このページでわかること

ミラーニューロンと文化身体論の接続を、思想体系に忠実に解説します。広義一致型ミラーニューロンも「表象」にとどまること、転移する文化資本は表象の手前の「立ち現れ」(大森荘蔵)であることを区別し、科学を基盤と呼ぶ危うさまで踏み込みます。

  • 身体化シミュレーション説とその批判(Spaulding 2011・2012)
  • 広義一致型もゴールを「表象」している——抽象的な模倣であって立ち現れではない
  • 転移する文化資本=表象の手前の立ち現れ(園庭・鳩尾・大森荘蔵・純粋持続)
  • 科学を基盤と呼べば転移は蓄積へ変換される——脱近代と中動態への接続

監修:宮崎要輔(合同会社GETTAプランニング代表・一本歯下駄GETTA開発者)

GETTA THEORY ─ 文化身体論

Embodied Simulation & The Pre-Representational

文化身体論との接続──立ち現れは、表象の手前にある

ミラーニューロンは、ゴールの一致まで説明する。だがそれは、どれほど精緻でも表象である。転移する文化資本は、その表象の手前——大森荘蔵の言う立ち現れにある。科学が照らす層と、その下の層を、混同せずに分ける。混同こそ、近代が転移を蓄積へ変えた手口だからである。

SCROLL
01

Embodied Simulation

他者の理解は、自分の身体を再利用することで起きる──という仮説

ミラー機構を哲学的に拡張したのが、身体化シミュレーション(embodied simulation)である。Gallese & Sinigaglia(2011, Trends Cogn Sci 15:512–519)は、私たちが他者を理解するとき、自分の身体フォーマットの状態・過程を再利用していると論じた。豊かな構想だが、これは神経的事実ではなく解釈の理論であり、批判も強い。

The Critique

「ミラーニューロンはシミュレーション説の証拠ではない」

Spaulding(2011, Rev Phil Psychol 2:579–599, “A Critique of Embodied Simulation”)は、身体化シミュレーションが高次の他者理解の代替たりうるかに疑問を呈した。さらに Spaulding(2012, Synthese 189:515–534)は、ミラーニューロンがシミュレーション説の証拠になるという通説そのものを否定し、機能を適切に捉えればミラーは「情報豊かな読み取り過程の一要素」にすぎないと論じた。理論は理論として、神経的事実と分けて置く。

02

Broadly Congruent ─ Still Representation

広義一致型は、ゴールで一致する。だがゴールの一致も、なお「表象」である

Gallese ら(1996, Brain 119:593–609)は、観察と実行が細部まで一致する厳密一致型と、ゴールのレベルで一致する広義一致型を区別した。広義一致型は、表層の動作が違っても、目的が共有されれば応答する。これは、ミラー的な一致が表層を超えて抽象化されうることを示す——魅力的な事実である。だが、ここで急いではならない。

混同してはならない一点

広義一致型がゴールで一致するとき、それは「目的を運動系のうえに写し取る」過程である。細部ではなく目的を写すが、写すという構造は変わらない。すなわち、広義一致型もまた表象である——より抽象的な模倣であって、模倣の外には出ていない。ゴールの一致は、表象の精緻化であり、表象の超出ではない。

この区別は、文化身体論の核心に直結する。ミラーニューロン(広義一致型を含む)が照らすのは、模倣=表象の層である。観た行為を、観る者の運動系のうえに写し取る層。この層は確かに存在し、科学はそれを正確に記述してきた。だが、転移する文化資本は、この層では捉えられない。

Beneath Representation

表象は、どれほど精緻でも表象である。
立ち現れは、その手前にある。

模倣は結果(行動の形)を写し取る。転移は発生(鳩尾から湧くもの)を、もう一度湧かせる。写しではなく、もう一つの発生である。

03

Transferring Cultural Capital ─ The Pre-Representational

転移する文化資本は、表象ではなく立ち現れである

毎朝、保育園の園庭に入ると、子どもたちが走り回っている。一人が走ると、隣の子が走る。笑いが笑いを呼ぶ。一人の衝動が、場所全体に伝播していく。これは模倣ではない。「あの子の走りを真似よう」という、見て・写して・再現する三段階を経ていない。一人の走りのリズムが、隣の子の身体に湧く。一人の鳩尾から湧いたものが、場所を媒介に、もう一人の鳩尾に直接届いている。

