出。
供儀
le sacrifice
ユベールとの共著『供儀論』(1899)における中心概念。供儀の本質は「神聖なものとの交渉」であり、供物・供犠者・神という三項の中で、聖と俗の領域が動的に変換される儀礼的構造を分析。
全体的人間
l’homme total
生理学的・心理学的・社会学的次元が分離不可能に結びついた人間像。学問領域の境界を越えて、人間を「総体」として捉える方法論的要請。デカルト的心身二元論への根本批判。
三重の視点
triple considération
人間行為を理解するには、機械的・物理的視点(解剖学・運動学)、心理学的視点、社会学的視点の三つを同時に動員しなければならないという方法論的命題。学際性の哲学的基礎。
身体技法 ── 自然な身体は存在しない
les techniques du corps
1934年5月17日、パリ「心理学会」の会長講演で、モースは20世紀身体論の出発点となる革命的講演を行った。それが「身体技法(Les techniques du corps)」である。論文は翌1935年『心理学雑誌』に掲載され、後に『社会学と人類学』(1950)に再録された。
モースが提示した中心命題は、衝撃的なほどシンプルだった──「成人の身体には、おそらく『自然な仕方』は存在しない」。歩く、走る、泳ぐ、座る、眠る、食べる、出産する、子どもを抱く、ダンスをする、武具を扱う──私たちが「身体本来の使い方」と思い込んでいる動作のすべてが、実は社会ごと・時代ごとに異なる、伝統的に学習され伝承される技法なのである。
モースが挙げる具体例は驚くべきものだ。マオリ族の女性は、母から娘へ、独特の腰の振り方(onioni)を厳格に教え込まれる。第一次大戦中、英国軍と仏軍は、行進のリズムが根本的に異なるため、戦線で歩調を合わせられなかった。米国映画の影響で、フランスの若い女性たちはハリウッド女優の歩き方を「意識的に採用」して街を歩くようになった。水泳の方法、出産の姿勢、性的体位、子どもの抱き方、唾の吐き方──これらすべてが、文化を越えて一定ではない。
モースの方法論的革新は、「三重の視点(triple considération)」の導入である。身体技法を理解するには、(1) 機械的・物理的視点(解剖学・運動学)、(2) 心理学的視点、(3) 社会学的視点──この三つを同時に動員しなければならない。これは「全体的人間(l’homme total)」の方法論であり、当時のデカルト的二元論と学問領域の分断を根本から問い直す画期的提案だった。
そして同論文の中でモースは、後に20世紀後半の社会理論を変えることになる重要概念を導入する──「ハビトゥス(habitus)」である。モースはアリストテレスの「ヘクシス(hexis、獲得された能力)」のラテン語訳として、この語を意図的に選んだ。このモースの定式が、半世紀後にピエール・ブルデューによって社会学理論の中核概念として再構成される。
「身体技法」論文の射程は、現代において再評価が進んでいる。スポーツ科学、運動学習論、リハビリテーション、認知科学、現象学、フェミニズム理論、医療人類学──モースが切り開いた「身体は社会の刻印を受ける」という洞察は、21世紀の身体論のすべての出発点である。
贈与論 ── 三重の義務と全体的社会的事象
l’essai sur le don
1925年、モースは生涯の代表作となる『贈与論──アルカイックな社会における交換の形態と理由』を『社会学年報』新シリーズ第1巻に発表した。これは20世紀の人類学・経済人類学・社会理論を変えた一冊である。
モースが提示した根本問題は単純である──「贈与は、なぜ必ず返礼を引き起こすのか」。近代経済学はこれを「契約」「期待」「効用計算」として説明する。しかしモースが世界中の民族誌資料(ポリネシアのマオリ、メラネシアのトロブリアンド諸島のクラ交易、北米北西海岸のクワキウトル族のポトラッチ、古代ローマ法、古代ヒンドゥー法、ゲルマン法)を比較検討して見出したのは、近代経済学では捉えられない交換の論理だった。
モースの第一の発見は、贈与制度が「三重の義務(trois obligations)」から成り立つということだ。
与えることを拒否すること、招待を行わないことは、宣戦布告に等しい。富の再分配・連帯・地位の維持のため、共同体の成員には与える義務がある。
贈り物を拒むことは、敵意を意味する。贈り物を受け取ることは、贈与者と社会的紐帯を結ぶ義務であり、同時に返礼の責務を引き受けることでもある。
