脱近代への破片マニフェスト|未完の破片が転移し進化して結晶となる|文化身体論GETTA

00

PROLOGUE ── Why “Fragment”

なぜ「破片」と書くしかなかったのか

「脱近代の体系」と書いた瞬間、それは新しい器となって、近代に飲み込まれ直す。

「脱近代のプロジェクト」も、「脱近代の事業」も、「脱近代のメソッド」も、すべて同じ運命をたどる。完成された全体を名乗ったものは、近代がすでに用意してある収納場所に、すぐに収まる。器がもう一つ増えるだけだ。

だから「破片」と書くしかなかった。

破片は、全体を名乗れない。集まらなければ予感されない。近代という器が壊れた痕跡そのものを担える。読み手の側に、全体を想像させる装置になる。

この命題は、近代を破壊するための武器ではない。近代の器を壊さずに、中身を取り戻す──その方法そのものが、「破片」という語の選択に圧縮されている。

01

SECTION 01 ── Incompleteness

未完であることが、転移を可能にする

破片が完成していたら、転移できない。

完成は閉じる。閉じたものは新しい器となり、また近代に飲み込まれる。未完であるからこそ、別の鳩尾に立ち上がる余白が残る。

これは中動態の構造そのものである。「する」でも「される」でもない、ある条件下で立ち現れる運動。完成として書こうとした瞬間、それは能動態に翻訳され、近代の流通網に乗り、量に変換される。未完のまま置くことだけが、中動態を中動態のままで運ぶ方法になる。

未完を生きた人々

i

レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿

完成された絵画ではなく、5000ページを超える手稿を残した。機械、解剖、植物、流体、人体──未完のままの断片が、何百年も経って異なる分野で結晶化している。100を100のまま完成させず、5の欠片として置き続けたことが、何世紀にもわたる転移を可能にした。本書のタイトル『ダ・ヴィンチコーディング』の語源にして、未完の方法論そのもの。

ii

スティーブ・ジョブズのiPhone

2007年の初代iPhone発表で、ジョブズはこう語った──「これは三つの製品です。革新的な電話、ワイドスクリーンiPod、画期的なネット通信端末」。完成品に見えて、実は欠片の合成だった。それらの欠片が世界中に転移し、スマートフォン文化、アプリ生態系、UI/UXパラダイムへと、各地で別の結晶として立ち上がり続けている。100のままではなく、5の欠片として置いたからこそ、進化が起きた。

未完=中動態=醸される=循環する。

これら四つが構造的同義であることが、ここで一気に確定する。

02

SECTION 02 ── Crystallization

結晶」という新語の到着

破片だけだと、ただの分散で終わる。

結晶という語が入ったことで、一時的に立ち上がる構造が記述可能になった。

製造されない、生成される

結晶は工場で作られない。条件が整った時に、自ら立ち現れる。これは浅島誠博士のアクチビン濃度勾配と同じ構造である。「同じ物質の濃度が変わるだけで別の器官が立ち上がる」──結晶も同じ。トレーニングの解像度が上がった瞬間、別の身体が立ち現れる。

分子配列は同じでも、一つずつ異なる

雪の結晶のように、原理は共通でも、立ち上がる形は一つとして同じものがない。230名のインストラクターは、同じ原理(鳩尾、転移、文化身体論)から、それぞれ異なる結晶として立ち上がっている。完成形が一つに定まらないこと、それが結晶の証拠である。

溶解しうる。再結晶しうる

結晶は永久ではない。条件が変われば溶け、別の場所で別の形として再び結晶する。完成形ではなく、ある条件下で立ち現れた状態。「いま、ここ」での一時的な立ち現れ。だからこそ、次の転移が可能になる。

完成形ではなく、立ち現れた状態

能楽師の鳩尾発火600年が、一回の舞で立ち現れる。これは結晶。次の舞では別の結晶として立ち現れる。再現ではなく、立ち上がり。大森荘蔵が記述した「立ち現れ」と、結晶という語は構造的に同じ場所を指している。

結晶した時点で完成と思った瞬間、近代の器に戻る。
だから結晶はまた解け、転移する。

03

SECTION 03 ── Evolution Bridges Transfer and Crystal

「進化」が、転移と結晶を繋ぐ

進化理論でいう「変異と選択」が、ここでは身体論に置き換わる。

100を100のまま転移させようとすると、それは複製になる。複製は近代の流通網に乗って広がっていくが、転移先で進化することがない。

100のうち5という欠片でもいい。欠片であるからこそ、転移先で成長できる。受け取った人の鳩尾が、その欠片に呼応して、独自に枝分かれを始める。やがて転移先で、別の結晶として立ち上がる。

そのためには、二つの条件が必要となる。100を転移させてくれた人とともにいた空間の持続と、100への威光模倣による意図の推測である。この二つがあるとき、5の欠片は、欠片のままでも100の射程を保ったまま、転移先で生き続ける。失われた95は、転移先の鳩尾の中で、別の進化として再生される。

これは野遊びスクールの「鳩尾が動いている時間の掛け算」の局所記述でもあり、インストラクター230+の網目の構造記述でもある。各地のインストラクターが、それぞれの土地で、それぞれの鳩尾で、5の欠片から、別の結晶を立ち上げている。中央から配信された複製ではない。

