C.S. Holling 図鑑|C.S. Holling|レジリエンス図鑑 VOL.16|getta.jp

PART VII — THINKERS | VOL.16

C.S. Holling 図鑑— C.S. Holling —

Crawford Stanley ‘Buzz’ Holling(1930-2019)。1973年論文 ‘Resilience and Stability of Ecological Systems’、adaptive cycle、panarchy 理論。21世紀のレジリエンス思想の創始者。

監修・編集 / 合同会社GETTAプランニング 代表 宮崎要輔

定義Definition

CORE DEFINITION

Crawford Stanley ‘Buzz’ Holling(1930.12.06–2019.08.16)は、21世紀のレジリエンス思想の創始者と目されるカナダ・米国の理論生態学者。1973年論文「Resilience and Stability of Ecological Systems」で engineering vs ecological resilience を区別し、後年は adaptive cyclepanarchy を理論化、Resilience Alliance を共同創設し、世界的なレジリエンス研究ネットワークを築いた。

本論Discussion

1. 生涯 — トロントからフロリダまで

1930年12月6日、米国ノースカロライナ州ローリーで生まれ、カナダ・トロントで育つ。トロント大学・ブリティッシュコロンビア大学で学位取得後、カナダ農林省・トロント大学・ブリティッシュコロンビア大学を経て、1981年から1994年まで国際応用システム分析研究所(IIASA)所長を務めた。晩年はフロリダ大学エコシステム学科 Emeritus。2019年8月16日、88歳で死去。Resilience Alliance 公式訃報:「C.S. Holling passed away on August 16 2019, aged 88」。

2. 1973年論文 — 二つのレジリエンス

Resilience and Stability of Ecological Systems(Annual Review of Ecology and Systematics 4: 1–23, 1973)。PDF全文

本論文は、生態系の動態を「単一平衡点」モデルで捉える従来の安定性論を批判し、複数安定領域(multiple stable states)を前提とする新たなパラダイムを提示した。工学的レジリエンス(平衡点へ戻る速さ)と生態学的レジリエンス(攪乱を吸収する大きさ)を区別したことが決定的な貢献。

3. Adaptive Cycle — 4段階の循環

Holling は晩年、生態系の動態を 4段階の適応サイクルとして記述した:

  1. Exploitation(r 段階):先駆種が空き地に侵入・成長する開拓期。
  2. Conservation(K 段階):成熟・安定だが、内部複雑性が増し脆弱化する保守期。
  3. Release(Ω 段階):火災・暴風雨・経済危機などで構造が崩壊する解放期。
  4. Reorganization(α 段階):新たな構成要素・関係性が生まれる再組織期。

循環は無限軸の ∞ 字形で図示されることが多い。

4. Panarchy — 重層適応サイクル

Holling, Gunderson 編 Panarchy: Understanding Transformations in Human and Natural Systems(Island Press, 2002)で体系化された概念。複数のスケール(micro / meso / macro)で重なる適応サイクルが、上位の遅い変数が下位の速い変数を制約しつつ、下位のイノベーションが上位の革新を駆動する重層構造を panarchy と命名。panic(混沌)hierarchy(階層) の合成語。

5. Resilience Alliance の創設

2000年、Holling、Walker、Carpenter らが Resilience Allianceresalliance.org)を共同創設。学術誌 Ecology and Society(オープンアクセス)を機関誌として、現在に至るまで社会-生態系レジリエンス研究の世界的拠点として機能している。

6. Holling の主要論文・著書年表

論文・著書主要内容
1959The components of predation. Can J Zool 91機能的応答(Type I/II/III)の古典
1965The functional response. Mem Ent Soc Can 45捕食者-被食者モデル
1973Resilience and Stability of Ecological Systems. ARES 4レジリエンス概念の定式化
1978Adaptive Environmental Assessment and Management. Wiley適応的環境管理の基礎
1986The resilience of terrestrial ecosystems陸上生態系への拡張
1992Cross-Scale Morphology, Geometry, and Dynamics of Ecosystemsスケール間相互作用
1996Engineering vs Ecological Resilience(NAS)二概念区分の明確化
2001Understanding the Complexity of Economic, Ecological, and Social Systemsパナーキー前駆
2002Panarchy(Gunderson共編、Island Press)適応サイクル・パナーキー体系化
2004Resilience, adaptability and transformability. E&S 9(2):5(共著)三属性論