受け取った贈与には必ず返礼を行わなければならない──しばしば元のものより大きな価値で。これによって贈与・受領・返礼の連鎖が永続的に継続し、社会的紐帯が維持される。
モースの第二の発見は、なぜ贈り物には返礼が必要なのか、という問いへの答えにある。それはマオリの「ハウ(hau)」──贈り物に宿る霊──の概念によって示される。マオリの賢者タマティ・ラナイピリは、人類学者エルズダン・ベストにこう語った:「あなたが私からあるものを受け取り、それを第三者に渡し、第三者が代わりに何かを返した場合、その返礼の品は元来私のハウから来ているのだ」。贈り物には贈与者の人格そのものが宿っている。だから返礼しなければ、それは贈与者の人格を奪い取ることになる──だから返礼は霊的・道徳的・法的義務なのである。
モースの第三の発見、そして最も方法論的に重要な発見は、贈与制度が「全体的社会的事象(fait social total)」であるという主張である。それは経済的事象であり、同時に宗教的・法的・道徳的・美的・形態論的事象でもある。近代社会科学が分業して切り分けた諸領域が、未開社会のポトラッチや古代ローマのtraditioにおいては一つに統合されていた。
『贈与論』の影響圏は計り知れない。レヴィ=ストロース『親族の基本構造』(1949)の交換理論、ジョルジュ・バタイユ『呪われた部分』(1949)の消尽理論、ボードリヤール『象徴交換と死』(1976)の象徴交換論、ジャック・デリダ『贈与の時間』(1991)の不可能な贈与論──これらすべてが『贈与論』の50頁の論文から始まっている。
ハビトゥスと威光模倣 ── ブルデューが書き換えたもの
habitus et l’imitation prestigieuse
「身体技法」論文の中で、モースは社会理論史上最も重要な概念の一つを導入する──「ハビトゥス」である。モースはこの選択について明確に説明する:「ラテン語のhabitusを使うのは──フランスでは理解されるはずだ──、フランス語の『habitude(習慣・癖)』よりもこの語の方がアリストテレスの『ヘクシス(hexis、獲得された能力・性向)』を遥かに正確に翻訳するからである」。
つまりモースのハビトゥスは、単なる個人の習慣ではない。それは社会・教育・流行・威光によって形作られる集合的・実践的性向である。「これらの『習慣』は、個人や模倣によって変わるだけではない。何よりも、社会・教育・礼節・流行・威光によって変わる。私たちはここに、集合的・個人的実践理性の働きを見るべきである」。
そしてモースは、ハビトゥスがどのように伝承されるかを問う。その答えが「威光模倣(imitation prestigieuse)」である。「子どもは大人の動作を真似る。彼に対して権威を持ち、信頼を置いている人物の動作を真似るのである。模倣される行為が成功し、信頼ある人々によって遂行されているという理由で、行為は受け入れられる。これこそが威光模倣である」。
ここで決定的に重要なのは、モースの威光模倣が「意識的な採用(adoption consciente)」を含んでいることである。ハリウッド映画を見たフランスの若い女性は、自分の好きな女優の歩き方を意識的に選んで採用する。これは無意識の刷り込みではない。学習者には、誰の身体技法を採用するか、どう自分のものにするかという、能動的な選択の余地がある。
ここに、後にピエール・ブルデューがモースの概念を社会学理論に取り込む際に行った重大な変換がある。ブルデュー(『実践感覚』1980など)は、モースのハビトゥス概念を継承しつつ、これを主に無意識の構造化された性向のシステムとして再定義した。
学習者は、信頼と威光を持つ他者の身体技法を意識的に採用する。アメリカ映画の女優の歩き方、教練の士官の動作、母親の所作──学習者には選択の余地と能動性がある。身体技法は「意識的に採用」されるものでもあった。
幼少期からの長期的社会化を通じて、行為者の無意識に刻まれた性向のシステム。階級・界に応じて再生産される。意識的選択を超えて、身体に深く構造化された傾向として作動する。
このギャップは現代の理論的論争の焦点となっている。米国社会学者の研究(Leveratto 2006)は、ブルデューによるモース概念の取り込みが、モース原意に含まれていた「個人のエージェンシー(主体的行為能力)」の次元を見落としたと指摘する。21世紀の社会理論において、この「ブルデューが書き換えたもの」を回復する試みが進行している。
全体的社会的事象と全体的人間 ── 学問の境界を越える