04

SECTION 04 ── Spiral, Not Circle

循環は、円環ではなく螺旋である

未完の破片 → 転移 → 進化 → 結晶 →(溶解)→ 転移……

矢印は閉じない。最後の「転移」は最初の「破片」に戻るが、戻った時には別の濃度で、別の場所にある。

これは円環ではなく、螺旋である。

05

SECTION 05 ── The Nine Fragments

合同会社GETTAプランニングの
九つの破片

事業を統合された一つの体系として書かない。九つの破片として配列する。それぞれが何の破片か、ここに置く。

01

鳩尾の破片

一本歯下駄GETTA

足裏と多裂筋から小脳に立ち上がる中身が、物的契機として鋳造されたもの。神経から入るトレーニングの装置。鳩尾が動く条件を、足裏のメカノレセプターから起動する。

02

流通の破片

shop.getta.jp / 楽天市場

近代の流通網に擬態しながら、転移する文化資本を運ぶ。流通という近代装置の内側に、文化の側のものを忍び込ませる構造。

03

命題の破片

getta.jp 本社LP

「両義性と矛盾にこそ本質がある」「文化と文明──九軸」を企業紹介に偽装して置いた。コーポレートサイトの形式の中に、命題そのものを忍ばせる。

04

関係の破片

instructor.getta.jp / 認定インストラクター

230名超のインストラクターが、教育プログラムではなく、醸される場として点在。中央から配信されない。各地で各人の鳩尾が独立に動く網目。

05

言葉の破片

pipotore.com

SEOに擬態した、脱近代の語彙群。検索エンジンという近代装置の内側に、転移する文化資本の言葉を住まわせる試み。

06

時間の破片

野遊びスクール

園庭で起きていた共振を、家族ごと開く場所。「鳩尾が動いている時間の掛け算」。母親の鳩尾と子どもの五歳の身体が共振する時間。

07

媒体の破片

JKFAN空手連載

空手雑誌という近代媒体に、身体OSの語を寄生させる。武道誌の読者層の中に、文化身体論を直接届ける回路。

08

研修の破片

身体知研修事業

会社や行政という文明の器は壊さない。器の中にいる人間の鳩尾に中身を注ぐ。組織の内側から文化の回路を開く回路。

09

の破片

『ダ・ヴィンチコーディング』

破片を破片のまま並べ直した本。六部十七章。統合の体系を書かず、破片同士の配置の妙だけで全体を予感させる試み。本そのものが、この命題の実装である。

九つはひとつに統合されない。それが脱近代の構造的条件である。統合した瞬間、新しい近代の体系となって、また誰かに飲み込まれる。

「合同会社GETTAプランニング」という法人格すら、近代の登記簿に記された破片の住所に過ぎない。

06

SECTION 06 ── Why Incomplete Fragments Are the Method

未完の破片こそが、脱近代の構造的条件である

未完であるからこそ、人は思いを馳せることができる。

未完であることが、持続を生み出していき、自分事を生み出し、転移していく。未完であり、人から人へ転移するときは、破片であるからこそ、説明ができない。現代社会の記号で掴むことができない。

だからこそ、進化し続けることができる。

完成形・統合された体系(近代の側)

  • ミッション・ビジョン・バリューが一枚の図に集約される
  • 事業ポートフォリオが組織図で記述される
  • KPIが共通の指標で串刺しされる
  • ブランドガイドラインが統一される
  • すべての事業が同じ顧客LTVに変換される
  • 結果:大きな器がもう一つ完成し、近代に飲み込まれる

未完の破片群(脱近代の側)

  • 各事業がそれぞれの命題と語彙を持つ
  • 事業同士は組織図ではなく螺旋で繋がる
  • 評価尺度は事業ごとに固有で、共通化されない
  • 各破片が独立に転移し、結晶化する
  • 顧客は事業ごとに別の鳩尾で受け取る
  • 結果:全体が予感されるが、決して掴めない

掴まれた瞬間、近代の器に戻る。
掴まれないことが、運動を持続させる唯一の条件である。

07

SECTION 07 ── Two 100-Point Propositions

対の関係にある
二つの100点命題

「導かれている、それに衝動がつき動く」が主体の側からの100点だとすれば、「未完の破片が転移し、進化して結晶となり、また転移する」は事業の側からの100点である。

前者は静止画。後者は動画。

分析が止まる100点と、分析が永遠に進化し続ける100点。両者は対の関係にある。

主体の側 ─ 100/100

導かれている。
それに衝動がつき動く。

  • 静止画 ── 行為者の在り方
  • 分析を止める命題
  • 「導かれている」の起源は、生/何か神のようなもの/知り得ないもの
  • そこから先の分析はできない・する必要がない
  • 30人を超える図の中の人物に適用可能

事業の側 ─ 100/100

未完の破片転移し、
進化して結晶となり、
また転移する。

  • 動画 ── 事業の運動
  • 分析を生み続ける命題
  • 各破片の位置づけを永遠に生成する装置
  • 螺旋として運動を持続させる
  • 九つの事業破片+人の破片すべてに適用される

「導かれている」が分析を止める命題だとすれば、「未完の破片が転移し…」は分析を生み続ける命題である。