7. Holling の前駆的アイデア — 1959年論文

Holling のレジリエンス概念は突然1973年に現れたものではない。1959年の The components of predation as revealed by a study of small-mammal predation of the European pine sawfly(Can J Zool 91)は、捕食者の 機能的応答(Functional Response)に Type I(直線)・Type II(双曲線飽和)・Type III(S字曲線)の3型を区別した古典論文。

Type III の S字曲線は 「複数安定点」の起源となり、1973年論文での multiple stable states 概念に発展する。1959年論文は2024年現在も生態学の標準教科書に掲載される基礎研究。

8. IIASA 所長時代(1981-1994)

Holling は1981年から1994年まで 国際応用システム分析研究所(IIASA、International Institute for Applied Systems Analysis)所長を務めた。IIASA はオーストリア・ラクセンブルクに本拠を置く、冷戦期の東西協力研究機関(1972年設立)。IIASA 公式

Holling の IIASA 時代の貢献:

  • 適応的環境管理の国際展開
  • 東西冷戦下での科学外交(米ソ・東欧研究者との協働)
  • 環境・経済・社会の統合システム分析の方法論確立
  • Panarchy の概念的種子

9. Resilience Alliance の設立と国際展開

2000年、Holling、Brian Walker(CSIRO豪州)、Stephen Carpenter(米Wisconsin大)、Lance Gunderson(米Emory大)、Marten Scheffer(蘭Wageningen大)らが Resilience Allianceを共同創設。公式。学術誌 Ecology and Society(オープンアクセス)を機関誌として設立。E&S 公式

主要拠点:

  • Stockholm Resilience Centre(スウェーデン)— Rockström・Folke ら
  • CSIRO Sustainable Ecosystems(豪州)— Walker ら
  • Beijer Institute(スウェーデン王立科学アカデミー)— 環境経済学
  • Sustainability Research Institute(英Leeds)
  • Future Earth(国際持続可能性プラットフォーム、Resilience Alliance も主要メンバー)

10. Holling の思想的遺産 — 5つの貢献

  1. レジリエンス概念の科学的定式化(1973)— 21世紀の地球システム管理の共通言語
  2. 複数安定領域の発見— 単一平衡点パラダイムの脱却、レジーム・シフト研究の基盤
  3. 適応的環境管理(1978)— 不確実性下の意思決定方法論
  4. 適応サイクル(adaptive cycle)— r-K-Ω-α の循環で生態系・社会・組織を統一的に記述
  5. パナーキー(panarchy)— 複数スケール間相互作用の枠組み、SES研究の基礎

2019年8月16日、88歳で死去。Ecology and Society 24(4):5 に追悼号が組まれた。追悼号。Resilience Alliance 公式追悼文:「Resilience thinking owes its existence to Buzz Holling」。

11. Holling と日本 — 影響と展開

Holling のレジリエンス論は日本の生態学・環境政策・防災学・都市計画にも深い影響を与えている:

  • 国土強靱化基本法(2013)— Holling の二概念区分が「強靱化」の制度設計の背景
  • 京都市レジリエンス戦略(2019)— ARUP CRI を基本枠組みとしつつ Holling 系統の SES 思考を組み込む
  • 日本生態学会— 適応的管理・順応的管理を生態系保全の標準手法として採用
  • 東京大学・京都大学のSES研究— Holling 系統の国際共同研究プロジェクト多数
  • 枝廣淳子『レジリエンスとは何か』(2015)— Holling・Walker らの議論を日本語圏に普及