le fait social total et l’homme total
モースの方法論的最大の貢献は、おそらく「全体的社会的事象(fait social total)」という概念である。1925年『贈与論』の結論部で初めて明示的に提示されたこの概念は、20世紀社会科学全体の方向を決定した。
モースは、贈与・ポトラッチ・供儀・身体技法といった現象を観察するうちに、ある決定的な特徴に気づいた。これらの現象は、近代の学問が分業して扱う領域のいずれにも還元できない。ポトラッチは経済学者の対象でも、宗教学者の対象でも、法学者の対象でも、心理学者の対象でも、形態学者の対象でもない。それらすべてが同時に、一つの現象において表出されているのだ。
この方法論には、人間観の革命がともなう──「全体的人間(l’homme total)」の概念である。人間は、生理学的存在であり、心理学的存在であり、社会的存在である。これら三つは分離不可能に結びついている。デカルト的二元論が前提する「精神と身体」の分離、近代社会科学が前提する「個人と社会」の分離──いずれもが、現実の人間を見落とす抽象である。
モースの方法論的命題は、現代において身体化された認知(embodied cognition)、4E認知科学(embodied, embedded, enacted, extended)、新唯物論(new materialism)といった21世紀の理論的潮流の中で再活性化している。マウスの「全体的人間」は、認知科学・神経科学・社会学・哲学の境界を越えた統合的人間理解の源流として、ますます重要性を増している。
身体は、人間の最初の、
そして最も自然な道具である。
— Marcel Mauss, Les techniques du corps, 1934
主要著作・論文(年代順)
A Chronological Bibliography with Direct Links
モースは生涯にわたり、単著の長大な著作よりも、論文・共著・講演・編集という形態を多用した。これは彼の「学派全体の中で考える」という思考スタイルを反映している。以下、原著年代順に主要著作・論文を挙げ、邦訳情報・原典オンラインリンクを併記する。
供儀──その本性と機能についての試論(ユベール共著)
アンリ・ユベールとの共著によるモース最初期の重要研究。古代ヴェーダ・ヘブライ・ギリシアの供儀儀礼を比較分析し、供儀の本質を「聖なるものへの接近の方法」として位置づけた。ユベールとの生涯にわたる共同研究の出発点。
原典 (Gallica) → 法政大学出版局 →分類の未開形態についての一考察(デュルケーム共著)
叔父デュルケームとの共著。社会の組織構造(氏族・部族・四方位など)が、人間の知的分類カテゴリーそのものを生み出すという主張。レヴィ=ストロース構造人類学の出発点となった画期的論考。
原典 (Gallica) →呪術の一般理論の素描(ユベール共著)
ユベールとの共著による呪術論。マナ概念を核に、呪術が宗教と科学の中間に位置する独自の社会的事象であることを論証。レヴィ=ストロースは『マルセル・モースの業績解題』(1950)で本論文を「マナ概念の理論的解明」として高く評価。
原典 (Gallica) →エスキモー社会の季節的変異についての試論──社会形態学的研究(ボーシャ共著)
アンリ・ボーシャとの共著。エスキモー社会が夏(散在的・個人主義的)と冬(集合的・宗教的)で根本的に異なる二重生活を営むことを論証した社会形態学の名作。
原典 (Gallica) → 未來社 →贈与論──アルカイックな社会における交換の形態と理由
モースの最も有名な著作。ポリネシア(マオリのハウ)、メラネシア(クラ交易)、北米北西海岸(クワキウトル族のポトラッチ)、古代ローマ法、古代ヒンドゥー法、ゲルマン法を比較し、贈与・受領・返礼の三重の義務が社会的紐帯の生成原理であることを論証。20世紀社会人類学・経済人類学・哲学の根本書。
原典フルテキスト (UQAM) → ちくま学芸文庫 → 岩波文庫 →身体技法
20世紀身体論の起点となる革命的論文。「身体は人間の最初の、そして最も自然な道具である」。歩行・睡眠・出産・水泳・食事のすべてが社会的に学習された技法であるという発見。同論文の中でハビトゥス概念を社会理論に導入。スポーツ科学・運動学習論・現象学・身体論のすべての出発点。
英訳PDF (Monoskop) → 原典フルテキスト (UQAM) →人格概念──「自我」概念のひとつ