Representation vs Genesis

模倣は表象を経由する。転移は表象を経由しない

模倣の主体は個人であり、転移の主体は場所である。模倣は結果を写し取り、転移は発生を移す。模倣は蓄積できる——技術として個人に蓄えられる。転移は蓄積できない——場所を離れた瞬間に止まる。大森荘蔵の言う立ち現れがここで作動する。隣の子の身体に走りが「表象」されるのではない。隣の子の身体に走りの衝動が「立ち現れる」。元の走りのコピーではなく、もう一つの発生である。

園庭に通った五年間は、五年分の量ではない。最初の日と今日とで、母親の身体のなかで何かが質的に異なっている。量で測れない変容——ベルクソンの言う純粋持続である。蓄積ではなく、持続のなかの変容。ドゥルーズはベーコンの絵画に、大脳を迂回して神経系に直接作用する力を見た。ベーコン→キャンバス→鑑賞者。園児→走り→隣の子。媒体は異なるが、構造は同じ——鳩尾から湧いたものが、媒体を通じて、他者の鳩尾にもう一度湧く。これが転移する文化資本である。

04

Where the Gap Becomes a Proposition

科学を「基盤」と呼んだ瞬間に、転移は蓄積へ変換される

ここに、学術的知見と独自命題の食い違う地点がある。ミラーニューロン科学は、模倣=表象の層を正確に照らす。だが、もしこの科学を転移する文化資本の「神経的基盤」と呼べば、転移は表象として記述し直され、立ち現れの層は不可視になる。これは新しい話ではない。ブルデューが文化資本を「蓄積」として記述した瞬間、転移の回路が学術的に不可視になったのと、同じ構造である。

命題

近代の社会学が転移する文化資本を蓄積する文化資本へ変換したように、表象の側に立つ科学は、転移を表象へ変換しうる。エビデンスを生産する装置が表象の側にあるかぎり、転移は表象としてしか記述されない。ゆえに——ミラーニューロンは橋ではない。橋に見えるのは、立ち現れの層を表象の言葉へ翻訳したときだけである。

だからこそ、文化身体論はミラーニューロンを否定しない。模倣=表象の層は確かにある。そのうえで、その手前の立ち現れの層を、表象に回収させずに名指す。一本歯下駄GETTAが取り戻すのは、後者である。足裏から鳩尾が再発火し、複数の身体が同じ場所に立つとき、一人の衝動が他者に立ち現れる——園庭の回路が、大人の身体にもう一度開く。能動でも受動でもなく身体が応えはじめる中動態へ、ハビトゥスとして固められた近代の身体を解き、脱近代の身体へ。足さない。引く。原型を指し示す。

REF

References

参考文献

本ページの記述は、各文献が支持する水準にもとづく。効果量・確実性が報告されている場合はそれを併記し、断定を避けた。批判・限界も同等に扱う。

  1. Gallese V, Fadiga L, Fogassi L, Rizzolatti G. (1996). Action recognition in the premotor cortex. Brain, 119(2), 593–609. ─ 厳密/広義一致型の区別
  2. Gallese V. (2005). Embodied simulation: from neurons to phenomenal experience. Phenomenology and the Cognitive Sciences, 4(1), 23–48. ─ 身体化シミュレーション
  3. Gallese V, Sinigaglia C. (2011). What is so special about embodied simulation? Trends in Cognitive Sciences, 15(11), 512–519. ─ ES統合論
  4. Spaulding S. (2011). A critique of embodied simulation. Review of Philosophy and Psychology, 2(3), 579–599. ─ ES批判
  5. Spaulding S. (2012). Mirror neurons are not evidence for the Simulation Theory. Synthese, 189(3), 515–534. ─ ミラー=シミュレーション説の否定
  6. Hickok G. (2009). Eight problems for the mirror neuron theory of action understanding. Journal of Cognitive Neuroscience, 21(7), 1229–1243. ─ 行為理解理論への批判
  7. Caramazza A, Anzellotti S, Strnad L, Lingnau A. (2014). Embodied cognition and mirror neurons: a critical assessment. Annual Review of Neuroscience, 37, 1–15. ─ 身体化認知への批判的評価
  8. Heyes C, Catmur C. (2022). What happened to mirror neurons? Perspectives on Psychological Science, 17(1), 153–168. ─ 学習説の最新整理

PUT IT INTO PRACTICE ─ 理論を、身体へ

ここまでの理論は、履いて立つ瞬間に身体で起きる。

読むだけで終わらせず、足裏から確かめてください。