外部参考リンクExternal References

本巻の主張を裏付ける一次資料・公式文書・主要論文へのリンク集です。すべて新しいタブで開きます。

FAQ ─ よくある質問Frequently Asked Questions

Holling の最重要論文は?
1973年の「Resilience and Stability of Ecological Systems」が決定的に重要。被引用数は3万件以上で、現代レジリエンス論の出発点となっている。続く重要論文は1996年「Engineering Resilience versus Ecological Resilience」、2004年「Resilience, adaptability and transformability」(Walker らとの共著)。
Adaptive cycle はどう実務に使うか?
組織・地域・産業の現状を4段階のどこに位置するかをマッピングし、(1) K段階の硬直化を避ける、(2) Ω段階の崩壊を Build Back Better に転じる、(3) α段階のイノベーション機会を最大化する、という戦略的問いを立てるのに有効。京都市レジリエンス戦略・企業BCP・地域コミュニティ計画など幅広く応用されている。
Panarchy は今でも有効な枠組みか?
21世紀のレジリエンス論・複雑系科学・トランジション・マネジメントなど多くの分野で参照され続けている。とくに気候変動・SDGs・パンデミック対応のような複数スケール横断課題では、panarchy 視点なしには理解できない。
Holling は経済学者・社会学者からどう評価されているか?
高く評価される。Stockholm School、Beijer Institute での学際協働により、Kenneth Arrow(ノーベル経済学賞)、Amartya Sen、Elinor Ostrom(ノーベル経済学賞、共有資源論)と並ぶ「持続可能性経済学の祖」として位置づけられることもある。Ostrom のコモンズ論と Holling の生態学的レジリエンス論は、現代 SES 研究の双璧。
Holling と E.O. Wilson の関係は?
両者は20世紀後半の生態学・進化生物学の巨匠。Wilson が生物多様性・社会生物学・進化を中心軸としたのに対し、Holling はシステム動態・複雑性・管理を中心軸とした。両者は補完関係で、現代生態学はこの2系統の統合の上に立つ。Holling のレジリエンス論と Wilson の Biodiversity 論は、Stockholm Resilience Centre で日常的に並列して扱われる。
Adaptive cycle は西洋的線形史観の換骨奪胎か?
鋭い問い。Holling 自身、αβγδ的な単純循環でなく、複数スケール(panarchy)で重なる動態として描いた。日本古来の「諸行無常」「盛者必衰」「もののあはれ」とも親和的。京都市レジリエンス戦略が「世界文化自由都市宣言」を最上位理念とするのは、東洋的時間観との接続を視野に入れた選択とも読める。Holling 自身も後年、東洋哲学への接続可能性に言及している。
Holling のレジリエンス論は「保守的」か「革新的」か?
両義的。「機能・アイデンティティ・構造の保持」を志向する点で保守的だが、「攪乱の利用」「変容能力」「複数安定領域の探索」を許容する点で革新的。Walker et al. (2004) はこの二重性を resilience(保持)/adaptability(漸進)/transformability(飛躍)の三属性で整理した。Holling 自身は晩年、transformability を最も重要と考えていたという証言が複数残る。
Panarchy という用語は造語か?
造語。Holling と Gunderson が2002年の編著で命名した。panic(混沌)hierarchy(階層) の合成語で、ギリシャ神話の Pan(自然・野生の神)と階層を組み合わせる。「決定論的階層ではなく、揺らぎを内包する重層構造」を意味する。生態学・社会-生態系・国際関係論などで広く使われる。
Holling の理論を実務でどう使うか?
(1) 自分の組織・地域・産業の現状を4段階(r/K/Ω/α)のどこに位置するかマッピング、(2) K段階の硬直化を avoid し、α段階のイノベーション機会を seize、(3) panarchy 視点で micro/meso/macro の相互作用を意識、(4) 不確実性下の適応的管理(モニタリング→学習→調整)を制度化、(5) 「単一最適化」より「多様性×冗長性×連結性」を選好。京都市レジリエンス戦略の66プロジェクトはこの実装版。
Holling 後継者は誰か?
明示的後継者は Brian Walker(CSIRO、Resilience Alliance 現議長)、Stephen Carpenter(Wisconsin大)、Carl Folke(Stockholm Resilience Centre 創設者)、Marten Scheffer(Wageningen大)、Will Steffen(IGBP)、Johan Rockström(プラネタリー・バウンダリー、Potsdam Institute)など。日本では枝廣淳子、内山節、宇野重規、佐藤仁、白井さゆりらが思想的継承者。
GETTA × RESILIENCE THEORY

Holling と GETTA — レジリエンスが身体に降りるときWhen Resilience Descends into the Body

Holling が生態系に見出したレジリエンスの原理は、抽象的な理論にとどまらない。それは身体の制御様式そのものを言い当てている。適応サイクル、二つのレジリエンス、panarchy——この三つの概念を、getta.jp が一貫して論じてきた身体の思想体系へ接続する。