「人格(personne)」「自我(moi)」という近代西欧では自明視された範疇が、社会的・歴史的に構築されたものであることを論証する画期的研究。20世紀の自己論・主体論・人格論の起点。
原典フルテキスト (UQAM) →民族誌マニュアル(遺稿、1926–1939年講義に基づく)
パリ大学エスノロジー研究所での講義に基づく民族誌の方法論教科書。フィールドワークを実際に行わなかったモースが、フィールドワーカーのための実践的ハンドブックを残したという皮肉。
Payot →著作集 全3巻(V・カラディ編)
ヴィクトル・カラディ編による、モースの全論文・書簡・草稿を集成した著作集。第1巻「諸宗教と社会の機能」、第2巻「形態学的諸表象」、第3巻「政治と歴史と社会」の三巻構成。モース研究の決定版テキスト。
Les Éditions de Minuit →政治論集(M・フルニエ編)
マルセル・フルニエ編集による、モースの政治論文・社会主義論集成。モースが生涯一貫して社会連帯主義者・協同組合主義者であった政治的実践を記録する重要文献。1990年代以降のモース「政治哲学者」としての再評価の核心。
Fayard →思想的系譜 ── 影響源と継承者
Intellectual Lineage
モースの思想は、19世紀末ボルドーでの叔父デュルケームの直接指導と、英国宗教人類学派(タイラー・フレイザー)との接触の中で形成された。同時にモース以降、その思想はレヴィ=ストロース構造人類学、バタイユ消尽論、ブルデュー社会学、メルロ=ポンティ現象学、デリダ脱構築、ボードリヤール象徴交換論、デヴィッド・グレーバー人類学的アナキズム──20世紀後半から21世紀にかけてのほぼあらゆる主要思想潮流の出発点となった。
影響源 les sources
叔父にして指導者、生涯の思想的支柱。フランス社会学の祖。社会的事象を「物のように」研究する方法論、集合表象論、宗教社会学の枠組みすべてがモースに受け継がれた。
英国文化人類学の祖。『原始文化』(1871)。モースは1898年オックスフォードでタイラーに直接会い、英国「宗教人類学派」の知識を吸収。
『金枝篇』の著者。モースの呪術論・宗教論の主要対話相手。
比較宗教学・比較言語学の祖。モースは1898年オックスフォードでミュラーに会い、宗教比較の方法論を学んだ。
ボルドー大学の哲学者。モースの初期教師。『動物社会』『技術の起源』の著者。モースの「身体技法」研究の遠因の一つ。
ボルドー大学の合理主義哲学者。新カント主義的合理主義の伝統をモースに伝えた。
デュルケーム派の最も才能ある若手の一人。「右手の卓越性」「死の集合的表象」研究で知られた。1915年第一次大戦戦死。
モースの生涯の共同研究者にして親友。同年生まれ、ENS時代からの盟友。『供儀論』『呪術論』の共著者。
継承者・関連思想家 les héritiers
構造人類学の祖。『社会学と人類学』(1950)の序文「マルセル・モースの業績解題」で、モースを「20世紀人類学の最大の先駆者」と位置づけた。モース最大の継承者。
『呪われた部分』(1949)。モースのポトラッチ概念を「消尽(dépense)」として再構成し、近代資本主義への根本的批判の基礎とした。
『実践感覚』(1980)他で、モースの「ハビトゥス」概念を社会学理論の中核へ再構成。20世紀後半の社会学理論の決定的変換。
『知覚の現象学』。「身体図式」「生きられた身体」の現象学は、モースの「身体技法」を現象学的に深化させたもの。
『遊びと人間』(1958)、『人間と聖なるもの』。1937年バタイユと共に「社会学研究会」を設立し、モース思想の系譜から「聖なるもの」「遊び」の社会学を展開。
精神分析家。レヴィ=ストロースを介してモースの構造論を吸収。「象徴的なもの」の概念がラカン精神分析の社会的次元を構成する。
『贈与の時間(Donner le temps)』(1991)。モースの贈与論を脱構築的に読み直し、「不可能な贈与」という哲学的主題を展開。
『象徴交換と死』(1976)。モースの全体的給付・象徴交換概念を、現代消費社会論・記号社会論の起点へと再構成。
米国経済人類学者。『石器時代の経済学』(1972)でモースの贈与論を経済人類学の基礎として再構成。
フランス人類学者。『贈与の謎』(1996)で『贈与論』を21世紀的に読み直し、贈与・売買・「神聖な物」の三項構造を提示。
フランス社会学者・哲学者。「MAUSS(社会科学における反功利主義運動)」を1981年創設。21世紀の脱資本主義的・反功利主義的社会理論として再活性化する運動の中心。
米国人類学者・アナーキスト。『負債論』(2011)でモースの贈与論を根本的に継承し、現代資本主義への根本批判を展開。21世紀におけるモース思想の最も影響力ある継承者の一人。
日本におけるマルセル・モース受容
Reception of Mauss in Japan
日本のモース受容は、戦前期の断片的紹介を経て、1973年弘文堂版『社会学と人類学 I・II』(有地亨・伊藤昌司・山口俊夫共訳)によって本格化した。これがモースの主要論文を体系的に日本語で読める最初の決定版となり、以後の日本のモース研究の基礎となった。1980年代以降、勁草書房『贈与論』、ちくま学芸文庫『贈与論』(2009)、岩波文庫『贈与論 他二篇』(2014)と新訳が累積し、現在では文化人類学・社会学・哲学・経済人類学を横断する独自の研究伝統が形成されている。芸術家・岡本太郎がモース人類学を独自に継承していたという事実も、日本のモース受容の特異な側面である。
九州大学法学部名誉教授/民法学・社会学(1928–2006)
日本のモース紹介の最大の功労者。1973–76年弘文堂版『社会学と人類学 I・II』を伊藤昌司・山口俊夫と共訳し、戦後日本のモース受容の基礎を築いた。続いて1980年代に勁草書房『贈与論』単独訳を完成。
福岡大学/社会学
弘文堂『社会学と人類学』共訳者。「身体技法」「人格概念」「呪術論」などの邦訳を担当。
東京大学法学部名誉教授/フランス法・比較法
弘文堂『社会学と人類学』共訳者。フランス民法・比較法の専門家として、モースの法的・契約論的次元の翻訳を担当。
立命館大学名誉教授/文化人類学(1949–2017)
日本のモース・レヴィ=ストロース研究の最重要研究者の一人。『マルセル・モースの世界』(モース研究会編、平凡社新書、2011)編者。「ネオ・リベラリズムの時代におけるモース人類学再読」など、現代社会への批判的視角からのモース読解を展開。
東京大学大学院総合文化研究科教授/文化人類学
岩波文庫『贈与論 他二篇』(2014)の訳者。マダガスカルでのフィールドワーク経験から、モース贈与論の人類学的再検討を進めている。
東京大学名誉教授/文化人類学(1923–2018)
日本の文化人類学界の重鎮。ちくま学芸文庫『贈与論』(2009)の訳者(江川純一と共訳)。
立教大学/宗教学・宗教史
ちくま学芸文庫『贈与論』共訳者(吉田禎吾と共訳、2009)。イタリア・フランスの宗教史研究を背景に、モース宗教社会学の現代的読解を展開。
明治大学法学部教授/思想史・倫理学
『贈与論──資本主義を突き抜けるための哲学』(青土社、2019)著者。21世紀資本主義批判としてモース贈与論を再活性化する独自の哲学的展開。
東京大学名誉教授/フランス文学・思想
『可能なるアナキズム──マルセル・モースと贈与のモラル』(インスクリプト、2020)著者。日本における最新のモース研究の到達点の一つ。
関西学院大学社会学部教授/身体社会学・スポーツ社会学
「身体技法への視角──モース『身体技法論』の再読と武術教室の事例研究を通して」(『文化人類学』70巻2号、2005)。モースの身体技法論を、現代の武術修行・スポーツ実践に即して経験的に検証する独自の身体社会学的研究。
早稲田大学/社会哲学
「贈与論の再考──マルセル・モースの『全体性』の思考とジョルジュ・バタイユの『普遍経済』への影響」(2009)。モースとバタイユ、ナンシーをつなぐ社会哲学的読解。
芸術家・思想家(1911–1996)
1930年代のパリ留学中、ソルボンヌ大学でモースの民族学講義を聴講。日本に帰国後、岡本独自の「縄文の発見」「対極主義」「呪術論」の中にモース人類学の継承を読み取ることができる。日本の芸術家がモースから受けた最大の影響例。
日本のマルセル・モース受容を支える主要出版社:
弘文堂『社会学と人類学 I・II』勁草書房『贈与論』ちくま学芸文庫『贈与論』岩波文庫『贈与論 他二篇』法政大学出版局『供儀』『分類の未開形態』未來社『エスキモー社会』青土社『贈与論』インスクリプト『可能なるアナキズム』平凡社新書『マルセル・モースの世界』
マルセル・モースを読み始めるために
A Reader’s Guide to Marcel Mauss
モースの著作は、論文・講演・編集の形態をとるため、大著を読み通すよりも、「贈与論」「身体技法」「人格概念」の三つの主要論文を出発点に、関心領域に応じて広げていくのが効果的である。
入門ルート for beginners
- 『贈与論 他二篇』森山工訳・岩波文庫 2014
最新訳・詳細注釈で読みやすい。 - 『贈与論』吉田禎吾・江川純一訳・ちくま学芸文庫 2009