  • Holling の生態学的レジリエンスは「元に戻る力」ではなく「複数の安定領域を移りながら機能を保つ力」。筋肉で一点に固定する身体ではなく、腱で複数の状態を弾みながら移行する身体——腱優位システムと同じ構造をもつ。
  • 適応サイクルの Ω(解放)・α(再編)は、確率共鳴が起こる瞬間と重なる。非線形系では最適のノイズが微弱な信号を閾値の上へ押し上げる。一本歯下駄の一本歯は、平らな地面が奪った揺らぎ=ノイズを身体に返す装置である。
  • Panarchy の入れ子構造は、足裏から鳩尾へ至る解像度の七層、そして複数の身体が基準信号を共有して一つのフィールドになるカオス共鳴と、スケールを貫いて響き合う。
SENSORY INPUT

二つのレジリエンス ↔ 腱優位システム

Holling は1996年、レジリエンスを二つに分けた。工学的レジリエンス(単一均衡への速い復元)と、生態学的レジリエンス(撹乱を吸収し複数の安定領域を移行する力)。筋肉で関節を固める身体は前者だ——速いが脆い。腱で弾む身体は後者だ——撹乱を吸収し、状態から状態へ移る。大脳の命令的制御から、小脳の適応的制御へ。GETTA が起こすのは、この移行である。

COORDINATION

K相の罠 ↔ 鍛えるな、中動態へ

Holling の最も鋭い警告は「過剰な効率化・command-and-control こそがレジリエンスを破壊する」だった(rigidity trap=硬直の罠)。鍛える——単一の指標へ最適化する——ことは、身体を K 相の硬直へ追い込む。環境応答に開かれた身体は、制御ではなく条件によって立ち上がる。能動でも受動でもない——中動態というレジリエンス

INTEGRATION

Ω・α相 ↔ 確率共鳴という撹乱

崩壊(Ω)と再編(α)こそがレジリエンスの源泉だ、と Holling は見た。確率共鳴——非線形系では最適のノイズが微弱な信号を閾値の上へ押し上げ、検出を可能にする(ヒトでの実証研究)。平らな地面はノイズを消し、身体の感覚を閾値の下に沈めた。一本歯は、その揺らぎを返す。ノイズが α 相の再編を駆動する。

INTEGRATION

Panarchy ↔ カオス共鳴・五歳の身体性

Panarchy は入れ子の適応サイクルが上下のスケールを貫いて相互作用する構造(revolt と remember)。足裏の微細な適応が鳩尾を通じて全身へ波及し、さらに基準信号を持つ複数の身体が一つの生きた身体のフィールドになる——カオス共鳴。神経ループが開いていた五歳の身体性とは、最小スケールの適応が全スケールへ波及する panarchy の理想形にほかならない。

ADAPTIVE CYCLE — 身体に読み替える四相
rEXPLOITATION 開拓感覚が開く
KCONSERVATION 保全過剰最適化=鍛える罠
ΩRELEASE 解放一本歯というノイズ
αREORGANIZATION 再編確率共鳴で再編
崩壊(Ω)は終わりではない。次のサイクルの入口——神経ループが開いていた五歳の身体性へ、身体は還る。

レジリエンスとは、鍛えて固めることではない。撹乱を受け入れ、状態から状態へ弾みつづける力である。Holling が生態系に見たその原理を、一本歯下駄GETTAは一足の履物として身体に降ろす。

この巻だけの問い ─ GETTA × RESILIENCE

C.S. Holling のレジリエンス理論と一本歯下駄はどう関係するのか?
Holling のレジリエンスは「撹乱を吸収し複数の安定状態を移行する力」。一本歯下駄は、平らな地面が消した揺らぎ=ノイズを身体に返し、確率共鳴によって感覚を閾値の上へ押し上げ、筋優位(工学的レジリエンス)から腱優位(生態学的レジリエンス)へと身体の制御様式を移行させる。理論を身体に降ろす装置である。より広い文脈はGETTA の思想全体像で解説している。
工学的レジリエンスと生態学的レジリエンスの違いは?
工学的レジリエンス(engineering resilience)は単一均衡への復元の速さで測る——効率的だが、想定を外れると脆い。生態学的レジリエンス(ecological resilience)は、系がどれだけの撹乱を吸収して機能を保てるかで測る——複数の安定領域を前提とし、変化に開かれている。Holling は後者こそが複雑系の持続性を決めると論じた。身体でいえば、前者は筋で固める制御、後者は腱で弾む制御にあたる。

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