定評ある翻訳と注釈。 - レヴィ=ストロース「マルセル・モースの業績解題」
『社会学と人類学 I』所収。最良のモース入門。 - 『マルセル・モースの世界』モース研究会編・平凡社新書 2011
渡辺公三他、日本のモース研究者による包括的入門。 - 近内悠太『世界は贈与でできている』ニューズピックス 2020
モース贈与論の現代日本語的展開。
主著ルート core texts
- 『社会学と人類学 I・II』弘文堂 1973-76
有地亨他訳。日本のモース受容の基礎。 - 『贈与論』1925
ポトラッチ・ハウ・三重の義務。代表作。 - 『身体技法』1934
20世紀身体論の起点。最重要論文。 - 『人格概念』1938
自我概念の社会的・歴史的構築。 - 『供儀』ユベール共著 1899
初期の主要論文、宗教社会学の出発点。
応用ルート thematic readings
- 身体・スポーツ論:
倉島哲「身体技法への視角」2005 - 経済人類学:
サーリンズ『石器時代の経済学』1972 - 政治哲学:
山田広昭『可能なるアナキズム』2020 - 21世紀資本主義批判:
岩野卓司『贈与論』青土社 2019 - 負債論との接続:
グレーバー『負債論』2011 - ハビトゥス論:
ブルデュー『実践感覚』1980 - 構造人類学:
レヴィ=ストロース『親族の基本構造』1949 - 象徴交換:
ボードリヤール『象徴交換と死』1976
最初の一冊に迷うなら:
『贈与論』(岩波文庫森山訳)から始め、続いて『身体技法』(弘文堂版)へ。
その後、関心領域に応じて応用ルートへ進む。
オンラインリソース・原典・論文
Online Resources, Primary Texts & Academic Articles
モース研究のための主要なオンライン・リソース、学術アーカイブ、原典フルテキスト、英文・仏文・和文の信頼できる解説サイト・論文を以下に紹介する。原典のフランス語フルテキストは、ケベック大学(UQAM)のClassiques en Sciences SocialesでパブリックドメインとしてPDF配布されている。
ケベック大学運営のフランス語パブリックドメイン古典アーカイブ。モースの主要論文(贈与論、身体技法、人格概念、エスキモー社会、呪術論)すべてをフルテキストPDFで無料配布。研究の出発点。
classiques.uqam.ca/classiques/mauss_marcelコレージュ・ド・フランス公式によるモース経歴ページ。1931年初代社会学講座教授就任の決定的一次情報。
college-de-france.fr/en/chair/marcel-mauss-sociologyモースの主要論文・著作の初版・初期版がパブリックドメインとして無料閲覧可能。『社会学年報』全巻も収録。
gallica.bnf.fr学術PDF集積サイト。「身体技法」英訳PDF、『贈与論』英訳PDFが無料配布。21世紀英語圏のモース研究の主要参照点。
monoskop.org/Marcel_Mauss英語圏で最も信頼性が高い百科事典のモース項目。
britannica.com/biography/Marcel-Mauss英語版Wikipedia「Marcel Mauss」項目。詳細な生涯・著作リスト・参考文献の網羅的情報。
en.wikipedia.org/wiki/Marcel_Mauss日本語Wikipediaのモース項目。基本情報、邦訳一覧、関連文献の確認に有用。
ja.wikipedia.org/wiki/マルセル・モース『贈与論』に特化した日本語Wikipedia項目。三重の義務・ハウ・ポトラッチの解説、邦訳一覧。
ja.wikipedia.org/wiki/贈与論英語圏の主要百科事典群のモース項目を集成。
encyclopedia.com/…/marcel-mauss国立情報学研究所による日本語学術論文データベース。「マルセル・モース」検索で日本語のモース研究の全体像を把握できる。
cir.nii.ac.jp“Marcel Mauss” + “techniques of the body” 検索で英語圏の研究を網羅的に把握。
scholar.google.comフランス語圏人文社会科学の最大の電子ジャーナルデータベース。仏語のモース研究の中心。
cairn.infoフランス語圏学術誌の電子アーカイブ。『社会学年報』『心理学雑誌』など、モースの原典掲載誌を完全収録。
persee.frアラン・カイエ主導の「MAUSS(社会科学における反功利主義運動)」の学術誌。21世紀モース思想の中心的継承運動。
revuedumauss.com森山工訳『贈与論 他二篇』(岩波文庫、2014)公式ページ。詳細注釈つき最新邦訳。
iwanami.co.jp/book/b248699.html吉田禎吾・江川純一訳『贈与論』(ちくま学芸文庫、2009)公式ページ。
chikumashobo.co.jp/product/9784480091994東京大学公式の森山工訳『贈与論』詳細解説ページ。
u-tokyo.ac.jp/biblioplaza/ja/C_00115.html英語圏学術誌の主要アーカイブ。L’Année Sociologique、Economy and Societyなどモース関連論文の主要収録元。
jstor.orgSECTION NINE — Critical Inheritance
モースが先に見ていたもの ──
意識的採用の次元を取り戻す
What Mauss Saw, What Bourdieu Lost, What Cultural Body Theory Recovers
モース図鑑の最後の節は、モースの偉大さを称えるためではなく、モースが先に見ていたものを取り戻すために書かれる。これは合同会社GETTAプランニング代表・宮﨑要輔の文化身体論の中核命題の一つであり、20世紀後半の社会理論が見落としてきた次元を、21世紀の身体論として再構築する作業の核心である。
1934年5月17日、心理学会の会長講演でモースは「身体技法」を発表し、その中で「ハビトゥス」概念を社会理論に導入した。それから46年後の1980年、ピエール・ブルデューは『実践感覚』を刊行し、ハビトゥス概念を20世紀後半社会学の中核へと再構成した。この46年の間に、何が継承され、何が失われたのか──それがこの節の問いである。
1934 モース「身体技法」── ハビトゥスは意識的採用と無意識的刷り込みの両者を含む
1980 ブルデュー『実践感覚』── ハビトゥスは無意識の構造化された性向に還元された
意識的採用の次元は、ブルデュー変換で理論の周縁に追いやられた
原意のハビトゥス──意識的採用を含む
モースの「身体技法」論文には、決定的な記述がある。「子どもは大人の動作を真似る。彼に対して権威を持ち、信頼を置いている人物の動作を真似るのである。模倣される行為が成功し、信頼ある人々によって遂行されているという理由で、行為は受け入れられる──これこそが威光模倣である」。
ここでモースが描いている学習者は、能動的に選択する身体である。ハリウッド映画の女優の歩き方を「意識的に採用」するフランスの若い女性、教練の士官の動作を真似る兵士、母親の所作を内化する子ども──いずれも、何を真似るか、誰を信頼するかについての選択の余地を持っている。モースの威光模倣は、無意識の刷り込みと意識的採用の両方を含んでいた。
変換されたハビトゥス──無意識の刷り込み
46年後、ブルデューはモースのハビトゥス概念を継承しつつ、これを主に幼少期からの長期的社会化を通じた無意識の刷り込みとして再定義した。階級・界に応じて再生産される「構造化する構造」としてのハビトゥスは、行為者の意識的選択にはほぼ依存しない。
ブルデューのハビトゥス論は、社会階級の再生産メカニズムを解明する強力な分析装置となった。しかし同時に、モース原意に含まれていた「意識的採用」の次元、学習者の能動性、選択の余地は、理論の周縁に追いやられた。ハビトゥスは、ほぼ運命的なものとして理論化された。米国社会学者の研究(Leveratto 2006)が指摘するように、これはモース原意からの大きな逸脱である。
この変換は、20世紀後半の社会理論に決定的な影響を与えた。ブルデューのハビトゥス論は世界中の社会学・教育学・スポーツ社会学・文化研究に普及し、社会階級の再生産メカニズムの理解を深めた。同時に、身体技法の習得における学習者の能動性、信頼の働き、意識的な選択の余地は、理論的にほとんど論じられなくなった。教育・スポーツ指導・身体訓練の現場では、ハビトゥスはしばしば「変えられないもの」として理解されるようになった。
しかしモースが見ていたのは、それだけではなかった。モースの威光模倣には、信頼ある他者の身体技法を、学習者が自らの判断で採用するという能動性が含まれていた。この能動性こそが、教育の本質であり、身体技法の伝承の核心であり、文化の生きた継承を可能にする条件である。無意識の刷り込みだけでは、文化は再生産はされても、創造的な伝承は起きない。
ブルデューの「移調可能性(transposable)」概念は、ハビトゥスが異なる文脈に移されても同一性を維持して実践を産出することを示した。音楽の「移調」のメタファーである──調を変えても曲の同一性は失われない。これは強力な分析概念だが、同一主体内の文脈間移動を記述するにとどまる。文化身体論が問うているのは別の次元である──主体間をまたぐ転移。鳩尾から湧いたものが、他者の鳩尾に着火する共鳴。モースの威光模倣に内在していた「信頼に媒介された意識的採用」は、まさにこの主体間転移の構造を記述しているのである。
取り戻すべきものは、はっきりしている。モースの威光模倣に内在していた「意識的採用」の次元を、20世紀後半の社会理論で失われた身体的伝承の能動性を、現代の文脈で理論的に再構築する。それは「文化身体論」が向かう方向である。鳩尾という身体の座、転移する文化資本という主体間共鳴の構造、立ち現れと純粋持続という時間と空間の構造──これらすべてが、モース原意に内在していた洞察を、21世紀の身体論として再起動する試みである。
これは、ブルデューへの批判ではない。ブルデューがハビトゥス概念によって解明した社会階級の再生産メカニズムは、現代社会理解のための不可欠の分析装置である。しかし、ブルデューが明示的に扱わなかった次元──身体技法の伝承における信頼・威光・意識的採用の働き、主体間の身体的共鳴、鳩尾を介した転移──これらをモース原意に立ち返って取り戻すことが、21世紀の身体論の課題である。
合同会社GETTAプランニングが進めているのは、この仕事である。一本歯下駄GETTAの上に立つ身体は、社会の刻印を一旦リセットされ、もう一度別の身体技法を採用する場所である。230名超のインストラクターネットワークが伝えているのは、無意識に再生産される身体技法ではなく、信頼と威光に媒介されて意識的に採用される、転移する身体技法である。野遊びスクールの子どもたちが園庭で経験しているのは、強制された身体技法ではなく、信頼ある他者の鳩尾から湧いたものが自分の鳩尾に立ち現れる、原初的な威光模倣の場である。これらすべてが、モースが1934年に見ていたものを、現場の身体的実装に移し替える試みである。
モースが先に見ていたものを、文化身体論が取り戻す。
意識的採用と無意識的刷り込みの両者を統合する身体的伝承を、もう一度。
— GETTA Thinkers Encyclopedia, No.03
思想を深める16の核心 ─ GETTA Thinkers Encyclopedia 全16巻
一本歯下駄GETTAの背景にある、知っておきたい16人の思想家──〈身体〉〈学び〉〈文化〉〈遊び〉を再定義した古今の知の星座。
関連する6つの深掘り論考
16人の思想を、GETTAの実装的観点から読み解いた論考群。
📚 GETTA Thinkers Encyclopedia ─ 思想図鑑シリーズ全16巻
同時代を生きた思想家たちが、いかに〈身体〉〈学び〉〈文化〉〈遊び〉を再定義したか──各図鑑は独立しつつ相互に照らし合う。
文化資本/ハビトゥス/界No.02 アンリ・ベルクソン
純粋持続/生命の躍動No.03 マルセル・モース
贈与論/身体技法No.04 メルロ=ポンティ
身体図式/知覚の現象学No.05 大森荘蔵
立ち現われ一元論/重ね描きNo.06 ジル・ドゥルーズ
差異と反復/器官なき身体No.07 イサドラ・ダンカン
鳩尾/自由な舞踊No.08 イヴァン・イリイチ
脱学校/コンヴィヴィアリティNo.09 ジャン・ピアジェ
発生的認識論/4段階No.10 エリク・H・エリクソン
アイデンティティ/8段階No.11 ロジェ・カイヨワ
遊びの四類型/対角線の科学No.12 市川浩
〈身〉/錯綜体/身分けNo.13 バックミンスター・フラー
宇宙船地球号/テンセグリティNo.14 マーサ・グラハム
コントラクション/181作No.15 ルース・セント・デニス
デニショーン/神聖舞踊No.16 西田幾多郎
純粋経験/場所の論理/絶対無
本シリーズが共有する一つの問い
〈身体〉が、文化が、学びが、遊びが、近代の枠組みのなかでどのように分節され、どこで歪められ、いかに再び動詞化されうるのか。
GETTA Thinkers Encyclopedia は、この一つの問いを16の星座から照らす編集方針で構成されています。
文化身体論研究者
いま、あなたが必要なのはどの一足か?
歩行のクセを解くプロセスは、3段階で進む。
あなたの今いる段階に合うモデルから始めてください。


